マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (日記) 神を恨んだ日


昨日は本当に、私のぐうたら神様に恨みつらみを言いながら泣き喚いてしまったよ・・・・・・。

「アナタハ、ワタシヲ、タスケテクレルタメニ、イマノシゴトヲアタエテクレタノデハナイノデスカ? ソレナラバ、ナゼ、コンナニ、ヒドイ【ヨウツウ】デ、ウゴイケナクサセルノデショウカ・・・・・・!! ナゼニコレホド、ワタシヲ、イジメルノデショウカ!?」

昨日食材仕入れの後、出費の覚悟を決めて、医者に寄ったら、午前中だけだというので、諦めて帰った。
やっとの事で、食材の区分け作業を終えた後は、大事を取ってベッドに横になっていた。
でも、やはり仕事場で、10時を過ぎた頃から、2度ほど、全く動けなくなる時間帯があり、(ほんの2〜3分で、かろうじて、だましだましは動けるようにはなるのだが・・・)トイレで隠れて思い切り、悔し泣きをした。

常に痛いわけではなく、ただ、その瞬間の痛さが、尋常ではなく、今まで経験した痛さの比じゃないのだ。
神経を貝殻か何かで、直接削るような痛さだ。
そうなると、「あっ!!」と叫んだまま、暫くどうにも動けない。

なので、昨日は事情を話し、カウンター内に自分の家から折りたたみの簡易椅子を持ち込み、極力、座ったり立ったりを繰り返していたのだが、やはり、カウンターに客が来ていたり、私よりもずう〜っと年上のお姉さん達が全然平気で立っているのを見ていれば、そんな訳にも行かず、かと言って、痛んでいる瞬間は、1センチたりとも動けなくなってしまう・・・・・・。
もしも全然動けなくなり、店内でうずくまっていては、それこそ迷惑が掛かってしまう・・・・・・。

もう、情け無いやら辛いやらで、本当に生きているのも嫌になった・・・・・・。

「医者に見てもらい?」とか「そんな無理してまで働かなくても良いのに・・・」と、簡単に言われてしまうのだが、医者に行けばレントゲンを撮られ、3〜5000円は飛んでいく。
働かなくては、食べても行けない。
しかも今月は私の給料がゼロだったので、既にマイナス10万以上の赤字なのだ。
【私だって、そんな、簡単な事情ならば、こんなに無理をしてまで働きたくはないのよ・・・・・・】
そう思いつつも、皆に迷惑や心配を掛けながらしか働けない自分の身体の情けなさに、絶望的な悔し涙が滲んでくる・・・・・・。

自分が悔しくて悔しくて、情けなくて情けなくて、家のベッドに恐々身体を横たえてからは、一人でずっとすすり泣いていた。

「カミサマ・・・、ヤハリ、ワタシハ、モウ、イキテイテハイケナイノデショウカ? ワタシニデキルシゴトハモウ、ナニモナイト、オッシャルノデショウカ・・・・・・。イッタイ、ワタシニ、アナタハ、ドウシロトイウノデスカ? タノムカラ・・・! オネガイダカラ・・・! ヤットミツケタイマノシゴトヲ、ワタシカラ、トリアゲナイデクダサイ!!」

今、そんなギリギリの精神状態の中で仕事をしている。

取り敢えず、今日一日持ちこたえられれば明日・明後日と休みだ。
カミサマ・・・ドウカ、今日を何とか、切り抜けられますように・・・・・・。

ワタシ関係の客が来てくれて、ボックス席に座ってくれればなぁ・・・・・・。
そうすれば、少し腰を休められるのにぃ・・・・・・。
お願い!! ワタシを助けると思って、誰か来てくれ・・・・・・。


2004年07月30日(金)
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■ (日記) 今日は買出しデー  だが・・・・・・・


先ずは、昨日の日記【愛猫エッセイ】《ミュウーの体内時計》に、写真を2枚足しましたので、猫好きのかたは覗いて下さい。【お手】の姿が見られます。(笑)


夕べ、ホウホウノ体で仕事を終え、家の駐車場まで着いて、車から降りようと思ったら、車から降りられなくなった・・・・・・!!
いよいよ恐れていた腰痛勃発!! それも、かなり重症のだ。
もしかしたら今日あたりから雨になるかも・・・!!

一昨日辺りから痛み出したので、昼間、M氏に携帯越しにパワーを入れてもらい、それから夜までは全く痛みが無くなったのだが、十一時ごろから再び猛威を振るい始め、ホテル内のトイレで、一度立暫くの間、立てなくなった。《脂汗!》

どうやら、動き回りながら立っているのは良いのだが、同じ場所で同じ体制でずっと立ってると、まずいらしい・・・・・・。
昨日はボックス席に客がなかった為、ずっとカウンターのほぼ一箇所に立っていたので、それがきっと、いけなかったんだろう・・・・・・。
かと言って、用も無いのに、一人で歩き回っていたら、バカだ・・・・・・。
かと言って、色々なポーズを取りながら立っているのも、バカだ・・・・・・。
店が暇だと、そうそうやる事も無いし・・・・・・。

何とか閉店までやり過ごし、帰りはそっと車に乗り込み、だましだまし運転してきたが、家に付いた途端、車のシートから出られなくなった。
もう、腰を1センチも浮かせられない状態なのだ・・・!!
仕方ないので、携帯から家に電話を掛け、フゥーリィーを叩き起こし、手を借りる羽目となった。

しかし、3M先の家の中で、真夜中けたたましく鳴る着信音を、直ぐ側の車の中から自分自身で聞いている惨めな心境・・・・・・お解かりいただけますでしょうか・・・・・・(苦笑)
んで、帰るなり腰にベタベタとシップを貼り、恐々ベッドになだれ込んだ。

今のところ、腰を伸ばさなければそれほど痛くは無いのだが、少し伸ばすと激痛が走る。
しかし今日は29日。
毎月恒例の、肉の安売りデー&食材仕入れの戦争日。
袋を3つ4つ分買い溜めする日である。

腰痛が怖いけど、この一ヶ月を食い繋ぐためだ。
仕方が無い・・・行ってくるか・・・・・。

又一か月分の肉類と、魚類を仕入れ、小分け作業が1時間チョイか・・・・・・! 【泪】

その前に医者に寄ろう・・・・・・。【泪】


2004年07月29日(木)
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■ 【愛猫エッセイ】 ミュウーの体内時計・・・・・・


この暑さで、ミュウーもデレンデレン・・・・・・。
いつもの様に朝の7時には、私のパソコンテーブルに上がり込み、必死で文字を打ち込んでいるキーボードの上をドタドタと歩きながら右手の窓辺に行き、そこで「早く窓をお開けなさい!!」と、エラソ〜に一鳴きし、いったん外に出る。

外に出れば出たで1時間ほどで帰ってくるなり、コップでガブガブと水を飲み【ミュウーも以前飼っていたbossも、ペット用の食器からは飲んでくれなく、コップからしか水を飲まない】パソコンにへばり付いてる私の足元にやって来て「ふぅ〜、暑い・・・、参った・・・!!」と呟き、ドタリとその場にへたり込む。
その間、私の足を相手に、3回ペロペロ・一回ガブリ! を4回ほど繰り返している。

暫くへたり込んだ後、のそのそ起き出し、私の寝室のクローゼットの上に上がりこみ、片腕をひじ枕に仮眠を取る。

んで、10時ころになると、又、のそのそと起き出し、餌を食べる。
大体5〜6回餌を噛んでる音がする。
そのついでに、キッチンに行き、水道の噴水口を、手でチョコチョコとこまねいて、ツツツーと水が出てくると、それを頭に浴び(?)しばし、悦に入ったような顔をし、再びクローゼットの上に上がりこみ熟睡。

我が家は貧乏なので昼間はエアコン我慢の時間。
暑いので、アッチこっちに身体を移動させているらしく、時折、ズリ落ちそうな物音を小耳に挟むが、我カンゼズ・・・・・・。
(又、やってるわい)くらいなもんで、私は隣のパソコン部屋で編集作業に没頭。


【ずり落ちそうになった後、覚醒し、半目状態の娘】


昼頃になり、私が掃除機などを掛けていると、掃除機が怖いらしく、アッチこっちの部屋に逃げ回り、それが家の中でのプチ運動。
やがて足りないもの等を買いに出る時などは、私と一緒に外出し、私の車が戻るのを庭の笹の木の下で待ち、私と共に帰宅する。

その後、又少し餌をついばみ、(この時は4〜5回噛んでる音が聞こえる)食うもの食ったら出すもの出す! と言う感じでトイレにまたがり、何とも言えぬ神妙な顔付き・・・・・・。
4個半ほどのウンチをひり出し、満足げに毛づくろい。
そして用を足せば、又クローゼットへ・・・・・・。

夕方、5時頃になり、出勤前のシャワーを浴びる前になり、我が家は初めて居間のエアコンを入れ始める。
暑がりのフゥーリィーが帰宅してくる為と、化粧の乗りを少しでも良くするためだ。

【以後は、今までの週間に基づき書く事にする】

すると、おもむろに居間にやって来て、テレビの上にドデンと寝転び、テレビの邪魔をする。これが5時から7時まで続く。【テレビの上が一番エアコンが効くらしい・・・・・・。】


【ナニモ ソゲナ セマイトコロデネナクテモ・・・】

しかし、7時になると、おやつの時間とナリ、いつも7時きっかりに、フゥーリィーの元へ歩いて行き、甘くイロッポイ声で、「お願い。チョ〜ダイ?」と、一鳴きする。
お定まりの、お座り・お手・お代わり・お手・お手・お代わり・お代わりなどと、チト意地悪をされ戸惑うみゅうー。
嫌々ながらもそれに付き合い、ようやくおやつタイムに・・・・・・。


【コレは(お手)場面】

しばし、お愛想程度に私たちと遊んでくれるが、おやつさえ貰っちまえばこっちのもんだ・・・、とばかり、押入れの箪笥に入り込み、再び寝コケる。

そして真夜中の2時ごろ、又餌をついばむ音が14〜5回。
その後、トイレ・・・・・・。

とまぁ、大体はこんな感じでミュウーの一日が始まり、一日が終わる。
見落としている所も結構有るとは思うが・・・・・・。


しかし、猫の体内時計は本当に正確だ・・・・・・。
大体いつもこのパターンである。
特におやつタイムの7時は、時計を見ているかのようにやってくる。寸分の狂いも無いほど正確にだ。

私の体内時計は仕事が変わったせいか、狂いっぱなしだ。
今まで11時半にはベッドに着いたのに寝るのが又、1時半〜2時半ごろになった。暑さと、久々の立ち仕事での腰痛で、少し睡眠不足気味。
んでも、起きるのだけは相変わらず6時ごろ・・・・・・。


しかし・・・、本当に、猫は気楽で良いなぁ・・・・・・。
アタシもミュウーに生まれたかった・・・・・・。


2004年07月28日(水)
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■ 【お仕事日記】 仕事初日。 あの店は兵(ツワモノ)揃い


昨日ホテルに着くとロビー内は、高校生の合宿生達でごった返していた。それを横目で見ながら、ロビーの奥にある事務所でタイムカードを押し、いよいよ仕事場へ。

昨日は、大先輩である【N姉さん】と二人で店に入る事になった。彼女は過去、浅間温泉で芸者さんをしていた人らしい。柔らかい感じで暖かそうな人だ。

仕事初日だったので、物の場所や、料金設定などが良く解らなかったが、一通り教えてもらったので、今週中くらいには慣れる事だろう。
大体この店もエポックも(私が経営していた店)やる事や、仕事の流れは、ほぼ一緒だ。
それに、杓子定規な店でもなさそうで、アットホームな雰囲気だ。

昨日はホテル内で社長のお仲間達の会合があったらしく、序盤でホテルの広間に呼ばれ、お仲間の前で、自己紹介をさせられた。
「後ほど、てぐすねを引いてお待ちしていますから・・・・・・」などのジョークを交え、挨拶し、一人一人にお酌をして店に戻る。

