恋文
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闇のあわいに隠れるように 蒼い衣をまとっていよう
胸がゆるやかに動いて 呼吸をしているとわかる
それだけがわたしのいる証拠で あとは夜に委ねてしまおう
冷めてゆく光に 透かした髪は まだ 柔らかな色をしていたのに
もう 夜は 来たから まぶたを閉じよう
暗闇のような色に 染めて 褥に広げてしまおう わたしの髪
まどろみのうちに きしむだろう
漂ってる 綿毛は そのまま 和毛だったから 動物の仔を想った
たとえ丸裸のように見えた人間の子も やっぱり あえかな和毛に包まれて 子は子だった
それが 植物でも 動物でも みんな 子は 慈しみを受けたいと やわらかに やわらかに 装うのだ
最初は ほんの些細な病だったのだろう 気付かないうちに いつか どこかしら いつも熱をはらむようになったのだった
なにかが 順々にずれていってしまうように もう何が原因だったかも 判らないほどに 戻すことができなくなった
暗くなりかかった小道を 通りすぎる 空は深い青色をしていて それは闇の色なのだけれど 怖くはなかった もう少し ゆっくり歩いてみようか
手を離すと 漂っていってしまった わたしのわたし
波の間なのか 雲の間なのか
いつも冷たいような いつも寂しいような
ふわふわ漂っていると 夢でもなんでもいいみたい
あ もう覚めなくてもいいや なんだか このほうが 心地いい
ん ふんわりしていたい ずっと
繋ぎとめようとしても もう仕方がないほどに ばらならになっていたとしても
まだあがくように 纏まろうとするのは ただ過去を引き延ばしたいからだろうか
まだ だめだ まだ手放すわけにはいかない
まだわたしたちみんなが それぞれ一人で生きてゆけなければ まだあきらめるわけにはいかない
餓鬼というように 飢えているので ただただ欲しいのだった
あなたのもの みんな わたしにくださいな
とっても とっても まだ足りないの
満たされない餓鬼は きょうも ひもじい
こんなにも雨も柔らかい 春には
傘がなくてもいい
からだに沁みてくるのは 冷たさだけではなくて
自然が春になるように 雨も春のなかにあって
わたしも 春のなかにいたい
緑は雨に濡れて 菜の花も雨に濡れて まだ剥き出しの土も濡れている
遠くの森からは 吐息のように 白く靄が立ち上る
わたしも 生きている と 思える
あなたが知っている わたし わたしが知っている わたし
わたしが知らせる わたし あなたが知る わたし
わたしが知らせない わたし あなたが知らない わたし
それが みんなわたしなのだけれど わたしは わたしを知らない
なんだ、昔に戻ろうとしてたのか
この想念は ずっと昔に思っていたことだった
淡い人になりたいと思った 青年の頃
まだ、そのまま わたしの中に残っていた 今も
思わず口をついてでてしまった そのことばは すぐに帰ってきてしまった
そのことばは 解けない気持ちを生みつづけて 胸が詰まってしまうのだった
そのことばが消えてしまうまで 酔ってしまおうか
夜に近づいて 草の匂いと 水の匂いがする
鳥の影が空を横切って どこからともなく囀りが聞こえる
少し冷えてゆく この空気のなかに わたしを委ねている
誰もかれも 好きになれたらいい
やだな わたし ばらばらになってる
わたしには前を向く顔と 後ろを向く顔があるのです
身体はわたしを裏切るし 心もわたしを捨てて行ってしまう
わたしは いったい 誰かしら
なんにも知らないふりして 目を閉じて 耳を塞いで
いつか また わたしになろう
まっすぐに歩いたらいいの 静かにね 気をつけてね ゆっくりね
でも ぐらりと揺れる 落ちてもいいと思った
ふわりと宙に浮いている そのまま 他の世界に行ってしまえ
風が渡って 木や花の香りがする
その生々しい匂いに 身を委ねてしまいたい
眠るように わたしの身体は流れてゆくだろう
目を閉じて 思い描く 夢にしか見ることのない そのすがた
だけど 夢にみることができるなら と
現実にあらがうように 今も あがいている
きっと それは実を結ばないだろうに
風が運んでくるものは
春を終わろうとしている 木や草や花の香り
誰かがどこかでたてる 遠い物音
わたしが繋がっている この世界の
吐息のように 鼓動のように
鏡をのぞいてみても わたしは いなかった
どこかの世界に紛れこんで どこかにいる わたし
夜が来てしまって こんなに暗くなろうとしているのに わたしは どこにいるのかしら
ずっと遠いところで 泣いているかもしれない
もう夕暮れは夜に変ってゆき 雑踏のなかで その人に出会った わたしたちは ずっとすれ違っていたのだ
もう暗い街の中に 灯りを見つけながら 並んで歩いた
どこでもない街は 夢の中だったから いつか一緒にいたのかもしれない いつか一緒にいるかもしれない
朝になるまでの ひそかな出会いだった
曇り空の森の中は 薄っすらと暗くて 風は冷たかった
それでも鳥たちは やかましいほどに囀っていた
風も緑色に染まるように ただ 一面に若葉がもえていた
わたしは ただ立っていた なんにもない わたしだった
裸になってしまったような 頼りない わたしだった
その子は とてもかわいいので わたしは その子のようになりたかった
でも その子はわたし自身だったので もう その子のようになれなかったの
かなしいわたしは半分の子だったので 半分を抱きしめていた
半分はかなしいので いつも もう半分のわたしを探していた
いつも その子はわたしだったのに かなしいわたしはわからなかったの
わたしが その子だったらよかったのに わたしは かわいい子でありたかった
陽が薄れていったので 魚になって泳いでみようと思った
静まり返った町は 木も草も静かだった
遠くから響く それは 波の音のようだった
こんな夜には 魚は群れ集まるのだろう
ぼんやりと灯る光の下で 魚たちは眠りたい
わたしも 静かに泳ぎだす
雨は はたはたと降って みどりは ぼぉっとかすんでいた
舗道は 灰色にひかっていて 水溜りには しずくが飛び跳ねていた
まっすぐ 歩いていた かたわらを トラムが通りすぎて 風をおこしていった
みんな雨のなかで わたしは もうすぐ家に帰る
髪をほどく 絡まった毛先を 指で梳いてゆく
赤茶けた色に透けて 光っている それを 何度でも梳く
頬にも 首筋にも むずがゆいような感触を残し 胸に落ちる そのまま 眠りに落ちよう
ひりひりと痛い
知っているのに 傷つけてしまう から
そのまま それは わたしの痛み に なってしまう
あなたが泣いていて 泣かないで と言えないのは きっと わたしも 泣いたことがあるからだ
だから 一緒に泣いている
まだ暮れない空の 雲の境界から 光がまっすぐに降りてくる
木の枝は黒い影になって 葉っぱは柔らかな緑に透きとおっている
鳥たちは黒い影になって 囀りはどこからも聞こえてくる
洗い髪を透かしてみる わたしも黒い影になって 夜の中に帰って行きたい
今日 菜の花は 光と一緒に むせるように 香っていた
あなたの髪を括った あのビロードのリボン そのまま切り取ったような 髪の一房
それは 菜の花の匂いだった
わたしは わたしが好きだから こんな くるくるの髪も好き
胸にかかる くるくるのはしっこ 背中に落ちる くるくるのはしっこ みんなわたしを撫ぜてくれるね
指ですくったり からめたり 梳いてみたり わたしを愛撫してあげたいの
だって わたしを嫌いになりたくないから
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