マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ 【エッセイ】 亡き祖母との再会


今朝の松本は冷え込みが強く、今、左手の窓の外には、今年始めての初雪(霙に近いが)が、静かに静かに降っている。
でも、この雪はすぐに止んでしまうだろう・・・・・・。空が明るくなって来た。

サテサテ・・・。本題に移ろう。
半年ほど前、古い邦画ばかりを取り上げているネットの掲示板を見付け、たった一度だけお邪魔した事が有る。
私の祖母が芸名を【水町庸子】と名乗り、結構有名な女優だったらしいので、祖母の映画の事を聞きたかったからだ。
そうしたら、何とその事を覚えていてくれたその掲示板のメンバーの【Y】さんが、つい先日、スカパー時代劇で祖母の映画が放映されると言う情報をわざわざ私の掲示板に出向いてくださり、教えてくださったのだ。

半年前、その掲示板に私が書き込みをしたほんの少し前に、偶然にも、その【Y】さんは、私の祖母の葬儀に付いての記事を読んだばかりだというから、正に不思議なご縁だ・・・・・・。
その時の彼女の掲示板へのレスコメントを載せさせていただきたいと思う。

私は今、「古川ロッパ昭和日記」を読んでいるのですが、このあいだロッパ氏が水町さんのお葬式に行った日のところを読んだばかりだったので、この偶然に驚いています。
昭和十六年一月十五日の日記に
「東宝撮影所ステージ内で仏式の葬儀、読経・弔辞、沢村貞子が泣き乍ら読んだ弔辞が悲しくて皆泣かされた。遺児四人の姿いとど哀れ。」
と記されてありました。


これを見ると、本当に見知らぬ人様との繋がりへの仕組みが、改めて、摩訶不思議な偶然(必然?)に思えてならない。

その【Y】さんからの思いも寄らぬ掲示板への嬉しいお知らせに、私はそこいら中の友人に電話をしまくり、やっと一人、スカパー時代劇に加入している人を見付け、見させてもらう事にしたのだ。
映画の題名は【松下村塾】(しょうかそんじゅく)と言い、歴史に弱い私は、言葉や内容が今ひとつ把握出来ていない所もあるが、日本を良くする為にと、真の教えを貫き通すと言う志の高い塾長が、徐々に生徒数を増やし、塾を大きくし、しかし、最後には政府の弾圧に会い、打ち首にされてしまうと言った内容のものだと思う。(2度3度見ないと良くは解らないのだが・・・)
祖母はその塾長の母の役で出演していた。

(後に解った事だが、吉田松陰の映画だったようだww)

私は母からの話を勘違いしていたのだが、キネマ旬報などの記述によると祖母は僅か20代の後半で病に倒れ、腹膜炎を併発し、他界していると書かれている。
【私は40くらいで亡くなった物だとばかり思っていたのだが・・・】
そうなると、多分その映画は、まだ30にも満たない祖母が演じていたのだろう・・・。しかも、塾長の母役である・・・・・・。
祖母は老け役がとても似合う女優だ・・・・・・。(笑)

この世で初めて見る祖母の動く姿。
この世で初めて聞く祖母の声。
この世で初めて逢う、生きた祖母。

「お婆ちゃん・・・遭いたかったよ・・・・・・。アタシャ、あんたの実孫だよ・・・。アタシャ、今のこの世で、あんたの血筋をしっかり受け継いで、波乱づくめの道を歩み、苦労して息も絶え絶えで居るんだよ・・・・・・」
思わずそんな事を画面に向かって呟いていた。(苦笑)
映画の内容は他所に、私は、画面を通しての祖母との再会に、涙が溢れて仕方が無かった。

亡き母は祖母に良く似ている。
3姉妹の真ん中である母が、一番祖母に似ているように思う。
顔は勿論、身体の線の細さ、声、立ち姿等、母は祖母にそっくりだ。
私は忘れていたのだが、上の記述によると、4人の遺児となっている。
そう言えば、母には【まもる】と言う名の弟か兄が居たという事を、確か母の口から聞いたことがあったような気がする・・・・・・。
それにしても、4人もの子を産み、僅か30前で亡くなったという祖母の人生も、さぞや壮絶な人生だったのだろう・・・・・・。

この映画はきっとトーキー映画時代から、少し後に撮影されたものだろう・・・。
昔はあんなぶつ切りの手法で撮影されてたんだなぁ・・・・・・。
もっと、もっと、祖母の映画を観てみたいなぁ・・・・・・。

昔の映画には、浪漫がある。
今の時代には無い、温かさや優しさがある。
私達が無くし掛けている、未来への熱い希望がある。

何か異次元空間に紛れ込んだような不思議な気持ちになり、この時代の祖母との再会に、深い縁を感じた。

映画の内容も、何故か恋愛物では無かった。【祖母は恋愛物にも多く出演しているはずなのだが・・・】
地味な内容の映画ではあったが、その映画は偶然にも【たとえ苦難に出遭っても夢は貫き通せ・・・・・・】と言う教訓を私に与えてくれている内容のようにも思う。
それは、先日見た【海を渡るバイオリン】にしてもそうだ。
映画を通し、祖母が【夢は決してあきらめてはダメよ!】と、教えてくれているようにも思えた。

もしかしたら、私が祖母に会いたいと思って居たのではなく、祖母が私に会いたいと思ってくれたのかも知れない・・・・・・。
アノ世から、今にも崩れ落ちそうな私に、祖母の最大の愛情とエールを送るため、私をあの掲示板に行かせ、あの掲示板のメンバーの優しい心を借り、私に会いに来てくれたのかもしれない・・・・・・。

そんな温かで不思議な気持ちになった昨日だった。

☆ 掲示板で教えてくださった【Y】さん。
アナタのお陰で、夢にまで見た祖母に逢う事が出来ました。
本当に、本当に、ありがとうございました。


2004年11月30日(火)
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■ (日記) 昨日の報告&海を渡るバイオリンの感想


昨日は本当ならば編集長が南木曽まで連れてってくれるはずだったが、電話で送れなくなったと言う事なので、仕方なく松本駅までバスで行き、電車に乗り継いで行く事にした。
6時からの大会なので夕方5時には着く目算で、ローカルローカル電車wwに揺られ行って来た。【中々風情あり】

昨日のカラオケ大会は、出演者数も観客数も、思ったよりも少なかった。
オマケに主催者&司会者である編集長が風邪で高熱を出し、立っているのもやっとと言う状況で、急遽司会者が同人の方に代わったと言う、アクシデントもあった。
でも、そのせいか(観客少数)上がらず、落ち着いて歌え、アタシ的には85点くらいの出来だった。
途中、歌詞を一箇所間違えたが、知ってる人が居ないと思われる曲なので、誰も気付くまい。(苦笑)

木曽のカラオケ大会と有って、アタシの他は皆演歌。
なので歌い出しに若い客からどよめきが来た。
シーンと静まり返った会場で、詞を語りかけるように、そしてサビの部分は山を付け、思い切り歌ってきた。
盛大の拍手を貰い、ホッと一安心。
音響で来ていた若いPAが、真剣に聴きながら、大きく拍手をしてくれた事がとても嬉しく、チト可笑しかった。きっと、ド演歌ばかりの中で、救われた気がしたのだろう・・・。(プププッ!)

テープを受け取る際[良かったですよ」と、一言。
こんな些細な事でも、出演して本当によかったと思うのだ。

これも【KS】のお陰だ・・・・・・。
アノ伴奏用のテープ&CDはこれから先も何かにつけ役立ってくれるだろう。

歌い終わりすぐに帰るツモリだったが、時刻表を見たら電車か来るまで1時間20分も空いてしまい、2部のマンドリンクラブの若いお姉さん達3人組の演奏を聞き終え、編集長にご挨拶をし、会場を後にする。
昼頃、フゥーリィーに取られ、うどんを3分の2ほど食べただけなので、腹がグーグー鳴っている。
どこかにラーメン屋でもないかと探し歩いたが、何処にも無いので仕方なく駅構内の待合室で本を読む。
あぁ・・・寒い・・・・・・。ああ・・・腹減った・・・・・・。後35分も有る・・・・・・。
生憎鈍行がなく特急だったので返りは2250円ほど掛かってしまった。
往復の電車賃と義援金で6000円ほどが飛んでしまったが、まぁ、いいか・・・・・・。役に立てたのだから・・・・・・。

ともかく人前で歌う勇気も沸いたし、マンドリンの演奏も良かったし、編集長に多くのエッセイ作品も手渡せたし、何よりも嬉しかったのは編集長から、「アナタの歌は本当にいいですね・・・・・・。アナタの書くものも、中々情緒もありリズムもあり、笑いもあり、潤いもあり、実に面白いですよ」と誉めていただいた事だ。

帰りは丁度、松本駅周辺で電話が入り、豊科の妹宅に行っていたフゥーリィー&兄に拾われ、松本駅からはお迎え付きで帰れた。終わり良ければ全てよし。 そんな一日だった。

フゥーリィー達は妹宅で、旨い焼肉やら、刺身やら、その他の料理やら、カレーをふんだんに食ってきたそうだ・・・・・・【泪】
【だから、タッパー持ってけって言っただろうがよ!!】


ところで話はガラリと変わるが・・・・・・。

昨日一昨日の日記の検索解析が、やたらと多くてビックラコイタ。
カーソルを使うほどなので、壊れたのかと思った。(笑)
見るとその殆どが【海を渡るバイオリン】で検索してきたようだ。
それだけあのドラマに興味を持つ人が多かったと言う事だろう・・・。

やはり良〜〜〜〜いドラマだった・・・・・・。
杉田さん特有の、鳥や小動物たちの一寸した映像や、自然を取り込んだ映像美もふんだんに使われ、何よりも、幻想的な風景と共に、人間の心の中の美しさや、哀しさ、ジレンマなどの描写が本当に芯を突いている気がする。

おざなりの演技で、綺麗に泣いて綺麗に怒り、綺麗に笑うドラマなどウソ臭いものだ。ストーリーが読めるドラマ展開ももう、既成品・・・。

でも、杉田さんのドラマは、心をえぐるような心理描写が実に真実的なのだ。ただ哀しいとか怒りの直接的な表情だけではなく、それに伴う様々な心理描写の動きを引き出させるのが実に巧みだと思う。
そして、読めそで読めない展開なんかもコッツラ憎い。(笑)

杉田さんは無名の頃から拘りが人数倍強く、昔から、鬼演出家だとか、妥協をしない監督だとかと言われて来たそうだが、出演者やドラマ作りに余りに拘り過ぎる為、しょっちゅう赤字を出すと言うのも、始終聞かされていた有名な裏話で有る。(笑)

アタシが思うに・・・、例えば、アノドラマで、下の赤ちゃんが高熱を出し、生死の山を乗り越え、自然に目覚めるシーン・・・・・・。
【カット撮影ではなく、ワンシーンで本当に自然に、あたかも死の淵から目覚めたように、目覚めたのだww】
あのシーン一つに、どれだけの時間を費やしたことだろうか・・・。その為だけに何度取り直しをした事だろう・・・。出演者達はさぞや大変だったろうなぁ・・・。と、容易に想像が付く。(笑)
その他もそんな裏方向から楽しめるシーンが沢山あった。

少しの妥協も許さぬ人である。そんな拘り人間が作り上げたドラマだけあって、本当に見応えがあり、心理描写もドラマの流れも自然体で、それだけにリアリティーに溢れ素晴らしかった。