そして、この会合のお客様たちが、後に店になだれ込んできた。
皆、それ相当に、権力のある人たち見たいだ。
やはり田舎の温泉場なので、客層は圧倒的にオジチャン、オバチャンが多い。
しかし、コレが、中々のツワモノ揃いの店なのだ・・・・・・。
何がツワモノかと言うと、お客や内部連中の【歌の旨さ】がツワモノなのだ。

浅間温泉1を誇る大規模な店内と、最新型のカラオケ設備を施している店なので、大勢の歌好が集まってくる。
大体が皆、演歌だ歌謡曲なのだが、どれもこれも年季の入った歌ばかり・・・・・・。
まるでNHKのど自慢の世界。(笑)

あいにく私は演歌や歌謡曲の類は歌った事があまり無いし、本来は好きではないのだが、練習さえすれば歌えなくもなさそうだ・・・・・・。
昨日もお客さんと古いデュエットを2曲ほど歌った。
でも、私は私の路線で、あくまでも、シャンソン・ジャズ系で行くつもり。
お客の中にはそう言うのが好きな人も居るそうなので、一人くらい、こんなのが居ても良いだろう・・・・・・。
ま・・・、そこは臨機応変に。

女将さんを始め、なっちゃん姉さんも、とても歌が上手だ。
さすが元芸者さん。歌に艶っぽさがある。

社長もほろ酔い気分でご機嫌で、何度もカウンター内の私の処にやって来ては、私にお仲間たちの事を、一人一人丁寧に教えてくれる。(笑)
みな、嘗てのガキ大将が大きくなったという感じの人ばかり・・・。

歌ったり、飲まされたり、会話をしたりで、水を得た魚のように動き回り、あっという間に12時になり、疲れも知らぬ間に閉店となった。
【十一時までだと思ったら、基本は12時までらしいので、1時間余分に稼げる事が嬉しいナリ・・・】

私の経営していた店は、圧倒的に若い客が多く、いかにも都会的でカフェバーのような小洒落た雰囲気だったが、こんな田舎風のアットホームな店も、嫌でもない。それはそれで、又別の味わいがある。
いかにも温泉場の人情ドラマがありそうではないか・・・・・・。
何はともあれ、気の良いオジチャン・オバチャンが多そうだ。


値段もバカみたいに安い。
昨日フリーのお客さんが一人カウンターに来ていたが、カクテルを三杯飲み、カラオケを5曲歌い、ツマミを2品食べ、それで3600円だった。
チャージは一人500円とバカ安い。
この値段ならドシドシ友達やエポックの客も呼べそうだ。
飲酒運転取り締まり強化のキャンペーン店で、飲んだ後の素泊まりは、何と2500円だという。
焼酎のボトルを入れて飲んで食べて歌って、風呂に入って泊まっても、7000円もあれば十分だ。
私に会いたい人は、ぜひこの夏、アルペン浅間にお泊りください。(笑)

年配の関係者が多いという事は、それだけに、気難しい頑固者も揃っている事だろう・・・・・・。
いかに皆に可愛がられるかが、当面の課題になりそうだ・・・・・・。

この仕事、これからが楽しみ。



2004年07月27日(火)
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■ (日記) 雷は大嫌いだ


いやぁ、美味しかったです。昨日の暑気払い。
昼少し前にホテルに集合し、支配人の運転するマイクロバスで美鈴湖へ。

チョットした高原なので、景色爽やか、空気旨い。

ホテルからたったの15分の場所に、美鈴湖と言う湖があり、そこに社長が経営しているバーベキューハウスが在るのだが、野外でもバーベキューが出来、サイクリングや釣りなども楽しめる。
2階部分には和室もあり、泊まれるそうだ。

昨日集合したのは、ルーム係や、番頭さんや、雑用のオバサン達十数名。
そこで社長のご挨拶の後、皆に私を紹介してくれ、緊張しながらご挨拶。
大自然をバックに食べる焼肉やら、鰻やら、タラの芽の天ぷらなどは、又、ひときわ旨かった。
生ビールが入ること入ること〜♪

アルペン浅間と言うホテルは、運動クラブの合宿で利用する団体客が多いらしく、合宿の最終日はそこでバーベキューを楽しみ、思う存分花火を楽しみ、自然の中で子供達を思い切り遊ばせると言う企画があるそうだ。
なので子供達や学生に人気のホテルらしい。
社長の隣に座っていたので、色々な話を聞かせてもらった。
社長は、かなりの苦労人のようだ。

サテサテ、暑気払いが終わり、「後は飲み足りない人はチロルで飲んでくれ」と言う社長のお言葉に甘え、一度ホテルに戻り、ホテルのラウンジで一休み・・・。明日からの仕事場であるこの店の雰囲気を少しでも見ておきたかったので少しだけ寄る事にしたのだ。

ラウンジは、まっ昼間だと言うのに、カラオケファンのお客様でケッコウ賑わっていた。
留守番組の奥様達がお客の相手をしており、既にカラオケで盛り上がっていた。

昨日初めて知ったのだが、ラウンジは昼の部と夜の部があるらしい。
その中でも、朝の10時から3時半までは、一人2千円で、ビール一本・カラオケ歌い放題・食事付き・風呂付き・時間制限なし・だそうだ。(安っ!!)
なので昼間からケッコウ賑やかな時が多いと言う。

しかし、昨日初めて聴いたのだが、奥様の歌が、コレがとてもプロ並で上手だ。
歌謡曲や演歌系の歌が得意らしいが、歌い方に演歌特有の癖がなく、説得力がある。
「あなたも一曲顔見せで歌ってみてよ」と言われ、酔った勢いで歌った。(笑)
年配のお客様ばかりだったので、選んだ歌は【百万本のバラ】
そうしたら奥様に上手い上手いと誉められた。

方や演歌。方やシャンソン&JAZZ系なので、良いバランスコンビが保てそう。
「この先がとても楽しみになったわ〜」奥様もそう言ってくれ、カラオケファンが今以上増える事に少しでも貢献できれば・・・と思う。

もう少し盛り上がりたいところだったが、フゥーリィーがお留守番だったので帰ろうとしたら、いきなり物凄い雷が鳴り出し、バケツをひっくり返したような豪雨に。

アタシャ雷、大嫌い。

家の駐車場まで着いたは良いわ、怖くて車から降りられない。【泪】
直ぐ側に落雷し、ガラガラバリバリ〜!!と、地響きで車が揺れるほど・・・・・・!!

怖い怖いと思いつつも、さっきたらふくビールを飲んだため、ト、ト、トイレ・・・・・・!!
もう我慢が出来ず、チビル寸前で、『いっせ〜の せい♪ 』で、覚悟を決め、車から降り、家の玄関めざしずぶ濡れになりながら走った。

いやぁ、ギリチョンセーフでトイレには間に合ったものの、相変わらず物凄い雷の光と音。家に居ても怖い怖い。
家の窓と言う窓、ドアと言うドアが共鳴して不気味な音を上げる。
コレにはミュウーもビックリして、私の顔を見詰めながら、不安げに鳴いている。
そんな状況下でフゥーリィーは大口開けてお昼寝中。

よくもまぁ。こんな状態で寝てられるよ・・・ったくぅ・・・。
そこで、心細いのでフゥーリィーを揺り起こし、暑気払いの報告をする。

フゥーリィーいわく。
「イマドキ、新年会や忘年会も無い会社が多い中、そう言う事をしてくれるところは少ないぞ。中々そこは人情味がある会社かもな・・・」
と寝言とも呪文ともつかぬように呟いたと思いきや、又深い眠りに落ちて行くフゥーリィーであった。

ご立派!!

┐('〜`;)┌


2004年07月26日(月)
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■ 【お仕事日記】 新たなPart で張り切ろう!!


昨日、履歴書持参で、改めて面接に行って来た。
自宅の駐車場から車を出した途端、激しい雷雨の歓迎に合い、何かこの先、とてつもない【幸と出るかか不幸と出るかは解らぬが、】大きなドラマが待ち構えているような、ドキドキ・ワクワクする気分。【爆】

考えてみりゃ、奥様がハローワークに募集を出したその日に、私がそれを見つけ、しかも、それが私が一番したかった仕事だと言うのも、何か不思議な巡り合わせだ。
もしかしたら、ぐうたら神様が、本気で動き始めてくれたのかも知れない・・・・・・。

サテサテ・・・。
前回はラウンジバーだけで奥様と面談したのだが、今日はホテルのロビーに通された。
先ずは、先日応対してくれた社長さんの奥様と、少し世間話みたいなことをし、支配人を紹介され、支配人とお話している間、奥様は駅前まで、結婚式に参加中の社長さんをお迎えに行った。奥様は相変わらずフレンドリーな方だ。

その間、支配人とペチャクチャペチャクチャ世間話を交えたお話。
支配人は、私よりも少しだけ年下だが、なかなかユニークで気さくな人だ。
そう言えば、フゥーリィーと確か同じ年だったっけ・・・。(笑)
30分ほどして社長と奥様が戻り、いよいよ社長さんとお目通し。
社長さんは昭和2桁の走りに生まれだそうで、中々頑固な処も有りそうだが、いかにも昭和生まれのバイタリティーに溢れた温かみの有りそうな勢力家と言った感じ。
話し好きで世話好きそうで、気に入ったらとことん面倒を見てやる! と言った風情を漂わせた人だ。

そんなに大きなホテルではないので、アットホームな感じ・・・。
まさに、【春ちゃん】のドラマを地で行くようなホテルだ。
ラウンジバーもチト、内装はコテコテと賑やかだが(苦笑)でも、綺麗で立派な店なので、どうか夏休みのお泊りには是非当館へ・・・・・・。(笑)
値段もとても安いです。


今日は社長の持つ、美鈴湖にある別のバーベキューハウスとやらで、従業員の送別会をかねた暑気払いがあるそうで、私も急遽参加させられる事となり、従業員の皆様に紹介されるらしい。
土曜・日曜は、基本的にはフゥーリィーのお守りなのでww、休みを貰っているのだが、それを言ったら「旦那も連れてくれば良いじゃないか・・・」などと言うアットホーム振り。(笑)

社長の志は、只単に時給いくらで時間だけ勤めると言う人間ではなく、今の低迷した旅館業や、ラウンジバーを、イカに盛り上げようとしてくれるか、意欲的な人材が欲しいとの事。
イベント企画や、客寄せのアイデアなどを、一緒に考えて行ってくれるような人材が欲しいとの事。
【アイデア出すの大好きだし? 企画練るの大好きだし? 正に私はこう言う場所を探していたのだ・・・ww】

何か田舎の暖かさが匂う人情ホテルと言う感じ。(笑)

【この先、エッセイの題材が増えそうで、我ながら楽しみである】

なのでコレから【フゥーリィーは、『俺、恥ずかしいし嫌だよww』と言うので、お留守番だが・・・】お昼の2〜3時間、暑気払いの宴会に参加させてもらい、明日の月曜からの仕事になった。


サテサテ・・・、今までの仕事なのだが・・・、取りあえずは完全には辞めてしまわず、昼間、時間の空いている時や収入の足りない時に、アポイントをとった上で、ブーツだけを訪問販売する事にしたら? と言うありがたき所長の意見を聞き、2足のわらじを履くこととなりそうだ。
ラウンジも、地元の爺ちゃん婆ちゃんの常連さんが多いそうなので、もしかしたら買ってくれる人も居るかもしれないしね・・・・・・。


そんな訳で、明日から新しい仕事に付く事になった。
何処まで出来るかは解らぬが、取りあえずは始めてみよう。
まずは人々に可愛がられる事だ。


2004年07月25日(日)
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■ 【エッセイ】 私のマブ達 ・・・(E)と言う女・・・


久々の【マブ達シリーズ】を書く事にする。

私の日常は、とても不思議な周期で形成されているようだ・・・・・・。
何故かこの所ずっと、10年も前からの友人や、客達と会う機会がグンと増え出した。
一度そういう機会が有ると、どうやら、暫くはそんな事が続くように形成されているみたいだ・・・・・・。

