表向きは威勢良く吼えてみることもあるが、自他ともに認める甘ったれである。 幼い頃は虚弱体質で、母親が何かと心配してかまいつけた所為もあろうか。 アタシの母は、短気な性格に加えて万事手際が良かった。何をするにも、我が子が おぼつかなくモタモタする様子を、いつも忍耐強く見守ってはいられない人だった。
幼稚園に上がっても、顔を洗って拭いてくれるところから、靴を履かせるところまで 母がやった。アタシは給食を食べ終わるのも着替えるのも送迎バスに乗り込むのも クラスで一番トロく、粘土の袋が開けられないだけで泣き、先生の助けを待った。 案山子のように突っ立っていれば、必ず誰かしら世話を焼いてくれ、ことは落着する。 そうして未だに、苦手なことは放り投げ、人任せにする他力本願癖が抜けきらない。
先日、そんなアタシを見かねたある人に『ダラシのないやつだ』と諌められてしまった。 『女だということに甘えてないか』とも。男の口から言われると流石に堪える(-_-;) 仰る通り、甘えているのでございます。自分のことを自分でやるのは当たり前だけど 不得手なことは「出来ない」と差し出せば引き取ってやってもらえる。楽ちん。 それが普通のようにずっと思っていたが、いつまで小娘でいられる訳じゃあるまいし 三十路を過ぎたらその手はもう通用しなくなってきてるのね。当然か…(汗) 一つ弁明が許されるとするなら、アタシは面倒くさいことが嫌いで不精なだけよ。 「女」を武器にするなんざ、10年遅いとちゃんと承知しててよ( ̄ノ0 ̄) …だめ?
真紀子前外相が悔し涙を見せたことで、小泉首相が『涙は女の武器』だと発言し 顰蹙を買う場面があった。真紀子さんがあそこで女の特権を行使したとは思わないが それとは別に、実際女というものは、男に花を持たせるように見せて、非力を盾に 有利にことを運ぼうとする傾向や、期せずとも結果としてそうなる場合が 確かにないとは言えない。そしてそれを常に巧みにやってのける女は 時として“悪女”とか何とか、不相応にかっこいい呼び方をされることもある。 本気で涙を武器とするなら、そこには機転で駆け引きに応じる構えがあり 役者もタイミングも全て怜悧な計算ずくの、頭脳プレイということである。 一口に「女を武器に」と言っても、聡明さとしたたかさが前提になければならない。
そんなの10年早いわ。いや、及びもつきませんです… σ(-。-;)
高性能品を買う前に、ものは試しと、1万円(35万画素)のコンパクトデジカメを購入。 然しさすがは安もの、すぐ使えなくなった。現在メーカーに苦情申し立て中。
 玄関から見たご近所の風景。前方にガスタンク、手前は畑!
| 2002年01月28日(月) |
さのばびっち・ぼーいず |
1月も間もなく終わる。年が明けた直後は、正月気分に浮かれ騒ぐ人々の映像を 自室のTVで観ながら、ふと、今年は一体どんな事件が待ち受けているんだろう… などとボンヤリ考えた。去年の元日、アタシ個人は精々女の厄年に突入することを 危惧した程度だったが、あの時、無邪気に新年を祝う人々のうち、当然ではあるが 誰一人として、N.Y.を襲ったほどの未曾有の大悲劇は予想だにしなかった。 今年も僅かひと月の間に、国内に限ってすら、物騒な事件が既に幾つも発生している。
悪い奴がいるものだ。静岡で生きながら焼き殺された女子大生も、希望に満ちて 迎えた新年を家族や友人と祝ったであろうが、程なくして自分を見舞う運命を 夢ゆめ知らずにいたに違いない。ゲートボール場の裏の空き地を5年間も根城と していたホームレスの男は、これが生涯最後の正月だということや、厳寒季の野宿 以上に悲惨な目に遭わねばならぬことなど、決して予期することはなかった筈だ。 文部省は性懲りもなく『いのちのたいせつさとゆ〜ものをおしえなくては』とか 目出たいコメントで茶を濁していたが、畜生並みの道徳観しか持たぬ親に育てられ 獣に成長してしまった子供らには、そんなもの百万遍教え諭しても手遅れである。 少年犯罪の病巣はもはや、学校や地域社会の手におえる種類のものではない。 少年法を撤廃し、年齢によらず懲役を課せられるよう法改正をするのが先だろうが。
