短いのはお好き? DiaryINDEX|past|will
いつもならば約束の時間に遅刻するのは直人の方なのに、今夜は逆に待つ身の辛さを思い知らされるのは直人だった。 今夜の待ち合わせ場所は、銀座のプリテンプス1Fの喫茶店。 実際にそんなプリテンプスなんて名のデパートは存在しないけれど、「プランタン」と直人が読めなかったことから、ふたりのあいだではプリテンプスなのだ。 そういった類いの間違いならば直人には前科が二つ、三つある。 その度に直人は言い訳するようにいった。 「おれってさ、語学の才能ないってか?」 「よくいうよ、あんたのはただのバカでしょ」 真希もその度にそういって笑った。 今夜も直人はいつものようにエスプレッソを頼んだけれど、やっぱり絶品だった。 香りといい味といい、どうしてこうも美味いんだろう。直人はいつもそう思う。 この店にきてはじめて一杯の美味しいエスプレッソがもたらす精神的な充足感を直人は身をもって体験した、なんていうとちょっと大げさだろうか。 つまりは、それだけ美味しいエスプレッソなりコーヒーと出遭えることは、海に落としたひとしずくの涙を掬い取るような僥倖であるということなのだ。 直人はきまってそんなことを考えながら一杯のエスプレッソを味わったけれども、今夜は真希のことが気になってなんとなく落ち着かなかった。 もう約束の時間を2時間も過ぎている。 いいさ、何時間だってまってやる。 直人は、窓辺の丸くて小さなテーブルを前にし、ガラス越しに道往く人たちを眺める。 この窓辺の席を、まるでショウウィンドーのようで居心地がわるいだろうなと思っていたけれども、いざ自分がこの場所に座ってみるとやけに落ち着いた気分になるのだった。 脚の長い黒いスツールにちょこんと腰掛け、アイボリーのお洒落な丸テーブルにおかれたエスプレッソを味わう。そして、真希がいればもう何もいうことはなかった。 真希がいさえすれば…。
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