マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (お仕事日記) 初挑戦


昨夜は土曜と有って、地元の(S)は大入り満員。
そこで、な、な、なんと、一番乗りのお客様のお連れ様が(親戚関係十数名で来てらしたお客様)偶然にも九段中学の一級先輩だったんです・・・・・・。(笑)
彼女もマッサージチェアーに座ったんですが、話しの向きからそれを知る事となり、ワーワー、キャーキャー・・・・・・。
家庭科の(T)先生の話やら、音楽の(T)先生の話、社会科の(H)先生、理科の(I)先生の話なんかで思わず盛り上がってしまいました。

彼女はお顔を拝見すれば、三十代前半のようなお顔立ち。
とても私より上とは思わなかったのですが、マタマタ、そんなドラマが有った訳でして・・・・・・。
懐かしいやら嬉しいやら、こんな所がこの仕事の醍醐味なんですよね〜。
何時誰に巡り会えるか解りません。

処で・・・・・・今何時だと思います?
朝の6時40分。
実はそのお客様ではないけれど、購入見込み最大のお客様が、「明朝来てくれたら考える」と言ってくださったので、行ってみようかと思うのですよ。
これで来てくればかったら、ショック・ビック・でかっ!! (古っ!!(^^;)

今日、明日は本来休み。
でも地元だし、売れてないので少し頑張ってみようかと思い、先ほど起きて、朝シャンしてこれからイッテキマース"8-( *゜ー゜)カタカタカタ--.. 。
どうか売れますように・・・・・・。†o(・・;) アーメン
【一応はこんな努力もしてるんだからね? 会社よ・・・(笑)】


そんな訳で行って来ます。続きは又後で・・・・・・。(売れるよう祈っててください)



続きです・・・・・・。

あっさり振られました。(爆)って言うか・・・、スッポカし・・・。
来もしなかった。(;>_<;)ビェェン!
時間まで約束させておいて・・・・・・。
 
酷いわ!! 酷すぎる!!! 私の休みを返してよ〜〜〜〜〜〜!!!!!(爆)
早起きして朝シャンまでして行ったのにぃ・・・・・・。

しかし、自分から「明日の朝、もう一度試させてくれたら買うかもしれないから」何ぁ〜んて言って置いて、いい加減なもんだなぁ・・・・・・。
世の中、いい加減な事を言う人がいかに多いかと言う事も、この仕事を始めてから思い知った。(爆)

こちらがしつこく責めていて逃げ口上に「後で又・・・」とか言うなら話は別だが、私は押し売りはしないし、出来ない。
お客様の方から「これは良いですね」「後でもう一度来てもいいですか?」「今日の夜、もう一度来たいんですが、何時までですか?」等と言われると、私達は本気で待って居るのです。
そりゃぁ〜、成績と生活が掛かってるんですから、一つでも売りたいですもの・・・。
そう言う時に来てくれないと、数倍も落胆するのです。


そんな言葉に、一縷の望みを賭けるのです。期待をしてしまうのです。
まして売れていない時などは、地獄に仏にでも会えた気分で(爆)「ようやく売れるかも知れない」と、ワクワクしながら待っているのです。
買う買わないは別にしても、約束は守って欲しいなぁ・・・・・・。
せめてちゃんと来て欲しい。
私に限らず、多分皆さんもそうでしょう・・・・・・。
お陰で昼寝をしてしまい、休みが半日終わってしまって、勿体無いような切ない気分です。(・・,)グスン

だから、あまりいい加減な事は言わないで欲しい・・・・・。
断る時は、きっぱり断ってくれた方がナンボか諦めも付く。
皆様も、何処かのホテルや旅館でマッサージ器売りを見掛けたら、あまり期待させるような事は言わないであげてくださいね?(爆)切なお願いです。
多分それは我が社の人間です。(笑)


ただ、今朝は収穫もありました。
夜には見ることの出来ない、物凄く神秘的な景色が見られた。
直ぐ裏手の山々に、目線の高さに濃い雲が掛かり、何とも言えない不思議な景色に思わず見惚れてしまいました。
手で触れられるような場所に雲が降りているのです。
あんな景色は、此処ならではのものでしょう・・・・・・。
マ・・・、そんな景色が見られただけでも良いとするか・・・・・・。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ

それに、昨日の中学の先輩の従姉妹さんと言う人が椅子に乗って、昨日の話で持ち切りになり、HPの宣伝も出来ました。
きっと先輩の(K)さんは、帰り次第このHPを覗いてくれる事でしょう。
そしたらBBSで話し掛けてくださいね〜♪



今日のみそひともじ

来ないかなぁ・・・ それでも期待し イソイソと 出掛けて見たら やはりホカされ





2003年11月30日(日)
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■ 【ミニエッセイ】 「雨多き人生は、実り多き人生でも有る」


あるプラス思考のメルマガを購読しているのだが、そこにこんな事が書かれていた。

確かに、物質的・経済的な成功はいまだ何も実らせる事は出来てはいないが、その分、情感的、感性的、感動的な実りは、人の何十倍も頂いたと思う。
そして何よりも、人間関係の実りが何時も私の人生を支えてくれて来たような気がする。

私のように、超特級並みの波乱の連続で形成された人生を歩んでいると、ハテ・・・、今度は一体何が起こるんだろう・・・と、一種の楽しみさえ出てくる事がある。
決して開き直りや、自虐的発想ではなく、もう、何が起こっても、その全てが愛しいと言う域まで達し始めているのだ。
それこそが神様が与えてくれた、私だけの色取り豊かな人生なんだもの・・・・・・。
その出来事の一つ一つが、私の心にちゃんと愛しく息き付いている。
それで感情が溢れて、物が書きたくなったのだから・・・・・・。
こんなに中身の濃い人生を歩めて、物凄くシアワセじゃないか・・・と、今では本心からそう思っている。

その真っ只中に居る時は確かに苦しいし、涙が溢れるし、辛いと感じる。
暗中模索の中、息も出来ないほど打ちひしがれる時もある。
でも、そんな私の人生は、何時も良き理解者たちが周りを覆ってくれていた。
愛すべき親近者や友人達が何時も周りで叱咤激励してくれ、楽しみを提供してくれ、喜びを提供してくれ、決して孤独ではないんだと勇気付けてくれ、私がどうやって乗り越えるかを有る意味愉しみ、ほくそえみながら、(笑)黙って見守ってくれていた。
そして、足を引っ掛け、いよいよケッ躓きそうになると、苦笑いしながら(ヤレヤレ・・・)と手を差し伸べてくれた。
皆それぞれに、少しの破綻を経験した事の有る、心優しき堕天使たち・・・。
そんな人々に感謝して生きて行きたい。

こんな人生を歩めて来たシアワセを、私は心からありがたいと思う。

そんな数々の愛しいドラマや、人間達を神様は私に送り込んでくれたのだろう・・・。
金品や物質との引き換えに・・・・・・。
そう考えると、この人生は本当に愛しい人生だ。

金品に恵まれ、何の不自由も無い人でも、どこかに虚しさを感じている人たちは大勢居る。
ぬるま湯に浸って居る事への違和感を感じながらも、そこから抜け出せない。そこから飛び出せない。自由を求めるけれどその勇気が無い。
『ある意味貴女の人生が羨ましくて仕方が無いと思う事があるのよ・・・』平々凡々に暮らしている人から、こんな事を言われた事がある。
経済的に困っている訳でもなく、物質的に困っている訳でもなく、家が揉めている訳でもないと言う。でも、ただただ虚しいのだと・・・・・・。ただただ無感動なのだと・・・・・・。ただただ、何も無いのだと・・・・・・。

ある人が私のBBSで、究極の幸せを見た。と言っていた。
確かにそうかも知れない・・・・・・。
何時も、何かを得る為には、何かを棄てて来なければならなかった私の人生。
楽しもうとすればそれ相当の犠牲と裏腹だった私の人生。
そうして物々交換をしながら歩んで来た人生の末路に、何も残らなくてもいい。
私が死ぬまでに、返し切れなかった場所に返し切れるだけの保険金と、心から泣いてくれる人が数人と、私が書いた日記が残れば、それでいい。
私が生きた証が残れば、それでいい。


今日のみそひともじ

平凡で 事なき人生歩むより
綱渡り好む ピエロの如く





2003年11月29日(土)
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■ 晩秋色の風景&(お仕事日記)&オマケ