東京に住み、はや10年以上が経過した。今、自分がこうして犯罪に巻き込まれる ことなく平穏に暮らしていることが、紙一重の偶然のように思えてならない。 地下鉄に乗っていても、街を歩いていても、物質的豊かさゆえに荒んでしまった としか思えないような、胸糞悪くなるほど無作法な小中学生をよく見かける。 ああ怒鳴りつけてやりたくてウズウズする。アタシが凄みのある大男だったら。 でもあのホームレスの男性は、図書館で騒ぐ馬鹿を叱りつけハタいてやっただけで 集団で執拗に襲撃されなぶり殺されたのだ。おじさんの無念は察して余りある。 たかが13〜4歳のハナタレに、相変わらず日本の大人は手も足も出せない。
明日をも知れぬ我が身、という思いが近頃とみに強くなってきたのは、アタシも いよいよなのだろうか。ちょっと縁起でもないけど…(-_-;)
一服しようと窓を開けると、まるでドラマの効果のように、雨がバシャバシャと 瓦葺き屋根を叩いている。眼下の畑には、いつの間にかうっすら雪が積もっていた。 “あしたのジョー”を読み耽っていて、雪が降ったことなど全く気付かなかった。 これでは瞬く間に融けてしまうだろう。葡萄酒をかなり空けたせいか、手指が火照り 寒さは感じないが、雨になるということは、予想されたより幾分暖かいのだろうか。
有名な劇画なのに今まで一度も読んだことがなかった。暇潰しに、何か読み応えの ありそうなものをと、文庫サイズの改訂版を買ってみたのだが…。 そしたら、ヤダ何これ…すごく面白いじゃないの〜(^◇^;) しかもこの物語は、アタシが生まれる前年から、雑誌に連載されていたらしい。 こんな貧しげなドヤ街、今でも日本のどこかに残っているのかしら。 当時の庶民生活の貧乏ったらしい側面も描写されているし、明るく楽しい物語では 決してないのだけれど、読み進むうちに年甲斐もなく興奮していた(笑)

丹下段平との出会いはこうだったのか。へ〜ジョーってこんなに短気だったんだ。 いつもリング傍の特等席で、おさまりかえって試合を見つめている葉子って女は 一体何者なのかと思っていた。ふぅんなるほど、力石はこうして死んだのか。 子供の頃、TVアニメで何度か観た記憶があるが、男の子のマンガだからと 当時は特に興味も持たなかった。覚えているのは、力石徹が倒れるシーンくらい。 全12巻のうち6巻まで読んだが、こうなったらラストを見届けなくちゃね (б_б*) 6巻の終盤は、ライバルを死に追いやったことがトラウマとなり、深刻なスランプに 陥るジョーの前に、ナンパビームを発散しながらカーロス・リベラが登場して 終わっている。うーむ…続きが気になる〜。立ち直るんだジョ〜〜 o(~0~;)o
登場人物の中では、丹下のおっちゃんが一番好き…(*μ_μ) ←ヘン? それにしても、力石はひかるさんに、西はO係長に、可笑しいくらい似てるんだけど。
火の〜用〜心!カン!カン! 湯舟に漬かり、ささやかな極楽を味わっていると 拍子木を打つ音が、通りを「火の用心」の声と共に遠ざかって行く。今夜は冷える。 空気は乾ききっており、天気予報が的中すれば、明日は雪が降るそうな。
久しぶりに絵でも描いてみようかとマウスを取っても、手がかじかんで思うように 線が引けない。それもその筈、部屋の空気が澱まないよう、窓という窓を全て 開け放ってあるため、室温は外気と大して変わらないのだから。軟弱なくせに 女傑マリア・テレジアの真似をしてみたが、これでは湯冷めをしてしまいそうで 取りあえず窓を閉め、暖房を入れた。しかし、ど〜も集中出来ない…(ー_ー;)