きっと今は、私のぐうたら神様が、【昔の想い出達と、少しゆっくりと遊びなさいよ・・・】と、心を癒してくれている時期なのだろう・・・・・・。

一昨日、いよいよ今の仕事に見切りを付けようと、ハローワークのパソコンで、次なる仕事を検索中だった私の携帯にww、(E)から『明日辺り会わない?』と言うメールが入った。
(この、究極の金の無い時期にぃ・・・・・・)とも思ったのだが、前日、思いも寄らぬ臨時収入も入った事だしww、会える事の方が嬉しいので、二つ返事でOKした。

(E)は10年位前に私の店でアルバイトをしていた女の子だ。
長く勤めてくれ、彼女と私は実にウマが合い、当時から身内的な密接な付き合いをさせてもらっていた。
今でも会えば、娘のような、妹のような、親友のような、人生仲間のような、同志のような、そんな関係に直ぐに戻れる気楽な間柄だ。
いつも、忘れた頃、互いに電話を掛け合い、【たまには会おうよね】と言いながらも2年が経ってしまった。ww
んで、昨日、本当に久々にゆっくりと、彼女と会うことになったのだ。
お互いがド貧乏なので、サイゼリアとか言う激安イタリアンで待ち合わせをした。


最初(E)がお客で来たのは、19歳の時。
その後、私の店にバイトで入ったのは、まだ彼女が21〜2歳の頃だった。
店の看板を消し、一般の客たちを追い返してから、いつも仲間内で飲んだり歌ったりと盛り上がったり、店が終わると一緒に飲み食べに歩いたり、息子とフゥーリィーと私と(E)と、絶叫マシーン大好物人間である私達は、各地の遊園地にマシーン探しに行ったりと、公私共にとても仲良しだった。
水中バレエの打ち上げ好演にも、彼女を連れて行ったくらいだ・・・。

私が以前書いていた【○曜日の客】と言う短編小説モドキのシリーズ物には、架空の小説なれど、いつも彼女が出てくる。(笑)
一週間分の物語を書くつもりだったのだが、途中で中断したままだ・・・。
又気が向いたら書き出そう・・・・・・。



フゥーリィーと私の大喧嘩も、(E)の前では平気で出来、彼女が泣きながら仲裁に入ってくれたくれた、と言う出来事も何度かあった・・・・・・。
息子が一時期、(E)に憧れ、片思いをしていた事もあり、それが実に愉快だった。
それほど、彼女とはファミリー的な付き合いがあったのだ。
そう言えば、息子の今の彼女と(E)とは、年が一緒だ。(笑)
もしかして、息子の年上思考は、(E)の影響なのだろうか・・・・・・【?】

彼女が店を辞めてからも、そんな身内付き合いは続いていた。
しかし、彼女との連絡が一時期、長く途絶えたことがある。
どうしているかと久々に電話をしてみたら・・・、ナ、ナ、何と、いきなり彼女が、母親になったと言うではないか・・・・・・!!
彼女は私の知らない間に、認知さえして貰えぬ、私生児を産んでしまったのだ。
相手は私も良く知っている。私と同じ年のその相手は、無論結婚しており、家庭も子供もある。
(E)がその人を愛し始めた時、私は正直言って、(又そう言う危険な恋に走っちゃうし・・・・・)と、苦笑しながら舌打ちをするとともに、きっとこの先、安泰な幸せは望めないだろう・・・と、心の中で心配していたのだ・・・・・・。

(E)も私も、恋に対して同じ灯を持っており、男の誠実さや温もりに惹かれるのではなく、面白さや、翳りや、独特な魅力部分に惹かれる傾向がある。

私は(E)の無謀さと、勇気と、そのひたむきな彼への愛情に、ある種の愛しさを感じ、それを聞いた時、つい涙ぐんでしまった。
【なんて勇気ある思い切った選択を!!】と、誉めて抱きしめてあげたい気持ちとともに、【なんと、この母子も、私のように過酷な宿命を背負ってしまったのだろう・・・】と言う慈悲の気持ちとで、当時の私は、とても複雑な心境だった・・・・・・。

私がブティック勤めをしていた頃、乳飲み子だった赤ん坊を初めて(E)が連れて来た時は、初孫を見たような大きな感動で、泣きそうになった・・・・・・。

(E)は、恋多き女だった・・・・・・。
べたべたとした、いかにも女っぽい色気を持っているのではなく、一種、毅然とし、頑固で、ツンと片意地を張って生きているような所があり、しかもその中に孤独の翳りを持っていて、男心を翻弄させる特殊な魔性を秘めている。
不器用でひたむきで、突っ走ると止まれない・・・、しかし、男からの愛を求めるのではなく、自分から突き進んでいくような、潔い彼女の恋愛姿勢に、私は危険色を感じながらも、好感を持っていた。
彼女も一種【堕天使】である・・・・・・。

恋に付いて良く話り合い、自分達の欠点に付いて良く話り合い、なんでもかんでも包み隠さずお互いに曝け出し、ホンネで付き合い続けてきた。

そんな小悪魔的だった(E)が、もう直ぐ30歳になる。
今では男の匂いも、危険要素も感じない、穏やかな笑顔を持つ3歳児の良きママである。
彼女は実家に居候をし、少し肩身の狭い思いでww貧乏暮らしをしている。

昔のエピソードやエポック時代の話に花が咲き、あっという間に時間が過ぎた。
二人でタイムスリップし、エポック時代の(E)とマキュキュにすっかり戻っていた。
「あの頃が一番楽しかったね・・・・・・」
シンミリと懐かしく、良い〜時間が過ぎた。


突然話が変わるが、しかし、サイゼリアは安い・・・・・・!!
パスタとドリンクバーで、3時間もネバリ、500円チョイである。
しかも、そんな値段とは思えぬ旨さもちゃんとある。
【何だか申し訳ない気分なので、誉めた・・・ww】


最近(E)も、Partをし始めたそうなので、少しお小遣いが出来たら、又、安いカラオケボックスにでも行って、楽しく飲もうという事で、今回は別れた。
彼女と私はこれからも互いに松本に居る限りは、ずっとこんな関係を続けて行ける事だろう・・・・・・。

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私も実にタイムリーな事に、趣味と実益が兼ねられそうな理想的なPartが見付かりそうだ。
ハローワークで検索していたら、お昼のドラマ【春ちゃん】でお馴染みの浅間温泉に、とあるホテルが在るのだが(ドラマとは別のホテル)、そのホテル内のラウンジバーで、Partを募集をしていたのだ。
家に帰って直ぐに電話をしてみたら、担当者(多分社長婦人)が早速顔が見たいと言うので取るものもとりあえず、その足で面接に行ったら、最新型カラオケ設備もあり、結構綺麗で立派な店だった。
カラオケ同好会の会合の指定会場にもなっていると言う。
【シメシメ・・・私の特技が此処でなら少しは発揮できそうだ・・・!】

料理得意・店の経営経歴アリと言ったら、是非勤めて欲しいと言われた。
今現在二人のPartさんが居るが、ホテルのラウンジバーなので、色気が必要な店では全く無いので、エプロンをした私よりはるかに年上のお手伝いのオバチャンが二人居るだけだ。(笑)
なんと、50間近の私が一番年下だ。(笑)
浅間温泉は美ヶ原温泉の隣で、家から車で4〜5分程度の場所だし、一日5時間なので、そんなに身体への負担も掛からなさそうだ。
時給1000円だと言う。
そうすれば確実に一日5000円と言うお金が入る。
週休2日だとしても、月に10万くらいは間違いなく稼げるだろう・・・・・・。
今の仕事・・・、嫌いでは無いのだが、只働きが多く、収入の目算が全く立たないのは困るし辛い。
なので、勇気を持って辞める事に決めたのだ。
今、ホテル側から再び電話があり、明日早速、履歴書を持って行ってくる。
無事の採用を願うばかりだ。


2004年07月23日(金)
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■ (日記) こんな時間に日記を書いてるのは


10年ぶりの友人(F)から夕べ携帯に電話が入り、久々にオマエさんの歌が聴きたくなったから飲みに出て来いと誘われ、飲んできたからだ。
フゥーリィーにお伺いを立てたらOKがでた。(F)の奢り&代行代付きと言う条件だったので、この所沈みがちだった事もあり、気分転換に行って来たと言う訳だ。
仕事が終わってから行ったので、散々飲んで、たった今、帰ってきた所・・・。
・・・って、もうすぐ、四時じゃん・・・!!

またまた【夜明け色】の美しさを相伴できるぅ〜♪
今、正に、私の一番好きな色に近づきつつ、空が蒼味を帯び始めているところです。
「綺麗・・・・・・」


サテサテ・・・・・・。
(F)に会うと、開口一番「年食ったなぁ・・・」と目をまん丸にして驚いている様子。
「あれから10年よ。もうじき50ババアだもの・・・。アンタだって随分ジジイになったじゃない?」私は苦笑した。
彼は当時の私の店の常連で、自分は歌わないのだが、歌を聴くのがとても好きなのだ。気取らず何でもしゃべれる仲。遠慮容赦なくこき下ろせる仲。
考えてみると私は男女ともに、そんな友達ばかりだなぁ・・・・・・。
たまには、気取らなければ会えないような、少しは緊張感を与えてくれる友達も欲しいナリ・・・・・・。

「なんか無性にオマエさんの歌が聴きたくなってさ・・・」
イツになくシミジミと彼が言う。

『でも、もう声も出ないし息も続かないし、お吉物語の歌じゃぁないけどさ、『どんなにつくろってみたって、もう、昔の音なんか出やしない・・・。お酒だよ! お酒をクレ〜っ!!』って感じだよ・・・ww』と、そのお吉物語のセリフ部分を、大声で芝居っ気タップリに強調したので、店のママや、他の客が大笑いしていた。

そしてリクエストに答えて、先ずは一曲、金子由香里のシャンソンナンバーから【おお、我が人生】を歌った。
この歌が今の私の心に酷くバッティングし、歌いながら思わず泣きそうになって、危ないところだった。

と(F)は、暫く黙り込み、う〜んと唸り、こう言った。

「オマエさん、随分苦労してないか?」

『バレタ?』

と私が苦笑すると、

「うん・・・。解るさ・・・・・・。確かに昔みたいに声も出ないし、息も伸びないけど、歌に深みが出てきたもん。昔は声量とテクニックで歌ってたけど、今は人生そのもので歌ってる・・・って感じだよ」

コイツは昔からそうなのだが、少し、表現がオ〜バ〜でいけん・・・・・・。(笑)
たまに聞いててサムイボがでたり、真剣に話しているのに私が吹いたりで、昔良く叱られたもんだ。

『アンタこそ、神妙な声で、『歌を聴きたい』だなんて・・・、何か有ったの?』
(F)は頭を振って
「いや、大した変化じゃないけど、昔の曲を聴いてたら、エポックの事を思い出してさ・・・。凄く懐かしくなって・・・・・・。あの店は、独特な親近感があって、本当に気楽な良い店だったもんなぁ・・・・・・。あんな店、もう2度と現れないだろうなぁ・・・・・・」
コイツもたまにゃ、嬉しい事を言ってくれるじゃぁ〜ないか・・・・・・。

やがて、他の客が居なくなった事を良い事に、カラオケが貸切状態になる。
その他、立て続けに、ローリングストーンズの【悲しみのアンジー】 カーペンターズの【スーパースター】 なんたらかんたらの【マイファニーバレンタイン】 どったらこったらの【ダニーボーイ】 Xジャパンの【フォーエバーラブ】 猟奇的な彼女のテーマ【アイビリーブ】など等、立て続けに歌わされ、まだまだ私の歌は健在なり・・・と、ホッと胸を撫で下ろした次第。

代行代ついでに釣りはいらんと5千円貰い、(通常は2500円くらいで済む)「わ〜いわ〜い♪ ギャラまで入った」と喜んだ。
コレで給料日まで何とか暮らせると、嬉しく楽しく、ストレスも発散でき、帰って来たと言うラッキーデイとなりました。


先週の金曜日、財布の中身が120円になってしまったので、生活費を下ろしに行くと銀行に残金が無くなっていた。
破産の申し立てをした後、生活費を財布に入れておけば直ぐになくなってしまうと思い、細々と小出しに下ろしながら生活していたのに、最後の6000円が下ろせなくなっていた。
私は驚きとショックで銀行にすぐさま泣きながら電話を入れると、「残念ながら没収になりました・・・」と言われた。
それを銀行側は、少しでも回収したいがため、言うに言えなかったそうで有る。
担当者は私の事情を知っていたため心苦しかったと、酷く同情してくれ、ごめんと謝ってくれた。
何も生きるために残しておいた最低限の生活費まで没収しなくても良いじゃないか・・・・・・。もしかして、死ねとおっしゃる・・・?