私もいつか、脚本が書いてみたい・・・。良い人間ドラマを作りたい。
そんな意欲が沸いて来た。


2004年11月29日(月)
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■ (日記) 今日が本番


サテサテ・・・、いよいよ今日がチャリティーカラオケ大会の本番だ。
店の中ではなく一応は舞台で歌うので、心臓がバクバクだ。

一昨日から昨日に掛けて、親友【M】の家に泊まり掛けで行ってたので、余り練習が出来てなく、少し不安だ。
練習はもっぱら、行き帰りの車の中。
大きくオケを流し、思い切り大声を張り上げながら繰り返し繰り返し歌っていた。
信号待ちをしているアタシのクチパクを見て、対向車のドライバーが首をかしげながら、異様な顔をしていた。(笑)
きっと、【アイツ、相当イカレテル・・・】と思った事だろう・・・・・・。
大丈夫。気は確かです。


カラオケ画面を見ながら歌うわけではないので、歌詞の暗記が大変なのだ。

今も練習をしながらこの日記を書いている。
書いたり、歌ったり、忙しい・・・・・・。
本番になると滅茶苦茶上がる癖があるので、気をつけなければ・・・・・・。


よくよく考えてみたら、アタシには歌う事と、書く事意外に、夢中になれるものもないし、何の取り得も無いような気がする。
それならば、その二つに人一倍力を入れ、いつか必ず自分の人生に活かしたい。
だから、歌う事や書く事のチャンスが与えられたら、何でも引き受けて、出来る限りの力を発揮しようと思う。
今日は、2度目の兄弟会議。
明日からお義父さんが急遽入院する事になったので、その激励会も含めてなので、アタシも参加しなければならないのだが、別の場所で歌う事で、お義父さんを激励しよう。

お義母さんの手術が無事に行われ、早く元気になれるよう・・・。お義父さんの入院生活が早く終わるよう・・・。皆が良い方向で暮らせるよう・・・。祈りを込めながら歌って来よう。

上がりまくってドジを踏まないよう、皆様も心の中で応援しててくださいね。


さてさて、練習練習・・・・・・。
今日はこれまで。



2004年11月28日(日)
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■ (日記) 海を渡るバイオリン


いよいよ明日、以前から楽しみだった【海を渡るバイオリン】と言うフジテレビのドラマが放映される。
実話をドラマ化したものだそうで、監督は、あの【北の国から】の杉田成道だ。
ただ、今回のこのドラマの監督が杉田さんだと知ったのは、今朝の、ワイドショー番組での事だ。(笑)
それを知ったので尚更嬉しくなった。

杉田監督は私の亡き従姉妹の元夫で、私の最初の結婚式の時、従姉妹と杉田さんが仲人をしてくれたのだ。(笑)
今では近づきがたいほど、余りにも偉大な人になってしまった・・・・・・。

従姉妹が癌で亡くなったのは、もう、10年以上も前の事。
時を経て数年前に、杉田さんは再婚なさったそうで、今は益々遠い存在の人だ。

過去、杉田さんの演出するドラマの殆どを見てきたが、贔屓目【ひいきめ】ではなくどれもコレも素晴らしく、きわめて質の高い人間ドラマばかりである。
映像の美しさにも拘り、人間の優しさ、愛しさ、強さ、悲しさ、弱さ、苦悩、切なさ等、心の襞を、見事に描いた作品ばかりだと思う。
そんな杉田ワールドに、アタシの感性も、少しばかりの影響は受けている。

この所、仕事の事、義母の事、自分自身の今後の事などで、色々と打ちのめされ、正に心が破裂しそうな状況下の私にとって、この時期に杉田ワールドに触れらと言う事は、これもまたぐうたら神の思し召しなのだろう・・・・・・。
偶然ではなく、必然なような気がする。
明日を生き抜いて行く為の、とても素晴らしい心の養分になりうる事だろう・・・・・・。

しかも、テーマソングに使われる中島みゆきの【2艘の船】は、アタシの敬愛する横浜の恩人【H】ちゃんが良く歌ってくれている曲で、もっともアタシが好きな【H】ちゃんの持ち歌である。
常に覚えたいと思っていたので、それも偶然とは思えぬ神のプレゼントだ。

皆様もお時間があれば是非見てください。
きっと、大きな感動をもたらせてくれる事でしょう。



突然だけれど、さっき・・・、退院に備えての、義母の最終検査の結果を聞きに行ってたフゥーリィーから、悲痛な声で連絡が入った。
義母の心臓は思ったよりも悪いようで、他にも心筋梗塞の予備軍が数多くあり、退院どころではなく、バイパス手術を受ける事になったそうだ・・・・・・。
フゥーリィーも酷く落ち込み、私も何と応えていいか解らなかった。
無事に手術を迎え、一日も早く元気を取り戻してもらえるよう、祈るしかないだろう。

人生は本当に、何時何が起こるか解らない。
そんな為にも、日々を大切に、全ての出来事を愛しみながら送るということは、不可欠な事なのかもしれないと、つくずく感じる。
数多い、絶望や失望や、困難を背負いながら人間は弱りながら、嘆きながら、あえぎながら生きて行く。
それでもそんな人生の中に、少しの楽しみや、喜びや、希望を感じながら、人間はへこたれずに生きていかなきゃならないのだ。

良いドラマや、良い本や、良い音楽や、良い人間関係に出会い、触れる事で、アタシの人生はかろうじて今日も繋がっている。
明日も、明後日も、そんな積み重ねで生きていくのだろう・・・・・・。

明日見るこのドラマも、きっとアタシに、夢に突き進む勇気と、生きるヒントを与えてくれるものだと、多いに期待している。


2004年11月26日(金)
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■ (日記) 日曜日の事


先日、木曽春秋の編集長から電話を頂いた。
28日の日曜に、木曽春秋の主催で、【チャリティーカラオケ大会】が行われるという。場所は南木曽の勤労者福祉センター。
そこで是非アナタの歌を聞かせてあげて欲しいのだと、お誘いを受けたのだ。
無論、ギャラが出るわけでもなく、僅かな参加費を払っての参加である。

聞けば、その収益金は、中越地震の義援金として、寄付するという。
それならば私の叶わぬ事となった約束が満たされるではないか・・・・・・。そう思い、喜んで参加させていただく事にした。

今月は少しでも休まずに仕事に出て、先月よりは僅かでも多く寄付しようと頑張っていたのに、あんな形で店を辞めてしまった為、義援金どころではなくなっていたのだ。こっちが義援金ください状態。(苦笑)
それでも良くした物で、こんなヒョンな事で、アタシの目的が叶い微量ナリとも役に立てるというわけだ。

そこで我が友【KS】に急遽伴奏用のテープを頼み、本日出来上がったとの連絡を受けたので、後ほど取りに行ってくる。

選んだ曲は酒井俊の【満月の夕】
しかもアタシは声が低く、本人よりも2個下げのキーなので、【KS】には苦労をお掛けした。
お世話になりました。


この歌は私が思うに、いわゆる反戦歌だと思う。
焼け野原の瓦礫と化した故郷に呆然と立ちすくみ、もう、笑うしかないのだ・・・と言った壮絶な心境を歌った歌ではないか・・・・・・?
それならば新潟の今の人達にとって、正に心に滲みうる歌だと思う・・・・・・。

勿論新潟の人々に、直接聴いてもらえる訳ではないのだが、カラオケ大会の趣旨にはのっとった歌なので、南木曽の人々も、きっと、そんな気持ちで聴いてくれるだろう・・・・・・。

木曽春秋の編集長とも、色々な話をしてこよう。
そして、書く事や歌う事に対するアタシの情熱を理解していただき、少しでもコレを期に、世界が広がってくれたら嬉しい。


2004年11月25日(木)
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■ (日記) 哀しいまでの絆


昨日、義母の見舞いに行ってきたフゥーリィーが、痛そうに顔をゆがめながらアタシに言った。

「おふくろは、たとえ一時だとしても、絶対に親父と離れ離れになるのは嫌だってさ・・・。たとえ私一人ででも木曽で親父の面倒を見るんだって言い張ってるんだ・・・・・・」と・・・。
「ジジは私が傍に居なきゃ、ダメなんだ! アタシじゃなきゃ絶対にダメなんだよ」と、フゥーリィーに泣きながら訴えたそうだ。

それを聞いた私は、二人の哀れさと一種の強い感動で思わず嗚咽した。
お義母さんの気持ちが解るだけにどうしようもなく辛い・・・・・。

奥田舎の木曽で、たった二人だけで庇い合い、いたわり合い、時には微笑ましい喧嘩をしながら、仲むつまじく暮らしてきた老夫婦・・・・・・。
一緒にお風呂に入り、一緒の布団で休み、いつもかつも一緒だった二人。
お義母さんの行くところには何処にでも着いて行ったというお義父さん。
お義母さんに頼り切り、甘え切っていたお義父さん。
そして、それを苦笑しながらも、大きな心で受け入れていたお義母さん。
お義父さんの世話はさぞや大変だったろうに、いつも皆を心配させまいと明るく気丈に振舞い続けていたお義母さん。

きっと二人とも、片時も離れたくは無いのだろう・・・・・・。
本当に真から二人は愛し合っているのだ。
誰にも計り知れない、当人だけにしか解らぬ、深くて強い絆が、二人の間には沢山沢山あるのだろう・・・・・・。

二人だけで居るのが無茶な事でも、子供らの総反対に遭ったとしても、それが叶わぬ事だと頭では理解できてはいても、お義母さんは、木曽の実家で、自分ひとりの力でお義父さんの面倒を見続け、最後まで添い遂げたいのだろう・・・・・・。
子供達が二人を同時に受け入れられないなら、たとえ自分一人ででも面倒を見切る覚悟で居るのだろう・・・・・・。

そこまでの二人の強い愛情に、アタシは一種の羨望を感じたと同時に、此処まで病に追い詰められた老夫婦を、尚更二人だけには出来ないと言う危機感を感じた。

何とか二人を引き離さずに済む方法は無いものだろうか・・・・・・。
極力そういう方向で話が進む事を願うばかりだ。

それと同時に、アタシ達夫婦の、頼りない現状と、愛情の甘さと、様々な事に付いての覚悟の足りなさ、考えの甘さを、痛いほど思い知らされた気持ちだ。

果たしてアタシは、義母のようにフゥーリィーを愛し通せるだろうか・・・・・・。
ナニが起きても添い遂げられるだけの覚悟を、アタシは持って居るのだろうか・・・・・・。


木曽の両親を見ていると、昔読んだ哀しい童話が胸をよぎる。

貧しいけれど、大変仲むつまじい老夫婦が、クリスマスプレゼントをしたくても、もうお金も無いし売るものも無い。
そこで、妻は最後に残された大切な髪を切り、その髪を売って、夫の懐中時計のチェーン(?)を買い、夫も又、最後に残された懐中時計を売り、妻の髪飾りを買うのだ。
結局は使われる事の無い髪飾りと、チェーンが残された・・・。と言う、余りにも優しくて哀しい物語・・・・・・。
きっと、この物語のような愛情を木曽の両親は持っているのだろう・・・・・・。



とにかく私は先ず、自分の頭上のハエを何とかしなきゃ・・・・・・。
一刻も早く仕事をしなきゃ・・・・・。
しばらく仕事探しに専念しようと思う。



2004年11月24日(水)
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■ (日記) 老いる虚しさ・・・・・・


仕事を辞めてからの4・5日間、色々な事で慌しく、しかも土日を挟んだ為、仕事探しは全く出来ずに居る。
色々な人から受けていた予約への謝罪電話だの、辞めた理由の説明だのと、電話代がかさむのを気にしながらも、それだけはしないといけないので大変辛い。

