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ココマデキタヨ日記
ユウマ
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2002年09月30日(月) ■
こちら快晴

フェリーの中。
海は穏やかな顔を見せている。
起きたときはすでに昼だった。
デッキに出て1人MDプレイヤーで
“太陽族”の歌を口ずさむ。
ノリノリだな〜!!

持ってきたパソコンで時間を潰す。
パソコンのゲーム麻雀倶楽部に燃える。
大三元を連発!!うっほい!!
読書に励みたいところだが、
究極の金欠が原因で本も買えず。
所持金250円。

北海道の早朝はかなり冷え込んでた。
来たねーって感じ。



2002年09月29日(日) ■
ボーダーライン

順風満帆ということだったのか。
いや、そんなことはなかったはずや。
どうしてこんなにビビってるんやろな。
これから先のことから大きな不安の塊が取れない。
現実がどこにあるのかボーダーラインは不明確だ。
生活のリズムさえ刻めなくなった。
オレの真上は秋雨前線停滞中。
この雨はいつ途切れるのだろうか。
息苦しさではちきれそう。

今日また北海道の大地に向かう。
今年7度目になるけど、
なんだか懐かしく感じるンよな。
来年からは身体に匂いが馴染んでくるんやろうね。
元気をもらいに行こう。



2002年09月28日(土) ■
チャリ復活

フレームが折れた。
日本縦走の旅4日目のことだった。
秋田の湯沢まで気合いでそのまま走り、
そこから京都までは恩人疋田綾のチャリを借り、
走り続けた。

しかし、まだ旅の途中だ。
貧乏人にはつらい支出だったが、
チャリのフレームを買い代えた。
前と同じ忘れな草色にせず紺瑠璃色のに近い感じにした。
浮気をしたときの後ろめたさに似た気持ちを感じたが、
前に進む想いを込めて新しい色に新調したのだ。
ニューマロ号はなかなかイケテル。

しかし旅に出る資金が無い。
こりゃあ、困った。
そしていよいよバイトも休んでるどころではない。
うむ。
対策を練らねば。

「困難こそ味方につけろ」
かな。



2002年09月27日(金) ■
ポメ会

綾からイラン帰りの連絡が入る。
借りてたチャリを返すと同時に、
イラン旅の話を聞かせてもらう。
相当楽しかったみたいだ。
イラン人の家にお邪魔してAV見たらしい。
レベル高いなぁ〜。旅の醍醐味や。

晩は綾のお帰り会を同期で開く。
男連中はみんなかなり酔ってボロボロ。
吐かなかったけどこんな頭がガンガンしたの初めてや。
同期の会を「ポメラニアンの会」と命名。
なんて単純なんだ。
ぽめぽめ。

オレは友人に恵まれたと思う。
こんな刺激的な奴ラが仲間だと思うといいね。



2002年09月26日(木) ■
鍋おゲーム

昨日で今月のバイトは終了。
最近疲れやすい身体を癒すように昼まで寝る。

おーじときむと銭湯に行った後、
キムチ鍋をする。
あーもう鍋の季節かぁー!!
やっぱり鍋はうまいっ!!
白菜が効くなー!!

綾のやつ、イランから今日帰ってくるはずなのになぁー
連絡とれねー



2002年09月25日(水) ■
お祭りの夜

北野天満宮の天神祭まで夜のお散歩。
京都はこれが日常風景なのだ。
このお祭りの騒々しさが好きだ。
京都の街のこぼれた吐息のようだ。

金魚すくいをしたくてたまらなっかたけど、
すんでのところで耐えた。
最近飼う余裕ないしな。



2002年09月24日(火) ■
秋の夜長

秋がやってきた。
あんなに蒸し蒸ししていた夏はあっという間にどっかに。
季節の素早い変わり様にびっくりやな。

今日散歩に出かけた仁和寺の境内で、
赤く染まった落ち葉を見つけた。
1つ小さな秋を見つけた。
10人ほどで一斉に唱えるお経が心地良く耳に響いた。
お坊さん達が着ている袈裟の上のマントも黄色の秋色だった。

昨日、少し欠けた中秋の名月を銭湯に入りながら見た。
秋の少し肌寒い風が月見に良く似合う。

秋の夜をちょっと優雅に過ごすために、
手作りランプを造った。
簾の屋根をライトに被せ、
さらに正四面体の木の網を被せる。
部屋にこぼれる光が温かみを与える。
ライトを点けたままウトウトと寝てしまった。

やさしい季節ということばは秋が一番しっくりくる。









2002年09月23日(月) ■
闘争なし、日本。

テレビでよど号ハイジャック事件の特集ドラマを見た。
事件がありありと再現されていておもろかった。

与えられた平和をむさぼりつづける日本という国。
1960年代は安保闘争で盛り上がっていた日本。
しかし今、日本の政治や行く末を本気で語る若者は少ない。
何に対しても「勝ち取る」という精神が薄れ、
「当たり前に与えられる」精神に沈没している。

