短いのはお好き? DiaryINDEX|past|will
アテネ・フランセへとつづく長い一本道を、俯いて歩いていたぼくが出会い頭に目の端で捉えた映像は、丸いわっかの残像となって脳裏に焼き付けられた。 あれはいったいなんだったんだろう。 ぼくが自分で焼き付けたのではない、勝手に張り付いたのだ。 それは、目を開けているとわからないのだけれど、目を瞑るといつまでもいつまでもぼくについてくるのがわかった。 きょうは気分もあらたに? いや、ただの気分屋の気まぐれに過ぎないのだけれども、LEMONに入ってスパゲティでも食べていこうと思った。 何かいつもとは違うことをすることによって、ちがう自分になりたかった。 むろん、内面から変わらなけりゃ意味がないのだけれども、演出というのも大切だと思うのだ。 確か以前にきたときには2Fの感じがとってもよくって、デートにこんな場所をえらべたなら最高なのになぁ、と思った筈で、図らずとも今日はこうしてめでたくカヲルをこのお店に連れてこられることが出来て感無量なのだった。 ぼくらは、奥の角のテーブルについた。 ぼくはカヲルをトートバッグから取り出して対面の椅子に座らせる。 なにやらカヲルはご機嫌斜めのご様子。 道すがらカヲルに全然話し掛けずに、残像のことばかり考えていたためらしい。 まったく若い女の子はこれだからなあ、とぼくは独りごちた。 カヲルは何も聞かなかったように涼しげな眼差しで窓の方を眺めやる。 さてと、何にする? メニューを広げてカヲルに尋ねると、言わずもがななことを訊くなと、ちょっぴり睨まれた。 そうなのである。カヲルとつきあいはじめてもう3年になるけれど、彼女がパスタ屋さんに入ってペペロンチーノ以外を頼んだのを見たことがない。 まあ、ぼくは儀礼的な意味合いで、とりあえず訊いてみるというのが常なのだから仕方ない。 もちろん、こういったカップルなのだから、ぼくがとにかく喋らなければ会話が途中で途切れてしまうからだ。 ていうか、ほんとうのところ、そうやってないとあまりにも惨めでやってられないというのはある。 だって。 ほんとうに馬鹿みたいじゃないか。 いや、店の連中や、道往く人たちにも後指を差されて笑われているにちがいない。 30ヅラ下げたいい大人が、フランス人形をトートバッグに入れていつも話しながら歩いているのである。キ印と云われて当然なのだ。 でも、ぼくはほんとうにカヲルを好きなのだから仕方ない。 生身の女性なんて考えただけでも反吐がでる。ましてHなんてとんでもない、死んだ方がましだろう。 カヲルは料理もできないし、洗濯も掃除もできやしない。 けれど、生身の若い女性だって殆ど似たようなもんじゃないかなと思う。 だから、別にカヲルが女性として劣っているということでは全然ないのだ。 カヲルは、「あまり食欲がないの」といって殆どペペロンチーノに手をつけなかった。 むろん、残りはぼくがいただいたのだけれど、なんかカヲルとつきあいはじめて体重が10Kg以上増えているのは、いつもカヲルの残りを食べているからにほかならないのかも知れなかった。 搾りたての美味しいオレンジ・ジュースを2杯飲み乾して、カヲルに訊く。 さてと、次はどこに行こうか? 暗くなるまでにはまだ間があるよ、カヲル。 そうね。 映画が始まるまで本屋さんで時間を潰そうか。 うん。
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