しかし、散々、知り合いの皆に電話をしまくり、「来てね〜来てね〜」を連発していたので、辞めた後になり「折角皆で行こうとしたのにぃ・・・」などと言う電話が、最近実に多いのだ。
なんて皮肉な事だろうか・・・・・・。
って言うより実に勿体無い・・・。
これから年末に従い、来てくれる人は沢山居たはずなのに・・・・・・。

店に居る間に、もっと集客率の実力を発揮出来ていれば、社長にももっと強く言えたのに・・・・・・。

その度に、電話で謝罪し、恥ずかしい思いをし、ボトルを入れてくれた人々に申し訳ない思いをし、辞めた理由を説明しているうちにも、悔しさとワビシサで涙が溢れ出てくる。
そんな思いをさせた社長が、今更持って腹立たしい・・・。
アタシの信用とプライドをどうしてくれる!!
それよりも、今月は目標額があり、休日出勤してでもと、あんなに張り切っていたのに、突然あんな形で収入を経たれた事が何よりも一番響いている。

めまぐるしく色々と動いている内、仕事を辞めてから、もう、かなり経ってしまったような気持ちで居たが、まだ5日ほどなのか・・・・・・。
気は酷く焦るのだが、落ち着いて仕事を探さないと、元の木阿弥になりそうなので、今回の仕事探しは少し時間を掛けてでも人々に相談しながら慎重に探したいと思う・・・・・・。
又、抱えている問題は、それだけではないので、仕事以外にもやらなければならない事、考えなければならない事に追われ、今にも心はパンクしそうだ。

まぁ、人生、何とかなっては行く物なのだろう・・・・・・。
今までだって、幾度と無く、今度こそ終わりだと思っていても、良くした物で、かろうじてなってはきたのだし? これからも、そうなのかもしれない・・・。
(でも、今回だけはさすがにもう、電池切れかも・・・・・・苦笑)

昨日はフゥーリィーと一緒に、近くに住んでいながらも7年ぶりに行き会うフゥーリィーの兄を途中で拾い、松本近郊に住む妹さんの家に行ってきた。
お義父さんが今現在妹さんの家に引き取られている為、お義父さんの顔を見るためと、両親の今後を話し合う為、兄弟全員が妹さんの家に集合し、兄弟会議をしたのだ。

しかし・・・、ショックだった・・・・・・。
4ヶ月振りに見るお義父さんは、余りにも老いて、弱っていたのだ・・・・・・・。
夏祭りの時には、あんなに元気だったお義父さんが、もう、自力で立つ事さえもままならなくなっていた。
あの夏祭りの時には、皆の心配を他所に、自分で杖をついて外まで行き、近所の友人達と会話を楽しんでいたと言うのに・・・・・・。

お義母さんの事でショックだったせいもあるのだろう・・・、寒くなって来たせいもあるのだろう・・・、お義母さんが身の回りの世話を、たった一人でし尽くして来たので、身体を動かす機会も少なくなって、体力が消耗したせいもあるだろう・・・。
様々な面で、お義父さんの体力がアレほどまでに衰えている事を目の当たりに見た私は、酷く心が痛んだ。

あんなに大好きで凛々しく、頼もしかったお義父さんが、まるで赤ん坊のようになってしまった・・・・・・。
トイレももう、一人で行くのは無理な状況だ。
しかし、息子や娘全員が数年ぶりで集まった事が嬉しいらしく、とても楽しそうに喜んでいる。
話も少し聴き取にくくはなっては来たが、まだまだ会話に付いては大丈夫だ。
皆の顔を交互に見つめ、とても嬉しそうに顔をクチャクチャにし、笑っている・・・・・・。
涙を必死で堪えるのに、私はとても苦労した。


老いと言うのは残酷だ・・・・・・。
老いと言うのは物悲しい・・・・・・。
老いと言うのは生まれた頃に徐々に戻って行くと言う事なのか・・・・・・。


木曽の離れた場所に、そんなお義父さんと病気上がりのお義母さんの二人きりで置いておくのは無茶な為、しばしお義父さんとの再会を楽しんだ後、別室で今後のための話し合いになった。
どの道、誰も彼もがそれ相当の事情を抱えているので、悲しいかな両親ごと引き取れる者も居ない・・・・・・。

話は木曽の実家を何れは処分するとし、元気を取り戻し、退院間近であるお義母さんを誰かの家で向かい入れ、お義父さんはひとまず、皆の目や手が届く距離の病院に一時入院させるか、施設に一時入所してもらい、お義母さんの回復度に伴い、今後の方針を再検討して行くと言う方向に進んで行ったが、お義父さんの無邪気に笑う顔を見ていると、切なくて切なくて涙が溢れてくる・・・・・・。
それは、皆が同じ気持ちなのだ。
お義父さんとお義母さんを一時でも引き離すのが可哀想でならない・・・・・・。
あれほど仲良しの両親を、一時期でもバラバラにしなくてはいけないという現実に、人生のむごさを感じる・・・・・・。
かと言って、我が家も今正に、自分達の明日さえ危うい状態なのだ。
他の兄弟も皆、共働きで、現状を維持するのがどの家もやっとなのだ・・・・・・。

みんな優しい心の持ち主だ。
みんなが同じように心を痛めている。

優しいとか冷たいではなく、気持ちがあるとか無いではなく、身内が多いとか少ないではなく、みんながみんな、二人ごと引き取りたくも引き取れないと言う無念な気持ちを抱きながら、厳しい現実があるのだと言う事を、つくづく思い知らされた辛い日だった。

せめて我が家に経済的な余裕があったらなぁ・・・・・・。
せめて自分達に体力的な強さがあったらなぁ・・・・・・。
せめて両親の世話だけに費やせる時間があったらなぁ・・・・・・。

こんな無念で無力な気持ちを、皆が同時に感じた、そんな一日になった・・・・・・。



2004年11月22日(月)
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■ (日記) デビュー本が出来てきた!


一昨日、随筆本である【木曽春秋】(税込価格¥1365)が手元に届けられて来た。
アタシのエッセイ作家としての初デビュー本だ。

今月のテーマは【子育て】
そんなテーマとはつゆ知らず、ランダムに選び、急遽送った原稿5〜6作の内に、そんなテーマにそぐう物はないだろうと思い、自由課題コーナーで紹介されると思いきや、ちゃんと【子育て】のところに載せていただいてあったではないですか。
しかも、テーマのトリを取らせて頂いてあった・・・・・・。
【ムフフ・・・ウレシイ♪】
今後も、定期的に載せてくれるそうだ。

自分の名前(ペンネーム)と書き物が載った本を、生まれて初めて手に取る気持ちと言うものは、中々複雑なもので、嬉しいのと同時に、物凄いテレがある。
同人誌のようなものなので、ベテラン書き手に連なって、新人のアタシが乱入したわけなので・・・、諸先輩達の文章と読み比べ、自分の欠点なども探せ、コッパズカシイが、中々良い刺激だ。

でも、皆に読んでもらいたいと言うか、手元に置いてほしいと思った。
いつかは有名になるツモリ(?)なのでww、デビュー本を持っていると、希少価値かもよ? 【爆】
地元の友人達には押し売りしようと思う。(笑)

最初の一冊は、先ず、木曽のお義母さん、お義父さんにプレゼントしたくて、一昨日、届いた早々、病院に届けてきた。
昨日行ったら、お義母さん、喜んで読んでくれて、「文章上手いよ、良かったよ」といっぱい誉めてくれた。

お待たせいたしました。
ご注文いただいた方には早速、2〜3日中に送らせて頂きます。


ところで・・・、先日日記に書いた【KS】と言う音楽友達が作曲した、【やさい王国】と言う曲もCDデビューした。
そのHPも出来上がったそうなので、宣伝させてもらおう。
やさい王国HP

此処に行くと【さ】の場所で試聴も出来る。
中々洒落ていて、ノリの良い曲だ。さすが【KS】
野菜嫌いの子供を無くすためにと、痛恨な願いを込め、一年がかりで作ったCDだそうなので、是非全国で流行らせちゃってあげてください。ダンス付きの様なので、母子で楽しめそうですよ〜♪
全国の幼稚園・保育園で、給食時に流したらステキだと思います。

んで、【KS】を先ずは有名人にしちゃって、マキュはそこにぶら下がるのだ!!(笑)



2004年11月20日(土)
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■ (日記) 今泣いたカラスがもう笑った日・・・


昨日、午前中に義母のお見舞いに行った後、アタシの日記に幾度も登場している、頼れる妹のような【M】の家のBBQパーティーに呼ばれていたので生湯葉持参(ショボイ土産じゃ!)で参加させてもらったのだ。

【M】の長男の幼稚園メイト達とその仲良しPTA達の集まりで、アタシの歴代の店毎にその中の数人は【M】が連れて来てくれていたので、初対面の人も数人居たが顔見知りが多い。
なので、飛び入り参加でお邪魔虫なれど、甘える事にしたのだ。
母親7人【?】子供数え切れない・・・(苦笑) そんな賑やかパーティーだった。

皆、気さくな人達ばかりで、大いに飲み、大いに食い、大いに笑い、大いにハシャギ、実に実に楽しい思いをさせてもらって来た。

仕事の事で、本当に死ぬほど悔しい思いをし、今後の事を考え、暗澹たる気持ちで居たのだが、昨日のお陰で【今鳴いた【泣いた】カラスがもう笑ったデー】になれた・・・・・・。
きっと【M】も、そんな私を慰めるために呼んでくれたのだろう・・・・・・。

【M】のそんな温かい心遣いが嬉しく、感慨深いところに持ってきて、【M】の娘達のリコーダー演奏に感激し、最後はやっぱり又少し泣いてしまった・・・。

昨日からのBBSにその参加者達からのコメントを貰い、娘まで書き込みをしてくれ、本当に嬉しい。

【出来たら、日記読むたびに投票箱押してね?ww】
私の最大の夢である【エッセイストになる夢】に少しずつでも近づく為、皆さんのポチッ♪をくださいませな。

しかし、アタシって・・・・・・、本当に良い人間が回りに居ると思う。
そんな人間達のためにも、早く自分の生活を安定させねば・・・。

だって、人に借りばかりを作って生きてるもの・・・・・・。
早く自力で脱皮したい・・・・・。ってかこんなまま死ぬのは絶対に嫌だ。
こんな惨めなままで人生を終えたく無いよ・・・・・・。

でも、仕事面では全くツイてないので、その都度その都度、金銭的に苦しくなり、何時までたっても安定した生活が望めない・・・・・・。
もう、本当に何をしたらいいのだろう。あせって仕事を探すのでいけないのかなぁ? でも一日たりとも遊んではいられないし・・・・・・。
かと言って、働き始めてみない事には、その実態も解らないと思い、毎回毎回、今度こそは!と言う気持ちで働き始めるのに・・・・・・。

もう、仕事恐怖症だよ・・・。

時給なんか安くても良いから、良い人間の下で働きたい。
まともな考え方の人間の下で働きたい。
身になる仕事をしたい。


2004年11月19日(金)
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■ 【お仕事日記】  最低!!