本棚の前に立ち、ムック本を片っ端から取り出し、暇潰しにパラパラめくって見る。 引越しで本を荷造りする忙しいさなかには、手を止めてまであれこれ見入って しまった程だのに、暇があり余っている今はどれを見ても何故こうつまらないのか。 今週に入ってからというもの、昼夜逆転生活で、昼寝し放題の夜更かしし放題で 憧れの無為徒食もすっかり飽きてしまった。もう、眠いんだか空腹なんだか 退屈なんだか寂しいんだか苛ついてるんだか、自分で何が何だか分からない(`◇´) そうだ、奥さま番組観て覚えたストレッチ運動でもやってみよ♪…と思ったが 動くのが面倒で止めた。掃除機でもかけるかな…でも別に人が来る訳でもないし。 新しい本でも買いに…いやダメだ、10時を過ぎたから本屋はもう閉まっている。
ニュースでは、雪印食品の不祥事がどーの真紀子大臣の涙がこーのと報道している。 個人的には雪印製品を贔屓によく買う方だが… もういい加減にしろ、アホ! 真紀子さん、また鈴木と小競り合いやってるのか。おやぢ共は彼女を追い落とそうと 結託して手薬煉引いてるの知りつつ、わざわざ術中にはまってやることないのに。 シタタカさを欠く馬鹿正直女という杭は所詮、老獪な男に打ち込まれるものなのかも。 アタシも結局は、辞める羽目になったしな…。
とにかく気が塞ぐ。この際思い切って海外旅行でもしちゃおうかしら。今なら安いし。 でもその前に、この面倒くさがりの悪癖を何とかしないと〜(~_~;)
携帯�笋�鳴る。ちゃーみんぐな“恋は魔法さ”のメロディ…Oさんだわ(・o・)
O係長:『もしもしメイ子さん?Oですが…』 アタシ: あらこんばんは。O係長、お元気ですか?(*^o^*) O係長:『こっちが訊きたいよ。今日、社長やK部長から色々訊かれちゃったよ。 「メイ子さん出て来てないそうだけど、お前が苛めたのか?」とかさぁ』 アタシ: ふっふっふ( ̄ー ̄) 名誉会長宛に直訴状をしたためてんのよぅ〜。 O係長:『俺あんまり事務所に戻ってないから、詳しくは知らないんだけど… 今、社内の雰囲気最悪だってさ。メイ子さんが常務と大ゲンカして 帰っちゃったこと、厳戒態勢で本社にはひた隠しにしてたみたいよ』 アタシ: ふん。本社に知れたら、常務の管理責任をまず問われるでしょうからね。 アタシが今引継ぎに出てったら、ヤツの責任は一旦帳消しになって 単なる出社拒否にすり替えられちゃうことくらい読めてるのよ。 でも、社長は知ってるのよね。アタシの辞表は見てる筈だし。 O係長:『そうだな。N部長とJ子さん、家まで行ったんだって?』 アタシ: そうなのよ。借金取りか何かみたいで、みっともないったらないわよ! で、Oさん。今、会社から?それとも出張先から? O係長:『山梨からの帰りだよ。走行中にかけてるから、A常務にバレたら 5000円の罰金取られちゃう(笑)』
金曜日に会社を辞し去って以来、ずっと腐っていたのだが、O係長の声を聞いて 少し安堵する。N係長やM主任ともまた一緒に飲もうと約束して電話を切った。 果たされるかどうか、それは分からない。これっきりになってしまうかも知れない。 エロ常務への面当てに、思わずカッと辞表を叩きつけたが、今になってやはり 仲良しだった同僚たちと別れるのは残念でならない。残して来た仕事も気にかかる。 ああでも…!常務には絶対に思い知らせてやらなければならないのだ(`へ´)
もう一度、OさんやMさんの“J.BOY”が聴きたいけどな…。
| 2002年01月21日(月) |
N区嵐が丘の自宅にて |
今日は、ルイ16世が早朝に処刑された日だったかしら。
そんなことより、朝っぱらから電話は鳴るわ、部長が家まで押しかけて来るわで 何だ何だ!もう辞表はとっくに出しただろうが!( ̄ロ ̄;)という有様。
