| 2001年12月31日(月) |
「花のいのちはみじかくて」 林 芙美子 生誕98年 |
ああ二十五の女心の痛みかな 遠く海の色透きて見ゆる 黍畑に立ちたり二十五の女は
玉蜀黍よ、玉蜀黍 かくばかり胸の痛むかな 二十五の女は海を眺めて只呆然となり果てぬ。
一ツニツ三ツ四ツ 玉蜀黍の粒々は、二十五の女の侘しくも物ほしげなる片言なり 蒼い海風も 黄いろなる黍畑の風も 黒い土の吐息も 二十五の女心を濡らすかな。
海ぞいの黍畑に立ちて 何の願いぞも 固き葉の颯々と吹き荒れるを見て 二十五の女は 真実命を切りたき思いなり 真実死にたき思いなり
伸びあがり伸びあがりたる 玉蜀黍は儚なや実が一ツ 真実男はいらぬもの そは悲しくむずかしき玩具ゆえ
真実世帯に疲れるとき 生きようか、死のうか さても侘しきあきらめかや 真実友はなつかしけれど一人一人の心故……
黍の葉の気ぜわしいやけなそぶりよ 二十五の女心は 一切を捨て走りたき思いなり 片眼をつむり片眼をひらき ああ術もなし男も欲しや旅もなつかし ああもしようと思い こうもしようと思う…… おだまきの糸つれづれに 二十五の呆然と生き果てし女は 黍畑の畝に寝ころび いっそ深々と眠りたき思いなり
ああかくばかりせんもなき 二十五の女心の迷いかな。 ≪ 放浪記 ≫ より抜粋
| 2001年12月28日(金) |
さよなら2001ライヴ |
今日は一年の仕事納め、納会であった。オフィスの大掃除のあとは 簡単な書類整理を済ませ、酒盛り。帰省の時刻の迫る者が大半だったため 午後3時には解散。アタシは風邪気味で、はやばや帰宅せざるを得なかった。 家に着き、こたつに潜り込んでようやく人心地のついた頃、携帯�笋�鳴る。
O係長 『あ〜今、Mと二人っきりで神田のBOXにいます』 アタシ えっ男2人で?やーん(-。-;) O係長 『ガンガンに盛り上がってますよ。“J.BOY”歌う時また電話します』 アタシ ……(。・。・。)
M主任 『あーメイ子さん、俺の携帯も登録しといて下さいよ』 アタシ あれ、さっきのMさんだった?ワンギリだと困るから出なかった(^^ゞ M主任 『何度もかけて迷惑っすか?メイ子さんのことあいしてるんすよ』 アタシ そうなの?今度からあゆって呼んでいいわよ|_ー*) O係長 『で、あの〜“愛という名のもとに”の出だし、どんなだっけ?』 アタシ ♪ごら〜ん街の灯〜りが〜消えてゆくよ〜も〜すぐ始発が〜ぁ♪(ーoー) O係長 『あ、ごめん。全然参考にならなかった(≧∇≦)』 アタシ なな、なによぅ!(`◇´#)
M主任 『聞こえる?OさんがJ.BOY歌ってる』 アタシ うんうん、上手いわねぇ〜(^◇^;) O係長 『今度は、あばずれセブンティーンと傷だらけの欲望を歌いますよ』 アタシ なんでそんなの知ってるの。本見てタイトル順に読んでるでしょ。 M主任 『メイ子さんも来なよ、今どこなの』 アタシ Hが丘の自宅。1時間半はかかるからこっちに来てよ。 M主任 『そんな田舎には行けません!』 アタシ うちは大都会だもん!(`◇´) O係長 『メイ子さん、俺、最近ガクトに似てるって言われるんすよ』 アタシ 誰それ。 M主任 『メイ子さんは現代を生きてないですね。あゆは魚じゃなくて!』 O係長 『あの、延長だめだって。出てけって言われた。もうここ出るから。 また電話するかも知れないけど、じゃあね』 アタシ はいはい、気を付けてね〜(笑)
こうして電話LIVEは唐突に終わった。彼らに再び会えるのは10日後か。 アタシの不調ぶりに、見舞いがてら笑わせてくれたのかな…と穿ってみる。 休みの間テレビを色々観て、芸能人の名前でも覚えようかしら(ー_ー*)
しかしそのあと観たのは、楽しみにしていた“エクソシスト”。 神父が二人とも死ぬなんてなぁ(`ε´)
今朝は特にしばれる朝だった。お台場にある“船の科学館”で、我が社が寄贈した モニュメントの竣工記念式典が執り行われるため、凍てる中7時に家を出る。 大門で乗り換え新橋で迷子になって、ゆりかもめの乗り場を探すのに時間をロスし 9時前には着けるとふんでいたのに、5分の遅刻!ああん(T◇T)
アタシ 「常務!今「芝浦埠頭」ですが、間に合わないかも知れません!」 A常務 『ああ、まだ準備中だから大丈夫だよ。ゆっくりおいで』 アタシ 「常務!零戦の前にいるんですけど、ここからどう行けばいいんでしょう!」 A常務 『我々は目の前にいるじゃないの。ちゃんと前を見なさい』 ふと見ると、すぐ前方で常務と部長が手を振っていた。恥〜ずかし〜(ー_ー*)