今日の日記、心の眼を持ち、見ようによっては見えるようです。(笑)

今の店に面接に行った日、物凄い雷雨になり・・・確かその日の日記に、幸と出るか不幸と出るかは解らぬがどんな大きなドラマが待ち受けているのだろう・・・。と書いた記憶がある。
やはりあの雷雨は近づいてはならぬ! のぐうたら神の忠告だったようだ。
なので、その後、アタシに酷い腰痛をもたらし、辞めさせよう辞めさせようとしてくれたのかも知れない。
今思えば、ぐうたら神の愛情だったのだ。
恨み辛みを言ってしまって、今では少しぐうたら神が可哀想に思う。
ごめんなさい。(笑)

仕事、一昨日で辞めた。
と言うか、首のようだ。(笑)
昨日出勤したらタイムカードが無く、一昨日までの清算がされていた。(笑)

正直、日記には書けない様々な(???)は入った直後から沢山感じてはいた。
明らかに間違った考えの独裁者的な経営者に何故にあんなにも皆が不平を漏らしながらも何も言えないのかが不思議だった。
入店後、従業員の陰口や、客の陰口から、経営者に対する不満などを沢山聞かされたが、まさかそこまで・・・とは思い、私なりに精一杯頑張ってきたつもりだ。
私が入ったからには少しでも客数を上向きにしたい・・・などと言う大それた考えは、あの店では通用しなかったようだ。

要は、あれほどの立派な店構えなのに何故にすこぶる年配者しか居ない店なのだろう・・・と言う不思議は、此処でようやく理解できた。
行き場を無くしたイエスマンしか結局は雇えないと言う経営者の傲慢さからだ。
だからもう、誰も何も言わなくなっているという状況だ。
自分の痛い所を付いてくるような、意見をハッキリ言うような、そんな熱血漢は不必要な店なのだ。
なので、何の改善もされぬまま、今に至ったのだろう・・・・・・。

幾人もの人に【アナタはあそこに居る人ではない】と言われて来た。
幾人もの人に【そこまで頑張る価値があるのか?】とも言われてきた。
幾人もの人に【良い人材が育たない店なのだ】とも言われてきた。

でも、やる以上は適当に出来なくなるのが私の性分で、やるからにはもっともっと改善させるための意見をハッキリ言ってきた。
でも、二言目には「んなら、辞めちまえ! 俺に逆らうな!俺は社長だぞ!」が出てくる。

今時の世の中で、此処までドラマチックなまでにワンマンに凝り固まった経営者と言うのも珍しい、と思いながらも、私は経営者に好かれる為に仕事をするのではなく、あくまでも客相手に仕事をするのだと割り切り、一所懸命仕事をしてきたつもりだ。
接客等に失敗して叱られるならともかく、自分に同調しないと言う理由だけでその都度感情的になられるのは溜まったものではない。
大勢の客の前で従業員や女将を【テメエ】と言う言葉で罵るのを聞くのももう、ゴメンだ・・・。
酔っ払って来ると、客前で【オ○コがどうのこうの】などと言う最低下品な言葉が口を付いて出る経営者と言うのも、私には考えられぬ事である。
そんな店に、どうやって大切な上質な客を呼べるとおっしゃる・・・・・・。
給料の当日になって給料が出なく、それを謝罪するどころか、逆切れし、開き直って従業員の客への呼び掛けの悪さが原因だと怒鳴り散らすのも、私には解せない。

そんな日頃の鬱憤を、一昨日爆発させたら、いつもの様に「辞めちまえ!」『辞めますよ!』になり、昨日タイムカードが無くなっていた。(笑)

逃した魚は大きいぞ!! ヘヘン! ザマ〜ミロだ!!

いいさいいさ、やるだけのことはやって来たのだし、後悔は全く無い。
大勢の客が理解してくれていたし、私の仲間も解ってくれると思う。
お金のため、収入のため、我慢することも大切なのかもしれないが、私は誰の目から見ても間違った考え方へのイエスマンには絶対になれない・・・・・・。
たとえ餓死してもだ。

それを通してきたからこそ、それがまかり通ってきたからこそ、客を減らしていると言う事に早く気付くべきだ。


あぁ・・・今日から又仕事探しの長い旅が始まる。
今月は前借もせず、休日出勤も沢山し、14万は稼げるつもりだったのが残念なだけだ。
今月、どうしよう・・・・・・。


2004年11月17日(水)
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■ (日記) 人間、思い込みも必要


アタシは幸せだ。アタシはラッキー人間だ。アタシには絶対に運が回ってくる。アタシはセンスが良い。アタシは大きく飛躍する。
こんな事を毎日呪文のように唱えていると、不思議と運が向いてきたりするようである。
反対に、アタシは不幸だ。アタシはアンラッキーだ。アタシは絶対に不幸に取り付かれている。アタシはセンスがない。アタシの人生は終えた・・・。
こんな事ばかりを唱えていれば、徐々にそのような人生になってしまう。

果たしてこんな事って有るのだろうか・・・? と、数年前まで思っていたアタシだが、そんな事って、本当に有るのだと、最近では確信できるようになってきた。
人間、ある程度の思い込み・自己暗示が必要みたいだ。

別に前向きだとか、ポジティブシンキングとか、わき腹がくすぐったくなるようで、気恥ずかしい、そんな清らかな意識はない。
要はケセラセラ思考だ。
単なるご都合主義。
楽天家。
自分にとって良い風に良い風に、物事を考えていると、本当に人生が明るくなり、楽しくなり、又、事実そんなラッキーな事が数多く増えてくるから不思議だ・・・・・・。
アナタも試して見たら如何です? 本当にそうなってきますよ。
全てに否定的で、揚げ足取りだったアタシが言うのだから説得力があるでしょう?(笑)

そしてそんな小さな日常の事々にでも、大げさに感激し、感動し、感謝する心を持てたら、尚更良い人生になれるような気がする。

実は、今朝、ベッドの中でTVを見ながらウダウダしていたのだが、寝返りを打った途端リモコンに手が触り、いつもは絶対に見たことが無い【はなまるマーケット】と言う番組に一瞬変わってしまい、変えようかとした瞬間、波田陽区の顔が大写しになったのだ。(笑)

先日も書いたが、アタシタチ夫婦は今、彼の虜である。(笑)
全然無名の頃に二人で見て、【こいつは絶対に売れる!!】と、話し合っていたのだ。そしたらやはり人気は鰻登り。
ただ夜の仕事なので、ビデオでしか彼を見ることが出来ない。なので、大分存している気がする。

そしたら何と、彼が今日の【はなまるゲスト】だったのだ。
『うひょ〜♪ ラッキーラッキー♪ こりゃ、見なきゃ!!』
アタシャ、寝返りに心から感謝した。
彼の素顔が覗ける番組はそうは無い。彼の両親を見れる番組もそうは無かっただろう。本格的な生出演も初めてらしい。
寝返りのお陰で、素顔の彼をたっぷり堪能できたわけだ・・・・・・。

アタシャ益々惚れたね。波田陽区に・・・・・・。
彼のコント以外の普段の会話が、実に面白くて、笑い取りのセンスも高く、大好き度に大きく拍車が掛かった。
彼の笑顔といい、キャラといい、人間性といい、アタシャ絶対に大ブレイクすると確信したが、やっぱアタシの目に狂いは無かった。

ちなみに最近、お笑いにハマっている。
亡き父の血を引いているのか、昔から落語とかコントが好きで、お笑い系の番組は良く見ていたのだが、お笑いを何処か勘違いしている若手芸人も多く、しばらく遠ざかっていたのだが、最近、またもやお笑いブームがやってきて、時々はドレドレ? と見始めている。

私が好きなのは波田陽区の他には、青木さやか、友近(字がちがうかな?)ヒロシデス・・・ヒロシデス・・・、その他名前が出てこないのが3組ほど居る。(笑)
この人達はネタ研究を続けて、努力し続けている限りはもっともっと人気が上昇しそうだ。
ちなみに安田大サーカス等は出方から変えない限り、2回見たらもう飽きられそうだ(失礼・・・)

何か、お笑いの方に話が逸れてしまったので話を戻そう(汗)

先日も素通りしているNHKで水谷修氏を知り感激し、今回ははなまるでいつもじゃない波田陽区がたっぷり知れた。
単なる客引きで声をかけた人が、実は新聞記者を経た随筆本の編集長だった。
逢いたい逢いたいと願い続けて居た人が、店に入ってきた。
腰痛に数十年悩み続けていたのに温泉に入ったら一発で治ってしまった。
美味しいヌカ漬けにも出会えた。
ミュウーも益々元気で、最近太り始めているくらいだ。
その他、数え切れない嬉しい出来事が、何かの偶然にフトやってくる。
これはぐうたら神の仕業なのか・・・?

ホンの偶然の数珠繋ぎなんだろうけど、偶然とは意識に左右される必然ではないか・・・? などと言うアタシ風論理が生まれ始めている。

いつもご都合主義のアタシだけど、人間はやっぱ、有る程度の思い込みや勘違いも必要なのだ。(笑)


2004年11月16日(火)
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■ (日記) めまぐるしい週末だった。


お義母さんの病状は翌日病院に行ったら、思いの他元気で、もう、ベッドに腰掛けて起き上がっていたので、顔を見るなり本当に安心した。
今日辺り、一般病棟に移れる事だろう。
お義母さんに何かがあったら、お義父さんは生きていけないのだから、一日も早く元通り元気になってお義父さんを安心させてあげてくださいね。

でも、何かの時にパッ!と集まれる身内(兄弟)が沢山居ると言う事は、何とありがたく、心強いことだろう・・・・・・。
アタシャ、自分にも兄弟でも居たらなぁ・・・と、痛切に感じるよ・・・。
もう、血を分けた身内は、一人息子だけだからなぁ・・・・・・。

ところでその息子だが、昨日久々にアタシに会いに来てくれた。
友達2人が息子の23歳の誕生日(13日でキムタクと同じ日)を祝ってくれるため、松本まで出てきていると言うので、滅多に顔も見れないし、アタシも市内まで車を飛ばした。
【しかし、23歳とは、知らない間に、息子も随分と年食ったもんだなぁ・・・・・・。】
友人二人は久々の母子の逢瀬の邪魔にならぬようにと、松本探索で気を使ってくれ、ファミレスで1時間ほど息子と水入らずでくっちゃべった。
息子も中々心優しい友人を持っているもんだ。

がしかし、息子所持金1000円。母所持金7000円(25日まで)と言うワビシサだ。(笑)
それにしても1000円の所持金でよく松本まで出てくるよ・・・。勇気があると言うか、ズウズしいと言うか、無謀だと言うか、若さと言うか・・・・・・。しかも、潤んだ目を向けながら、「朝からまだ何も食ってないんだよねぇ」と、モウラシイ(惨めと言う意味)事を言う・・・。なので可哀想になり、コーヒーだけの約束だったが『一番安いものを食えよ』と釘を刺しておいて夕飯をおごってあげた。

あぁ・・・又所持金減った・・・・・・。【泪】
25日まで持つだろうか・・・・・・。タバコ吸えなくなる・・・・・・。
まぁ、いいや、いいや、息子の誕生日だから・・・。
今月は意地でも前借しないで頑張るぞ!!

っつうか、誕生日のディナー、デニーズのラーメンでごめん・・・・・・。
もうすぐ出世する予定だから【?】ま、もう少し待てや・・・・・・。

本当に貧乏で情けない母子だ。(泣笑)

そんな風にめまぐるしく慌しい週末を迎えたので、昨日は一日パソコンを開けられないで居た。
一週間分の掃除も溜まっていたし・・・・・・。
【週に2回は必ず掃除機を掛け、拭き掃除もすると、硬く心に誓ったのに・・・】
ちょうど掃除が終わった辺りに息子から電話が来てしまったのだ。


ああ・・・、今朝の松本は冷たい雨が降り注いでいる。
今日は今日で12人の定例の無尽予約がある。
今日が最終日らしいので、気張って料理を作らねば・・・・・・。
なので、又、自分の車(ガソリン)使って何軒も安売りの店をはしごして、自分んちのガス&調味料を使って、食材仕入れと料理作りをしなければ・・・・・・。嫌だなぁ・・・こんな雨の日なのに・・・。
そこまで気を使ってる従業員居ましたか? ってんだ・・・。給料少しあげて〜?