部長ったら、今日は福島へ出張じゃなかったの。J子さんまでくっついて来て。 ま〜この暴風雨をついてご足労さまでした。そうでなくてもアタシん家って 駅から遠くて分かりづらい場所にあるのに、居留守の門前払いで御免なさい(笑) どうやらJ子さん、階下の大家さんに何やら書付を託したらしく、大家さんが 鍵穴に合鍵を差し込んで開けようとしている。…か、勘弁してよもう〜(≧0≦) ロックが掛かっていたため、ドアを引いた途端にものすごい音がした。
グワッシャ〜〜〜ン! はいはいはい、今外しますよ〜( ̄o ̄;)))) 全く…
大家 :『あらぁ、いらっしゃったんですか〜!』 アタシ: ええ…居留守使ってたんですよ。辞表出したのに追っかけて来られて。 大家 :『ちょっとお手紙預かってましてね。会社の方、心配してましたよ』 アタシ: まぁ大家さんにまでご迷惑をお掛けしました… A ̄ー ̄;) やれやれ
そこにはJ子さんが切々と綴った涙ぐましい文章が。少し心が揺れ動く…が!
『…常務は、もう何も気にしていないから戻って仕事を頑張って欲しい。 あれは、皆と仲良く楽しく業務に励んでもらいたくて言ったことだと 仰っています。責任感の人一倍強いメイ子さんのことだから云々…』
何だこりゃ!そんな手に乗るお人好しがあるかこの馬鹿野郎!(`◇´) あれだけ人をこきおろしておいて今更「何も気にしてないから」なんぞと お前が言うなエロ常務。こうなったら名誉会長にセクハラの実態を暴露してやる。 この調子だと、明日もまた自宅まで押しかけられるのかなぁ。たまらんなぁ…。
冬嵐一過の星空を見上げ、今夜も夜気に向かって煙を吐く…(  ̄Д ̄)y─┛~~~
やってしまった。人もあろうに、あのセクハラ常務と大喧嘩〜!(≧∇≦) アタシも遂にキレて、リーサルウェポンの波動砲をぶっ放してしまった。 しかしアタシは、密かにこの時がくるのを待っていたのである。
部長:『あ…あんたは常務に向かって何てモノの言い方を!』 課長:『メイ子さん、ちょっとこっちで話そう… ああ、J子さんと一緒に喫茶店で、頭冷やしてきて…』
周囲の動揺はよく分かる。誰もがイエスマンに徹し、逆らうことなどついぞ 考えたこともないであろうワガママボスを、しがない一女性社員が 公然と怒鳴りつけたのだから。当の常務は赤くなったり青くなったり溜息をついたり それでも何とか威厳を保とうと、尋常ならぬ努力を振り絞っている様子であった。
アタフタと所在無い上司同僚たちを残し、やっと胸のつかえがおりたアタシは 勝利の笑みを浮かべつつ悠然とコートを羽織り、オフィスをあとにしたのであった。 さようなら、Oさん、Mさん、Nさん、Sさん。たまには思い出してね。 E所長、サポートし切れなくて御免なさい。 J子さん、社葬の手配全般は終えたから、あとは宜しく。
さ〜!来週から早速転職活動よ!o( ̄ー ̄)o
| 2002年01月15日(火) |
Do you have a family ? |
仕事を終え、ふとした気紛れから大人しいN係長を誘ってみる。 「さ、飲みに行くわよ!( ̄ー ̄)ノ」 出荷報告書に目を通していたN氏はキョトンと『え?まじ?('◇')』 「お仕事残ってるなら無理にとは…」『あ、いや、行きます行きます』
O係長は新潟に出張中。M主任は直行直帰。S主任は接待のため早退。 今夜は無性に、真直ぐ家に帰りたくなかった。例え猫の子でもいいから 束の間慰みの話し相手をアタシは欲していたのである。 お堅いN係長は、生真面目に仕事の話題で正論を展開し、アタシは欠伸を 噛み殺しつつ少なくとも今宵だけは、孤独に飲んだくれて潰さず済むのを喜んだ。