神事、序幕式が終り、見学に訪れていた近所の小学校の生徒らと一緒に記念撮影。 我々大人は、寒風吹きさらしの中で顔を強張らせながらガタガタ震えているのに 子供たちは薄っぺらいシャツやパーカーだけの姿で、隣とつつき合ったりしながら キャッキャ大はしゃぎ。「寒いでしょ( ̄ー ̄)」『寒くないよ!(`へ´)』と胸を張る。 撮影が済むとワーッと一斉にモニュメントに群がり、我先に触りまわしていた。 アタシも小学生の時分は1年中夏の体操服に裸足で過ごし(←強制)、滅多に風邪を 引くこともなかったのに。風の子も、年を取る毎軟弱になって行くものだ。
会食中、窓の外を見ると激しい雨が降っていた。行き交う船やお台場の建物群が 灰色に煙っている。雪になるらしいと聞いていたのだが、この分では霙だろうか。 昼に科学館をあとにし、会社に戻って皆で写真の鑑賞会。太ったなぁアタシ(-_-;) フジテレビが取材に来ていたが、夕刊に載ったのが後ろ姿で良かった。
“カッコーの巣の上で”を観た(1975年製作)。 ジャック・ニコルソン扮する哀しきヒーロー。

人間らしさを求め、ありとあらゆる反抗を繰り返し、精神病院という 非人格的な絶対管理体制に、単身立ち向かった破天荒マクマーフィン。 彼は患者たちの人望を得るが、体制の権化である看護婦長を手にかけようとして 体制側の[粛清]に遭い、無惨な廃人にされてしまう。 彼を唯一理解した友のインディアン「チーフ」が、生ける屍と化した マクマーフィンの生命を[停止]させ、友の遺志を継ぎ[巣]を破って羽ばたいて行く。
久々に、心に深く沁み入る物語であった。
仙台事業所の所長代理に就任するE氏が、新幹線で岡山から上京した。 一緒に食事でも、と誘われ訝ったものの、どうせすることもない休日だし お付き合いしてもいいか、と(20分遅刻しながら)東京駅で待ち合わせた。
E氏には、仕事の上で日頃何かと世話になっている。そして今後アタシが彼の サポートを仰せつかったのだから打ち合わせは必要だ。そう自分に言い聞かせた。 『東京はどこも知らんけ、どっか連れてって下さいよ』 そこで銀座へ向かい、7丁目の“ライオン”に入ってビールと料理を頼んだ。 次々杯をあけ酔いつつも生真面目なE氏は、業務の話に熱弁をふるう。 最近スランプに陥っていたアタシには、E氏の励ましが何より有難かったが 仇敵の話題になると激昂してしまい、ビールをお代わりしても酔いが回らない。 夕方4時頃から飲み語り、気がつくと11時を過ぎていた。閉店である。
人波でごった返していた通りはいつの間にかひっそりとし、夜気が頬に冷たい。 ここからタクシーで帰るとどのくらい?いいえ、まだ終電がありますから。 『このまま朝まで飲もうか…』いつ帰ろうとアタシに門限はないので、同意する。 隣のビルに朝までやっている居酒屋があり、場所を移して飲み直すことになった。 相変わらず業務の話が続くが、次第にE氏の表情が緩んでくるのが分かった。 E氏は離婚歴のある独身である。彼が岡山から転勤し、仙台勤務の所長代理に 抜擢されたのも、有能さに加え、その身軽さもあってのことであろう。 ぽつぽつと、妻と別れた顛末を酔いに任せて語り始めた。世間では珍しくもない 夫婦両家の諍いと親権争いが軸となった修羅場劇を、この人も経験していた。 『後悔は子供のことだけやけど、女房には一切未練はない。早く再婚したい』 来週より、彼は仙台での新しい生活を、全くの一人から始めねばならない。 しかしアタシには何も言えず、目を伏せてE氏の視線を逸らすしかなかった。 果たして孤独な人間は、図らずして同類を嗅ぎ分けるものなのだろうか。
朝の5時になり、夜が明けきらず凍てつく銀座の通りを、地下鉄の駅へと向かう。 『今日は有難う。月曜の午前中、一度東京に戻って顔を出しますよ』と言って 仙台へ発つE氏に、重い瞼を必死にこじ開けながら別れを告げ、電車に乗った。 不思議に何の感慨もない。寧ろ仕事のことに思いを馳せながら、暖かい車中で 揺られるうちに、いつしか眠りにおちていた。
ビデオを2本レンタルして家に帰り、うち1本を観た。 イザベル・アジャーニ主演 “アデルの恋の物語”(1975年製作) フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの娘アデルがモデルの、実話を基にした映画。 自分に見向きもしなくなった恋人を追って追い続け、遂に苦悩のあまり 発狂してしまう、醜女の深情けのような、哀切極まりない悲恋物語である。