とても惨めだった・・・・・・。

そんな事と解っていたなら、没収される前に、おろしておいて、フゥーリィーの口座に移しておけばよかった・・・。
28日まで、それが最後の生活費の6000円だったのにぃ・・・・・・。
しかも、そのうちの5000円は友人がカンパしてくれた大事な大事なお金だった・・・・・・。
使えぬ内に没収されてしまった事を友人に心から謝りながら報告したら、又5000円カンパしてくれた。
本当に惨めで情けが無い・・・・・・。
何れ出世払いか保険金で、纏めて返すからね。(苦笑)

もう、給料も振込先を変えなければ・・・・・・。
と言っても今回は給料ゼロだから良いか・・・・・・。【泪】
今回、今の辛さに追い討ちをかけるように一つも売れず、給料ナシです。
もう、いよいよ仕事を変えよう・・・・・・。
破産の申し立てをしても一向に楽にはなれません。

そんな事件や、心労があり、この2日3日、日記を書く元気も何をする気力すらも無くなってしまっていたのだ。

そんな時にこう言う友人からの電話が掛かって来ると言う事は、やはり私は神様にまだ、完全には見放されて無い証拠だ。

サテサテ・・・完全に明るくなってしまったので、寝るとしよう・・・・・・。
皆様・・・、おやすみなさい。


2004年07月22日(木)
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■ (日記) 感謝感謝です。


先日書き上げた(薮原祭り)に多くの人々が感想を下さり、BBSが賑わっています。
(半ば強制的に、感想を催促した人も居るのですが・・・www)
それが物書き志望者にとっては、一番嬉しい事で・・・、こんな私の駄文に、貴重な時間を割き、真摯に書き込みを下さる友情に、先ずは心から感謝です。

私はやはり、この先々も、ずっと物を書きながら生きていたいと、心から思って居るので、書いた物への感じた部分やら、(良い部分も、悪い部分も)感想などをもらえる事が一番嬉しいし、今後の勉強の支えになるのです。

初めて文章らしきものを書き始めてから、約3年・・・・・・。

作文もいつも3行止まり。手紙すら満足に書けなかった私が今こんなにも楽しんで文章を書いていることが不思議でならない気分です・・・。

人間どこかで必ず、没頭できるものが見付かるものなんだなぁ・・・と、人生そのものを諦めかけていた私が、不思議な気持ちで一杯です。
なので、私のように排他的で、生きる事に空しさを感じている人は(笑)、必ず生き甲斐を見つけてください。
絶対に生きる励みになってくれる事が見付かるはずです。
こんな私に見付かったのだから、あなたも絶対に大丈夫!!

今回の(薮原祭り)は、小説が苦手な私の練習材料として、情景描写や、心の描写をいかにリアルに描いて行くかを課題に書き始めました。

日記としては丁寧で、小説としては全てがノンフィクションなので、物語の面白みに欠ける点もありましたが・・・、今後、少しずつ短編小説などを書き始めてみようか・・・と、大それた事を考えている私にとっては、良い教材になりました。


処で・・・、エッセイ集の編集は順調に進んでいます。
今、約半分ほど、協力者との読み合わせが終わり、おかしな文体や、説明不足のところなどを補っているところです。

物を書けば、必ず後から、「ああ書きゃ良かった。こう書きゃ良かった」と後悔する事は致し方ないことだろうし、又それが、次にもっと良い物を書かせる事への、ステップ台となる訳で・・・・・・。
なので、処女作のエッセイ集が、何処まで私らしさを表現できるかは解らないけれど、期待外れにだけはならないように、私なりに気を入れて編集作業をしています。


そんな訳で【薮原祭り】の感想へのお礼と、近況報告を兼ねて、今日の日記とさせてもらいました。
まだまだBBSにカキコくださいね。

「マリちゃん、@@さん、さえらちゃん。 その他の人も、まだ来てないよ〜♪ 早く早くぅ〜♪」 (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!  
ご愛嬌ジョークです。ww  決して強制はいたしません。
でも、一人でも多くの人の意見を聞きたいというのがホンネです。

誉められれば、尚更誉められたく、苦言を言われれば「なにくそ! 今度こそ!!」と踏み台にして、頑張りたい私です。
(。^ ^。)




2004年07月20日(火)
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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(最終回)


 宴の準備も全て整い、注文の刺身類なども届き、時刻は夕刻の7時を回った。やがて日も暮れ出し、皆で客間に集まり、先ずは家族だけで乾杯をする。
沢山並べられた料理をつまみ、楽しい話をし、私もビールをたらふく飲んだ。
徐々にフゥーリィーの親類達や、友人達もやって来て、フゥーリィーは久々の再会にご機嫌な様子。私は会話の邪魔にならぬよう、席を外した。
しかし、フゥーリィーは良く飲むなぁ・・・・・・。もう、既にビールを1ダース以上は飲んでりゃしないだろうか・・・・・・。(痛風が出ても知〜らない♪)

やがて(E)ちゃんのご主人もやって来て、久々の再会に話を弾ませた。
私は、接客の手伝いをしたり、所々会話に混ざったり、外の屋台の様子を見に行ったりと、家と表を行ったり来たりしながら、【寄け合い】の時刻が来るのを待っていた。

やがて9時を回り「そろそろ始まるから行って見るか・・・」と、フゥーリィーに促され、私は待ってましたとばかりに外に出た。

裏道を通り、広場に行くと、もう、沢山の人だかりが出来上がっている。
私たちは群集を掻き分け掻き分け、前へと進む。
そしてずうずうしくも、一番前列の真正面を陣取ってしまったのだ。

左手には上獅子の屋台があり、下獅子の屋台が到着するのを待っている。
その間、数人の巻き手達が順番に、巻き手自身の顔見せの為、獅子の衣を外した状態で獅子を巻き合う【裸獅子】と言うパフォーマンスが演じてられている。
普段は獅子衣が着けられているので、誰が巻いているのか解らないのだが、この時は巻き手の顔が見える。
上手い巻き手には群集から賛美の声援が揚がり、下手な人には容赦ないヤジが飛ぶ。そのヤジ合戦がまたまた面白い。

普通に獅子を巻く時は、獅子を大きく見せるため、獅子衣を長い棒で持ち上げている人が二人。獅子を巻く人間が一人。その巻き手が屋台から落ちぬよう、身体を支える人が一人と、4人が一組になり演ずるのだ。

裸獅子では、顔が見えるので皆、大張り切りで獅子を巻くので、中には屋台から飛び出さんばかりの勢いの良い人も居る。


【屋台から飛び出さんばかりの巻き手】

そんな時は、群集から思わず、黄色い声援が聞こえる。
その辺りで空に稲光が走り、少し雨の粒が落ちて来たが、それは直ぐに止み、稲妻だけが夜空に光っている。その稲妻の効果が、さらに祭りの光景を、ドラマチックに演出している。
【私は本当に晴れ女だわ・・・】

やがて、じらして、じらして、じらしぬくように進んできた下獅子が到着し、2匹の屋台が向き合うと、群集から拍手と大声援が巻き起こる。
いよいよ【寄け合い】の始まり始まり〜である。

先ずは互いの代表が挨拶をし、ちょっとした儀式があり、下獅子の代表者が3人、獅子を巻く。
メス獅子の演技では2番目に演じた人がひときわ大きな拍手を浴びていた。
メス獅子らしく、恥じらいに頭を震わせ、恋に身を焼き、悶々と身をうねらせるという表情が、短い演技の中で良く伝わっていた。

そして上獅子の代表者の演技に移る。
やはり、さすがに代表者だけあって、其々が上手いには上手いのだが、今ひとつオス獅子の演技は不評だった。
獅子に表情が足りない・・・・・・。迫力と勇壮さに欠けるのだ・・・・・・。
「何練習してきたんだ!! 獅子が死んでるぞ〜!!」
容赦の無いヤジが飛ぶ。

私はそんな演技を見ながら、【一度で良いから、元気な頃のお父さんが巻いていた獅子の姿を見たかったなぁ・・・・・・】と、しみじみと思っていた。

やがて喝采とともに祭りも終わり、2台の屋台は猛スピードで互いの蔵へと帰って行く。

「今年の祭りも無事に終わったね・・・」
「そうだな・・・・・・」
「来年も来たいなぁ・・・」
「おう! 来年は、これぞ獅子舞だ! って言う演技を俺が見せてやるから、楽しみにしてろよ」
「来年こそ、喧嘩しないで来させてよね」
「オマエも忘れ物はするなよな」
「アンタも急かさないでよね」
二人はクスクスと笑い、手を繋いで家に帰った。
フゥーリィーも私も足をブヨに食われ、大きく腫れ上がっていた。
 
家に帰り、又、少し飲みなおし、私たちは久々に布団を並べて眠りに着いたのだ。


 翌朝、客間で(E)ちゃん夫婦と4人で朝食を摂り、(E)ちゃん夫婦にホームページの宣伝をし、一足先に帰って行く二人を見送った。
その後、少し、お父さんと、お母さんと雑談をした後、私たちも帰り私宅を始めた。
「又来ておくれ」
二人がにこやかに微笑んでいる。
「はい。また、お盆に来ますね。今回はお騒がせして本当に済みませんでした。お父さんもお母さんも、あまり無理をしないで、いつも元気で居てね」
お父さんと握手を交わし、私たちは、薮原の実家を後にした。

帰り道は喧嘩もなく、二人とも二日酔いでクラクラする頭を持て余しながらも、薮原祭りの思いで場面などの会話に華を咲かせながらの楽しいドライブになった・・・。

【来年こそ、喧嘩をせずに来たいものだわ・・・。守護神さま。どうかそろそろ私を受け入れてください】
私は、遠ざかる木曾の景色を見ながら、独り言を呟いた。
薮原祭りの模様


(完)


☆ 【薮原祭り】最後まで読んでくださってありがとう。
如何でしたでしょうか・・・、小説仕立ての【里帰り日記】は・・・。

何れは短編小説くらいには挑戦して見たいと思い、練習がてら書き始めたら、長い長い日記になってしまいました。(苦笑)

毎日思い出しては書き、編集する間もなく載せていたので、所々おかしなところも有ると思います。
まぁ、そこは大目に見てやってください。(笑)
エッセイ集の編集などもする中、なにせ、時間に追われながら書いたので・・・。
↑と、良いわけばかりの私です。(^^;

もしも良かったらBBSにご意見やご感想をください。
今後の勉強の励みになると思うので・・・。
それでは、書き込み、心よりお待ちしています。


2004年07月18日(日)
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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(5)


フゥーリィーの実家は、表通りから5Mほど奥まったところに位置している。
先ほどは裏道を通って家に入ったので、表通りの雰囲気は解らなかったが、家から数歩、反対側に出ると、【薮原銀座】と言う名の表通りに面している。
「どんな小さな村にでも、銀座と名の付く所があるものなのネェ」と、以前笑い合った記憶がある。
この通りが薮原唯一の商店街であり、お祭りのメイン通りでもある。
まだ日が高いというのに、そこはもう、露店と人々で賑わっている。
昨日が宵祭りで、今日が本祭り。
薮原祭りは別名【雨呼び祭り】とも呼ばれ、大雨になる日が多いと言う。
先ほどの天気予報でも雷雨の兆しアリと伝えられていた。
しかし、私が来たからにはもう大丈夫。私は自他共に認める晴れ女なのだ。
どうか天気が持ちますように・・・。私は心の中で祈った。

懐かしいお囃子の音が聞こえ出し、胸がザワザワとざわめく。
薮原祭りは神社に露店が出るのではなく、この薮原銀座にズラリと縁日のように出店が立ち並ぶのだ。今日はひときわ沢山の出店が所狭しと並んでいる。
神輿(みこし)や獅子を舞わせる大きな屋台も、この商店街をメインに進む。
目の前のイカ焼き屋の屋台から、醤油の焦げた香ばしい香りが漂って来る。