今朝は寒いですねぇ〜。グン! と冬への暴走を感じさせる一日です。
窓の外の景色も、晩秋色です。
晩秋色ってどんな色ですって? (笑)

う〜〜〜んと・・・・・・、何だろう・・・・・・、エバミルク色って言ったら良いのかなぁ・・・・・・。
空も、目の前の田んぼも、向うに見える家々も、その又向うに見える遠い山々も、何となく今日はエバミルク色に霞んでる感じ・・・・・・。
真っ白ではなく、少し暖か味を含んだ、エバミルク色・・・・・・。
こんな日は、コラヴォケールのシャンソンでも聴きましょうか・・・・・・。


あっ!今、そんな視界の額縁の中を、さっき散歩に出たミュウーが横切った。
【邪魔だ邪魔だ、シッシッ! どけどけ〜〜〜ぃ!(笑)】
お陰様でミュウーもすっかり良くなりました。
本当に親の懐思いの娘で助かります。(^^;


サテ。。。
昨日は諏訪の(N)ホテルで、惜しい所で売り損ねてしまった・・・。
初っ端、奥様連れのオジイチャンと年配の男性が一人ずつ体験したんですが、その両方が気に入ってくれ、特に年配男性は、すこぶるブーツを気に入ってたんですね。
とても真面目そうで、恰幅の良い、上品な男性。
「おや、これは本当に良い物ですねぇ〜。先ず、理屈抜きで気持ちが良いし、身体中がポカポカしてくる」
その後も、「いやぁ、良いなぁ〜、本当に良いなぁ〜」の繰り返し。
足だけではなく、腕や背中への使い方を説明しても、「そんな使い方も出来るんですか・・・・・・益々良いですね〜」と興味津々。
パンフやツールも真剣に読み、終わった後は足踏みをして、「何ですか? この軽さは・・・・・・、こりゃぁ〜本当に良いわ。女房も来ているので、後で進めてみますのでよろしくお願いします」と言って、さぞかし満足したのだろう。奥様がOKすれば、なんのためらいも無く商品を購入したいみたいな雰囲気だった。

しかし、その後お試し客が増え、折角奥様がわざわざ旦那様に聞きつけて来てくれた時には、椅子が埋まったばかり。団体客に占領されていて、試す事が出来なかったのだ。
奥様は残念そうだった・・・・・・。

「夜は何時までですか?」 

『折角来ていただいたのに申し訳ありません。11時までは居ますので、必ず来てくださいね』

「解りました。じゃぁ、後で来ますので・・・・・・」

しかし、旅の疲れで眠ってしまったのだろう・・・・・・・。
十一時半まで待っていたが、来てはもらえなかった。

もし、あの場で試せていたら、確実に売れていた自信がある。
そう考えると、残念でならない・・・・・・。
こんな風に、タイミングを逃して売れ損ねた時が何度かある。

契約書の段階まで行ったのに、酔っ払いにトイレットペーパーの交換を頼まれ、代えている内に、何処かへ行かれてしまったり、やはり、クロージングの段階までようやく持ってきたのに、風呂場で子供が吐いてしまったと言う事で、その子の世話をしている内に、部屋に戻られたりしたり・・・・・・(^^;
そんな時は悔しさが残る。(苦笑)

昨日は、車に泊り込んで、ダメ元で早朝、もう一度待って試させてあげようかとも考えたが、止めた。(笑)
それでもしも来なかったら、疲れ5倍だし・・・・・・。(^^;
それに、チト風邪気味だったし、怖さも有って車で一夜を明かす自信がなかったのだ。
(こう言う処で、ダメなんだろうなぁ・・・・・・私は・・・・・・)
ま・・・。確実に手ごたえのある反応はどんどん増えて来ているのだから、少し自信が付いて来た事は確かだ。
しかし、実に勿体無いお客様を逃がしてしまった・・・・・・。

昨日は事務所で一昨日買ってくれたお客様の事務処理を済ませ、お礼のお手紙と共にエッセイを一つ同封した。今日辺り届くだろう・・・・・・。

やはり私はこの仕事が楽しい。
仲居の時と違って、体力も使わないし、何よりお客様との会話が楽しめる。
商品を気に入ってくれて、私を気に入ってくれたら、本当に自信を持って売れる物である事が解りかけてきた。
完全ノルマになろうが、なんだろうが続けていく決心が付いた。
仕事仲間の性格も愛すべき物だし、個々の味わい深い人生観も愉しい。



あっ! そだそだ・・・・・・。
今までの話しとは全然無関係だけれど、今日、お邪魔虫(失礼!)のお一人で、「俺はモテテ、モテテ、仕方ないんだけど、ネエチャン・・・、真ん中の足に効くようなマッサージ器は無いんかいなぁ・・・」等と、【お顔を見よ!】と言いたくなるよなお門違いのお爺チャマが居りまして・・・・・・(ーー;)
お年寄りの団体には、このような受け答えをされる方が必ず一人は混ざっています。(^^;

ネエチャンと呼ばれた事は、嬉しく無くも無かったのですが(^^; チト【ジロリ】と一瞥をくれ、「会社に近々相談しておきます」と、答えておいた。
それで、今、ふと思い出したんですが・・・・・・。(爆)

皆様はこんな諺(?)知ってますか?

春ムスメ 夏は夜鷹(ヨタカ)で 秋芸者 冬はお囲い 暮れ女房

江戸時代の好色男性の、女の愉しみ術の最も贅沢な方法を言い表した物なんでしょうが、何かの本で読んで、私の頭の中から離れないフレーズなのです・・・・・・。(笑)
昔の人は小粋な事を考える物ですねぇ〜。

そこで私も、これの現代女版を考えて見たんですよ。(笑)

春彼氏 夏はツバメで 秋ホスト 冬はパトロン 暮れ亭主

んで、もう一個オマケ・・・・・・。

春坊や 夏はオカマで 秋ホスト 冬はパトロン 暮れ亭主 (笑)

夏のオカマはチト路線が違っているようですが・・・(^^; 男を色んな意味で愉しむ方法としては、中々言いえて妙ではないですか? 
いえいえ、何を隠そう、私がオカマ好みなだけなんですが・・・・・・。 (*≧m≦*)ププッ!
ちなみにホストには全然興味はありません。
遊びに行くなら、ゲイバーの方が断然Good! です。

今日のみそひともじに代えて掲載しました。


2003年11月27日(木)
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■ (お仕事日記)今、何気に日記のカウンター見たら33331だった。


後二人で、33333だぁ〜〜♪
何気に嬉しい数字が並ぶ。
3は私のLuckyナンバーなのだ。
って・・・・・・、多分この日記を書いている内に、キット踏まれた人が居る事であろう。

(^-^)ノ∠※PAN!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*オメデトウ

でも、今回商品は出ないけど・・・(^^;、ご希望ならば、その人宛てに、超下手くそ直筆の【お祝いはがき】を出しますよ〜ん。
シールを剥がすとリンゴの香りのする、かぁ〜ゆいハガキです♪
(一枚70円もしたんだからぁ〜(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!! )
BBSにカキコしてください。


昨日、ようやく一個売れました〜♪
下田研修以来初めてだ〜。(^▽^;)
何時も何時も、買いたい人が必ず出て来るようになって、名前に住所や電話番号も教えてくれるという、見込み客は必ず一日1〜3人出来るようにはなってきた。
その人達に電話をして、断られると怖いので(^^;、心のこもった手紙を出してみようと思う。(笑)
そして、昨日、仕事中だったけど、以前買ってくれたお客様から、「酷い足攣りが治りました」って言うお礼の電話が有って、もの凄く嬉しかった〜♪
今では家族で引っ張りだこらしい・・・。(*≧m≦*)ププッ!

