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| 2002年10月26日(土) ■ |
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| 大学生活は大河ドラマ? |
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大学生活を川に例えるなら、 オレは今、‘下流'をゆったり流れる船だ。 「社会」と言う海まであともう少し。 じたばたしてもゆっくりと海に向かう。
大学入学直後から1回生は源流からほとばしる透明な清涼な水。 4年間の大学生活の源とミネラルを形成。 何もかもが新鮮で興味深々、変化を楽しむ。 岩の間をするすると流れる舟、 あっという間に過ぎていく急流な時間。
ちょっと余裕が出てきた2回生の川。 山間の谷を他の支流を合流させながら 豊かに水量を増やしていく。 やんちゃになり元気いっぱい。 経験をよりいっそうどんどん増やしていく。
中流になりどーんとした受入態勢と 落ち着いた攻撃態勢の3回生。 水量はさらに増し重くなっていく。 忙しさの中に充実感。 流れの速さにも相応の足取りでついて行く。 周りの状況に敏感になると同時に見渡しが効くようになる。
そして下流の域に入る4回生。 社会と言う海を意識する。 後戻りできない流れを実感。 川幅は広くなり水は広がる、 学生時代の自由な時間の膨大さに改めて気づき圧倒される。
ざっくばらんに例えるとこんな感じかな。 (細かく力説したいとこもあるが軽めに例えを説明した)
オレはゆったりとした大河に舟を浮かべている。 悠悠自適に時の流れに身を任せている。 これだけ時間に幅をきかせられるのは今この時だけだ。 (大河は川の幅が広いにかけて) 海に出れば速い潮の流れ、激しい嵐とうねり 高いいくつもの波が待ち受けているのだ。 今ならば時間に臆することなく舵を取れる。
しかしどうだろう。 オレは錨を下ろしてその場に留まること願う。 だめだ。 このままでは海に出たら難破する。 そんな気がする。 帆船ユウマ号、を荒波を乗り切れる舟に変えたい。 オレ自身の何かを変えたい。 変えたいのだ。 ドラマはまだ完結じゃない気がする。
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| 2002年10月25日(金) ■ |
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| ローヌ河畔の星空 |
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部屋がめちゃくちゃだ。 ひさしぶりに掃除をする。 キッチンをわっと驚くようなピカピカにした。 布団をポカポカに干した。 空気を入れ替え現実感を引き戻して、 日本縦走の旅以来やっと落ち着きを取り戻した。 シングルルームに一人暮しを実感。
夕方から神戸までLと出かける。 かねてからの念願、ゴッホ展を鑑賞しに行く。 ついにゴッホの絵とご対面できるかと思うと、 すでに感動の域に達してしまうのだ。 うひゃぁー!! 電車の中でもワクワクドキドキ!!
Vincent van Gogh。 彼の持つ感性の世界は驚異的な広がりだ。 力強いタッチの絵の具の連なりに、 封じ込められた時間。 絵の前に立つと絵に引きずり込まれるような感覚。 そして集中力を高め現実から引き離されて 絵と1対1になったとき動き出すキャンパスの中。 絵という芸術が創造するファンタジーのおもしろさを 大きな感動とともに体感する。
印象派に影響を受けながら独自の作風で書き上げたゴッホ。 初期の習作は初めて目にしたが、 ゴッホ特有の線の厚さ、太さ、力強さは最初から存在していた。 やっぱりゴッホの作品はいい。 日常風景を愛するその愛情が 絵の中のボリューム感に生き生きしている。
やはり絵は実物を見るに限る。 写真ではほとんど分からない絵の具の質量感、色彩の輝き そして絵の実際の大きさ、迫力、立体感、雰囲気。 見た絵を後で写真を見比べてみても、 同じ絵であると思えないほど写真で見る絵はしょぼい。
大満足だ。 2時間かけてじっくり眺めたぶん、 頭の中に反芻できる。 『ローヌ河畔の星空』『桃の木』など、 アルル時代の1888年前後に描かれた絵は最高だ。 できるならば、『アルルの跳ね橋』『ひまわり』など、 ほかの作品も目にしてみたかった。