人ごみを避けながら歩いていると、向うから天狗さんが二人やってきた。
「あの天狗に頭を撫でて貰うとご利益があるんだよ」とフゥーリィーが言う。
「へぇ〜♪ 願い事が叶うんだ」
「うん。でも、天狗たちは絶対に声を出しちゃいけないから、何を聞いてもただ黙って頷くだけだけどね」
「へぇ〜、そうなんだ。絶対に声を出しちゃけないんだ・・・」
「うんうん。だから皆、わざとしゃべらそうとするんだけど、見ててみ? 一言もしゃべらないから・・・」とフゥーリィーが可笑しそうに言う。
「じゃぁ、私がしゃべらしてやる!」そう言って私は天狗に近づいた。
「エッセイ集を出すんですけど、それが売れるように、心を込めて頭を撫でて下さいますか?」
天狗さんが頷きながら、うちわで頭を撫でてくれた。
「あなたも買ってくれますか?」
私が言うと、やはり無言でうんうんと頷いている。
「本当に?」 と聞くと、またまた無言で頷いている。「じゃぁ、お届けしますから住所を教えて?」と言ってみたが、やはり、無言で頷くだけである。
私は意地でも何かをしゃべらせてやろうと、あれこれ考えていると、「もう、いい加減に、からかうのはよしなさいよ・・・、恥ずかしいじゃないかぁ・・・」と、フゥーリィーに洋服を引っ張られてしまった。
天狗さんの肩が可笑しそうに揺れている。お面の中から笑い声が漏れた。
「やったぁ〜♪ しゃべらなかったけど、声は聞いたぞ〜♪」
私は、キャッキャキャッキャと、子供のようにはしゃいだ。

向うには上獅子の大きな屋台が見える。
もうあんな場所まで降りてきているんだ・・・・・・。

この薮原祭りは、神輿(みこし)の他にオスの【上獅子】とメスの【下獅子】の獅子頭を乗せた、二基の大きな屋台が出るのだ。オス獅子は深緑の顔をし、メス獅子の顔はエンジ色だ。2匹とも、とても凛々しく、猛々しく、実に良い顔をしている。
上の方に位置する蔵から上獅子の屋台が出、下の方に位置する蔵から下獅子の屋台が出る。全長約5M。幅約2M。高さは4Mにも及ぶ大きな屋台だ。
その屋台には、獅子の頭を持ち、お囃子と掛け声に合わせながら獅子を舞わせる10人ほどの【巻き手】達と、お囃子の演奏者と、大勢の子供達が乗り込んでいる。
その屋台を揃いのハッピを着た綱の引き手達が、気合を掛けながら、通りをジワリジワリと1Mほどずつにじり進んでは止まり、獅子を巻き、又ちょっと進んでは又止まり、獅子を巻き・・・、それを夜まで延々繰り返しながら村を清めて行くのだ。

獅子を巻くには決まった振り付けがある。そして、巻き手には上手い・下手があり、新米はまだまだへたっぴいで、獅子の動きにメリハリも無く、どうしても獅子の首がラジオ体操のようになってしまう。しかし、達人はやはり、獅子が生きるのだ。獅子が命を吹き返し、大きく、大きくその顔をうねらせる。一回の獅子舞は2分ほどの演技なのだが、それに薮原の若い衆は、練習の全てを賭けるのだ。
如何に、獅子に表情を持たせるかを、巻き手の皆が競い合い、見物人達が、それを評価し合う。そこがこの祭りのもっとも楽しい所である。
フゥーリィーのお父さんが元気で獅子を巻いていた頃は、余りに上手で、それを見て涙ぐむ人々も多かったと言う。いつもトリを取って居たそうな・・・・・・。
メス獅子はメス獅子の恥じらいや、色気や、艶美を出さなければならず、オス獅子は、勇壮に、大きく、逞しく動かさなければならない。

「俺も来年こそは、ハッピを借りて、絶対にマキュキュに獅子を巻く姿を見せてやるからな」
フゥーリィーが鼻の穴を膨らませながらそう豪語する。
ビールに酔ったのか、かなり赤い顔をしている。
【アンタの顔が獅子みたい・・・・・・】私はイヒヒとほくそ笑んだ。

そして祭りのクライマックスには、最終地点の広場で両方の獅子が出会い、向かい合い、互いに敬意を払いながら厳かに獅子を巻き合う【寄(よ)け合い】と言う獅子同士の競演がある。それがこの祭りの一番の見せ場なのである。
その時に獅子を巻くのは、村一番の上手な巻き手が代表して巻く。所謂トリを取るにふさわしい達人が3人ずつ選ばれ、交互に獅子を巻くわけだ。

薮原祭りの模様

「このお祭りは七夕にもちなんでいるみたいで、年に一度、オス獅子とメス獅子が出会って愛を語り合うと言う、ロマンチックな一説もあるんだよ」
「へぇ〜、そうなんだ・・・・・・。薮原祭りは、中々洒落た浪漫があるんだね・・・」
「だから屋台の後ろの方に、願い事の短冊をつけた笹の枝が、沢山飾ってあっただろ?」
「うんうん」
私は持ってきた携帯カメラで、沢山の写真を撮った。
一通り露店を見て回り、鰻のタレを買い、私達は家へと戻った。
これから皆で、夜の宴の準備に入るのだ。
薮原祭りは、ハッピさえ着ていれば、何処の家にも無礼講で上がり込め、酒や料理を相伴できるという慣わしもある。
今日はきっと、親類達やフゥーリィーの同級生達もやって来ることだろう・・・・・・。
さぁさぁ、忙しくなるぞ〜。
フゥーリィーと、(E)ちゃんと、私とで、揚げ物を揚げたり、オードブルを盛り付けたり、皆で手分けをしながらもてなしの料理を作って行く。
何だか、とっても楽しい。家族が集まるって、とても良いもんだ・・・・・・。
私はもう一張り切りしたくなって、フゥーリィーの好物であるマカロニサラダを作った。

(最終回へ続く)


2004年07月17日(土)
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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(4)


「あの子が『マキちゃんを泣かしちゃって、俺が行っても怒ってて全然ダメなんだ・・・』って言うもんだで、腰が痛いババが迎えに来てやったぞぉ♪ ああ、ああ、よしよし、折角来てくれたのにねぇ・・・・・・、可哀想に、可哀想に・・・、本当にしょうがない子だよ、あいつは・・・」
お母さんが背中を叩いて、まるで赤子をあやすかのように慰めてくれる。
「まったくしょうがないよね、兄貴ったら・・・・・・。キレると本当に言葉の暴力が酷いんだからぁ・・・。私だって昔、兄貴と喧嘩して、散々経験有るから、マキちゃんの気持ちが良く解るよ・・・」
(E)ちゃんもここぞとばかり私に加勢してくれる。
「本当に良く来てくれた・・・・・・。さ、さ、早く行こう? ジジもマキちゃんはどうしたって心配して待ってるからさ。早く顔見せてやってくれ。な〜んにも気にしなくて良いから、さ、さ、行こう行こう」

【本当に良く来てくれた・・・・・・】
じっと見詰めながらお母さんに言われたこの言葉が、どれほど私の心に嬉しく、又、ありがたく染み入った事だろう・・・・・・。

二人の優しさに、私はとても救われた。
「ごめんなさい・・・折角のお祭りの日なのに、こんな心配掛けちゃって・・・」
赤ん坊のようにしゃくりあげる私にお母さん達が苦笑する。
「いいからいいから、ジジが待ってるから早く行こう。暑かっただろうにねぇ。可哀想に・・・」
私はお母さんと手を繋ぎ、(E)チャンの差し出す日傘に守られるように歩き出した。
歩きながら私は二人に、思い切りフゥーリィーの悪態を言いつけてやった。


家に着くとホッ! と安心したように、お父さんがにこやかに笑い掛けてくれた。
そんなお父さんの顔を見た途端、ようやく泣き止んだ私が、又、堰を切ったように大泣きしてしまった。
お父さんまでもが、今にも泣き出しそうに顔を歪めている・・・・・・。

若い頃はとても怖くて頑固者で、威厳の有ったお父さんらしいのだが、最近はとても穏やかで柔らかくなり、おまけに泣き上戸になってしまったらしい。
お父さんは以前、軽い脳梗塞で2度ほど倒れたが、ちゃんと歩行する事も出来、少しだけ言葉をしゃべり辛そうな点はあるが、元気そうで顔色も良い。幼い頃に父と別れた私は、薮原の、このお父さんが大好きでたまらない。お茶目でなんともいえない味がある。そしてフゥーリィーは、このお父さんと全く同じ顔をしている。
お父さんは若い頃、とてもヤキモチ焼きで、やんちゃだったそうだ。そんなところまでもが、フゥーリィーはお父さんにそっくりなのだ。

奥の部屋では、フゥーリィーのお姉さんの子供達が、いきなり泣き出した私を、ビックリしたような困ったような、なんとも言えない顔つきで見ていた。私は照れ、泣き笑いしながら「お久しぶりです」と、会釈した。
二人とも、うちの息子と年が近い。
驚くほど大人になってしまい、あの頃はジュースだったのに、ビールを舐めている。
そんな光景にも年月の流れの速さを感じる。以前会った時は、彼らも息子も、まだまだあんなに雅幼さが残っていたのに・・・。

私は、木曾のお父さんとお母さんの、この家が大好きなのだ。来る度に心が和む。
暖かい温もりを持ったこの家の存在が、両親の居ない私にとっては、唯一甘えられ、安心できる場所なのだ。
この人たちは、私の両親とは明らかに違う、素朴な日向の優しさと温かみを持っている。そんな人柄と土地柄が、いかにも【故郷】と言う言葉にふさわしい、郷愁を感じさせてくれる。
私にはもう、故郷も親も無い。木曾のこの家を、是非私の第二の故郷だと思いたい・・・・・・。

だからこそ・・・、それだからこそ、二人に会う時はいつもいつも、何の曇りも翳りも無い、目一杯の明るさと、安心感を与えさせながら、会いたかったのだ・・・・・・。

サテサテ、肝心なフゥーリィーはと言うと、照れ隠しなのか何なのか、もう既に缶ビールを数本煽っていると言う。家に着いてから飲みっぱなしだそうだ。
【人にあんな思いをさせておいて、いい気なもんだ・・・・・・】
私は呆れ顔でフゥーリィーを睨みつけてやった。
「さぁさぁ、ゆっくりお休み。お腹空いたずら・・・。早く座って食べてくれ」
お母さんに促され、私はテーブルに着く。
キッチンテーブルには、所狭しとご馳走が並んでいる。
それらを見ると、又私のお腹がギュルルと鳴った。
「マキュキュも飲め!」フゥーリィーが缶ビールを持ち上げながらそう言ったが、「まだ結構ですぅ!」とわざとツンとし、私は麦茶を貰い、早速、お母さんが作った赤飯やら、いなり寿司やら、巻き寿司などを頬張った。
その食べっぷりを見て、ヤレヤレと安心したようにフゥーリィーが吹き出す。
私は「ば〜かぁ・・・」と低い声で悪たれを付くと、私もつい、つられて吹き出した。
長い長い喧嘩の、あっけない終焉である。
いつだって私達の喧嘩は、いくら危険な色を帯びたとしても、どんなに激しく遣り合ったとしても、こうしてピークさえ過ぎてしまえば、あっさりと幕を閉じてしまうのだ・・・・・・。
一度仲直りをしてしまえば、元の仲良しに直ぐに戻れる。

ひとしきり空腹を満たし、雑談を済ませると、フゥーリィーが「チョット腹ごなしに散歩でもしに行くか?」と私を誘った。
「じゃぁ、鰻巻きのタレも、家に忘れて来ちゃったから散歩ついでに買ってこよう」
「なんだ! なんだ! ソレも忘れてきちゃったのか・・・・・・!」フゥーリィーがわざと驚いたように言う。
私は苦笑し、ペロリと舌を出した。