友達に宣伝して、誰か欲しいような人がいたら、私に紹介してくれるって・・・・・・。【感涙!】
そんな嬉しい電話のお礼に、何かエッセイを書いて送りましょう。(*^_^*)



サテ・・・今日の仕事は諏訪です。&会議です。
もしかしたら社長も来ます。
そんな前日に売れるなんて、超ラッキ〜♪
(クワバラクワバラ・・・・・・)(^^;


話は変わりますが・・・。
昨日友人(M)とチャットをしてて、私が地震の話を書くと必ず地震が起こりそう・・・、なんて言われてしまいましたが、一昨日あたりも書いた日の夜だかなんかに地震があった様で・・・・・・。(^^;
被害はあまり無かったようですが、怖いです。地震は本当に怖いです。
TVで言ってる【XDay】は今日なんですよね〜、今日・・・。
(嫌だなぁ・・・・・・)
これこそ本当に、クワバラクワバラ・・・・・・・です。
地震など起きませぬように。

今日、仕事諏訪なのよね〜。
お陰様で14階建てのホテルではないけれど、老舗の旅館だから、大地震が来たら・・・・・・。{{{{( ▽|||)}}}}ぞぉ〜〜〜〜〜(笑)

でも・・・。
ホレ・・・、私ってやっぱ晴れ女でしょう? 昨日までの雨がカラリと上がり、今日は絶好の諏訪日和。(笑)
お陰で今夜は、地震さえ起きなければ、安心して帰って来られる事でしょう。
さて、天気も良いし仕事頑張ろう〜〜〜〜〜っ♪


今日のみそひともじ

昨日売れ 今日は好天恵まれて
今日も売れそな 良い予感なナリ




追加・・・・・・。
昨夜、美ヶ原温泉(S)でお会いした、コウちゃんさん御一家。
HP見付りましたかぁ〜〜?
あれから売れたんですよ〜〜♪y(^ー^)yピース!
アメリカに帰っても、お元気でね〜。
又何処かで会いたいですね〜♪ お母様ともネット交流計りたいと思っています。
偶にHP覗いてカキコミ下さいね〜〜。(T∇T)ノ~~フリフリ


2003年11月26日(水)
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■ (日記)前回のワールドカップは病院のベッドで見たなぁ


今、ワールドカップが燃えて居る。
私はバレーボールは大好きなので、何時もワールドカップだけは、見られる限りTVにへばりついて応援している。

そう言えば前回のワールドカップバレーは、丁度大学病院の個室のベッドの中で、応援していたっけなぁ・・・・・・。
7月に9時間に及ぶ大きな手術が終わり、この時期は3度目の抗癌剤を投与していた頃だ。

点滴をぶら下げながら、興奮状態で応援している私に、看護婦が何時も苦笑してたっけ・・・・・・。
「いい加減に大人しくしていなさい!」と、叱られる事もあったくらいだ。(笑)


一日中、(朝から夕方まで)抗癌剤を投与し、翌日からは、吐き気止めやその他諸々の点滴を数日打ち、2週間ほど入院し、様子を見て、経過が良ければ2週間程家に帰れるという行程を4回繰り返すのだ。
知ってる? 抗癌剤の点滴の色って、イカにも毒々しいのよ。
赤や、紫や、blueや・・・・・・。
まるで折り紙で作ったジュースみたい・・・・・・。
それが漏れて皮膚に付くと、皮膚が腐るんですって。(笑)
そんな物が身体の中に入るんですものねぇ・・・。人間の体の中は一体どうなっちゃってるんでしょうねぇ・・・・・・。
私は特に、血管が細いので、看護婦や医者が苦労してたわ・・・・・・。

幸い私はアガリクスが効いていたせいか、何時も、退院検査の判定は難無くクリアし、抗癌剤の後遺症に苦しむ事もなく、クリスマス前の完全退院を目標に、入院生活をエンジョイしていた頃だった。

個室だったせいで、TVの音も然程気を使わなくて済んだし、他の患者さんや友人の医師等と、楽しくおしゃべりしながら観ていた事もある。


今思えば、あの頃はシアワセだった。
唯一私の45年間の人生でお金の苦労が無かった、ほんの束の間の一年半。
店の立退き料と癌保険の保険金と言う、生まれて初めての大金を手にし、今まで出来なかった、あれもしてみたい・・・、コレモしてみたい・・・と、希望に満ち溢れていた頃だった。

思えば、あの頃が懐かしい・・・・・・。
決して嫌ではなかった入院生活。
むしろ、私は癌になれた事を心から喜んでいたくらいなのだから・・・・・・。

『癌になって喜んだのは、後にも先にもマキュキュだけだよ」と、友人医師の(T)が笑っていたっけ・・・・・・。

こんなに元気になって、長生きすると知っていたら、もう少しケチになって貯金を残して置けばよかった・・・・・・。(^▽^;)



もう4年が経過し、後一年無事に過ごせたら、ほぼ再発の心配がなくなるという。
ハテ・・・? 私の場合はどうじゃろか・・・・・・。

今年一年が最も再発しやすい時期だという・・・・・・。
ストレスを溜めない事が一番だと言うけれど、それは所詮無理な話。(笑)
仕事でも私生活でも、余裕がないという事が一番のストレスです物ね・・・。

いくら気をつけて居ても、なる時にはなるんだし、なったらなったでジタバタせずに運命を素直に受け入れよう。
神のみぞ知る運命に逆らって見た所で仕方が無い。
それよりも、何時何が起こっても良いように、一日一日を、有意義に悔いなく過ごせば良い。
何かに一生懸命になれていれば良い。
何かが楽しければ良い。

命の長さよりも、生きた内容が本人にとって見てシアワセならば、それだけで良いじゃないか・・・・・・。


今日のみそひともじ

もう4年 あっという間に 過ぎ去った
今振り返えりゃ 愛しき日々 






2003年11月25日(火)
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■ (日記)私が欲しいものPart��


この所、やらなければならない事が沢山たまり、日記が書けないで居た。
昨日今日とお休みだったのだけれど、昨日は一日、洗濯だの、掃除だの、フゥーリィーの話し相手だの、下田営業所の研修レポートだのを書いて過ごした。

今日は今日で、以前から約束していた友人宅に急遽行く事にナリ、営業がてら行って来た。
生憎友人宅も今は余裕がないらしく、売れはしなかったが、久々に溜まった話が出来、楽しかった。
しかし、下田研修に行ってからまだ一つも売れていない。
これは大変にバツが悪い。
何とか今回の給料を確保できたんだから、今月もしっかり売らなければ・・・・・・。
なんてったって、期待されているらしいので、それに応えなければみっともない。



ところで話は全然変わりますが、最近のTVも嫌な事ばかり・・・・・・。

幼児虐待や、親殺しなどが日常茶飯事で、本当に、日本はどうしてしまったのか・・・・・・。

私が大嫌いな地震の話題もマタマタ浮上してきている。
今月の26日が何気に怪しいらしい・・・・・・。
研究用のナマズが騒ぎ出していると言う。
統計学上、過去にも26日に地震が起きている事が多いのだそうだ。
明後日、もしかしたら大きな地震が来るカモシレナイと言うような事を、TVで言っていた。
幸い、あさっては地元が仕事場だから、良いような物だけど、もし、諏訪の(B)ホテルなら仕事場が14階なので困る。(^▽^;)

何だか、テロが東京で起こるだの、地震が起こるだの、最近のTV番組は物騒でいけない。

いよいよ日本も危ういのだろうか・・・・・・。
終焉を迎えるのだろうか・・・・・・。

まぁ、何が起こっても、運を天に任せるしかないのだけれど、もし、何かが起きて死ぬとしたら、やはり私は家族で一緒にいたい。
ミュウーとフゥーリィーと息子が居て、出来たら、仲良しの友人達と皆で楽しく過ごしながら死を迎えたい。

今、地震やテロが起こったら、瞬時に眠れる薬が欲しい。
飲んだ瞬間に眠れ、痛さや恐怖も感じない。
それで目覚めれば無事だったんだろうし、目覚めなければ、お釈迦になったんだろう・・・・・・。(笑)

でも、何かの下敷きになりながら目覚めるのも辛いよね・・・・・・。
(ーー;)

んじゃぁ、タケコプターのような物が有ったらドウだろう・・・・・・。
地震が来た瞬間、高く舞い上がれる機械。
これは地震には使えそうだけど、テロじゃ無理か・・・・・・。

でも、こんな世の中で、長生きしたくないような気もするし・・・・・・。
グリーンマイルのジョン・コーフィーの気持ちが痛いほど良く解る。
あの映画は何度見ても、泣けて泣けて仕方がない・・・・・・。



どっちにしても、何事も起こらないように祈るしかない。


今日のみそひともじ

これ以上 怖い世の中 見たくない
何処に有るのか ノアの箱舟





2003年11月24日(月)
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■ (日記)ゴザンスに初投稿


1年くらい前、女流漫画家の友人に、「【ゴザンス】と言う面白いページが有るんだよ〜。そこに、マキュの書いた物を投稿してみたら?」 と言われていた。
でも、その当時、そのページに行っては見たものの、パソコン超初心者だった私は訳が解らず、リタイアし、そのままずっと忘れていたのだ。

