短いのはお好き?
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Gは所詮女の子の街で、飲むところではなく、あざみ野が入ろうと思っていた地酒専門の店は既に閉まっていた。ふたりは人影も疎らになったGの街をうろつき、やっと半地下にある居酒屋を見つけ、そこに腰を落ち着けた。
ここは台湾料理を出す店らしかった。 とりあえず、ビールで乾杯したあと、標(しるべ)は意外なことを言い出した。 「実はこんなこと誰にも話せなくって……あの、おれ……インポになっちゃったみたいなんですよ」 あざみ野は口に含んだビールを一気に戻しかけた。 まだ乾杯をしたばかりだというのに、素面では言えないだろうと思える標の唐突なその告白にあざみ野は面食らったが、それ故に標がどれだけ悩んでいるのかが察せられるのだった。 が、しかしインポのお仲間がこんな身近にいようとは思ってもみなかったあざみ野は、妙な安堵に似たようなものさえ覚え、急に標に対し親近感を抱いた自分がおかしかった。 そんなあざみ野の表情の変化を、被害者? による妄想から自分が笑われているのだと受け取った標は、「だから言うの嫌だったんですよね」とぽつりと言った。 あざみ野は、いやそんなんじゃないんだよと否定したかったけれど、まさか自分もインポなんだよとは言えず、複雑な思いにかられ一気にグラスをあおった。ここで、なーんだ俺もそうなんだよと、笑顔で言えるようならば楽? なのかもしれなかったが、これが俺という人間の限界なのさ、なんて思ったりもした。 しかし、寂しい者同士、肩叩き合って慰めあう自分たちを一瞬想像してみると、それはあまりにもみじめで情けない図であって、あざみ野はやはり聞き上手に徹しようと密かに思い、標が話し始めるのを待った。
標は俯いたまま、空になったグラスを手で弄びながら話し始める。
「実は…4月に入社した女の子に一目惚れしちゃって……まだ、告白はしてないんですけどね、もうなんにも手がつかなくって……あざみ野さんにもそういうことってあったでしょ?」 「まあ、遠い昔にそんなこともあったかもしれないけど、それとインポとどういう関係があるわけ?」 「いや、直接は関係ないんでしょうけれど、デートに誘おうとしたら、好きな人がいるっていうんですよ。それで、もう為すすべがなくなっちゃって…。で、とりあえず電話番号だけはきいといたから、電話かけまくったんですよね。最初のうちはそれでもまあなんとか話ができてたんですけど、暫くしたらもう電話しないでくれって言い出しちゃって……もうどうしたらいいのか自分でもわかんなくなって途方にくれちゃって………」 「ちょっと、待ってよ、なんでまたそんな簡単に途方にくれちゃうわけ? まだはじまったばかりでしょ」 「…いや、もう1年くらいこの状態がつづいてるんです。去年の4月ですから彼女が入って来たのは」 「えっ、1年! なにそれじゃ、1年ものあいだ電話だけしてたっていうこと?」 「ええ、まあ…。それが、社内では彼女、ぼくのこと好きだっていうような素振りをするんです。それがうれしくって……で、そうこうしてるうちに、絶対彼女はぼくの全てを理解してくれているんだっていう確信を抱くようになって来たんです。そういうことってありませんか? 互いをわかり合えているっていう、なんかこの一体感ていうか、ぼくにはそれがはっきりと感じられたんです。彼女の視線とか、何気ないしぐさとかすべてぼくには意味があるように思えるんですよね」 あざみ野は、これは相当重症だと思うと共に、信じられない気持ちで開いた口が塞がらなかった。 これじゃあ、まるで中坊じゃないか、いや今時の中学生にもこんな奴はいないかもしれない。恋は盲目とはよく言ったものだけれど、それにしてもいい大人が中学生なみ? の恋愛ごっこに一喜一憂しているとは……。
標の話はさらにつづいた。
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