ところが、久々に対面したハンドバックをまさぐって見ると、何と、財布までもが無いではないか・・・・・・! 
どうやら、今朝、鰻巻を作るための卵を買いに行った際、財布と卵をキッチンに置き、そのまま慌てて料理に取り掛かったため、財布までそのまま我が家の台所に置き忘れてきてしまったみたいだ。
「オイオイ・・・! ホレ見ろ! ばかだなぁ、やっぱオマエは忘れっぽいわ・・・。どっち道、バックがあっても、今日のマキュキュは松本には帰れない運命なのよ」
フゥーリィーがうんうんと頷きながら、勝ち誇ったように言う。
「ついでにアンタの事も、私の記憶から消したいくらいだわ!」
フゥーリィーが参ったわ・・・と言う呆れ顔で笑っている。
「出掛けに急かすクセを辞めてくれれば、私の健忘症も少しは治ると思うけど?」
そんなやり取りを家族が笑いながら見ている。
仕方がないので(E)ちゃんから、少しだけ、お金を借りる事にした。
本当に世話の焼ける私たちなのだ。

(次回に続く)

薮原祭りの模様



2004年07月16日(金)
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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(3) 


暫く押し黙ったままのドライブが続き、途中、実家が近づくにつれ、さすがにこのままではまずいと思ったのか「そろそろ泣き止んだかな?」だの「寒くない?」などとフゥーリィーがお伺いを立てて来た。
私の心は固く閉ざされたまま返事をする気も無い。
一言「ごめんね・・・」と言う言葉が聞きたかった。
そうすれば無理にでも機嫌を直せたかもしれない・・・・・。
でももう、此処まで心を破綻させられてしまった以上、実家に行くのはどうしても嫌だった。
こんな気持ちのままで、一体、どんな顔をしてフゥーリィーの家族達に会えというのだ・・・・・・。
どう押し殺したとしても、とても笑顔なんて作れそうにない。
再び二人は黙りこくったまま、薮原の駐車広場に着いた。

「ホレ! 降りろ。着いたぞ♪」何事もなかったような明るい言い方に、尚更私の心は冷える。
私は駐車場に着くなりバックを持ち「このまま電車で帰るね」
そう言って車を降りようとした。
「いい加減にしろよ!!」そのバックをフゥーリィーがひったくる。
「お願いだから返して!!」私は泣き叫んだ。
「本当いい加減にしろよ!! サッサと降りろ!」
フゥーリィーの声も凍りつく。
「嫌よ!! お願いだから帰らしてよっ!!」
「いいから、行くぞ」
そんな二人の狂乱振りを、何処かの中年男が驚いたような好奇の入り混じったような、そんな目付きで見入っていた。

車から降りると、外はうだるような暑さだった。
空を見上げると雲ひとつ無い。
フゥーリィーは料理類が入った荷物等を両手一杯に持ち、実家の方向に向かう。
私は仕方なしに、手ぶらのまま、まっすぐ駅に向かった。こうなれば仕方が無いので駅員にでも理由を話しお金を借りる以外はない。しかし、駅に着くと、どう事態を説明したら良いのか心が萎える。実際はたとえ駅員だとしても、見ず知らずの人にお金を借りるだなんて、そんな勇気など有りはしないのだ・・・・・・。しかも家の鍵もバックの中にあることに気付き、私は途方に暮れた。
例えお金を借りられて松本に着けたとしても、これでは家に入る事もできないではないか。
窓を壊して入ったとしても、その窓の修理代さえ払えない。
私は駅の構外に置かれた小さなベンチに座り、どうすれば良いのだろうと頭を抱えた。
「何でいつもこうなってしまうのだろう・・・・・・。なんで此処までになってしまうのだろう・・・・・・」

私はなす術もなく、無気力のまま30分ほど炎天下のベンチに座っていた。と、小さな薮原の駅には、久々に帰郷してくる家族や親類を出迎える車がポツリポツリと集まり出す。
電車が到着するアナウンスが流れ、幾人もの人々が降りてくる。誰もかれもが皆、嬉しそうに再会を喜んでいる。
今日の祭りは薮原に関りを持つ人々にとって、盆や正月よりも大切なイベントなのだ。「皆、あんなに楽しそうなのに・・・・・・」私は又涙があふれてきた。

あの電車に乗らなければ、多分一時間ほど電車は来ないだろう・・・・・・。そんな事を思っている内にも電車は走り出して行く。
私はヒッチハイクででも何でもいいから、友達の家の近くまで乗り継いで行こうか・・・等と考えていた。
すると、向こうの方からフゥーリィーが苦笑いしながら歩いてくるのが見えた。
タバコを一本私に差し出すとフゥーリィーが照れくさそうに言う。
「皆に訳を話したよ・・・。俺がいじめちゃって泣いてるからって・・・。皆心配して待ってるから早く来い! 気にしなくて良いからおいで」
フゥーリィーの声はいつもの柔らかい声に戻っていた。
でも、一度閉ざされた心はそう簡単には開けない。
【もう遅いよ・・・・・・何もかもが、もう遅いのよ・・・・・・】

あの時、ほんのちょっと戻ってくれさえしていれば、初めからこんな辛く悲しい思いをせずに済んだのだ。何事もなく、にこやかな顔でフゥーリィーの実家に上がり込み、お父さんやお母さんたちと、さっきの出迎えの人々のように、良い形での再会が出来たのだ。
あんな些細な事で、楽しい筈だったスタートの、出鼻を挫かれた事、いえ、挫く事になってしまった事への後悔に、無性に腹が立つのだ。
私達の十年ぶりの祭りへの参加をとても楽しみに、心待ちにしていてくれたご両親。そんな大切な日なのに、結果的には私が水を注してしまった事になる・・・。原因がどうであれ、少しでも私がその雰囲気を壊してしまった張本人となり、皆の記憶に残されるという事が、一番辛くて悔しかった・・・・・・。
何故この人は、そんな気持ちを汲んでくれないのだろう。家族に私が来ている事を告げず、そっとバックだけを持ってきてくれるようなデリカシーが、何故この人には無いのだろうか・・・・・。
そこまで私を実家に連れて行きたいなら、何故あんな意地悪をするのだろうか・・・。

「もうだめだよ・・・・・・。 何を言われても、もうネジが切れちゃったのよ。お願いよぅ・・・、お願いだから早くバックだけ持ってきて・・・!」私は泣きながら、哀願した。
「勝手にしろ!! もう本当に知らネェからな!!」
フゥーリィーはタバコと捨て台詞を同時に投げ捨てると、重い足取りで来た道を帰って行った。

私はフゥーリィーが思い直し、もう一度バックを持ってきてくれる事を心から願った。しかし、いくら待っても来る様子は無い。

お腹がギュルギュルと鳴り、喉もカラカラだ・・・・・・。
そう言えば、今日は朝からまだ何も口にしていない。お昼を実家で用意してくれると言うので何も食べずに来たのだ。
もう1時を回った頃だろうか・・・・・・。
暑さと空腹のせいで、めまいがする。
途中でぶっ倒れても良い。もうどうなっても良い。意地でも歩いて帰ってやる・・・。

そう思い、立ちあがろうとした時、フゥーリィーのお母さんとフゥーリィーの妹である(E)ちゃんの姿が近付いて来るのが見えて来た。
二人とも私を見付け、「あっ! 居た居た」と安心したように笑い合っている。
私はその姿を見た瞬間、【結局はこうなってしまうんだ・・・・・・。人の手を煩わせてしまったと言う汚点を又一つ、私は作ってしまったんだ・・・・・・】
そんな情け無く申し訳ないという思いと共に、苛めっ子に苛められた子供が、母親に取りすがって甘え泣くように、私はオイオイ大声を上げ、二人の前で思い切り泣きじゃくった。


(次回へ続く)


2004年07月15日(木)
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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(2)


 10年前、初めて行った薮原祭りの日、あの日も私とフゥーリィーは陰惨な大喧嘩をした。
当時12歳だった息子が出掛けにモタつき、息子を怒鳴りつけたフゥーリィーの言い方のあまりの酷さに、私が庇って抗議した事から、とんでもない大喧嘩になったのだ・・・・・・。
息子は自分のせいだと傷付き、「僕、行かない方がいいんでしょ・・・」と車の中で泣いていた。
ソレを見て余計にイラ付いたフゥーリィーは、今回のようにわめき散らしながら乱暴な運転をしたのだ。
車の座席で私と息子は、やりきれない悲しみと恐怖心と怒りでうち震えていた。

それでも車が着いてからは、私も息子も何事もなかったかのように心を切り替え、実家の皆に悟られぬよう、精一杯ふつうに振舞った。
あの日の光景が、私の心にヒリヒリ痛む苦い思い出として、いつまでもトラウマになっている。

 フゥーリィーは一度切れ出すと、原因がどうであれ手に負えなくなる。自分が明らかに間違っていると解っていてもだ。いや、自分に非がある時にこそ尚更、どんどん怒りの土壺に自分を追い込んで行く癖がある。結局のところ、最終的には彼の怒りの矛先は、引くに引けなくなっている自分自身に向いているのではないだろうか・・・・・・。

私も息子が居た頃は、息子に八つ当たりされるのを恐れ、随分と言いたい事も遠慮していたが、本来は物凄く負けん気の強い女である。自分が間違っていないと確信したら、決して引かないタイプだ。そして私も底意地の悪い嫌な人間なのだ。
辛らつに辛口に、容赦なく噛み付き攻め込んで行くので、口下手な相手にとって見れば最も許しがたいタイプなのだろう・・・・・・。

しかし噛み付けば噛み付くほど止めどなくエスカレートして行くので、暴力沙汰になるのを防ぐ為、最終的には私が理不尽な思いをかみ殺しながらも、黙り込むしか術が無い。しかし、黙り込めば黙り込んだで、今度は返事をするまで執拗に怒鳴り散らしてくる。もうこうなると単なる虐めに過ぎない・・・・・・。(苦笑)
向こうが凶暴になれば狂暴になるほど、私は冷めて冷酷になって行く。それが又、向こうの癇に障るのだろう・・・・・・。

 何故にこの人は、自分の里へ帰ると言うのに、毎回こんな嫌な思いをさせるのだろうか・・・・・・。私たちの故郷へ帰るわけでは無いじゃないか・・・・・・。もしも私だったら、もっと相手が自分の実家に楽しく来易いように、相手にひときわ気を使うだろう・・・・・・。
折角楽しみにしていたのに、もう、こんな心理状態ではとてもじゃないが行けるわけが無い・・・。
「車を停めて! 此処で降りるわ。 皆には突然貧血を起こしたとでも、何とでも言っておいてちょうだい」私は吐き捨てるように言った。
「まだ言ってやがる! イツまでもそんなこと言ってると、本当にこのままどこかに突っ込むぞ!!」
再びフゥーリィーはグィンとスピードを上げる。
【もう勝手にすれば良い・・・・・・突っ込むなら突っ込めば良い・・・・・・】
私は実に、もう、どうでも良かった・・・・・・。
【こんな事で死ねるなら、かえって滑稽で面白いじゃない! お金の辛さや全ての困難から開放されるなら、願うところだわ!!】そんな気分だった。

薮原祭りの時に限って、何故いつもこんな喧嘩になるのだろう・・・・・・。

 以前、霊能力のある人に、フゥーリィーの祖先である守護霊が、12単衣を着たような気位の高い人だそうで前世で夫を溺愛していたみたいだ。その人が私に嫉妬していると聞かされた事があるのだが、もしかしたらその霊が、私が祭りに行く事を拒絶しているのかもしれない・・・・・・。私は乱暴に蛇行する車に揺られながら、放心状態の中、そんな事をボンヤリと考えていた・・・・・・。

(次回に続く)


2004年07月14日(水)
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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(1)


今回の【薮原祭り行き】は、最低なプロローグで幕開けし、途中、私の心情を訴えるモノローグを挟み、それでも、「やっぱり行っておいて本当に良かった・・・」と、心からそう思えたエピローグで幕を閉じた。
そんな、ちょっとしたドラマがあったのだ・・・・・・。
そのアクシデントについては、書こうか書くまいか散々迷ったけど、【奇麗事ばかりではない真の人間模様を書くんだ!!】と願う、私の日記(物書き)コンセプトに則り、夫の了解を得てチョット小説仕立てのように書いて見る事にした。
私達の夫婦喧嘩の陰惨さと情けなさを、じっくりとお楽しみください。(苦笑)