そしたら、つい先日、エンピツ仲間の【たりた】がBBSで改めてその所在を教えてくれた。
彼女は既に数回投稿していたらしく、彼女の記事がピックアップされている事を彼女の日記で知り、ほうほう〜・・、と頷きに行って見た。
そしたら、なんと【たりた】だけではなく【あちゃみ】もライター登録をし、記事を投稿しているではないか。(爆)

ゴザンスのURLがお気に入りに入りっぱなしになっていたので、ジックリと【ゴザンス】のシステムを見直すと、いとも簡単にライター登録が出来るではないか。。。。。
そこで、私も手始めに、遊び感覚でその応募の中の【ことばあそび】に初投稿してみた。

お題の文字を筆頭に、ことばを並べていく遊び。
要は【アイウエオゲーム】と一緒だ。

お題が【かたこりようつうのしびれ】
なのだが、即興で作っている内に、とんでもないものになってしまった。(笑)

http://www.gozans.com/ (←ゴザンスのHP)

暇と勇気が有る方は覗いて見て下さいな・・・・・・。
でも、初投稿ゆえに出来栄えは【ダミダコリャ・・・】です。
期待しないで下さいね。(^^;


サテ・・・・・・。
昨夜は諏訪で仕事だったんですが、12時まで頑張った末、売れなんだ・・・。(・・,)グスン
帰り道は土砂降りで、昨夜はひときわ霧も深く、それでも早く寝たかったので例の山道の方を通って帰って来たんですが、まるで【世にも奇妙な物語】に出てくるような、不思議な景色に包まれ、怖さよりも、何かとてつもなく魅力的で、幻想的な感覚に捕らわれながら走ってました。

一寸先が何も見えなくなったと思いきや、すっと視界が広がり、深い森に包まれる。落ち葉が絨毯のように敷き詰められ、オレンジ色に光る外灯が妖艶に浮かび上がる。
その繰り返しの中、どんどん違う世界に入っていってるような、4次元の空間に迷い込んだような、そんな奇妙な錯覚に捕らわれていた。

その感覚が、結構楽しかったです。


今日のみそひともじ

霧の幕 今度その幕上がったら
何の世界に 入り込むやら




追伸・・・・・・。

ゲッ!!(||| ▽)~~  ゜゜←目

初投稿でやはり、ドジってるぅ〜(;>_<;)ビェェン

やっぱ私は慌て物だ・・・・・・。(^^;

御題は 【かたこりようつうのしびれ】
かと思いや、投稿してしまった後で気付いたら 【かたこりようつうてのしびれ】 だった。
要は、【て】が抜けてたのだ・・・・・・(_ _。)・・・シュン

書き直そう・・・っと。(^▽^;)


追伸の又追伸・・・・・・(;>_<;)ビェェン

今度はタイトル抜けてたぁ〜〜。\(><)/ギョッ

3度目の正直でやっと今、まともに書き終える、このザマ・・・! 
ショック!!


2003年11月21日(金)
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■ 【愛猫エッセイ】 もしもミュウーが居なくなったら・・・


そう考えると此処数日、眠れなかった。

先日、ミュウーが病気になった。
私が下田から帰って来た頃から、徐々にミュウーの様子が変わってきた。
先ず、段々と声がしゃがれて来、元気も無くなり、餌の減りも悪くなって来た。
じゃらしても反応せず、怒ったように威嚇する。
最終的には、押入れに入りっぱなしで、呼んでも全く出てこない。
触ると怒り、熱もあるようだ。

それまで、一生懸命に手をかざし、何とか治ってくれるように祈ったが、やはり残念な事に身内には反応してくれない私の力・・・・・・。
こうなると医者に頼るしかない。
いよいよ病院に連れて行かなければ・・・・・・。と覚悟を決めた。

しかし、今月は下田の研修が有ったり、どうしても一気に支払いをしなければならない所が出て来たりで、ただでさえ心神喪失状態になるほど、生活費が残せなかった月なのに、もう全く余裕がない。
給料日から給料日まで一日5〜600円でやっていく計画だったのだ。
【こう言う時に限っていつもそういう事態になる。(・・,)グスン】

祈るような気持ちで、【ボス】と言う名のチンチラを飼っていた頃から、20年来、ずっと世話になっている動物病院の、女医さん(我が家のペット担当医)宛てに電話をする。
「今、全くお金に余裕がないんですが・・・・・・」
すると、診察だけなら600円足らずだから、取り合えずは診察だけでもしてみて、それから考えたら? と言われた。
嫌がるミュウーをゲージに入れ、連れて行く。

怖さと苛立ちで、診察台の上で大暴れするミュウー。

一通りの触診と熱を計り、診断の結果は、喧嘩で付いた傷からバイ菌でも入った事による咽喉炎か、風邪だろう。と言う事である。
ネコのエイズとか、伝染病の類の熱ならば、もっと高いので、その心配は少ないと言う。

要はここまでが600円なのだ。

喉が痛いはずだから、カリカリの餌は無理でしょう。暫くは缶詰の柔らかい餌にしてください。取り敢えずは薬を飲ませて様子を見ては? と言われた。
「ハイ・・・」と言いながら、情けなさに涙が出る。

本当はもっと精密な検査をしてあげたかったが、それをすればお金が足りない。
薬だけで快復する事を祈りつつ病院を出る。
この日、病院代と缶詰代で4000円弱が飛んで行った。

家に帰り早速薬を飲ませる。
ミュウーは薬を飲むのが上手なので、それだけは救われる。
質屋に電話をし、今月の24日が期限だった指輪のお泊り料金を(笑)今月末まで待ってもらう事にした。

「ゴメンね、ミュウー。満足な診察もしてあげられなくて・・・・・・」


それでも祈りが通じたのか、1日、2日と薬を飲ませて行く内、ミュウーがどんどん元気になってきた。
ミュウーはカリカリの餌しか食べてくれなく、結局は缶詰が無駄になってしまった。(^^;
今夜のフゥーリィーのおかずにでもしようか・・・・・・。(笑)

今では声も殆ど正常に戻り、カリカリ餌も良く食べ、ほぼ、何時も通りのミュウーに戻ってくれたのだ。

正直言って、あれだけの診察で解る物なのかなぁ・・・と不安だったけど、さすが我が家の担当医(M)先生!。
(そう言えばこの人もMさんだ・・・・・・)


ペットが病気になると辛い・・・・・・。
勿論、病気そのもので苦しんでいる愛しい我が子を見るのが辛いのだが、そういう、もしもの時に余裕がない自分がより情けなくて辛い。
幸い、ミュウーは滅多に病気はしないが、ボスの時は医療費だけでうん十万と言うお金を使った。

早くペット保険が確立してくれたら良いと思う。
そうすれば、避妊や去勢手術も手軽になり、野良猫や野良犬も減るのではないか・・・・・・。
ペットの病気に治療費が払えず、身を切るような辛い思いをしながら、棄ててしまうような人も居なくなるのではないかと思う・・・・・・。
ペット保険が確立したら、殺してしまうような人が現れるから・・・。と言う声もあるようだが、治療目的だけの保険にすれば、何ら問題はないと思う。


何はともあれ、元気になってくれて本当に良かった。


今日のみそひともじ

物言えぬ オマエの辛さ 見兼ねるも
何も出来ずに ただ祈るだけ




2003年11月20日(木)
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■ (日記)楽しかった下田研修 (最終回)


昨夜、遅くまで飲みながら話が盛り上がったので、朝(Y)さんと二人して寝坊してしまい、フロントからのインターフォンで起された。
「レストランで朝食のご用意が出来ております。先ほどからお待ちですのでそろそろ降りてくださいますか?」
【ヤバッ!】
慌てて顔を洗い、二人でレストランへ降りて行き、食事を取る。
その日の希望は、和食にしておいたので、これは正解だった。
イカにも旅行先の朝食と言うような、和食セットが良かった。
【アジの干物・海苔・納豆・小鉢が2つ・生卵・味噌汁・漬物】

朝食を取り終え、コーヒーを飲みながら軽くおしゃべりして部屋に戻りお掃除をする。
そして(Y)さんに駅まで送ってもらい、長野での再開を約束し、私は帰路についた。
彼女には為になる話を一杯に聞けた。

乗った電車は、所々座席が窓際に向いて作られた、洒落た計らいの電車だった。
それだけで、もう、子供のようにはしゃいでしまう・・・・・・。
それで熱海まで行って、新幹線に乗り換える予定。
隣り合わせたアメリカ人夫婦と、片言の日本語で話す。(笑)