教養も気品もあり、最初は凛とした美女であったのが、激しい絶望のうち 次第に精神の閉塞状態に陥り、みすぼらしい狂女へと変貌して行くさまは 見ていて無性に辛くなった。一途な恋心とは言え、行動はストーカー以外の 何ものでもない。ボロボロにすり切れた身なりで男のあとを尾けまわし 握りしめた札束を差し出しながら哀れな目を向けるアデルを、ピンソン中尉は 心底おぞましげに「みっともない!」と言い捨てて馬の踵を返す。 変わり果てた姿のアデルに人々は好奇の視線を向け、親しかった者らは 目を背けるようにさえなる。何故女というものは、ここまでいれあげてしまうのか。 それも決まって、心優しい相手にではなく、酷薄な男にばかり。 「こんなになるまで俺を想って…」と感激するめでたい男など、まずいないのに。 ただ、芸術家肌で感受性が強く情熱的であった、一人のうぶな女の転落劇に 我と我が身を重ね合わせ、身につまされるものを感じないでもなかった。
…当時19歳のアジャーニは、この映画での演技を買われて、後年の “カミーユ・クローデル”に抜擢されたんだな〜(´o`) 正直、あまり好きな女優ではない。顔つきがどことなく桃井かおりに似てるから。
昨夜は会社の帰り、自転車に跨ったまま思いっきり転んでしまった。
路駐車の陰に止まって前方からくる車をやり過ごし、さあこぎ出そうと ペダルを踏み込んだ時に、バランスをくずして右側にバッタリ転倒。 前かごの荷物は飛び散り、右膝をアスファルトの路面に強打!痛い!(T◇T) 見ると、黒ストッキングに丸く穴があいて、のぞいた膝が日の丸形に擦り剥けていた。 先日も、よそ見をしながら歩いていて段差を踏み外し、転んだばかりなのだが アタシはこの年になって(つーかここ最近)、子供みたいに本当によくコケる。 不可解なのは、いずれも同じメーカーの新品パンストを穿いていた日に 不慮の転倒事件が起きたことである。呪いでもかかってたんかいな…(-_-;)
部屋に帰り着き、冷たさに跳び上がりながら冷水シャワーで傷口を洗い流す。 思いのほか出血がひどかったのだが、我が家には消毒液も包帯もないので ひたすらよく洗ってからタオルを巻いた。やれやれ、お風呂どうしよう。
命にかかわる場合は別として、怪我をすると何だか他人に自慢したくなる。 一昨日も、来客にコーヒーを出そうとして熱湯を手にかぶり火傷した際 大袈裟に湿布と包帯を巻きつけて「どうしたの」と訊かれるのをじっと待った。 誰も何も訊いてくれなかった上、タイプや筆記がしづらいだけだったけど。
今回返ってきた言葉は… 『うわぁ恥ずかし〜!子供みてぇ!』『ペンギンみたいな歩き方してるからだよ』 『とれー!本当にバイク乗れるの?』『若い時より、傷の治りが遅いだろう(笑)』 どいつもこいつも悪魔である。
優しく心配してくれたのは、天使の香江ちゃんだけだった…(ノ_・、)
恥をかいた話をひとつ。 喫煙所で、他部署の同僚3人と雑談していた時のこと。
O係長 「(仕事の話)…ということなんだけどM君どう、FLの立場から」 M主任 「(アタシに向かって)FLって実はファッションリーダーの略なんです」 アタシ (*^∇^*)ハハハ M主任 「俺たち実は、我が社の“あゆ”って呼ばれてるんですよ( ̄ー ̄)」 アタシ 鮎…… >゜)))><?
瞬時にあの細身の川魚を思い浮かべた。スレンダーだからと言いたいのかなぁ。 アタシの怪訝な表情を素早く見てとったO係長が言う。
O係長 「…分かってないと思うよ。魚のことだと思ってるよ」 アタシ ?違うの? O係長 「浜崎あゆみじゃなくて、素でサカナの鮎だと思ってるでしょう」 アタシ Σ(゚∀゚;) あ、ああ!
M主任 「まぢですか。それ寒過ぎですよ(ー_ー;) 」 S係長 「Oさんもよく気付きましたねぇ!(爆)」 O係長 「顔見りゃ分かるよ。今どき“あゆ”と聞いてすぐ魚を想像する人は 年寄りはともかく同年代ではメイ子さんくらいだよ」 S係長 「でも理事長(82歳)だってあゆくらい知ってたぜ〜」 M主任 「四国にテレビが普及したのは21世紀に入ってからだっけ」
あの作り物みたいな顔した歌手のニックネームが「あゆ」ってことくらい ちゃんと知っていたけど「あゆ」と言われたら普通「鮎」でしょうが。 これだから、若い人たちと話してると疲れるのよぅ(`ε´) と言いつつこの3人、全員アタシと同い年だったりするんだな…。 そう言えばこの前は、安室奈美恵と安西ひろことやらの見分けがつかず 47歳のJ子さんにすら「本当に芸能人知らないんだねぇ」と笑われたし。 アタシだって昼間あくせく仕事なんかせずに、こたつで日がなぬくぬく 芸能情報満載のワイドショーとかぼーーーっと見ていたいわよ!
明日の忘年会は、このネタでまたサカナにされそうで、やだなぁ。
|