【そうですか・・・、無理ですか・・・・・・。やっぱり?】

無論、仕入れ金はレシートを見せれば貰えるが、その間の時給も労力代もガソリン代もゼロ・・・。
なので、此処だけの話だが、その都度、フゥーリィー分のおかずを一人前ずつちょろまかしている。(笑)
まぁ、可愛いもんじゃないですか・・・。ねぇ?

責任が重い割には他の補佐のパートと同じ時給だ。何か、割が合わないよなぁ・・・・・・。
ま・・・いっか・・・・・・。毒食らわば皿まで。半ばヤケクソだい!!
その内、アタシが居なきゃ店が成り立たないように、意地でも存在価値を見せ付けてやろうじゃありませんか!!


んな訳で今日も忙しい一日になりそうだ。


2004年11月15日(月)
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■ (日記) 夕べの出来事


昨夜、とても心配な出来事があった。
夜、フゥーリィーのお母さんが倒れたと、仕事中だった私の携帯に妹さんから電話が入ったのだ。
いったんは木曽の病院に運ばれたらしいのだが、そこでは手に負えなく、松本市内の病院に搬送中だという。
私は慌てて自宅に電話し、フゥーリィーにそれを知らせ、私もその場で早退させてもらった。

夜と言うこともあるし、大勢の家族が一気に病院に押し掛けても迷惑だと思い、私は自宅で連絡係をすることにし、留守番していたのだ。

でも、その場では義母の様子が全く解らないので、家に居ても落ち着かなく、TVを見てても何をしてても心配でオロオロするばかり・・・・・・。
心を落ち着ける為、たまに顔を出すチャットルームに入った。
久々に覗いたチャットルームには、4〜5人の常連が揃っており、ペットの話題で盛り上がっていた。
私の心配事でテンションを下げさせるのもなんだと思い、言い出せぬまま、私もいつもの様に、会話に明るく参加していたのだが・・・・・・。

そうこうする内にフゥーリィーから電話が入り、突発性心筋梗塞だと言う病名が告げられた。
只、意識レベルもしっかりしているし、取り敢えずはカテーテルによる応急処置が施され、ICUに運ばれたものの、3日くらいでICUからは出られそうだとの事。
大事には至らないと言う事を聞き、一気に身体の力が抜けた。

ふぅ〜。一安心・・・・・・。

チャットルームのメンバーさま達・・・。突然落ちてすみません。


両親が居ない私にとっては、夫の母は唯一の私の応援者でもあり理解者だ。
しかも義母は、病後のお義父さんと二人だけで生活をしていたので、お義母さんに何かあったらお義父さんはさぞや気落ちしてしまうだろう・・・・・。仲の良い、それはそれはうらやましいほどの夫婦なのだ。

フゥーリィーは4人兄弟だが、皆、それぞれが松本周辺で生活をしている。
木曽の実家には、老夫婦だけで暮らしているのだ。
昨日は兄弟全員が勢ぞろいしたらしいが、近日中にもう一度集まり、今後の方針を真剣に考えなくてはならないだろう。
本当に人間の身には、いつ何が起こるか解らない。
それと共に、親達にそういうアクシデントが起こりうる年代になったという事を、改めて感じた。

今日、後で病院に見舞いに行くのだが、顔を見て泣かないよう努力しよう。
アタシは泣き虫でいけないから・・・・・・。
でも、本当に大事に至らなくて良かった・・・・・・。
精一杯お義母さんを元気付けてこよう。



2004年11月13日(土)
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■ 【お仕事日記】  セレブなお客様


昨日は暇だった。
9時半ごろまで誰も居なく、店のカウンターに座りカラオケのモニターをビデオに切り替え、TVを見ていた。
チャンネルを切り替えていたら波田陽区が出ていたので思わず見入る。
【実はフゥーリィーもアタシも彼の大フアンなのだ】

一人でゲラゲラ笑っていると、一組の熟年カップルが入ってきた。
どうやら浅間温泉の老舗の高級旅館から、タクシーに乗り、運転手の紹介で飲みに来たらしい。
1目でセレブと解るカップルで、ちょうど私の父母くらいの年代だ。
二人の会話の感じから、すぐに夫婦ではないと解る。

「前にも此処に女房と来たが、貴女みたいな人は居なかったなぁ・・・。あっ、コレは女房ではないやけんどな・・・」と、笑いながら言う。
『ええ、大体の会話から、それはお察ししてました』と私も笑いながら受けると、「貴女は中々話の解る利口なお人だ」と関心気味に笑っていた。

男性は穏やかな愉快な人で、女性も開けっぴろげで感じの良いご婦人。
水割を注文される際、「良かったらあなたも一杯如何ですか?」とにこやかに言ってくださった。
アタシはこの手のお客様は大好きなので、すぐに仲良しになった。
いつに無く店内には高度で洒落た会話が飛び交い、お茶目で悪戯っぽいその男性は、何かの大先生らしい。

月に1〜2度は必ず松本に来ているらしく、とても気に入ってくださったみたいで次回も必ず飲みに来てくれると名刺まで渡してくれた。

3人で仲良く歌を歌ったり飲みながら遊んでいたら、もう一人、味の有る叔父さんが入ってきた。
アタシがちょうど歌っていた最中で、少しの間ほったらかしになったが、歌い終わりお絞りを片手に駆けつけると「何であなたのような人がこの店に居るの?」などと素っ頓狂な声を上げて、驚いたような顔をしていた。
「・・・?」とにこやかに伺うと、どうやら服のセンスやら、歌やら、接客態度やらが一瞬で彼のお眼鏡に叶ったらしく、めちゃくちゃにアタシを褒め称えてくれ始めた。

聞くところによると彼も老舗の本屋さんで、物書きへの指導などをしている人と言うではないか・・・・・・。

しばし4人でカウンター越しに会話が弾み、カップルが帰った後は、その風変わりなおじさんとビールを飲みながら色々な会話をした。
彼は、小沢正一と野坂昭之を足して2で割ったみたいな感じの人で、気難しそうだが、とても味わい深い男性で、物を書く上での為になる事を沢山教えてくれた。
やはり、とても楽しんでくれ、これからはもっとちょくちょく通ってくれるそうだ。

書いたものを見てあげると言うので、たまたま持ち合わせていた原稿を2〜3渡しておいた。

この所、店の内部のやりにくさとは裏腹に、そんなステキな人々との出会いのチャンスも沢山やってくるような気がしている。
解ってくれる人は解ってくれる。
誠意のこもった明るい接客をしてさえいれば、良い人との出会いにも恵まれる。
満更、嫌な店でもないような気がしてきた。

自分よりうんとレベルの高い人たちと知り合う事で、自分のレベルも上がっていくのかもしれない・・・・・・。
そんな気がした一日だった。


2004年11月12日(金)
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■ 【詩】   痛み


赤剥けてヒリヒリ痛む心を持て余し
あなたが今泣いている

でも私は そんなあなたに 何をしてあげればいいのだろう
私に出来ることと言ったら
くだらないジョークで 一瞬笑わせてあげることくらい・・・

人はよく言うよね・・・
痛んでるのはあなただけじゃないとか もっと痛んでる人が居るとか・・・
でも痛みはそれぞれ個々の物
あなたの痛みは あなたでしかわからない痛み
その大きさは 人と比べるものではない
痛い時は なにがどうしても痛いのだから・・・・・・

ただその痛みを しっかり受け止めて
他に転換してはだめ 痛みから逃げてはだめ
痛い時は徹底して痛みを受け止め じっと耐え忍び 痛みと対峙する
やがて必ず痛みは消え去るから

そして ひとつの大きな痛みを乗り越えたとき
あなたには 素晴らしい宝物が与えられる

優しさという ステキな宝物を ひとつづつ貰えるのです


2004年11月11日(木)
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■ 【歌詞】  女の涙


あら? 随分久しぶりね
あなたは元気でいたの?

この頃 ご無沙汰なんで
お身体心配してたの

アタシはふけたでしょう?
だって・・・アレからもう10年よ
でも本当嬉しいわ こうして逢いに来てくれたんですもの

さあさ、早くバーボンで乾杯しましょうよ
貴方のボトルずっと取っておいたのよ

貴方って変わらないのね
益々男を上げたみたい
このごろ何処で浮気してるの?
アタシの店をほったらかして



あら? お連れさんが来たみたい
とても美人な方ね

貴方の良い人・・・なの・・ね
とても若いのね・・・

いいのよアタシに気を使わなくて
どうぞ、お二人で仲良くね
ウフフ なんだかアタシはお邪魔虫みたいだわね・・・ 

あっちのお客が寂しそうだからアタシちょっと行って来るわ
後で又顔を出すから まだまだ帰っちゃ嫌よ


☆本当は貴方に会うためだけに 店をやって来たのよ・・・
こんなにババアになるまで  店をやって来たのよ・・・
でも、所詮、アタシはオカマの蘭子
やっぱり本物の女にゃ 叶うわきゃ無いわね・・・

☆いつかこんな日が来るとは解っていたけど
今夜は泣けてくる
誰でもいいから飲ませてちょうだい
誰でもいいから泣かせてちょうだい
オカマの涙なんて言わないで 気分は女の涙なんだから・・・

☆繰り返し



【先日、久々にオカマバーに行ってきたので、本日即興で、このような詩が浮かびましたですぞよ(笑)誰か曲付けてみません?【SK】どう?(笑)金子由香里の【再会】風が良いと思われる】

さてさて、今日は20人の団体が来るので4時出勤だ。作詞して遊んでる場合じゃない。仕入れ仕入れ。下ごしらえ下ごしらえ(汗)


2004年11月10日(水)
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■ 【エッセイ】 私のマブ達・・・【SK】と言う男・・・


音楽をやっている地元の友達から、本当に久々にメールが来た。
彼はアタシよりも10ばかり若く、過去、私の経営していたエポックでピアノを弾いたりマネージャー的役目を務めてくれていた若者だ。今でも時々一緒に飲んでいる飲み仲間の一人。
アタシの日記にも時たま登場している。

酒が好きで、歌(ポップス&jazz系)やピアノが上手く、すばらしいセンスの持ち主だ。
彼の弾き語りの尾崎豊なんか聴いて御覧なさいな・・・。
しびれます。

感性豊かで、中々エキセントリックな人生を歩んでいた彼。
チョイと危なっかしいほど感情が豊か過ぎ、目に余る光景も幾度と無く目撃してきたが【爆】そんな彼も最近は落ち着きを増し、もう一児の父となった。
今ではCMソングなどを手掛けている立派な音楽家だ。

何度も店の宣伝をし、携帯メールやら留守電で店に飲みに来るようアタックしてるのだが、全然レスが帰って来ず、アタシャてっきり、嫌われたものだとばかり思っていた。
以前一緒に飲んだ時、酔っ払い過ぎて、駅前で大コケし、恥をかかせたので、それから嫌われたかと思ってた。【爆】
そうしたら、そうでもなかったみたいだ・・・・・・。

彼とは歌に付いてや、文章に付いて、ディスカッションしたりする良きアドバイザーでもあり、いわば感性仲間だ。
今まで幾度と無く言い合いや大喧嘩もしたけど、互いに良い刺激を与えつつ、互いの持つ感性を磨き合える良きライバルでもある。
アタシのエッセイ集が出来上がったら、彼にアタシの推薦文を書いてくれと、一役買ってもらうことにもなっている。