研修後、二日間の休みを貰っていて、兼ねてから「もし時間が取れたら呑もうね〜」と約束していたネット仲間達に夕方会う事になっていたので、約束の時間まで大幅な時間が空くので、東京の四谷に住む従姉妹(R)の家で時間を潰しがてら、去年、高齢出産をしたと言うので、子供の顔でも見に行こうと思い、電話を掛けると生憎午後には出掛けてしまうと言う。
そこで同じビルに住む、もう独りの従兄弟(N)に電話すると留守だ。
もう一度従姉妹の方に電話し、従兄弟の(爆)所在を聞くと、「そう言えば、芝居の稽古だって言ってたよ〜。確か、吉祥寺辺りにいるんじゃないかなぁ・・・」と言っていた。
仕方ない・・・・・・。諦めるか・・・・・・。

従兄弟の(N)と(R)は兄弟で同じ持ちビルの上と下に住んでいる。
(N)は私より4つ上で、亡き大物喜劇俳優(MN)の長男。
あまり売れては居ないが(爆)、一応は今でも現役の役者である。
子供の頃から異端児で、私も(N)も良く叔母達の【こき下ろし】の的にされていた。
叔母達から私がガミガミ言われていると、「皆はH【私の本名のイニシャル】の本当の優しさを知らないんだよ・・・」と、何時も庇ってくれた仲良しの心強い見方だ。
(N)のお陰で音楽に目覚め、ヒッピーやらの仲間にも、Jazzのアーティスト達にも知り合えた。
摩訶不思議な感性に出会えたのも、(N)のお陰で、今でもちょくちょく電話で話したりもしている。

どうしよう・・・・・・。使えるお金も無いし、時間大幅に余っちゃうし・・・・・・。
映画館に入るお金も無いや・・・・・・。

そうこうしている内に熱海に着き、新幹線に乗り換えた。
こうなると4時間もの時間を潰す手立てが無い。プラプラ散歩をするには荷物も重いし、寝不足で疲れすぎている。
生憎この日に限って遊んでくれる人が誰も居ない。

え〜い!こうなりゃ手当たり次第だぁ〜(笑)

そして網に引っかかってくれたのが、元夫。(笑)
「俺は時間繋ぎのほんの暇つぶしかよ〜」と苦笑しながらも、快くお守り役を引き受けてくれた。
息子とは時たま交流がある見たいだし、私とも過去の修羅場を越えた仲。
今ではお互いをボロクソに言い合える、良き友人の一人だ。
息子が高校入試の時以来、会っては居ないが、偶に電話で話したりはしていた。
フゥーリィーもそれは承知である。

東京駅で待ち合わせをし、私が通っていた中学や、懐かしい場所を廻ってくれ、ラーメンを奢ってもらって(笑)神楽坂にある彼の家に行き、義母と22年ぶりの対面をする。
神楽坂と九段は直ぐ隣で、見覚えのある店なども顕在し、タイムスリップをしたような感覚に捕らわれた。【懐かしい・・・・・・】
九段は私が人生の中でも一番楽しく、青春時代に輝いていた頃に住んでいた想い出深き街なのだ。

義母の体調を聞いていたので、恐る恐る彼の家に入る。
もう90を当に過ぎた義母は、足こそ不自由で、多少のボケは有るみたいだが、まだトイレには自力で立てると言う。
『お義母さん・・・。お久しぶり〜♪ 覚えてますか?』
顔を見た瞬間、涙が一杯に溢れ出て来た。
かつては一緒に暮らしていた義母の老いた姿を見て、私は複雑な気持ちだった。
こんなにシワシワになっちゃって・・・・・・。
「あらまぁ、珍しい人が来たわ・・・・・・。元気だった? 子供は?」
『うん・・・、うん・・・・・・。貴女の初孫は・・・もう22歳になったんだよ・・・・・・」

私はお義母さんの手を取って、抱きついた。
もう、言葉は出てこない・・・・・・。

【元気な内に会っておけて本当に良かった・・・・・・。】私は今日此処に来た事が正解だった事を改めて確認した。

暫く彼の家でおしゃべりし、駅まで送ってもらい新宿へ。
そして夕方皆と合流し、飲みに行く。
この間、携帯忘れ事件や、すったもんだの騒動が・・・・・・。(爆)

(B)は想像通りの優しく気の良い若者。(N)はとても40とは思えない無邪気さで、素直なカワユイ女性。(T)はやはり、摩訶不思議、意味不明、正体不明のぶっ飛び人間(笑)。(C)は傷付きやすいお年頃。ナイーブで優しくて、イカにもガラス細工のようにモロそうだ・・・・・・。

そんなメンバー達とひとしきり楽しく飲んで、日記の再開を約束し、私はフゥーリィーの待つ松本へと帰って来た。

皆、ありがとうね〜♪ あの夜は私が日記再開を決意出来た、新しい出発の為の夜でも有ったんだよ〜。
また皆で飲もうね。
あの夜の事は、私、決して忘れない。



駅まで迎えにきてくれたフゥーリィーの顔が、やたら眩しくて懐かしい・・・・・・。
そして、やはり、この上なく愛しい・・・・・・。

【今、この人と居て、本当にシアワセだ・・・・・・】心からそう思った。
フゥーリィーは、やっぱり私の故郷なんだ・・・・・・。
フゥーリィーと一緒に居て、本当の意味で、私が私で居られるようになったのだ。

「マキュ・・・、淋しくて、死んじゃいそうだったよ・・・!」
ジョークとも何とも取れぬ声でフゥーリィーが言う。

『私も早く顔が見たかったよ・・・・・・』

「本当かなぁ・・・? 俺のことなんか忘れて遊びまくってたクセに・・・・・・」

『んなことは無いよ〜! 本当だってばサ・・・・・・』

見慣れた駅前の風景さえが懐かしく感じる。

『色々なドラマが有ったのよ? この3日間で、色〜んな出来事が有ったんだから・・・・・・ねぇ? 聞いて? 聞いて? ・・・・・・』

私は家まで待てず、堰を切ったように喋り始めた・・・・・・。


(終わり)


今日のみそひともじ

ホラ見てよ 私が好む人々を
みんな優しく どこか淋しい・・・





2003年11月19日(水)
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■ (日記)楽しかった下田研修 (Part�掘�


翌朝目覚め、顔も洗わぬ内にテラスで海を満喫する。
生憎の曇り空だけど、80%の雨と言われてたのに雨はあがって居た。
【やっぱ、私は晴れ女だぁ・・・】

洗面所で顔を洗い、階下のレストランで予約しておいた朝食を取る。
窓際に座り海を眺めながら食べた。
メニューはトースト2枚・プレーンオムレツ・サラダ・orangeジュース・コーヒー。
こんな在り来たりのメニューで1000円は高過ぎるなぁ・・・と独り呟く。
シーズンオフと有って客は私だけ。広々としたレストランに独りと言うのは、どうも落ち着かない・・・・・。
食事を取り終え、コーヒー片手に海を見ながらタバコを一服・・・。と思ったらライターを忘れて来てしまった。
【チッ! これが一番したかった事なのに・・・・・・】
若い従業員を呼んで「済みませんが、マッチありますか?」と聞くと、「マッチは無いですね・・・。フロントに行って貰って来てくださいませんか?」と言う。

客が一杯で忙しいならイザ知らず、奥で従業員同士、世間話に花が咲いていたじゃぁ〜ないか。えっ? 
(【あなたの客になりたい】と言う本を読みなさいよ、本を・・・・・・。)と思う。(笑)
(私が勉強中の本である)

そこで「あっ!私がお持ちします」とでも言えばまだカワユイもんを、客に取りに行かせる根性が気に食わん。(笑)
それで客一人のその日の気分が、一日左右される事だって在るんだぞい!

私なんかこの前、契約書まで行きかけた所、他の酔っ払いの客に呼ばれ、男性トイレのペーパー等を変えてあげてる内に、その客に逃げられてしまったにのにぃ・・・。
せめて言い方が有るべ、言い方が・・・・・・。
「申し訳ございません。あいにく此処にはございませんので、恐れ入りますがフロントまで・・・」とか、何とか・・・・・・。えっ?
ダミダこりゃ・・・と憮然として席を立つ。
領収書を貰い、部屋に着いて見てみると、金額を書くべきところに【ご飲食代1名として・・・】とあり、何処にも金額が書かれていない。 
ぎゃふん!!
ダミダダミダダミダこりゃ! 全然なっとらん!