閉館まで居たので腹が減って 三ノ宮まで出て隠れ家ちっくな創作料理屋で夕食。 アンティークなでっかいソファーに座りいい気分。 けっこうアタリだ。 特に南蛮の唐揚げタルタルソースが絶品だった。
酒の後、さらに繁盛しているラーメン屋に行き あっさりラーメンを食する。 これもかなりうまかった。
Feel so highでガタンゴットン終電で帰る。
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| 2002年10月09日(水) ■ |
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| 空振り(カラブリ)はしない |
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パスポートを申請に京都駅まで行く。 いよいよ、海外旅行が見えてきた。 書類を提出したら、マジで盛り上がってきた。 シラナイクニデオレハナニヲカンジレルノダロウ。
ゼミの先生に会いに行く。 運良く事務室前で遭遇。 卒論の相談。 アドバイスを頂く。 やっぱり先生は尊敬できる。 献身的であり的確である。 はずみつきと方向性が固まった。 後はさらに書き進めるだけだ。
焼き増しを渡しに行く。 西日本縦走の旅について、 ご声援を頂いた。恐縮だ。 それほどのもんでもないのに、 声をかけてもらう。 ありがとう。
日本ツーリングの集大成。 行って参ります。 午前3時出発。
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| 2002年10月06日(日) ■ |
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| モテる女 |
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昨日の耐久レースの筋肉痛と極度の眠気のため、 今日は死ぬほど眠かった。 例え叶姉妹が台所で朝飯の用意をしていても、 今日はベットから絶対離れたくないと思った。
11時、それなのにアイコからの電話で起床を余儀なくされた。 こんな朝っぱら(?)から誰やねん! と思ったらアイコからで不意をつかれて電話をとってしまった。
どうやら彼氏と3日前に別れたらしい。
「寝てたぁー??」 「今、起きた。」 「やっぱり。ユウマ、電話になかなか出ないから、 寝てるなぁーと思ったけど、 それでも今日はそれどころじゃなかったから、 出るまで鳴らしてやった!!」 「おいっ!」 これを普通に許せるのも親友アイコの特権か。
「さっきまで彼氏と会ってて、 別れてからなんだかパニクっちゃって、 家に帰ったら絶対ユウマに電話しようと思って、 電話したんだけど」 それが朝からの電話の理由みたいだ。 アイコの子守り役に御指名だ。
話を簡単にまとめると、 自分から別れ話を切り出し、別れたくせに、 別れてみたら、あまりにもむちゃくちゃ寂しさを実感して、 何がナンだかわからなくなってパニクってる。 ということだ。
さすがだ。 恵まれてる女は寂しさにめっっぽう弱い。 だいたいアイコはモテすぎなんだと、 意味わからない説経をオレは垂れ流す。
ぜいたくなやっちゃ!! 中学時代から常に寄りかかれる人が側にいるから、 寄りかかれなくなっちゃうときに、 あせっちゃうんやろうけど。
それにしても快楽に悦する恋愛は、 恋愛のリスクに焦点が合わなくなって、 怖いなぁーとつくづく思う。 (別にアイコがそうなわけじゃないけどな)
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| 2002年10月05日(土) ■ |
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| 琵琶湖耐久 |
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耐久に出れる! って言うより走れる! 走りたくても走れなかった(フレーム交換のため) 1ヶ月の鬱憤を、今日晴らされてくれよう!! 1ヶ月間続いたうずうず虫くん、ちん○○カイカイは 今日でおさらば、卒業やな。 220キロ走る琵琶湖耐久はうってつけの舞台やで。 とにかく走れることがうれしかってん。
しかし、やはり1ヶ月のブランクは大きい。 金沢から京都まで雨がときおり降る中で、 235キロフル装備で駆け抜けたあの体力は、 すでに残ってないとみていいと思う。