今日は、そんな彼からのメールに、ちょっとゾクゾクするような嬉しい事が書いてあったので、そのまま載せさせてもらおう。


久し振りだね。
何度も連絡をもらってるのに、なかなか店にもいけなくてすみません。
昼の仕事と音楽の仕事と育児と...、父親の体調もあんまり芳しくなくてさ。
彼も今年で66歳になりました。

(中略)

今夜、「パチンコ○△30周年"スマイルフェスタ"」のCMの曲を作ってるんだけど、なんだかノラないので、マキュキュのからくり箱を空けてみました。
久し振りだったんで、三時間くらい日記をさかのぼって読みふけってたよ。
新しいメールアドレスも知らなかったです...。
美ヶ原のホテルの仕事に就いてた頃よりも日記の文面も意志がしっかり伝わるし、マキさん自体、あんまり悩んで執筆している感がなくなったよね。
本当に、「物書き」になって来たって感じがする。
昔、去年他界した父方の祖母から、「自分の立っている場所から真直ぐに石を投げると、地球を一回転してまた自分の頭にぶつかるから、悪い事や人を欺くようなことはしちゃいけない」って言われたけど、マキさんの場合、今まで人に投げかけて来た優しさや慈愛が、世の中って云う地球を一周りして、少しずつ自分に還って来ているんじゃないかな。
そんな気がしている、夜更けです。
2005年は、マキさんにとっても飛躍の年かもしれないよ。
とにかく今までどおりに、まるでエポックで、マキさんとカウンターで話をしているような気分になる素敵な文章を織り続けてね。
また、ゆっくり話をしよう(今年中に(大笑))。



どうです? 皆様。
中々の詩人で、ムーディーな男でしょう?(笑)

本当に今年中に店に来るんだぞ!! (笑)
酒井俊の【満月の夕】とっても上手く歌えるようになったんだよ〜♪
是非、聴きに来てくれ。
【H】ちゃんの前で歌ったら、本人の歌よりもマキの詩の方が心にどんどん入ってくるって誉められたよ〜♪


2004年11月09日(火)
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■ (日記) 嬉しい事のトリプルパンチ


昨日の日曜日、先ずはアタシのネット友達&日記ファン(?)から、愛情鍋セットが届いた。
彼女から先日メールが届き【新米ライター誕生祝い】のプレゼントで鍋セットを送ってくれるという事を聞き、遠慮半分、嬉しさ半分で、結局は食欲に負け、お礼は出世払いと言う事で(いつ出世する!?)甘えることにしたのだ。(笑)

と言うのは、去年もその鍋セットが届き、その旨さたるや半端ではなかったからなのだ・・・・・・。
【正に、味を占めた。と言うわけです】(笑)

昨日届くことはリクエストしてあったので(ずうずうしい)時計とニラメッコをしながら今か今かと待ちわびていた。
そして念願の愛情鍋セットは午後2時に届いた。
早速蓋を開け『うひょ〜♪』などと歓声をあげながら、夕方までお預けお預け・・・と、ソワソワしていた。

長〜〜〜〜〜〜〜〜〜い時間を過ごし、やっと夕方になり、ワクワクしながら、フゥーリィーと二人で幸せな気分で極旨の愛情鍋を囲み、『アタシタチって本当に幸せだよね・・・』を連発していた。
いつもはあっという間に過ぎてしまう休みなのに昨日だけは夕方までが長かったなぁ・・・・・・。(笑)

美味しい鍋で旨い酒をいっぱい(沢山)やり、お腹も気持ちも満腹になったところで横浜の親友(H)からメールが入る。
【(H)に付いて知りたい方は、今年の8月9日の日記参照してください】
松本の○△に来てるので今から出ておいでと・・・・・・。
そして駅前まですっ飛んで行き、3ヶ月振りの再会を祝い、(H)お気に入りの、その唯一のオカマバーで(笑)祝杯を挙げた。

彼女は最近になってシャンソンからパドに移行した歌手でもあり、東京近辺のライブハウスなどで歌を歌ったりもしていて、アタシの歌を大変誉めてくれている一人だ。
「今習っている先生に、是非あなたを紹介したいので、近々横浜に出てきてよ」と言ってくれた。
そして、私にステキな店を持たせてくれるという夢は、今でも変わっていないとも言ってくれた。
ピアノを置いて、お客達に良い歌を聴かせ、マキュの手料理を食べさせるような、そんなフレンドリーで洒落た店を持たせたいと・・・・・・。

久々に2時半まで飲んだ暮れ、タクシーを途中で降り、(2000円超えると辛いので)ヨロヨロと家に帰り、おぼつかぬ手つきでパソコンを立ち上げたら、一通のメールが届いていた。
先日、ミュウーの癌の事を書いた時、無利子で10万貸してくれると名乗ってくれた人からの久々のメールだった・・・・・・。

彼のメールは、私の生き様を読み続け、なんとか私に店を持たせたいと思ってくれたようで、その方法を提案してくれていた。
その事を彼の日記にも書いてくれたと言うので、早速読みに行かせて頂いた。
公開日記なので、独断と偏見で、一部引用させていただくことにする。
以下は彼の日記から・・・・・・。

先日、やはり日記を公開している方に困ったことが起きたというので連絡を取った。自分の言っていることを信用してもらうにはどうしたらいいかと思い、日記を見てもらうようにお願いしたところ、お礼のメールを頂いた。肝心の「困ったこと」は自力で解決されるということだったので、半分、親切の押し売りのようになったが、気持ちを受けていただき、過分な感謝の言葉をいただいた。

詳しいことは存じ上げないが、その方は「スナック」の経営をしておられたが、事情があって今は別のスナックの従業員として活躍しておられる。ちょっと前までは全然違う畑で販売の仕事をしておられ、その苦労している様子などを日記で拝見していて、こんなに苦労が多い割りに見入りが少なくて大丈夫だろうかと思っていた矢先、今のお仕事に戻られてホッとしたところだ。


(中後略)

彼はずっと以前から私の日記を読み続けてくれて居たのだろう・・・・・・。
私が店を経営していた事も、マッサージ器具の実演販売をしていた事も、今の店に勤め出した事も全て把握してくれているようだ。
自分の古里てきな職業に戻れた私にホッとはしているが、自分の店を持ってナンボのものではないか・・・・・・? と思う、と書いてあった。

【彼女は(私)生憎、今現在資金には恵まれていないので、今の段階で自力で店を持つことは無理だとしても、彼女の交友関係の広さは、人も羨むものがある。】

このようなことが書かれていて、そして、日記の中間から後半は、私に店を持たせるために、有志が少しずつ出費し、松本に来るたびに私の店で無料で遊んで帰る・・・と言うのは如何なものか? という提案をしてくれていたのだ。


嬉しいじゃないですか・・・・・・。泣けるじゃないですか・・・・・・。
そこまで見も知らぬ私の事を気に掛けてくれ、心配してくれ、真剣に考えてくれている他人が居る・・・・・・。

本当に涙が出たよ・・・・・・。

今の此処までの不景気な世の中で、新たに店を出すのは大冒険だ。
松本にはつぶれた店が溢れかえっている。
家賃だけで出来る店も沢山有るだろう・・・・・・・。
でも、もう、年も年だし経営者としては私は優しすぎるので自信も無い。(笑)
私自体、大きな病気の経験者だし、何時身体がどうなるかもわからない。
飲酒法が改正されてからは松本の夜も静かだ。
なので、何時つぶれるか解らない・・・・・・。
つぶれても心が痛まぬよう、自力で店を持てるまでは、我慢しようと思う。

私の理想(夢)は、書いたものが売れ、応援者達に恩返しをした後、自力で店を出す。【コレに限る(笑)】

でも、そんな風に気にかけてくれる人が居るだけでとても嬉しいし、幸せなのだ。
それだけで充分過ぎる人生だ・・・・・・。

愛情鍋のセットを送ってくれた(M)も、横浜の(H)も、メールや日記で、真剣に私の身の振り方の提案をしてくれた(T)も、少し前までは全然知らなかった人ばかりだ・・・・・・。

究極の辛さと引き換えに、神がアタシに与えてくれ、送り出してくれる心温かい人々たち・・・・・・。
貴方達の全てに心から感謝しています。
そんな嬉しさが有るから、頑張って生き(書き)続けられそうな気がするのです。


本当に物を書いて来て良かった・・・・・・。
つくづく、しみじみ、感じさせられた日だった。


2004年11月08日(月)
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■ 【お仕事日記】 アングラ思考


先日の金曜日、私が勤めるホテルに2組の小団体客が泊まっていた。
5人の爺ちゃん団体と、12人のPTA団体だ。

今までは女将が宴会会場でのご挨拶の際、スナックもあるという事で営業をして居たのだそうだが、余り振るわないらしく、最近女将は、泊り客が居ると、必ずアタシに宴会会場の部屋まで、営業(客引き)に行かせるのだ。(笑)
アタシが営業に行くと、今のところ100発100中で客がスナックの方に流れ込んで来てくれている。
【営業ノルマちょうだい(笑)】

2組中の一組は80歳を超えた爺ちゃんたちで、戦友仲間の5人組。
内2人は既に宴会で正体不明になったらしく、その中の3人がスナックに来てくれたのだが、一人の爺ちゃんが、歌が美味い事美味い事・・・。
聞けば85歳と言うが、音程・リズム感共に大変GOODで、ダンスの腕前も中々のものだ。
もう一人の爺ちゃんは、歌うには歌うのだが、テンポ音痴が半端じゃなく、一番を歌い終わったら、伴奏が3番まで終わっていた。(笑)
そんな面白可笑しい、3人組が飲み終わって部屋に帰った後、もうひとつの団体がほぼ全員で流れ込んでくれた。

どこかの高校の野球部のPTA会で、親御さんたちが未だに仲良しで、定期的に飲み会をしているらしい。
親御さんたちの年齢は、ほぼアタシと同じくらいで、アタシより2つばか年下の連中だ。
久々の若い客(?)の団体に、アタシも張り切っていた。

当然、アタシたちの若かりし頃の流行歌の話題になり、大いに盛り上がった。
グループサウンズ愛好者。ムード歌謡愛好者。フォークソング愛好者。ハードロック愛好者、様々だ。

と、その中の一人の女性が「ねぇねぇママさん? 黒の舟歌を知ってたら歌ってくれますか?」とリクエストして来たのだ。
『勿論歌えますよ〜♪』と歌ってあげると、とても喜んでくれ、それから話に花が咲いた。
彼女は学生運動が盛んな頃、長谷川きよしやら、加藤登紀子やら、野坂昭之やら、安田南やら、山崎ハコやら、森田童子やら、わが敬愛する金子由香里やら、萩原健一等を夢中で聴いていたと言う。
【かなりマニアックな路線だ!!】

アタシも一時期そんなアーティスト達にハマっていたので、バカみたいに会話が弾んだ。
【サイケデリック】や【アングラ】などの死語が連発し、大いに盛り上がり、初対面のアタシ達はタイムスリップをし、中学・高校時代に戻っていた。
彼女はとても気を良くし、彼女が他で仲良くしている音楽仲間達を連れて、又近々飲みに来てくれると言う。

私の音楽経歴は、リズム&ブルースから入り、ほぼ同時期に、ハードロック・アングラ系の音楽・シャンソン・jazzへと移行して行き、演歌や歌謡曲は全く素通りして来たのだが、松本辺りは圧倒的にその二つを支持する人が多い中、マニアックな人も居るんだなぁ・・・と、凄く嬉しくなった。

日頃、演歌ばかりが飛び交う店に、たまぁ〜にこんな日が訪れると、自分の居場所を見付けたような安心感がある。(笑)
アタシはやっぱり、異端児なんだろうか・・・・・・?