ハイジャック事件を美化するつもりはないが、
彼らは彼らなりに「勝ち取ろう」としたのだ。

平和は国だけにあらず家庭にもあるべき。
ドメスティックバイオレンスや家庭崩壊の増加。
最近の離婚率は3割近くらしい。
もし日本が平和な国でなく、
これからの不断の努力によって
平和な社会を創らねばならないとしたら、
家庭内の平和さえ獲得できない現代日本人が、
到底、国の平和を勝ち取ることが出来るような気がしない。

朝鮮に対する今後の政治態度は、
挑戦、つまり平和への挑戦でなければならない。









2002年09月22日(日) ■
セブンイレブンズ

朝、夜勤明けで寝ているところをキムからの電話で起こされる。
みむちん主催のバーベキューに来いヤとのこと。
眠い身体を起こして行く。
バーベキューは霜降り牛や松茸(北朝鮮産)入りの豪華版。
昼からどっこい、ビールうまい!!!
ひさしぶりにみむちんや田村さんに会えてなんだかうれしい。

大学のお笑いサークル「ミスアン」のライブにLと行く。
バイト仲間が3人出演。
プロも顔負けするぐらいめっちゃおもろかった。
1時間笑いっぱなし。
「北の国から」「人間警報機」がバリウケた。
バイトの時と違う彼らの真剣な顔つきと芸の巧みさが印象的。
かっこええなぁ。
人を楽しませることができるってすばらっしい!!
オレも人に影響を与えられる人間になりたい。
バイト仲間がかっこええ奴らでなんだかうれしい。

その後Lと堺町通りにある町屋のメシ屋に行く。
洋風創作料理のお店でかなりおしゃれだった。
戸全開で見渡せる町屋の中庭からの風が心地良かった。
こういう町屋を工夫したお店は京都ならではだと思う。
料理も珍しいものばかりでかなりグー!!
2500円で満足できるいいお店でなんだかうれしい。
今度は和食の町屋のメシ屋を探そう。

バイトは今日で3レンチャンの3日目だ。
早く終えてゆっくり寝たい。








2002年09月21日(土) ■
ざわめいた気持ち

髪を切った。
黒髪に染め直した。
小さなウルフ風カット。

「まっ黒なりましたねー」と美容師のお姉さんに言われる。
髪を染めた時、社会からちょっと浮いている気分になる。
黒髪に戻した時はその逆。
社会に適合して埋もれてしまった気分になる。
10月1日内定式。
社会に埋もれる始める日は刻々と迫る。






2002年09月20日(金) ■
HERO

秋吉台のカルスト台地に出掛ける。
あいにくの曇り空でイマイチの風景。
だけど秋芳洞の鍾乳洞は最高やで。
ロード・オブ・ザ・リングの洞窟の情景だ。
神秘的かつ幻想的でびびっときたね。

タニーのお兄さんの家まで行く。
生後7ヶ月の子どもがむちゃくちゃかわいかった。
家庭を持つことの楽しみにちょっと触れたで。
生命の神秘。いまや谷村家のヒーロー。
子どもを抱きかかえるタニー目尻がたれまくり。
家庭を持つってマジで人生の転機やわ。
家庭はその人の大きな発明品やな。

九州ぶっ旅は車で高速を飛ばすこと5時間京都に着く。
タニーほんまに運転ご苦労様です。
いい旅をくださってありがとうございます。








2002年09月05日(木) ■
匂い



走行距離28.89��
  時間1.07.00
速度平均25.8��
  最高36.6��



2002年09月04日(水) ■
母親の郷里にて

21日間チャリで走ってきて初めての休養。
叔父さんの家でゆっくりする。
朝、おじいちゃんと釣りに行こうかと思ったんでけど、
電話で捕まらず断念。

おばあちゃんの墓参りに行く。
叔父さんの家に飾ってあるおばあちゃんの
白黒の写真を見て、
はっきり思い出せないおばあちゃんの顔を見たら、
おふくろの顔にそっくりだと思った。
顔の形も形が不ぞろいの両目もよく似ている。
年を重ねて、おふくろがおばあちゃんに似てきた。
そんな事実に気付いてはっとした。

叔父さんに温泉に連れて行ってもらった後、
夜はご馳走とビールを頂いて、
あっというまにごろにゃん夢の世界に。



2002年09月03日(火) ■
黒部渓谷は爽快

日本縦走の旅14日目。
宇奈月温泉源泉の黒薙温泉まで
黒部渓谷鉄道のトロッコに乗り向かう。
黒薙温泉は青森県不老不死温泉と同様、
最も行きたい温泉として渇望していた、
憧れの温泉ナンバーワン!!
興奮で晩に何度も目が覚めたわ。
うっほい!!