N係長の家族のことに話が及び、存外アタシは好奇心をもってあれやこれやを傾聴する。 『僕は口に出して女房に感謝を述べたことはないし、誕生日だクリスマスだと プレゼントを贈ったこともないけど… 自分にとって最高の女性は女房です』 彼の真顔をまともに見返し、アタシは感動のあまりしばし絶句したのであった。 「…Nさんて最高のダンナさまね」『そんなことはないですよ。家じゃ年がら年中 女房に気が利かないだの何考えてるんだのと、ブツクサ言われてばかりですよ』 「今まで自分の奥さまをつかまえて、やれマグロだ婆だと悪口しか言わないような ご亭主しか知らなかったから…」『そんなことよう言いませんよ僕は(笑)』
『メイ子さんは、なんで一人暮らししてるんですか』「…なんでって…(-。-;)」 『貴女みたいな弱い人が、東京で独りで生活してることが、僕には不思議で しょうがないんですけどねぇ』「アタシ、そんなに弱いですか?」 『弱い弱い。最初は何て勝気な人や思たけど、精神的にめちゃめちゃ脆いでしょう』 「はぁ、仰せの通りかも…」見ている人は見ているものだと思わず冷や汗。 『思い切って縋ったらいいのに、プライドみたいなのが邪魔してるんですかねぇ…』 ふむ。それこそ脆くて透け透けの、クラゲみたいなそれをプライドと呼ぶんなら。 でもねぇNさん…。
気がつくと、11時半をまわっていた。ウカウカしていると終電が無くなる。 居場所のない女に付き合わされた迷惑も構わず、N氏は勘定を皆払い 車で送ろうとまで言ってくれた。丁重に断り帰途につく。これっぽちも酔っていない。 そして冷え切った自室で間もなく朝を迎え、相も変わらぬ一日が待ち構えている。
飽きもせず、新成人の幼児どもが式典を台無しにして興がるニュース。 こんなもの廃止すれば良いのだと鼻白みながら、“放浪記”をまたぞろ読む。
とうの昔に読み終わっているのに、これ迄に何度繰り返し拾い読みしたことだろうか。 初めて読んだ時アタシはまだ弱冠24で、これを綴った当時の芙美子と同年代ながら 孤独とは、女心とはと、イメージで追体験しようとしたが共感には至らなかった。 しかし、歳月を経て今、狂おしいほどの生々しい実感を伴う記録として映じる。
故郷を離れ、職を転々しながら男と出会い別れながら、東京という砂漠で生きる 一人の若い女。働き、貧しさに喘ぎ、はちきれんばかりの寂しさに泣き叫び 恋をし、捨てられ、死にたいともがき、それでも起き上がり、書き綴り、生きて行く。 日本が貧しかった時代、こんな風に生きなければならなかった女が数多くいた。 そして、自らもが、紛れもなくここに描かれた放浪者なのだということを思い知る。
≪古里は遠い四国の城下町です。父母のことは時たま懐かしく想い出すだけで 東京で一人フラフラと生きています。芸術で身を立てることは叶いませんでした。 仕事を何度も変えました。今の職場にも、長く留まるつもりはありません。 最近、或る男と別れました。今度こそ、赤の他人になりました。 男に縁こそあるが、男運はきっとあまり良くないのだろうと思います…。≫
不況とは言え、大正末期とは比較にならぬ豊富な物資に満たされた生活を送りつつ アタシは芙美子女史より、何がどれほど豊かなのだろう、とふと思ってみる。
| 2002年01月10日(木) |
ON THE ROAD 浜田省吾 “AT 武道館” |
行ってきた〜(#´∇`#) 滑り込みセーフで間に合った♪

無理やり17:30に退社したものの、開演は18:00という過酷さであった。 九段下まで3駅。武道館は初めてなので、一応地図を用意して行ったが 同じ目的地に向かうと思しき大群のあとに、ただついて行けば良かった。 ほぼ開演時刻ジャストに着席。真冬と思えぬ暖かい日で、もう汗だく…。
それにしても武道館って案外こぢんまりしている。横アリや代々体の空間の 半分あるかどうかという感じ。武道館と言えば=ビッグ・アーティストという 感覚でいたが、そうか。ここなら収容人数もさほど多くはなさそうで 大物のチケットは取りにくいから奪い合いってのもアリだし…と納得(?)