2004年11月07日(日)
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■ (日記) 女は一歩外に出ると7人の敵が居る


今、まさにアタシャこんな心境だ。
昔は男性に宛てた言葉だが、最近働く女性もグンと増えて来たし、出来る女性もキレる(このキレルは斬れ者と言う意味)女性も増えてきたので、女性にも当てはまるような気がする。

出来る人間になりたい・・・・・・。何かで光っている人間になりたい・・・・・・。
人間として劣等生の私は、何か一つでも人より優れたものが欲しいと言う、無いものねだりばかりの半生を送り続けて来た。
出来る人を見れば羨ましがり、セレブな人々を見れば、羨ましがり、所詮アタシとは頭の構造も技量も住む世界も違うのだと、僻みっぽくホザキ、あきらめて来た。

しかし、自分で自分を誉める訳ではないが、アタシャ此処のところで随分と自分自身が成長してきたよなぁ・・・とも思う。

昔のアタシは、人に意見がましいことなど言った事がなかった。
先ず、人に怒られる事は有っても、人を怒ったことが無い。
それだけ自分の生き様に自信が持てなかったから、言われて当然かも・・・と言う思いが大きかった。
結構卑屈で、引っ込みじあんだった。
でも、貴方なんかに言われたくない・・・と思う事もしばしばで、それでも余り酷い事を言われれば喧嘩にもなったが、自分から人に喧嘩を売るようなことは未だしてこなかった。

それが、オバタリアンのずうずうしさか、何かが吹っ切れたのか、最近意見は意見として、ハッキリ言うようにはなってきた。
その人と終わっても良いという覚悟の元、説得性のある言葉で、喧嘩ではなく、意見を言えるようになってきたのだ。
なので、致し方なく敵は増える。
ちょうど今のアタシには3人くらいの敵が居る。
後4人はまだ保留だが・・・・・・(笑)

仕事にしても、人間関係にしても、単なるイエスマンは敵は居ない。でも、敵が居ない代わりにその人らしさも、何の成長も生まれない。
なのでイエスマンから意見マンに変わって来た。
ただ、言葉の内容と実行が伴わなければ自分の意見も主張できぬと思い、がむしゃらに頑張っている。
人に文句を言わせないためと、自分自身に納得をさせるために頑張っている。

過去、人に文句ばかりを言われて来たアタシの反骨精神なのかも知れないが、やる以上は中途半端な事じゃいけないだろうし、やっぱり人には誉められ認められたいもの・・・・・。
なので社長などには、「あなたは真面目過ぎていけない」とも言われる。
不真面目で叱られ続けていたアタシが、真面目過ぎると叱られたのは生まれて初めてだ。(笑)

ズボラで、面倒くさがり屋で、不真面目で、適当で、ちゃらんぽらんだったアタシが、ちゃんと物事を考えるようになり、極力、心だけは豊かに生きたいと成長しつつある。
まだまだ、全然なっちゃぁ〜いないが、そう変われて来た原因が何だかは、ハッキリと解っている。
文章を書き始めた事が原因だ。
この事に他ならない。

現実より少しだけ上の理想の人間像を書く事で、自分がそれに伴うような人間になりたいと思う。偉そうな事を書きながらチャランポランにはなれなくなってくる。清い事を書きながらその心の奥は、薄汚れていたのでは、すぐに絵空事と気付かれてしまう。
だから極力書いた内容に伴った人間になっていこうと努力する。
そんな積み重ねが、自分を少しずつ、少しずつだけど、成長させて行くのだと思う。

これを繰り返していたら、きっとぐうたら神も、キリスト様も、いつかは認めてくれて、良い子良い子と頭を撫で、何かのチャンスを与えてくれるかも知れない。
そう思って、仕事&書く事、先ずはアタシの出来そうな事を一生懸命頑張るようにしている。


2004年11月06日(土)
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■ 【お仕事日記】 見えて来た見えて来た


今の仕事に着いて、早3ヵ月半が経ち、色々な事が見えて来た。
良い所悪い所含めてだ。
低迷している人気を、何とか改善させたいならば、根本から考え直さないと先ず無理だと思う。

アタシは職場ではいつも一匹狼だ。
人と群れるのも、つるむのも真っ平ごめんなすって。である。
誰にも属さず、誰にも媚びず、人に文句を言われぬよう、自分の出来る範囲の事を精一杯やるだけの事である。(可愛い気のない憎たらしい性格だ!(笑))
アタシは客が心から楽しんでくれさえすれば、それで良いのだ。
アタシが店に入った事で、少しでも店と客の役に立てたらそれだけで良い。

もしも本気で、改善をしたいなら経営コンサルタントでも雇った方が良いのではないかとさえ思う今日この頃・・・・・・。
きっとアタシと同じ事を言うだろう・・・。

田舎本来の温かさは良いが、なぁなぁで、間違った馴れ合い商売はどうかと思う。
人の陰口や、噂話を酒のつまみにさせている、従業員もどうかと思う。
カウンターにひじを着きながらの接客もどうかと思う。
客より自分が主役で居たい社長もどうかと思う。
店を空っぽにしてのミーティングもどうかと思う。
どんぶり勘定商売も、どうかと思う・・・などなど、その他まだまだ改善の余地は沢山ある。

先日も7時から2時まで社長と飲みながら大喧嘩してた。(笑)
【無論、客も誰も居なかったからだが・・・】
喧嘩中、ビール10本を二人で平らげた。(笑)
社長が喚くと、アタシはその3倍喚く。(笑)

社長は裸の王様で、寂しい人なのだ・・・・・・。
きっと、誰の意見も聞かない人なので誰からも煙たがられ、孤独なのだろう・・・・・・。人情もろくて面倒見もよく、良い所も沢山有るのに、間違ったワンマン振りでとても損をしている、実に勿体無い人なのだ。

でも、アタシは言いたい事をハッキリ言うけど、優しく聞いてあげる技術もある。人を誉める事も忘れない。なので、社長は「お前さんは、憎たらしいけど、実に興味深い面白い女だ・・・」
とか
「俺に楯突く者はお前さんぐらいなもんだ」などと悪たれを吐きながらも誉めて(?)可愛がってくれている。

昼の部のママさんも女王様で手強いけど、徐々にお客さんは解ってくれ始めている。昼から夜にお客が流れ出しているのが面白くないらしく、戦々恐々とし、最近、風当たりがどんどん強くなっている。(笑)
それを少し楽しんでる辺りがアタシの底意地が悪い所だろう・・・。

でも、アタシは人間を嫌いになりきれない所がある。
みんな良い面と、ダメな面が有って当然だと思うから・・・。
できるだけ良い面を見ながら生きて行きたいもの・・・・・・。

誠意を持った接客で、徐々に集客できるように頑張りたい。
なので、これを読んだ地元の方は、出来るだけ応援に来てください。(笑)
集客力がなければ、偉そうな事言えないし? (汗)

取り敢えずは、自信を持って客達を呼べるような状況に早くして行く事の方が先決のようだ。

やはり、凝り固まった人間達の群れに飛び込む事は容易なことではない。
でも、アタシはアタシの信念を持って、仕事をしていきたい。
あくまでも客の気持ちを主体に考え、極力美味しい物を出し、極力良い歌を歌い、極力良い会話を持ち、極力お客に楽しい良い時間を過ごしてもらえば、それだけで良いのだ。

アナタも、そう思うでしょ?


2004年11月05日(金)
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■ 【料理エッセイ】 牡蠣の簡単料理色々


私達夫婦は牡蠣が大好きだ。
生では勿論、フライから、鍋から、シチューから、バター焼きに至るまで、牡蠣は良く使っていた。
と言うのも、エポックのお客が広島に転勤し、それからと言うもの、毎年殻付きの牡蠣を送ってくれるようになったのだ。
一番最初、小さめの灯油缶のようなものが我が家に届いた時は何事かと思った。
しかし牡蠣はすぐに調理しなければならないし、夫婦二人だけなので、そうは食べられないのだが、近所に分けたりしながらも年に一回、牡蠣三昧の贅沢な日を過ごす。

今年ももう、各スーパーなどでは早々と生食用の牡蠣が並んでいる。
牡蠣を見るたびよだれを垂らしながら素通りしてる。
【いいもん、いいもん、1月になれば送って来るんだもん〜〜だ! 今は買えなくてもいいんだも〜〜んだ!】
と、まぁ、こんな感じである。(笑)

そこで今日は我が家で作る牡蠣料理を、パレードで紹介してみたいと思う。
牡蠣と言えば生かフライしか思いつかないと言う人への参考になれれば良いなぁ。


【生牡蠣の2色ソース】

【材料】2人前

殻付き生牡蠣    8個

【カクテルソース】
ケチャップ     小さじ2
レモン汁      小さじ2
タバスコ      少々
プチオニオン    1個
パセリ       少々

【和風ソース】
あさつき      1〜2本
ポン酢       小さじ2
レモン汁      小さじ1
もみじおろし    小さじ1

【作り方】
☆牡蠣はいったん殻から外し、濃い目の氷入り塩水で洗って貝殻に戻す。
☆洋風ソースの方は、ケチャップ、タバスコ、レモン汁を混ぜ合わせ、それを牡蠣の上に乗せ、最後に冷水で晒したプチオニオンのみじん切りか、極薄スライスを飾る。(パセリのみじん切りも。)

☆和風ソースの方も、牡蠣の上にレモン汁入りのポン酢を掛け、もみじおろしとあさつきのみじん切りを載せるだけ。
2色ソースを交互に味わえ、幸せ気分に浸れる。

★我が家では濃い目の冷塩水で洗って、レモンだけで食べることもあるがコレモ又イケル!


【牡蠣のクリーム煮】

【材料】2人前

剥き牡蠣      12粒
シメジ       1株
生マッシュルーム  1パック
しいたけ      2個
玉ねぎスライス   半分
ホワイトソース(市販物でもOK)   1カップ強
(バター・小麦粉各大匙1 牛乳カップ2.5)
生クリーム     大匙3〜4ハイ
粉チーズ      大匙1
バター       少々
塩         少々
コンソメ顆粒    少々
コショウ      少々
刻みパセリ     少々

【作り方】

☆先ずはホワイトソースを作る。
☆作り方・・・知ってるよね?(笑)
☆えっ?知らない人も居る? んじゃぁ、まぁ、書くか・・・・・・。
☆フライパンにバターと小麦粉を同分量入れ、(この場合大匙1づつくらいかな・・・)弱火でよく炒め、牛乳を少しずつ加えながら混ぜ延ばしてゆく。
☆出来たホワイトソースは取り合えず、置いておく。
☆シメジはばらばらにし、しいたけ&マッシュルームは4つ切りにし、オニオンと一緒にバターで炒める。(この時、軽く塩コショウ)
☆ホワイトソースの鍋に生クリームを加え、コンソメ顆粒、塩、コショウで味を整えておく。
☆ホワイトソースが煮立ったら炒めた玉ねぎ、きのこ類を加え、最後にさっと炒めた牡蠣を加え入れ、一煮立ちさせ、粉チーズを一振りし、刻みパセリを飾る。

★これは茹で立てのパスタのソースとして使っても良いし、バターライスの上にこれを掛け、オーブンで焼いて焦げ目を付ければ、牡蠣のドリアにもなる。(ただし太るぞ!)
★これを牛乳で更に延ばせば、牡蠣のクリームスープにも早代わり。


【牡蠣ときのこのバター炒め】

【材料】2人前

剥き牡蠣   10粒
しいたけ   4個
えのき    半株
シメジ    半株
エリンギ   1本
コショウ   少々
醤油     少々
バター    大匙1
青海苔    少々   