サテと・・・・・・。
そうこうしている内に約束の時間が来、呼んでいたタクシーでイナトリの駅まで行き、下田行きの電車に乗る。
下田に着くと昨夜の(I)さんが迎えに来てくれていた。
営業所に着くや否や、(I)さんが参考資料を沢山作ってくれ、長野土産にと持たせてくれた。しかも、干物まで私の家宛てに送ってくれたのだ。
ありがたい・・・・・・。

それから、会議の後、ロープレをした。
ロープレとは従業員同士が客になったりしながら販売のトークを実演して見せるのだ。

長野営業所ではちょくちょくやっているのだが、イマイチ恥かしい・・・・・・。
でも、まぁまぁ誉めてもらえた。
やはり私のように笑い有り、人懐っこさあり、甘えあり、少々の医学知識ありで責めるのが一番客に好かれるそうだ。
「貴方なら大丈夫だから頑張ってください」と、皆に言われた。

この日、此処で、とてもショックな事を聞く。
私とほぼ一緒に入社した長野営業所の(K)さんが昨日で辞職したと言う。
以前からその傾向にあったのだが、何とか頑張るように皆で説得し、励まし合っていたのに・・・・・・。
しかも研修前、今回の研修用にと小型のテープレコーダーを貸してくれたのは他でもない(K)さんなのだ。
やはり売れないと給料面で生活が成り立っていかない事に、疲れてしまったのだろう・・・・・・。
これで同級生を失ってしまった。あんなに仲が良かったのに・・・・・・。
何度もお茶を飲みながら悩みや愚痴を言い合ってきたのに・・・・・・。
とても残念だし、哀しい・・・・・・。



そしてもう会えない皆様に、お別れの挨拶をし、研修場に行く。
研修先は昨日の最初のホテルと同じ場所。
この日は一番の売れ行きを誇る(F)さん【女性】に付いた。

この人は、凄い! 立派である。
座ったお客様はただでは返さないと言う徹底振り。(笑)
殆どお客様に喋る隙を与えない。私は黙ってメモを取る。
医学用語も頻繁に使い、ずっと独りで独演している。
ウンも言わさぬ状態のまま、契約に持って行くタイプ。
お客様がまるで「思いっきりTV」の観客のように、素直に頷きながら聞いている。

私にはとても真似が出来ないと思いつつも、コノくらい徹底していると言う彼女の仕事姿勢に、私は一種の強い感動すら覚えた。
何としてでも彼女は人生の勝ち組みに行きたい人なんだろうなぁ・・・・・・。
このくらい必死に、又、多少は形振り構わない【良い意味で】と言う覚悟が私に無ければ、いけないのだろうか・・・・・・。
きっとそうなんだろうなぁ・・・・・・・・。
でも、多分私には真似が出来ないだろうなぁ・・・・・・。

気取ってる場合じゃない・・・と、思いつつも、私はやはりどこかが弱いんだろう・・・・・・。必死さが足りないんだろう・・・・・・。粘りが足りないんだろう。
ある意味、彼女の営業に取り組むひたむきさは、とても勉強になった。

休憩時間にマンションに戻り、例のレストランで、所長と(Y)(F)さんの4人で食事をし、マンションの温泉に入ってから又後半の研修に戻った。

やがて、研修が終わる・・・・・・。
これで所長とはお別れだ。
男湯で仕事をしている所長に挨拶をし、握手を求められた時、私は泣きそうになった・・・・・・。
「下田に来ちゃいなさいよ・・・」と、ジョーク紛れに言ってた所長の笑顔が浮かぶ。
「頑張ってください。何時でも応援してますよ。何か悩みがあったら何時でも電話ください」
温かく心に染みる言葉だった・・・・・・。

たった2泊3日の短い間だったけど、色々な面で、とても下田研修は勉強になったし、楽しかった。
皆が人間そのものだった。
和気藹々とした雰囲気の中、ノビノビとマイペースで仕事をしている(Y)さん。
ノンベエで、面倒見が良くて、人間らしくて味わい深い(I)さん。
仕事と割り切って、真剣勝負な徹底した姿勢で仕事に取り組んでいる(F)さん。
Coolで無口だけど、少し茶目っ気のある所長。
その他の皆も、家族のように労り合い、励まし合い、ぶつかり合いながら下田営業所は活気付いている。

この日、最初に研修に付いて貰った(Y)さんと意気投合し、一緒にマンションに泊まってもらい、ワインを飲み色々な話をした。
「運が80%だわね・・・。何だかんだいっても、どれだけ良いお客様に接しられたかが一番の要因なのよ。それを活かすか殺すかは営業マンの腕かも知れないけどね・・・・・・」
彼女はそう言っていた。

そして、長野と下田は離れてはいるけれど、一つの目標に向かって皆で一緒に歩んでいる事がひしひしと感じられた。

本当に来て良かった・・・・・・。私はシミジミそう思った。
今回の下田研修は、乾いた心、ひび割れた心に、沢山の養分を染み渡らせてくれた。

明日は皆とお別れだ。
そして海とも・・・・・・。
別れは苦手だ・・・・・・。どうしても泣けてくる・・・・・・。


(最終章に続く)


今日のみそひともじ

下田にて 教えられたる 事多き

新たな意欲 沸きいずるかな




2003年11月18日(火)
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■ (日記)楽しかった下田研修 (Part�供�


やがて踊り子号は熱海に差し掛かる。

熱海の海岸の突端に在る【熱海後楽園ホテル】が遠目に見えて来た。
すると又、懐かしい記憶が蘇る。
当時よりも豪華に外装は姿を代えてはいたけれど、私が幼い頃、年3〜4回、母と義父に連れられて行っていた、ホームグランドのような行楽ホテルである。
小規模の遊園地・プール・ボーリング場・多種の温泉等が備わった、リゾートホテルである。
私が小3の時、実父と母が離婚し、その後母に新しい恋人が出来、徐々にその人の事を私は【お父さん】と呼ばされるようになった。
その【お父さん】の級友が、そのホテルのお偉いさんで、正月、お盆を問わず、毎年そのホテルに数回泊まりに行くのが中学生になるまでのまでの私達の慣わしだった。
義父は、大好きだった実父と、別れ別れになった私の淋しさに責任を感じ、旅行だの贅沢な外食をさせる事で、必死に負い目を埋めようとしていたのかも知れない・・・・・・。
築地の仲買の大きなマグロ屋の長男坊だった義父は、始終旅行や、老舗の有名料理屋に母と私を連れて行ってくれていた。
母が亡くなってからは全く音信が無いが、今も元気ならば、もう90才近くにもなるだろうか・・・・・・。

その他、熱海には母の幼い頃からの親友も住んでいて、良く遊びに行った想い出深い場所なのだ。
色々な記憶と戯れている内に、とうとう踊り子号は終点の下田に着いてしまった。

下田駅には白衣を来た所長が迎えに来てくださり、所長の車に乗り下田営業所へ。
もう、会議が始まっており、旅行モードを急遽仕事モードに切り替え(笑)、皆様にご挨拶をする。
下田はメンバーも多く、この日は三人の女性と五人の男性が居た。
半数が白衣を着ており、それだけでも説得力がある。

少し緊張したが、案外スラスラと挨拶の言葉が言えた。

『始めまして。長野営業所の●●です。【中略】今回は折角下田に来られたのですから、皆様の営業トーク、並びに営業姿勢をできるだけ多く吸収し、これからの仕事に生かさせていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします』

そして会議の後、下田の所長さんが、以前長野営業所に来られた時、私に感じが良く似てる・・・、と言っていた(Y)さんと言う女性に付いて、大きなホテルに研修に入った。
そこのホテルは女性社員は女性風呂の脱衣場、男性社員は男性風呂の脱衣場が仕事場で、足長の絨毯を敷き詰めたサロン風の一角が、我が社の製品の展示場になっている。
(Y)さんは私と同じ様に、お客様との交流を大切にしながら仕事をしている。
でも、やはり、私の知らないトークを沢山駆使し、押す処はちゃんと押している。(さすがだぁ・・・・・・)
私は持参した小型テープを廻し、ひたすらノートを広げ、メモ取りに集中する。

休憩時間になると下田では、ホテルの従業員と一緒に従食を食べるのだ。
バイキング式の従食は、おかずも豊富でとても美味しかった。
そして後半は他のメンバーが待つ違うホテルに行き、(I)さんと言うベテラン男性のトークを見に行った。
さすがに(I)さんは医療を勉強しただけ有って、話に説得力があり、見掛けはケーシー高峰風だが、(笑)トークも旨いし、中々人間味や味があって面白い人である。
そこでも必死にメモを取る。