目標は琵琶湖耐久初完走。 これが等身大のゴールだ。 レース展開はひたすら体力温存で。 特に体調は去年の時と全く変わらず、 気持ち悪かった。
スタート!! オージが早くも飛び出す!! ソボロは虎視眈々と目を光らせながら、流している。 気が付くと最後尾をダダとともに走る。 すでにサブリー友の会。 ソボロやコーチが長い一列から抜けて 25キロも行かないところで全く見えなくなってしまった。 ちょっと焦って、飛び出して行きたかったけど、 体力温存。目標完走。 サルも木から落ちる。
ひたすら長い列のサブリー友の会。 ダダとおしゃべり。 35キロ地点で気がつくと、クボジュンやキムが第二集団を形成し、 第三集団に格下げになっていた。 ダダも後ろに見えなくなってしまった。 しかしひたすら後ろでコバンザメ。
38キロ地点の長命寺を曲がりちょっとしたアップダウン。 去年はここでヒザを痛めて撃沈した。 だが、第2集団に近づかなければならないので、 集団先頭の人の後ろに付きひそかにあおる。 第二集団に追いつき吸収。
またさざなみ街道に戻る。 米粒半ぐらいの大きさでコーチたちを発見。 かなり先を走っている。 しかし先頭は時速29キロ前後となり、 ノロノロで全く前とはちじまらない。 イライラしながらも体力温存。無理はしない。
60キロ手前で、先頭を走る甲南の人と 先頭を代わる。 よっし追い上げ体制や!! ほんのちょっとペース上げてまた後ろに戻るつもりが、 誰も追ってこない。後続とむしろ離れる一方だ。 作戦を変更して、コーチたちのコバンザメになることにする。 コーチとかなり離れていて、一刻も早く合流しないと、 風をもろに受け体力が危ぶまれるので、 時速37キロ前後で飛ばす。 彦根でコーチたちと合流。 しかし、ソボロはいなかった。
ここから第1チェックポイントまでの 20キロを時速35キロ前後で飛ばす コーチはほんと速い!!! すました顔でガンガン行くねぇー 85キロ地点、おかげでソボロに追いついちゃいました。
体力温存策順調。 85キロ走って一滴も水分補給をしなかった。
しかしチェックポイントで油断をした隙に、 ソボロとコーチが出発。 って着いてから1分も経ってない。 マジかよ。
バームを片手に必死で追いかける。 彼らに追いつくための 彼らよりも速いスピードなんて出るはずもない。 だけど、ひとりはイヤやわ!! 待って!!!と叫びながら必死で漕ぎ追いつく。 追いつくことはできたがもうヘロヘロ。 だが、なんとかくらいつく。
奥琵琶湖のトンネル前の分岐で完全に離される。 やはり、上り坂はついていけない。 思いっきり気持ち悪くて、走りながらも ゆらゆら揺れながらバームとアミノサプリの味がする ゲロを5回吐く。 苦しくて涙が出た。 足が止まった。 ハンガーロックではなくてゲロゲロック!! 104キロ地点完全にスピードダウン。
奥琵琶湖パークウェイの上り坂は最悪な状態だった。 時速9キロの蛇行。 気持ち悪くて何度も止まった。 胃袋まで口から出そうだった。 ギアレバー故障。 急いで直す。 完走危うし。
しかし、事態は急変した。 50メートル後方にチラッとオショウが見える。 何かのスイッチが入った。 時速13キロの直立走行。 上り坂をグングン登る。 ココデオイツカレタラマケダ。
何かが吹っ切れた。 急坂を下りながら、後方を覗う。 オショウは見えない。 下り終えると体力温存策を継続し、 時速27キロ前後に押さえ、 大浦、海津大崎を通り、135キロ地点マキノに到着。 第2チェックポイントでアヤノ嬢と再会。 相変わらずロイヤルな様子。 ゲロゲロのあと味を消すべく、 おにぎりを食べる。 人生観変わった気がした。 ゲロの後のおにぎりはうまいっ!!
スピード復活。 時速29キロ前後で飛ばす。完全1人旅。 朽木までは心地よいサイクリングだった。 ここにきて自分が2位であることを意識する。 目標は完走だし3位でもいいかという結論は消えた。 2位を頂くべきだろ!! しかし、オショウは上り坂速い。 しっかり差を稼げただろうか。 不安を抱きつつ175キロ地点、 第3チェックポイント到着。
アイちゃんのサポートが的中。 ふくらはぎの筋肉が張ってたのに、 コールドスプレーをかけたら生き返った。 完走が見えてきた。
花折峠に向けて25キロ前後でガシガシ上っていく。 これで2位は確実だいっ!! うっほい!! 疲労で途中2度、止まったがスピードが出てる分 もう大丈夫だ。 体力温存もしなくていい。 思ったより行ける!!!