ぱぱは、昨年内は武道館が確保出来なかったと言う。本公演は2001ツアーから こぼれてしまった、言わばオプションらしい。演目は去年のLIVEと順不同だが ほぼ同じ。持ってないCDに収録されている“ON THE ROAD”歌ってくれて 嬉しかったな〜(*μ_μ) 静岡から来たという隣の席の男が、やたら話しかけてきては 『ON THE ROAD は広島でも演ってないよ』とか『今日は省吾機嫌いいよね』とか したり顔で喋る。機嫌悪いところ見せたことなんてあるの?『声出てなかったり 体調悪そうな時もあるしね』…ふぅ〜ん。どうでもいいけどアンタうるさい☆
変な話だけれど、仕事のあとこうして熱唱するぱぱと空間を共有していることが 何だか、職場という現実から非現実世界へ突然ワープしたかのようで、ステージを 見下ろしながらなかなか実感が湧かない。近頃、仕事のことで頭を悩ますことも 多く、歌を聴きながら同僚との些細な諍いシーンを思い出していたりする。 ばかばか!勿体無い!ぱぱのせくしーな姿に精神集中しろ〜っ!o(≧0≦)o
ライトを浴びる1階の群集が仁和寺の石地蔵のように見える。ステージ上のぱぱの 目にはどんな風に映っているのかしら。毎回大勢の観客から、こうして熱狂的な 声援を贈られるってどんな気持ちなんだろう。ふと、自分が異邦人のような気がした。 実を言えば今日のLIVEの間中、全く別のことを思いつめて殆ど上の空。 こんなことって…あぁアタシとしたことが…(´ヘ`;) そして隣の男からポスターをせしめ、終了するや真直ぐ帰途についたのである。
年明け早々、怒涛の残業デーと相成ってしまった(-_-;) 長く糖尿病を患い入院生活を続けていた会長が、闘病の末に急死したためである。 お陰で予定外の仕事が山と積まれ、肝心の業務に一向に手がつけられない。 明日に予定されている新年会は、急遽“故T会長を偲ぶ会”と名目を改められた。
不謹慎を承知で言うが、そんなお通夜みたいな新年会、気が進む筈もない。 しかし参加しない訳にも行かず…それよりも何よりも気に掛かるのは…
この調子では、大事な明後日の武道館LIVEが犠牲になりかねないのである。 果して定時にうまく切り上げられるのかしら〜! o(≧0≦)o アタシの狼狽を知ったO係長がひとこと。 『行けなかったら、また俺とM(主任)が電話口でJ.BOY歌ってやるよ』
ばか!冗談言ってる場合じゃないのよっ(T◇T)
| 2002年01月02日(水) |
名も無い観客のボヤキ… |
典型的な寝正月を堪能している。今日など、昼過ぎにこたつで目を覚ます。 NHKも民放もろくな番組やってない。どれもアホくさいバラエティばっか。 余分に払って衛星放送受信したところで、普段TV観ないから勿体ないし。 辛うじてテレビ東京で時代劇が。仕方なく、ぼーっと観るともなしに観る。