そして仕事が終わり、夜中になってホテルに送ってもらう。

ホテルと言っても、馬鹿でかいリゾートマンションで、社長のお父様の持ち物らしい。
レストランも、プールも、テニスコートも、温泉の大浴場も備えた、超リッチなマンションで、テラスからは海が間近に一望出来、とてもステキなロケーション。
生憎この日は雨降りだったし、深夜なので海を見る事はできなかったが、テラスに出て、波囁きを聴いた。
安いワイン一本と、ツマミを少々セブンイレブンで買って置いたので、それを独り、テラスのテーブルで楽しんだ。

【海は良いなぁ・・・・・・。そして海辺で働いている人達の気持ちも良いなぁ・・・・・・。】
時計を見るともう2時。

さぁ、寝なきゃ・・・・・・。
明日がある・・・・・・。

波の子守唄が聞こえるよう、私はテラスを空けたままにし、眠りについたのだ。
明日の朝になれば、憧れの海が目の前に広がっている事だろう・・・・・・。


(続く)


今日のみそひともじ。

波音よ 私の闇を 消しとくれ
一波毎に 心洗わる




2003年11月17日(月)
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■ (日記)楽しかった下田研修 (Part1)


11月5日から7日まで、伊豆の下田に研修旅行に行っていた。
下田営業所は我が社一番の売上で、その販売テクニックを学んで来るのが目的だった。

最初、下田行きの話を聞いた時は正直言って、嬉しさ半分、えらいこっちゃ! が半分と言う気分だった。(苦笑)
新人皆で行くのかと思いきや、私だけだと言う。
此処十数年、独りっきりでの長旅(?)は全くした事がない。
しかも東京駅を利用するのはおよそ、25年振りである。
普通の時ならイザ知らず、心も財布も壊滅状態の時なので、間違いなく電車に乗れるか、研修がちゃんと身に付くか、手土産の一つも買えない・・・、等の思いがグルグル巡り、とても不安だった。
その反面、少し周りの雰囲気を換えて、気分をリフレッシュさせたいと言う気持ちも強かった。

往復の旅費、宿泊は会社持ちなのだが、食費は全て自前だと言う。
「えぇ〜っ?! そんな殺生な・・・! このド貧乏な時期にそれだけはどうかご勘弁を・・・!」と言う事で(笑)何とか朝食一食分だけでも・・・と交渉し、朝食だけは経費で落とせるようにしてもらった。
「会社も大変な時だから、あまり高いものは食べないでね・・・?」
と言う所長に『朝から高いものなんか食べやしないわよ・・・』と応え(笑)、取り合えずは所長が用意してくれた手土産を預かり、((^。^;)ホッ!)それと共に3万円の出張費を預かり、「使った物は領収をもらい、全てこの封筒に細かく書き込んでください。それでは、しっかり勉強してくるようにね〜」と、肩を叩かれ、ブイサイン。
(まるでTV番組、【初めてのお使い】気分(笑))

サテ当日。
先ずはフゥーリィーに松本駅まで送ってもらい、しばしの別れを惜しむ。
朝一番(6時●分)の【スーパーあずさ】で新宿へ出る。(何時もは料金が半分なので高速バスを利用してたので、あずさに乗るのなんか4年ぶり・・・・・・)かなり嬉しい・・・・・・。
ガラガラなので端の広々とした席を陣取る。
何冊かの本を持ってきたのだけれど、本を読むのなんて勿体無い。(笑)
風景を眺め、様々な物思いに耽っている内に、直ぐに新宿に着いてしまった。
新宿で乗り換え、東京駅へ。そして踊り子号に乗るのだ。
此処まではスンナリ行き過ぎたくらいである。
まだ予定の発車時刻まで30分もある。
でも、確認の為ホームに行って見ると、長野の所長に聞いていた時間の電車が無い。どうやら臨時列車しか出ていないようだ。
お陰で一時間も余ってしまった・・・・・・。
仕方なく下田の所長に到着時間の変更を伝え、ドトールでブランチを取りながら本を読み、時間を潰す。
そしてようやく11時になり、踊り子号に乗る。

その朝、興奮状態で3時に目覚めてしまい、殆ど眠ってないのだが、旅行気分が嬉しくて、あずさでも踊り子号でも全然眠らなかった。
車窓から風景を眺めているのが、私はとても好きなのだ。
色々な風景を眺めていると、色々な事を想像したり、フト断片的な記憶が蘇ったりする。そんな泡立つような郷愁感に浸れる雰囲気が、私は大好きなのだ。

そして、景色を眺めていると必ず頭の中を色々な音楽が巡るのだ。
それは、ハードロックだったり、クラッシックだったり、シャンソンだったり、ダニエルリカーリのスキャットだったり、Jazzだったり、時に歌謡曲だったりもする。

色々な想像力を掻き立てられる車窓の風景。
私の旅の醍醐味は車窓の風景から始まる・・・・・・。

窓から初めて海が見えた時、何故だか自然に泪が溢れて来た。
海を見ると、とても心が癒える。そして頭の中に浮かんできた曲は、大昔に聴いた堺正章の【明日を祈る】と言う曲のフレーズだ。(誰も知らないだろうと思われる曲だが、中学の頃に大好きで良く聴いた曲だ)

海辺で暮らした事も無いのに、これほどまでに強く海に惹かれる気持ちが、とても不思議だ・・・・・・。
【海を見てると母体の羊水の中に戻った感じがして、とても安心するの・・・・・・】と詩人になる事を夢見ながら17歳でガス自殺をしてしまったヒッピー時代の友人の事を想い出す。

このままずっと、何時までも電車に揺られて居たい・・・・・・。
そして見知らぬ国まで行って見たい・・・・・・。
電車を降りたくない・・・・・・。
そんな気分だった。

(続く)


今日のみそひともじ


現実に 疲れた心に 染み入るは
見知らぬ景色 海の優しさ




2003年11月16日(日)
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■ (日記)湖のベンチに座り


昨日は天気も良かったので早目に家を出、仕事までの時間がかなり余ったので、缶コーヒー片手に諏訪湖のベンチに座り、美しい風景を眺めながら独り物思いに耽っていた。

真っ青な空とヒンヤリとした心地良い風。
湖を遊覧する白鳥号を眺め、波間で戯れるカモ達の遊泳を眺め・・・・・・。
(ステキ・・・・・)と独り呟いていた。

こんなに良いロケーションが目の前にある。
こんな場所で仕事が出来ている。
それだけでもなんてシアワセで、喜ばしい事だろう・・・・・・。

遊覧船が波止場に止まり、母と子と祖母らしき3人が桟橋を降りて来る。
一瞬私は強く目をこすった。

かつての私と息子と私の母がそこに居た。
いや・・・、確かに一瞬そう見えたのだ・・・・・・。



そうだ・・・・・・。

そう言えば昔、こんな風景が有ったよなぁ・・・・・・。

幼かった息子を連れ、母と三人で諏訪湖に遊びに来た時、あの遊覧船に乗ったっけ・・・・・・。

5〜6歳だった愛くるしい息子と、まだまだ元気一杯だった母と、店をオープンして張り切っていた頃の私・・・・・・。
初めて乗る遊覧船に、すっとんきょうな声をあげ、はしゃいでいた可愛い息子。
遊覧船の上で頬張った、亡き母のにぎった脂の乗った【時ジャケ】のおにぎりの味が懐かしく蘇る。


私はその時の記憶としばし遊び、アクビを一つ噛み殺し、仕事先のホテルに向かう・・・・・・。



生憎客数は少なく、最初はまばらだが、徐々にお試し客が後を引き、皆の疲れを癒し、中身の濃い会話に花が咲き、湯上りどころに笑いの渦が巻き起こる。


その頃から段々ソワソワ・ワクワクし始める。
息子とデートの約束をしていたのだ。
息子は13日に22歳の誕生日を迎えた。
そのささやかなお祝いをしてあげるためだ。

22年前の11月13日の金曜日に(笑)この世に産まれた息子。
私が陣痛で汗水たらしていた時間、看護婦の詰め所からは、11PMのスキャットが流れていたっけ・・・。(笑)
いかにも深夜族の私の息子らしい・・・・・・。ただでは産まれない。(笑)