途中トンネルを抜けて京都府に入った瞬間、 猛烈にうれしかった。 さらば、滋賀県。 あと23キロ。
ソボロに続いて2位をゲット!! 2回生の甲南耐久2位以来の入賞。 冬の時代は長かった・・ 立命の正門に着いたときT.Tみたいに盛大に モリアガってるかと思いきやいまひとつ。 まあ、みんなお疲れか。 そしてオレもお疲れです。
その後の飲み会も楽しかったね。
走行距離 222.87�� 時間 8.15.51 速度平均 27.0�� 最高 60.9��
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| 2002年10月04日(金) ■ |
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| 前夜 |
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バイト上がりながらも、 10時から歯医者の予約があったので、寝ずに耐える。 しかし、歯医者さんではウトウトしてしまって、 「はい、噛んでください!」という号令に反応できず、 怒られてしまった。
耐久レース前夜。 自走でBKCまで行こうと思ったが、 結局バイトの疲れが取れず、 輪行に急遽変更。 タケシャンの家に午前1時すぎに到着。 遅くてごめんな、たけしゃん。
しかし、1時間ほどしか寝れなかった。 ガックリ。 不安を残しつつスタート地点へ。
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| 2002年10月03日(木) ■ |
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| 里帰り |
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京都に帰ってきた。 散々なフェリーの旅だったけど、 舞鶴港で船の上から見た夕陽が、 めちゃくちゃ綺麗やってんって。 煌く海に浮かぶ自衛艦と 向こう岸の日立造船所のクレーンが 黄金の世界に染まっていた。 叙情的な光景だった。 またひとつ京都から離れたくない要素ができた。
北から丸2日かけて帰ってきた京都は優しいにおいだ。 高ぶる気持ちは里帰りの時と一緒。 あぁー帰ってきたよー ってうれしくなる。 家に着いたら銭湯に速攻だ。 やっぱりここが一番落ち着く。 今日はバイトも楽しくできそうだ。
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| 2002年10月02日(水) ■ |
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| タイフーン |
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マイカル小樽の軒下で野宿を試みた。 しかし、寒さで1時間後起きてしまった。午前2時。 戦後最大級の台風が近づいてる晩はどこか不気味だった。 フェリー乗り場の開く4時までの辛抱と思ったが限界。 24時間の小樽温泉で一服。 1人で豪勢に温泉を占拠。王様の気分だ。 仮眠室でテレビを見ていると、 台風が通りすぎた関東の様子が写っていた。 東京ドームもお休みだったらしい。
こりゃあ、フェリーは欠航やな。 ブルー入るなぁ。 台風、北海道上陸3時間前。 波の高さは5メートル以上。 大雨洪水波浪警報出ちゃってるし。 温泉を出ると雨はいっそう激しさを増していた。
あきらめつつも、 フェリー乗り場のロビーで9時まで寝た。 起きて外に目をやると、雲の流れは激速い。 しかし雨は止んでいた。 予想外にフェリーは出港した。 到着時間が大幅に遅れる場合があるという条件付で。
予想通りに船は大揺れ。 窓から眺める海は閻魔大王の世界を連想させる。 ヒョぇー!!マジかよ!! 酔ってはたまらんのでとにかく寝た。 途中腹へってカップラーメンを食べようと、 給湯室まで歩いたが、 それだけで、酔って、 お湯を注がずにリターン。 う〜ん、社会は厳しい。 波乱万丈の船出だ。
結局どんぶらこっこでお風呂もほとんど浸かれなかった。
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| 2002年10月01日(火) ■ |
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| 内定式ララバイ |
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内定式は15時からだったので、 小樽や札幌でブラブラする。
シャキっと内定式に出たいと思った。 小樽で新しいシャツを買った。 袖に腕を通した瞬間が気持ち良かった。
小樽であの有名な500円のいくら丼を食べた。 寿司屋通りの市場にあるくせにまずかった。 500円の味だ。
小樽の筆頭観光地北一硝子も行った。 やっぱりうっとりするぐらい綺麗や。 どうしても欲しいと思ったグラスがあったけど、 こらえた。 もう少し大人になったら買いに来よう。
内定式。 31名の同期が集まった。 これからの新しい貴重な仲間だ。 これから喜怒哀楽を共にする友だ。 変な奴ばっかの個性集団だ。 それにしても人事課の事務職の女の人は、 出てくるたびにみんな美人やな。 どうなってんだい。 目がくりくりまん丸だい。 恐ろしい。
内定式の後、懇親会が開かれた。 ビルの最上16階の直営店。 ビールはエビスビール。
みんなでかなり酔っ払って盛り上がってた。 ひょうきんな奴が多い。 不思議な一体感だ。 これからが楽しみだ。 人事課の人が言うには、 1つのパターンの人間ではなく、 多種多様な人間を採用したらしい。 なるほど、みんなタイプが違う。
内定式に30分遅刻して出席できなかった奴と イセエビ。 内定者代表で宣誓をとちった奴と 松浦あや。 もみ上げがルパンな奴と 砂糖工場。 仲良くなれて良かった。楽しかった。 胸いっぱいで札幌から引き上げた。 元気が出た。 気持ちも悩みも同じ。 やっぱり俺たちは同じ22歳の若者だ。
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