二枚目渡辺謙のズーズー弁には違和感を覚えたが、筧利夫の土佐弁よりは 遥かに上手い。筧の如き大根役者に坂本竜馬の大役、ミスキャストもいいところ。 ああそれにしても最近の役者は、時代言葉を喋らせるとサッパリだなぁ。 銀幕スターと呼ばれた往年の俳優たちの、威厳を備えたよく通る口上が懐かしい。 トレンディドラマ全盛期にあって、時代物に通用する演技力を望む方が、今では どうかしているのだろうか。スパルタ演技指導って、ガラスの仮面の世界だけか。 …などと、若手俳優の演技のアラに気を取られ、あらすじが頭からとんでしまうのは いつものことである。昨年暮れに終わった“北条時宗”の時もまた然り。 浅野温子、渡部篤郎、木村佳乃、牧瀬里穂、神田うの 等々… この辺りは現代劇ならまだしも、時代物に起用すべきではない。
それにしても、邦画のみならず洋画も、最近の作品はつまらないものが多い。 何を根拠にと言われれば、ただアタシに言わせれば、としか言いようがないが 何せ役者が下手なのだ。台詞はボソボソ小声で早口で、一体あれが今風なのか? そして役者の演技以前に、脚本がまずい。構成がまずい。漫画の方がまだマシ。 いや、漫画と言えば、ジャパニメーションは更にもっとヒドイかも。 なにこの絵、この歌、こんなハナクソみたいな下らないもの、子供に見せるな! 教育テレビでなんか放送するな!…と一人憤慨した覚えが(作品名は忘れた)。
徹底したリアリズムをアナログに追及する職人肌の監督、職人気質の役者… そういうものが、きっと現代から姿を消してしまったのだろう。 “壬生義士伝”は、放送時間の長さに嫌気がさして、途中で観るのを止めた。
最後にCG糞くらえ!昨今のNHKのCG多用ぶりには虫唾が走る(`、´X)
さて今年の初夢は…というところへ、まさに寝込みを襲われた形で観てしまった。 泣きみそ小石先生につられるように、涙をハラハラ落としながら。
壺井栄 著“二十四の瞳”を読んだのは、小学3年生頃のことである。 瀬戸の小豆島が舞台とあって、方言の解読は容易だったが、当時はまだ幼く 戦前戦中の貧しさも、軍国主義もアカも、師弟愛も、子を失う親の気持ちも 何一つ理解出来よう筈もなく、だが読了後に言い知れぬ切なさは胸に残った。 しかしそれも、頑是無い教え子たちの何人かは死に、何人かは大人になり 若々しく人気者だったおなご先生が老いてしまったことに対する寂寥感、というか 漠とした無常感のようなものに過ぎなかったのだろうと思える。 子供のアタシにはむしろ、併録されていた“林檎の袋”の方が面白かった。
当時の日本人は、あのように貧しく、また屈託が無かったのだろうか。 若き新米教師として島に赴任し、その後18年間、教え子らの成長を通して その喜びと哀しみ、生と死を見守り続けた一人の女性の万感の思い。 再び教師として戻ってきた大石先生は、既に親となったかつての教え子らの 面影を宿す子供一人一人の名を呼んでは、去来する想い出に嗚咽する。 歓迎会の席上、失明し復員した磯吉が、クラス写真に写る亡き級友らを、見えぬ指で さし示す時は、先生のみならず陽気な娘たちですら涙にむせぶ。アタシも泣いた。
大東亜戦争に日本が参戦したことについての、是非を問うつもりはない。 闇雲に反戦を唱え、戦没者を冒涜する戦後の左翼的思想には憤りすら覚える。 ただ、女の目で眺めると、戦争とは何と哀しいものか。女は何と無力なものか。 この映画を観ると、いやでもそれを思う。
先生役の高峰秀子も、生徒たちの演技も良かった。
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