そんな事を思い出しながら、独りほくそえんでいる内、約束の時間が来た。
息子へのプレゼントが何も無いので、ホテルのみやげ物売り場をうろついて、息子にお金が溜まるようにと500円の風水招き猫を買う。(爆)

待ち合わせ場所に行き、息子の車に乗り、格安のステーキハウスへ・・・。
グラスワインで乾杯し、980円のステーキセットを2つ注文する。

『ゴメンね? ショボイお祝いで・・・・・・』

「いやいや、とっても嬉しいよ」

『今日ね〜、諏訪湖で17年前の私達を見かけたんだよ・・・・・・』

「へぇ〜・・・・・・」

しばし昔話に花が咲き、僅かにシンミリした感慨深き時を過ごす。


【彼女からのプレゼントのジャケットを着、ご満悦のテツ】



と、そこへ息子の携帯に彼女からの電話。

私の顔をチラチラ見ながら、なにやらヒソヒソ話している。
そこで急に私に代わろうとするではないか・・・・・・。

【ドキッ!!】

『あぁ・・・は、は、始めまして・・・・・・。い・・・、何時も息子がお世話になってまして・・・・・・』

「あ・・・。い、いえ・・・こ、こちらこそ・・・・・・」

お互いに上がり切って、二人でコチコチの挨拶をする。
何をどう喋ったのかも解らない内に、息子に携帯を取り上げられる。(笑)

食事をしながら彼女の感想を聞かれた。
『どう? って言われても、これだけじゃねぇ・・・・・・』

まずい、まずい! 母親モード丸出し。(笑)

「俺、来年結婚しようかと思ってるんだ・・・・・・」

『10年早いんじゃないの? 足が地に付いてからじゃないと、私達の似の前になるぞ〜』

「うん・・・・・・。でも彼女、しっかりしてるし、年上だしね。でさ、でさ・・・・・・・・・・・・・・・」

息子の声が遠ざかり、消えていく・・・・・・・・。
もう何も耳に入って来ない・・・・・・。


22歳になった凛々しい息子の顔と、幼かった頃の息子の顔がダブる。


私はボンヤリと、今日の諏訪湖の母子連れを想っていた・・・。



今日のみそひともじ

諏訪湖にて ベンチに座り うつろいつ
幼き息子の幻を見る





2003年11月15日(土)
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■ (日記)やはり日記は諦められなかった


日記を心待ちにしてくれていた人達・・・・・・本当にありがとう。
長い間お待たせしてごめんなさい。

この半月間、もう、いっその事、日記を書くのを辞めてしまおうかと思っていました。
自分で書いておきながら、書く事が怖くなってしまったのです。
正直言って、あの日の私の精神状態は普通ではなかったと思います。
心神喪失状態・・・とでも言うのでしょうか・・・・・・。

【日記を一ヶ月間、休まず書き続ける・・・】と、自分自身に目標ノルマを着せ、一番の生き甲斐だった日記(書く事)すらを達成出来なければ、仕事も何も私は出来ないんだ・・・。何も始まらないんだ・・・・・・。と思い、毎日滞りなく書いて来た中で、最後の最後になって色々な事が度重なり(書けてない事もまだありますが・・・)自分自身の置かれた状態に絶望し、辟易したのです。

本当にあの日記に付いては、載せようか辞めようか、悩みに悩みました。
でも、やはり何事も無かったような日記に変える事も出来なかった・・・・・・。

ある人が言ってくれた通り、言わば、この日記は息子への遺言状のような物。
私の在りのままの思いや、その時々の姿を、息子の為に取って置きたいと言う気持ちで正直に綴って来た日記なのです。

心配をして色々な苦言を書いてくれた人達、心配して何かの知恵を貸してくれた人には大変申し訳ないですが、私の生き方や性格を180度変える事はできないです。
こんな生き方だったからこそ他の人にない何かが、私には在るのかも知れないと、自負もしています。
生活面では徐々に変えていこうとは思っていますし、変えてい行かなければいけないとも思って、知恵を絞っていますし、助言も受けていますし、仕事も私なりに頑張って居ます。

日記を掲載してからのほんの1年半の私を見詰めるのではなく、日記を掲載するまでに至った私の経緯を、どうか想像上でも結構ですのでお汲み取りください・・・・・・。

生まれて来てからの長い年月、数奇な出来事、激しい出来事が沢山有って、様々な人々に揉まれ、色々な優しさに触れ合って、今のこんな私が形成されているのです。
元々ちゃんとした家族に恵まれ、習慣に恵まれ、教育を与えられ、それをまっとうして来た人達に取って見れば、今の私がとてつもなく危なく見えるでしょうけれど、極一般の家庭、家族愛、指導者に縁が無かった私は、多くの失敗を繰り返しながら、自分で這いつくばるように工夫していかなければならないのです。
今迄も、とてつもない失望感と、とてつもない希望の繰り返しの中、優しい友人達に、あーだこーだ言われながら(笑)暗中模索の中、生きて来ました。
私はまだ今が成長途上のつもりなのです。
これでも、少しずつ頑張ってはいるのです。
私の以前を知ってる友達は、これでも誉めてくれているのです。(笑)

それに、私の心は、ずうずうしく見えても、これで結構スリガラスのようにモロイのです。
子供時代、一部の親類に何時もガミガミ叱られていた。始終母親にダメだチョンだと言われていた。転校が重なる度、何時も学校で興味と苛めの標的にされていた・・・等がトラウマになっており、公衆の面前で意見されたりすると恐怖感になってしまうのです。
又、私自身を否定された・・・と思ってしまうのです。
でも、やはり友情で私を何とかしたいと思ってくれた人の意見は聞き入れたい・・・。
そんな厳しさで包んでくれる人達と、優しさだけで包んでくれる人達が、危うい雰囲気になり対立して行くのも、正直言って耐えられないのです。
私の一言一言で、掲示板が言い合いみたいな場所になるのも耐えられませんでした。
だから私にも多少の意見はあったのですが、なにも言えなくなってしまいました。

自分のいけない部分など、はなから解っているのです。
もう何度も何度も言われてきましたし、自分でも自分がうんざりする事もあるのです。
もう私など生きる価値も無い・・・と、極限状態に凹んだ時から、日記を書き始めたのです。【諦め】に突入した状況から始まった日記なのです。
でも、その事で再び、生きる希望が生まれてきたのです。

日記再開に辺り、何をどう書き始めてよいのか解らず、又、何をどう書いても、理解はしてもらえないだろうな・・・・・・と言う諦めの気持ちになり、何度か書き掛けては手を止めて来ました。

全ての人の理解を求める事は無理だとして、せめて、こんな私の日記を読みたがっている人のために、又、書きたがってウズウズしている自分自身のために、もう一度日記を再開してみる事にしたのです。

私がこれから書いて行くことに対し、失望した人は、どうか黙って去って下さっても致し方在りません。
やはり書けない事はあっても、嘘の心境は書きたくないし、これからの日記にも多分愚痴や飢餓感を書くこともあるでしょう。
でも、やはりありのまま、自由に心を書かない限り、私の日記では無くなると思うのです。

なので、もう、【去るものは追わず、来る物は拒まず】の心境で書いて行くしかないと言う結論に達しました。
それが一番辛かったからこそ、今まで書けないで居たのですが・・・・・・。

そして書いた物にお叱りや意見がある人や、私の生き方に助言を下さる方は、それが苦言と感じる時は、どうかやはり、BBSではなくMAILで下さい。
今の私にはまだありがたいと言う気持ちと、責められてると言う気持ちが交錯されてしまうのです。
病気だと思ってください。
そこまでしっかりした強い気持ちで受け止めることが出来ないほど、今の私は弱くなっているのです。

BBSは私が仕事から帰り着いてホッ!と一息つける場所で居させて下さい。
仕事のお客様にもHPを教えてあります。
そこの所をどうか察してください。
私があんな事を書いたからこそ愛の鞭をくれたという事は充分に解っています。
手前勝手なのは謝ります。でも、今しばらくはそっと見守ってください。
よろしくお願いいたします。



追伸
昨日が息子の誕生日だったのだけれど、昨日は彼女や友人に囲まれ、生涯の内でも最も楽しい誕生日になったそうです。
そこで今日諏訪で会って食事をします。(やっと私の番が廻ってきました(^^;)
ラーメンくらいしか奢れないけど、息子に嬉しいニュースがあるそうなので、何だか楽しみです。(*^_^*)



2003年11月14日(金)

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