【作り方】

☆牡蠣は軽く小麦粉を付けて置く。
☆きのこ類は適当な大きさに切る。
☆フライパンにバターを入れ、先にきのこを炒める。
☆きのこ類に火が通ったら、きのこ達を端っこに追いやり、空いた場所に牡蠣を入れ、両面に少し焦げ目が付くよう焼きつける。
☆牡蠣に軽く火が通ったら、きのこと牡蠣を合体させ、醤油、コショウ、青海苔を加え、手早く混ぜて出来上がり。
コショウを利かすと旨い。


【牡蠣ご飯】

【材料】2人前

米      2カップ
剥き牡蠣   12粒
水      2カップ弱
塩      少々
醤油     少々
昆布     少々
酒      少々


【作り方】

☆米は炊く30分前には砥ぎ、ざるにあげて置く。
☆牡蠣は醤油数的と酒少々で、下味を付けて置く。
☆昆布、塩、酒少々、醤油少々を加えた水で、普通にご飯を炊く。
☆電気釜が、グツグツと騒ぎ出したら、仕上げに牡蠣を加え、炊き上げる。

色々な具は入れず、牡蠣本来の旨さだけをご飯に染み込ませ、塩味主体に炊き上げると、磯の香り芳醇で、旨いご飯が炊き上がる。
牡蠣は余り早く入れ過ぎると、縮んで無くなるので注意。


今日は品数が多いので、いつもより端折ってしまったが、マキュの料理エッセイを読んでくれている人々は、アタシよりも遥かにベテランの専業主婦と思われるので、入れる材料さえ書いておけば、フムフムと納得して下さる事と思い、極々簡単に紹介してみました。
まぁ・・・、今時のヤンママ達は、そもそも牡蠣を買ってまで調理しようとなどは思わない人の方が多いみたいだし・・・・・・。(苦笑)
もしも作り方がわからなければメール下されば、手取り足取りお教えします。(笑)

もっと沢山牡蠣の料理があるのだけれど、今日は手が疲れたのでこの辺で・・・。
後日、牡蠣料理パート2で載せて見たいと思われます。


2004年11月04日(木)
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■ 【愛猫エッセイ】 ミュウーはおりこうだ!


ミュウーはアタシ等(ら)夫婦の言葉を、少なからずとも13くらいは理解してる。

�.Ε鵐沺�(これは餌ではなくおやつ)

�△�んも?(外に出たい?)

��ダメ!

�い呂ぁ△匹Δ�

�ゥ妊嵳茲襪哨妊屐� (最近外にうろつき出した茶色の不良猫)

�β圓辰討覆気�

��良い子だねぇ

�┐个 舛�ぁ

��ミュウーは美人ですねぇ (これを言うと満足気なツラをする)

��ネンネブクロ (これはミュウー用のヒーター付きベッド)

��ちゃ〜ちゃ飲みなさい (水)

��お母さん好き? (これを言うと返事をする)

��お父さん好き? (これを言うと返事をしない)

以上、このくらいの言葉の意味は理解しているようだ。

外に出たいと窓をカリカリしてる時、『デブ来るぞ、デブ!』と言うと、外をキョロキョロ警戒してる。
初代のデブはどこかで亡くなったみたいで、アタシ達になついていて可愛かったが、今うろついている茶デブは、ちっともなつかず、こっ面憎いので、アタシも苦手である。
ミュウー以外のノラ猫全てを、アタシ達は、デブかヤセと呼ぶ。

ミュウーは、おやつを与えても、「はい、どうぞ」と言わないと食べ始めない。
食べたくて食べたくてしょうがないくせに、「わたくし、食い意地は張ってませんことよ、オホホホホ・・・」と言わんばかりに、いつまでもやせ我慢している様が憎い。(笑)
ハイどうぞ・・・、から、あえてワンテンポ置いてから食べ始めるあたりが、何とも、勿体付けやがって・・・(苦笑)ミュウーは全く持って素直さに欠けている。
誰に似たんじゃ・・・。

やっぱ、アタシか?

『ミュウー♪』と呼ぶと、3回くらいまでは「ん〜〜〜〜?」と言う感じで、機嫌よく返事をするが、それ以上しつこく呼び続けると、フン! と鼻息でふてくされ気味に対処し、まだまだしつこく呼び続けると、「フ〜〜ッ!!!」と怒り出す。

ミュウーは面白い・・・・・・。
こうなるとミュウーは、家族やペットと言うよりも、アタシ達夫婦のオモチャだ。(笑)


ミュウーはアレからも、全然元気で、具合が悪そうなところは未だに見当たらない。
戻しとて、外で草を食べてきてわざと吐く事は有っても、目立った嘔吐物は無い。
ウンチ・おしっこの出も良いし、餌・水とも良く食べ良く飲む。

寝んね袋はもう、6年も前に買ってあげたのに、全然そこには寝てくれなくて、そのベットだけを避けるように寝ていたのでまっさらのままだったのだが、不思議な事に、ミュウーに癌の疑いがあると聞いた後、【M】のパワーが込められた、エネシート(エネルギーシート)を底に敷いた途端から、そこで眠るようになったのだ。
やはり、感ずるものがあるのかなぁ・・・・・・。

年齢的に、だんだん高いところに飛び付くことは苦手になってはいるようで、たまに飛び損ねて、ズリ落ちているのが、コレ又、おもろい。
プライドが高い猫なので、あたし達がゲラゲラ馬鹿笑いしてると、鼻息怒りをする。

最近、庭のトンボが激減し、追いかけるものが居なくなって寂しそうだ。
これから冬になると、雪の中に潜り込んで、モグラ化するのが好きみたいだ。

どっちにしてもミュウーはおりこうでもあり、とてつもなくバカにも見える。
やっぱり、どこか変な猫だ・・・・・・。


2004年11月02日(火)
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■ 【エッセイ】 水谷修氏を知る。


昨日も仕事から深夜帰宅し、洗顔後、ベッドになだれ込んだ私は何時ものように寝室のTVを付けた。
生憎5チャンネルしか映らないTVなので、ろくなものをやっては居らす、最初は格闘技などを見ていたのだが詰まらず、ふと合わせたNHKの画面に、ある男性が高校生たちに涙を流しながら講演をしている姿が飛び込んで来た。
いつもなら、素通りするHNKだが、なぜか興味を持ち、それから画面に釘付けになったのだ。

水谷修先生。
【夜回り先生】と言う著書をはじめとする数冊の本の著者であり、少年非行を無くす為、繁華街を夜回りし、全国の高校や各地方・メディアを廻り、講演し、訴え続けている人らしい。
彼の軌跡がドラマやアニメにもなっているようだ。

シンナーや麻薬、かつ上げや暴走行為、売春やリストカット等・・・、さまざまな少年犯罪を無くす為、日夜身体と心を張り、訴え続けているという、素晴らしい人だ。
私は彼の志に心を打たれ、早速今朝HPを探し、本来ならば、子供に向けた相談メールに親の立場として書き込みをしてきた。


私自身、肉親の愛情に薄く、寂しい思いから軽い非行に走った経験の持ち主だ。(笑)
心優しき生真面目な不良だった頃がある。(今現在もだが・・・)

非行に走る子は本当に寂しいのだ。
非行の原因は【寂しかったから・・・】の一語に尽きるだろう・・・・・・。

そんな寂しい子供たちの集団は、寂しい子供たちばかりなので独自で楽しもうとする。お互いにお互いの寂しさや大人たちへの理不尽さを解り合っている。だからそこ、みんなで居ると心が癒え、楽しいのだ。
みんなが同じ境遇なので、思いやりのある優しい子供たちが多い。

でも、そんな心寂しい不良たちがこの世に生まれ始めた頃、思春期だった私たち今の大人達は、いつか一家の団欒から離れ、資本主義の世の中にばら撒かれ、子供をおざなりに、金稼ぎの仕事ばかりに燃え、表向きの良い暮らしをすることばかりに燃え、子供の心を置き去りにしてきた。
バブルの崩壊後は、大人たちが慌てふためき、もっと置き去りにされている子供達が増えた。

私の場合は、最初から一家の団欒は無経験に等しく、親も必死に生きるために共働きだった。私が小学校3年の時、親が離婚し、母に引き取られた。
ただでさえ一家の団欒がなかったのに、母子家庭ではなおさら母は働かなければ食べていけないので、家に帰っても母は留守。なので私には家族が居ない・・・。
家族が居なけりゃ寂しい・・・。だから寂しい子供同士が集まる。
まぁ・・・、不良の初めは大体がこういう仕掛けである。

自分が与えてもらえなかったものをどう自分の子供に与えていいか解らず、そんな所で子育てに失敗もし、又、私自身も波瀾ずくめで貧乏だったので、自分の子供にも散々辛く寂しい思いをさせてきた。
そんな自分自身がチョイ不良だった親たちが、愛情の示し方、子育ての根本もわからぬうちに又子供を産む。
そしてどんどんどんどん、少年犯罪は、寂しい心の持ち主から、恨みの心の持ち主に変わり行き、少年犯罪が少年犯罪の域を超え、凶悪犯罪へと移り変わってきたのではないだろうか・・・・・・?

本当に育てなおしをしなければならないのは、子供ではなく、むしろ、私たち親の方だろう・・・・・・。

ある程度経済的にも恵まれてる家で、愛情深い家族で形成されてる家は、良い。
それが一番の理想だ。
でも、そんな家は数少なくなっているのではないだろうか・・・・・・。

経済だけに恵まれても、家族愛の無い家もある。
経済にも恵まれず、共働きをしなければならない家は、子供だけになる時間が多い。
親たちも疲れているから、子供が寄ってきても、優しく出来ない。
ましてや片親で、生活に追われていては、子供との良い意味での接触を取るのは並大抵のことではない。
最たるは、親自体がどうしようもなさを抱えている場合、もっと悲惨だ。
親のイライラが幼児虐待に繋がる。

ただ、母子家庭でも、父子家庭でも、明るく元気に育っている子は沢山居る。
それは、親の愛情の与え方が大変上手で、子供が尊敬できる親だからなのだと思う。

それぞれの家庭の状況で、子供たちの寂しさの種類、苦悩の種類は違うものであろう。
でも、子供がどうのと言う前に、私たち自身が育っていかなければならないのは間違いないだろう・・・・・・。
非行に走る少年たちを作り上げているのは、私たち大人に他ならないのだから・・・・・・。

私は水谷氏は本当に立派だと思う。
それと共に、彼一人に任せるには余りにも荷が重いのではないか。
そんな大人たちが沢山増えれば、少年犯罪は少しでも減りそうだ。
私も私の不良経験と子育て失敗の経験を生かし、子供たちの目線になって、少しでも多くの子供たちの話し相手になってやりたいと思う。
まだまだ私自身に不良のにおいが消えてないので、えらそうなことは言えないが、子供たちと一緒にもう一度先生のような暖かな気持ちを持った大人のアドバイスを貰いながら、育て直って見たいなぁ・・・・・・。

でも、彼は有名になってしまい、どんどん子供たちからも遠ざからずを得ない。
そんな状況になりつつある事、彼本人が、一番歯痒い事だろう・・・・・・。

本物の良い人を余り有名にならせ忙しくしないで欲しい・・・。
でも、忙しくなるという事は、それだけ彼の志も浸透すると言う訳だから満更悪いことでもないのかも知れない。
でも、忙しくも子供たちとの接点は、自らのお身体を労わりながら、保ち続けて欲しい。
それが私の本音でもある。


2004年11月01日(月)

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