車輪とレールをキイキイ擦りながらトロッコは走る。
エメラルドグリーンの宇奈月湖と深い谷を風の中抜けて、
走ること20分。
最初の停車駅で早くも途中下車。
もちろん降りる人はわずか。

なぜここの温泉に来てみたかったかというと、
温泉までトロッコのトンネル内を歩けるからやねん。
トンネル内の線路の上を歩いていると、
映画のシーンに紛れ込んだような気分や。
ひんやりして気持ちいい。

トンネルを抜けるとそこは温泉だった。
オバサンが5人入ろうとしていた。
「一緒に気にせんで入っていいわよ」
と言われたが大きく遠慮しておいた。
温泉は後回しにしてそこから白馬岳を源流とする、
黒薙川の沢登りトレッキングに出かける。

黒薙川は最高に清流だった。
深い谷に張りついたように緑色が映え、
空はきれいな青空。
川の水は恐ろしいほど透明感。

しかしこの後とんでもない事態が!!
中部山岳国立公園内にて○ンチがしたくなった。
「あぁ〜むっちゃきれい」
のセリフのすぐ後に
「あぁ〜うん○してぇ〜」
を繰り返し。
ついには後者のセリフのが割合を増していく。
そして1対5の割合でうん○発言に変わったとき、
私は決心した。
自然に返そう。

キレイな渓谷わきの砂の上に
キレイに巻きクソ。
私は途方に暮れた。
たいへんなことをしでかしてしまった。

大自然の中で私は身に何一つ纏わず
この清らかな川で泳いだ。
たぶんお尻もハートもキレイになっただろう。

大露天風呂を一人堪能した後13時に宇奈月温泉を出発。
必死で石川県の宇ノ気にある叔父さんの家まで漕いだ。
宇ノ気に着いた頃ちょうど夕日が河北潟の向こうに沈み、
何とも言えぬ感動に包まれていた。

走行距離112.86��
  時間4.37.59
  平均24.3��
最高時速60.0�繊 �








2002年09月02日(月) ■
おにぎり

日本縦走の旅13日目。
布団はやっぱりいい。
寝起きさわやか。

柏崎の(株)東京電力の寮もとすわ荘を出る。
原発の隠匿不祥事事件のせいか、
朝飯の食堂で「おはようございます」と挨拶をしたが
まったく相手にされず。

食堂のおばちゃんは親切にも
昼ご飯におにぎりと麦茶を持たせてくれた。
うぅっ、感激!!

直江津を通り暑さに嫌気が差しつつブラブラ走る。
たまらず名立の道の駅でコシヒカリアイスを頬張り、
さらに650円の安さに魅かれ海鮮丼を食す。
そして今度は2年前佐渡で食ったトコロテンを思い出し、
佐渡名物トコロテンを購入即食事。
昼11時の衝動食い。

直江津から糸魚川までの
旧線路跡を利用したサイクリングロードが
チョモランマ良かった。
どこまでも蒼い海、ひんやりしたトンネル、
三階建ての木造集落、細い路地裏、
国道よりも高い道だったので景色はかなりいい。
途中でいきなりおばあちゃんから手渡された
きゅうりをかじりながら海風と走る。

親不知はぶっ飛んでくるトレーラーが怖かった。
そのためか富山県の看板が見えたときは
ホッとした。

時間がかなりきつかったけど、
強行突破で宇奈月温泉まで上る。
体力ギリギリで着いたのに
共同浴場は定休日で日帰り入浴の営業時間はすべて終了とのこと。
宇奈月温泉周辺では野宿厳禁で警察が見回りしていると聞いて、
公園の障害者用トイレで隠れ野宿。
周りは高層ホテル群でかなりひもじい気分になった。
だが、あきらめない男ユウマは明日のために
今日を我慢しようと思った。



走行距離141.20��
  時間7.07.34
速度平均19.8��
  最高111.8��



2002年09月01日(日) ■
全裸デビューと世界が壊れた日

日本縦走の旅12日目。
村上から裏日本最大の都市新潟までとりあえず走る。
海沿いの国道は交通量がかなり多かったが、
10時までには新潟に着きたかったので先を急ぐ。
暑さのあまり意識が飛びそうになる。
ハンドルを持つ握力も緩む。
新潟に着いた時はもう体力が尽きていた。
ダイエーで2時間牛乳1リットルで休憩。

新潟の海は山形や秋田に比べると汚いと思った。
しかしシーサイドライン上は一番お客さんで繁盛していた。
海水浴帰りの車だらけだった。
特に寺泊の街はひどい渋滞だった。

この日水分を5リットル摂った。
暑さにしびれを切らして越前浜で全裸になる。
遠浅の海岸の向こうに佐渡島がくっきり見えた。
海岸で拾ったビーチボールで海にずっと浮かんでいた。

柏崎の原子力発電所横の砂浜で夕陽を見た。
日本海側の国道を日本海夕日ラインと言うだけあって、
最高ランクのきれいな夕陽だった。
2年前の礼文島で見た夕陽以来の大きな感動だった。
夕陽が沈んだ後、空が破壊的な赤色に染まった。
原発の煙突のライトが点滅していた。
世界が壊れた日。
こんな空になるのだろうか。

銭湯の場所を聞いたオバサンが偶然にも東京電力の寮母さんで
自転車で北海道から京都まで帰る話をすると
テンションむちゃくちゃ高い声で
「あんたかっこいいねぇ〜」と言って、
寮にタダで泊めてもらえることに。
お風呂も洗濯機も夕食も布団も全部つけてもらって最高だった。
世界遺産の番組を見ながらアイスを食って寝た。


走行距離147.99��
  時間6.34.41
速度平均22.4��
  最高59.1��