【薮原祭り】 (��)

 フゥーリィーの実家への里帰りは、思いも寄らぬトラブルから始まった・・・・・・。
フゥーリィーは何処かへ出掛けるとなると、気が逸るのか、気が急(せ)くのか、何故かいつも酷くナーバスになり、イラ付く癖がある。
どういう心理状態なのか私には計り知れないが、単なるせっかちなだけなのだろう・・・・・・。
私が朝の6時からあくせくしている間も、自分は暢気にゲームをし、TVを観、シャワーを浴びたりとのんびり構えていたくせに、いざ出かけるとなるといつも「行くぞ!」と慌しく、サッサと車に乗り込んでしまう。
そこでモタ付いたりしていると、ひどく機嫌を損ねるので、私は出掛けにいつも慌しくなる。【自分勝手なヤツ・・・】と溜め息を吐き、化粧も程々に家を出る羽目となるのだ。
フゥーリィー自身、慌てて出たものだから、車に乗り込むと同時に免許を忘れた事に気付き、部屋に慌てて取りに戻って行った。
「バカみたい・・・、ゆとりを持たないせいよ・・・。」私は呆れ顔で言った。

 車を1分ほど走らせたところで案の定、今度は私が肝心なエッセイの封筒を忘れてきた事に気付いた。
「ごめん・・・今度は私がエッセイ忘れた。戻ってくれる?」
そうしたらフゥーリィーは凄い剣幕で「冗談じゃネェよ! このクソ暑いのに戻ってられるかよ!!」と意味不明な文句を言い、いきなり怒鳴り付けて来たのだ。
「なによその言い方・・・。もうエアコン効き始めてるじゃないよ。第一遠くまで来ちゃったなら話は別だけど、たった2〜3分のロスでしょう? 今度いつ行けるか解らないんだから、戻ってくれれば良いじゃない」
「ふざけんなよ! テメェはいつもそうじゃネェカよ!!」
【テメェ】とか、【ネェカ】が出てくるという時は、相当苛立ってる証拠である。
それでも、私は一向にひるまない。
フゥーリィーは直情型で攻め、私は理詰め型で相手を追い込む癖がある。
私は自分が間違いじゃないと思えば、相手構わず噛み付くタイプだ。

「だいたいアンタがいつも出掛けになってきゅうに急かすからいけないのよ。私が朝から2時間半も掛けて、色々エッセイ選んで、プリントしてたの知ってるでしょう? 前回お父さんのお見舞いに行った時『今度来る時持ってくるね』って約束したのに」
と、その言葉に被せるように「今度で良いじゃネェか、今度で!」とフゥーリィーがさも鬱陶しげに言う。
「普通のダンナなら、ちょっと舌打ちしたとしても、しょうがねぇなぁ〜、って、ちゃんと戻ってくれるわよ! 何でアンタって、こんな事くらいでそこまでキレるの?」
私は、不思議な物でも見るような気持ちでフゥーリィーの顔を覗き込んだ。
「そんな大事なもん、忘れてくる方が悪いじゃねぇか!」

「何言ってんのよ、アンタだって、免許忘れてきたくせに・・・。ねぇ、お願い。頼むから戻ってよ・・・」私は極力感情を抑えて言った。
車のメーターは、フゥーリィーのイラ付き度と比例するかのように、どんどんスピードを増して行く。
【また始まった・・・・・・】
私は鼻白んだ。
「なんでそんなに底意地が悪いの? ちょっと戻るだけの事が何故そんなに孤剣に関るの? 私は昨日から竹の子煮たり、今朝だって早くから動き出し、私なりに皆に喜んでもらうため一生懸命やってたじゃないよ! エッセイだってお母さんに喜んでもらうための好意じゃない!!」
「ふざけんな! あんなもん目の悪いお袋が読むわけねぇじゃねえかよ!! もううるせぇ! 黙ってろ!!」
私はその一言が物凄くショックだった・・・・・・。

 普段、滅多にご両親の顔を見られるわけでもなし、電話で話すにしても電話代を気にしながらの会話なので、口早に近況報告するくらいが精一杯だ。ゆっくりとした会話はできない。私たちの日常やら二人の様子をせめてエッセイで読み取って欲しいと、朝から厳選し、数時間も掛けエッセイをプリントしてたのだ・・・・・・。料理を作りながら何度も何度もキッチンとパソコン部屋を往復してたのをフゥーリィーとて知っている。
私がどんなものを書き、私たちがどれ程仲良しなのか、お母さんにゆっくり読んで、理解してもらい、少しでも安心して欲しかっただけなのに・・・・・・。

 私は悔しさと悲しさですすり泣いた。
と、ソレに気付いたフゥーリィーは、「又それか!!」と喚き、なだめるどころか逆切れし、わざと100キロくらいのスピードを上げてみたり、ギザギザに運転してみたり、いきなり急ブレーキを掛けてみたりと、どんどん凶暴になって行く。
身体が振り回されるままに身を任せ、私は段々無気力になって行く。

【ああ・・・・・・、10年前のあの日と全く同じだ・・・・・・】
私は強い失望感に目を閉じた・・・・・・。



(次回に続く)



2004年07月13日(火)
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■ (日記) 折角書いた日記が・・・・・・!!


皆様ただいま〜♪ 薮原祭り行ってきました〜♪
ドラマが有ったんですよ。大きな大きなドラマが・・・・・・。(苦笑)

昨日、薮原祭りから帰り、昼過ぎには家に着いたものの、もう疲れ切ってしまい、夕食の支度とバレーボール観戦するのが精一杯でした。
大好物のパソコンテーブルに座る事さえ、面倒だった。ww

そして今朝は気合を入れて6時に起き、5時間半も掛けて書き上げ、推敲し直し、やっとの思いで日記を仕上げたと言うのに、アップボタンと消去ボタンを間違えて押してしまい、折角書いた日記を消しまいました・・・・・・(大泪!!)
【ああ・・・、途中で一度、ワードか何かに保存しとけば良かった・・・・・・。】

そしたら魂抜けちゃって・・・(笑)意気消沈しちゃって・・・・・・(笑)もう書く気もしなくなっちゃいまして、今までフテネしてしまいました。(笑)
もう夕方の6時だわ・・・・・・。

これから夕飯作りで忙しくなるので、薮原祭りの日記は明日までのお預けです。
明日、もう一度気分を変えて書き直しますね〜。
今日は取りあえず、マキュキュギャラリーに携帯で撮ったショボイ写真数枚をUPしました。(汗)

しかし、薮原の広場でブヨだかアブだかに足を数箇所食われ、物凄く晴れ上がり、身体全体に微熱まで出ている模様。(毒が強かったのかなぁ・・・・・・?)
太腿の付け根のリンパまで腫れていて、歩くと痛い・・・・・・。
免疫力が弱っているのか、何なのか、今日はとってもだるいです。


なので本格的な日記は明日まで待っててね〜♪

ああ、今夜も早く寝ようっと♪




2004年07月11日(日)
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■ (日記) お土産の料理作り


今日フゥーリィーの実家に行くに当たり、夕べは竹の子10本分をどっさり煮た。鰹節1.5カップ分をフードプロセッサーで粉鰹にし、昆布と粉鰹の出しだけで、品良く薄味に味を付け、圧力鍋で1時間半掛けて煮た。
味が程よく染み込み、とても柔らかく美味しく煮えた。
それを鍋ごと持っていく。(笑)


今日はこれから卵を買ってきて、鰻巻きを作ろうと思う。
冷凍保存した鰻が2本あるのでソレをサッと焼き香ばしくしておいて、20個分の卵に三つ葉のザク切りを散らし、切った鰻を包み込むように焼くのだ。
20個の卵を使うので5本ほどは出来るだろう・・・・・・。
その2種と、エッセイを少し・・・、それを手土産に行って来る。喜んでくれると良いけど・・・・・・。

【金が掛かってないこと・・・(汗)】

昨日も書いたとおり、薮原祭りは、大勢の人が集まる。
フゥーリィーの同級生などもきっと、大勢押しかけてくるだろう・・・・・・。
今日は賑やかになるぞ〜♪

フゥーリィーは四人兄弟の下から2番目。
妹・フゥーリィー・姉・兄と、ご両親も中々上手な子供作りをしたものだ。(笑)
今回エッセイ集を作ってくれるのは、姉のダンナ様だ。
今回は仕事が忙しいらしく、来れない様な事を言っていたが、妹さんが来ているみたいだ。(夕べフゥーリィーと電話で話していた。)
兄弟同士、同じ松本近辺に住みながら、中々顔を合わせる事は無い。
ソレこそ盆暮れ正月さえ、中々行き会うことも無い。
でも、薮原祭りの日は誰かしらが必ずやってくる。
久々に会える身内達に、フゥーリィーはとても嬉しそうだ。
今夜はきっと飲んだ暮れる事だろう・・・・・・(笑)


でも、何かチョッピ羨ましい・・・・・・。
私には息子以外、身内は居ないもんなぁ・・・・・・。
親戚は居るには居るけど、もう、疎遠になってるし・・・・・・。


そんな私だから、フゥーリィーの身内は、私にとってもありがたい存在だ。
今日は、一杯一杯、木曾のとうさん、かあさんと話して来よう。





2004年07月09日(金)
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■ (日記)松本、35度もある


毎日毎日暑くって暑くって、堪らないったらありゃしない。
この松本が35度ですよ35度・・・・・・!
本当に食欲も沸かないし、何する気力も無くなる。

おなかが空いてグーグー鳴っても、食べたいと言う気さえ起こらない。
こんな時は、冷蔵庫で冷たく冷やしたごはんに、冷たい麦茶をぶっ掛けて、白菜漬けをチト太目の千切りにし、ショウガとミョウガの千切りを混ぜ合わせ、味の素少々と醤油で和えた物。シャケの焼きほぐしたもの。明太子。梅干。キューリのキュウちゃん等、お茶漬けグッズを取り揃え、サラサラと冷やし茶漬けを食べるに限る。コレらは食欲のない時には大助かりな、必須アイテムだ。
試してください。旨いです。


サテサテ・・・、明日・明後日と、編集作業をチョイトお休みして、フゥーリィーの実家に泊りがけで遊びに行ってくる。
フゥーリィーの実家は木曾の【薮原】と言う場所なのだが、毎年決まって、7月8・9日が薮原のお祭りなのだ。
どこの家に誰が上がりこんでも良く、お酒や料理を振舞ってくれると言う、無礼講のお祭りだ。田舎ならではの人情祭り。
そのイベントのハイライトに、雌獅子と雄獅子の【よけあい】と言うのが有り、村人の若手代表が山車の上で獅子を巻き上げるのだが、それはそれは勇壮で、中々の感動物だ。初めて見た時は、胸に大きな風船がグワンと膨らんだようになり、破裂しそうなほど感動し、思わず涙ぐんだほどの私だった。
2匹の獅子が、時に静かに優しく愛を語りあうように、時に激しく喧嘩をするように、クライマックスには屋台から転落するかと思うほど、激しく暴れまわるのだ。
お囃子なども、テープなどではなく、ちゃんと村人達が演奏する。
薮原祭りの様子


そんな感動があったにも関らず、薮原のお祭りには、過去1度行ったきりだ。
お正月やお盆は、極力顔を出すようにはしているのだが、お金も無いし手土産の一つも持っていけないので、心が痛み、情けなくて中々顔を出せないで居た。
お祭りも、大抵が平日になるので、いつもその時期になると、何だかんだと忙しく、二人で同時に休める事もなかったので、お義母さんや、お義父さんから「今年こそ来てくれるでしょう?」と、期待をされるのだけれど、中々行けずに居た。
フゥーリィーのご両親は高齢なのに、木曾で二人っきりで暮らしている。
お義父さんは2度ほど軽い脳梗塞で倒れ、少しだけ足腰が不自由だが、まだまだ歩けるし、しゃべれるし、元気だ。
両親とも、とても温厚で、とっても仲良しなのだ。
未だにお風呂に一緒に入っているし、一緒の布団で眠っている。(笑)

私の事もとても可愛がってくれていて、フウーリィーの事も、4人の子供の内で一番可愛いらしい。
手の掛かる子ほど可愛いというものらしいが、本当みたいだ。(笑)

たまには顔を見せなきゃね・・・。たまには親孝行しなくちゃね。
息子以外の身内が居ない私にとっては、大事な大事な両親だ。親と言うぬくもりの感覚を久々に味わい、感じてこよう。

明日は、私の手料理を一品作って、ソレを土産に持って行こう♪

サテ・・・。
どんなものを作って行こうかなぁ・・・・・・。


2004年07月08日(木)
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■ (日記) 懐かしい世田谷の思い出


一昨日の梅酒日記を読み直していたら、子供の頃の事を色々と想い出した。

世田谷区等々力の私の生家の直ぐ近所には、【トモさん】(←通称だと思うんだけど)と言う万屋(よろずや)さんがあり、駄菓子を中心に、缶詰やら味噌やら、チョットした乾物やら、惣菜などを売っていた。
駄菓子屋さんは子供の宝石箱。

あの頃私は、ぼんたん飴と、管に入った色とりどりのゼリーと、チェリー飴に嵌っていた。
後、スパゲティーのような太さの飴の真ん中に、もう一本、そうめんのような飴が入ってて、ソレをす〜っ♪と抜いて口で吹くと、粉が出ると言う10本入りくらいの飴もあった。仲良したちと原っぱに行ってはソレを吹いて遊んだ。
私は総攻撃を受けて、いつも粉だらけの顔をして家に帰った。


公園には紙芝居もやってきて、ソースせんべいや、ソースせんべいの皿に盛られた寒天なを食べながら、紙芝居を見ていた。
梅ジャムが人気だったが、私はいつもオレンジジャム・・・。
あの、いかにも身体に悪そうな、怪しげな色合いが溜まらない。

紙芝居屋さんには【抜き】と呼ばれるゲームもあり【平べったい粉菓子に様々な形の縁取りがしてあり、それを綺麗に抜いて遊ぶ】長い針のようなものを使い、夢中になって繰り抜いた。
難しい形を綺麗に繰り抜くと、高めの景品がゲットできる。
殆ど男の子達しかやってなかったが、あたしはソレに夢中で、手先が器用だった私は、高額商品を手に入れ、男の子達からいつも嫉妬と羨望の目で見られていた。
あの手先の器用さは、今は何処に旅立ってしまったのだろうか・・・・・・。
今じゃ、針に糸を通すのも至難の業だ。

家の前の道路には、おでん売りとかもやって来て、仲良しの裕子ちゃんは、はんぺんが好きで、その姉ちゃんのキミちゃんはこんにゃくが好きで、私はチクワブが好きだった。
三人合わせるとチビタのおでんのようになるけど、あんな形のおでんは、残念ながら、無かったなぁ・・・・・・。

そして豆腐屋さんのラッパを聞くと鍋を片手にすっ飛んで行き、豆腐やら厚揚げを買った。豆腐屋のおじさんがいつもサービスでがんもどきを2個くれるのだ。
ソレをお婆ちゃんに網でサッ! っと焼いてもらい、おろししょうがと大根おろしを乗せ、醤油を一たらし・・・。 コレが大好物だった。
金魚売・ポンポン菓子・おでん屋・豆腐屋・ラーメン屋など、色々な屋台がやってきた。
懐かしいなぁ・・・・・・。あの等々力の風景・・・・・・。
3日間で良いからあの頃に帰りたい。



追伸・・・。
今日はタナボタ・・・あ、いや・・・、七夕だ。
去年の日記には、フゥーリィーとキスしたことが書いてある。
あれからもう一年か・・・・・・。早いもんだなぁ・・・・・・。

今夜は、どうだべか・・・・・・。


2004年07月07日(水)
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■ 〈日記) 梅酒を漬けてみた


私は三歳の時、急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれた経験が有るらしい。(当人に記憶は無いが・・・)

小さな頃から私は梅酒が大好きで・・・・・・(?)【正確に言えば、その頃は梅酒の実だけなのだが】
私が3〜4歳の頃、大人達がチョット留守をした隙に、台所の貯蔵庫に有った大きな甕(かめ)の中に手を突っ込み、どうやら梅酒の梅を盗み食いしたらしい。
母達が戻った時、私の周りには、梅の大きな種が6個も転がってたそうで、私は真っ赤な顔をし、白目をひん剥いて、ヒクヒクと口から泡を出し、痙攣してたらしい。(笑)さぁ、大人達は真っ蒼だ。
それで病院行きとなったわけだが、大人達は医者から、こっ酷い説教を喰らったみたいだ。
最初大人達は「勝手にあの子が探し出した」などとシラを切っていたらしいが、医者が、「与えた事も無いものを盗み食いするわけが無い。面白がって与えた経験が有るからだろう? どうなんだ!」と詰め寄り、皆は「ハ・・・ハイ・・・]と白状したようだ。

私の生家には数十年物のバカデッカイ梅酒の甕(かめ)が3個も有り、その旨さは近所中の評判だったと言う。ある日大人達が面白がってその梅を私に与えたところ、私はとても病み付きになり、大人達の顔を見る度「ウメチュの梅〜!ウメチュの梅〜!!」とねだってたそうな・・・。
なので、私の飲酒体験は正確には三歳から・・・と言う事になる。

ベッコウ色の酒に浸かった、シワシワの大きく柔らかい梅は、何とも言えない旨さがある。生家で覚えたヌカ漬けと梅酒と、ひい婆ちゃんのヨモギ餅の味は今でもハッキリ覚えているのだが、それが私の中での本当の故郷の味なのだ。

そんな私は、【チョーヤの梅酒】など、買っては飲んでみたこともあるのだが、どうも甘過ぎて好きじゃない。【サラリとした梅酒】もしかり・・・。ドレもコレも皆、妙に甘過ぎる。

以前、ネット友人の【バツ】にオフ会の時に貰った梅酒が、甘味を抑えてあり、熟成されていながらも、とっても品のある味で、実に旨かった。
生家のソレと、味が良く似ていた。

今年、庭の梅ノ木に梅の実がひと際たわわに実り、大きな大きな絶品の実を鈴なりに付けた。いつの間にか収穫を終えたみたいで、ダンボールに2箱半もの梅が大家さんちの軒先に置かれていた。それを「ほう〜♪]と眺めていたら大家のお婆ちゃんが、「好きなだけ持って行きましょ♪」と言ってくれたので、生まれて初めて梅酒を漬けてみることにした。
酒屋から35度のホワイトリカー4ℓを買ってきて、氷砂糖700g。ザラメ200g。そして良く洗って水気を完全に切った梅を蓋まで一杯に漬けた。大きな瓶に二つも出来た。
本来は焼酎1.8ℓに対し、砂糖が500g〜600gと書いてあったのだが、甘さを抑えたいので砂糖類は少なめに入れてみた。
2〜3ヶ月で飲めると書いてあるが、お正月まで我慢して開けずにおこう。
さぁ、どんな味に仕上がっているだろうか? 
ワクワクドキドキするなぁ〜。

まぁ、等々力の生家で盗み食いしていた当時の梅酒の味を再現できるまでには数十年掛かる。アタシャもう、それまではこの世に居られるか居られないか解らないし、酒好きのアタシ達の事だから、それまで取っとく事など出来まい。
なので故郷の味を味わうのは無理だとしても、来年の正月には自分で作った梅酒が味わえるというわけだ。
なので、どんな貧乏をしても、苦しくても、来年までは、首が吊れなくなった。(苦笑)


 


2004年07月05日(月)
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■ (日記) おはよう〜♪ 皆様。 中間報告です。


エッセイ集の編集に日々追われています。
で・・・日記がおろそかに・・・・・・。

私はドジだし、慌てん坊で、ポカばかりやらかすし・・・・・・。しかも、欲張りなので、万全を期したツモリでも後々絶対に、もっとこうすりゃ良かった、ああすりゃ良かった・・・と後悔すると思うのですよ・・・・・・。
あれを書き忘れただの、この表現、変えりゃよかったなぁ・・・など等・・・・・・。
まぁ、多かれ少なかれ、必ずそれは誰にでも有るとは思うのですが・・・・・・。

なので、極力それを無くすため、一つのエッセイを3日くらい掛けて、ああでもないこうでもないと、添削したり書き直ししたりしているので、中々、はかどりません。(滝汗!)

本の題名は決まりました。

やはり、私の物書き体験は、この【マキュキュのからくり日記】がデビュ〜だし、それをそのまま本の題で載せようと思います。
【マキュキュのからくり日記より〜(サブタイトル)】って感じでしょうか・・・。
そして、日記の愛読者の方にも、楽しんでいただくため、未読の幾つかのエッセイを新たに書き足し、本を買ってくれた人の損の無いように・・・と考えています。ww


そんなやこんなで、日記に掛けられる時間が削られていますが、応援のほうよろしくね?
順位を上位に保てて無いと、本が出来上がった時に【上位に着いてるなんて、飛んだウソツキだ!】って叱られそうで・・・・・・。
あはは・・・・・・は・・・・・・。(滝汗!)


2004年07月04日(日)
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■ (日記) 夜明けの色


3時半ごろから4時半頃までの間、空の色が徐々に変っていく様を見詰めているのが大好きだ。
本来、滅茶苦茶に深夜族だった私なのに、この所ずっと早寝早起きだったので、この時間帯に空を見詰められている事など無かったけど、今日は真夜中、フゥーリィーの歯軋りとイビキのスペシャルプレゼントで起こされてしまった。
昨日はずっとエッセイ集の編集をしていたので、日記も書けなかった。
それでこんな時簡に日記を書いている。(今4時半)

先日なんて、フゥーリィーってば、自分の歯軋りで起きてやんの・・・・・・!ww
ガバッ! と起きて。
「あわわわ・・・・・!!ナ、ナ、なんだ!!?? どした!!?? どこかでキュル〜ッ!キュルルル〜ッ!って変な音して無いか?」だって・・・・・・。

やってられない・・・・・・。

イビキはともかく、歯軋りは絶えられん・・・・・・。殺意が生まれる。(笑)
耳栓しようがどうしようが進入してくるあのおぞましい音。アタシャ苦手で仕方ない。何方か、歯軋り対策の良いアイデアがあったら是非教えてください。
絶対に止まるなら少しお金出しても良いです。

でも、そのお陰で久々に美しい夜明けが見れたのだから・・・・・・。まぁ、よしとするか・・・。


サテ・・・・・・。

夜明けの色と言うと、黒から紺色に変わる間が一番美しい。その瞬間の色合いを人はなんと呼ぶのだろう・・・・・・。夕刻のそれとは明らかに違った神聖な静寂の色。
それからどんどん白さを増してゆき、もうそうなると美しさは無くなってしまう。
あの色だけを閉じ込められたら良いのに・・・・・・。

黒から紺色に移り行く瞬間、様々な光景が思い浮かび、胸の辺りがふつふつとざわめき、何故だかいつも少し泣きたくなる・・・・・・。
頭の中には必ず【夜明けのスキャット】と【時には母の無い子のように】が流れ、いつも14・5歳〜17・8歳の頃の私が甘い痛みを帯びて蘇る。
あの年代が丸ごと蘇って来る。
きっと私の人生で一番楽しく、一番愛しく、一番美しく、一番好きな時代だったのだろう・・・・・・。

いつも親友の節子の家と私の家をかわりばんこに泊まり合い、何度も見た夜明けの色。
新宿の公園で始めてヒッピー仲間達と野宿した日の夜明けの色。
始めて恋人と行った海での夜明けと朝焼けの色。
母と喧嘩して家を飛び出し、町をさまよっていた時の夜明けの色・・・・・・。
いくつも見てきた様々な夜明けの色が私の胸に蘇る・・・・・・。

こうして昔の記憶と戯れながら夜の明けていく様を見てるのが、私は大好きだ。


2004年07月02日(金)

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