刑法奇行
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2003年05月26日(月) 学会の疲れに取り憑かれ

 土日に刑法学会が日大で行われた。例によって、金曜日から毎日お祭り状態であった。誰とも話さず、1人静かに・・・とはいかないのである。全国から、同じ学問の同志が来るのだから、ワイワイとなることは必然である。
とくに、今回は、多くの同志と夜の部で一緒だった。まあ、1年に1度だから、これも素晴らしいことかもしれないが、疲労困憊で帰宅したのである。

 もっとも、帰宅すると、アマゾンdeから、ロクシンのBand �兇�来ていたので、途端に元気になった。蘇る何とか、あるいは、小松の親分さんである。精神的・肉体的にすぐに修復してしまうのである。このへんに、修復的司法の研究成果が現れているようだ。

 そういえば、シューネマン編集の『クラウス・ロクシン』という本も先日届いた。表紙に、ロクシンが聴衆の中で立って話している写真がある。その傍らに、S藤S二先生がいらっしゃる。学会でこのことについて、お話しした。いつもの内緒話のように・・・。

 また、有斐閣から『日本刑法学会50年史』が刊行され、学会員には格安で売られた。興味深いし、いろいろ便利でもある。

 ワークショップで話題提供していただいた、M原K一さん、K野M世さん、そして、S谷君、ご苦労様でした。夜の部に参加いただいた、K澤M理さん、フライブルクでの生活を満喫してきて下さい。ペロンさんによろしく!ドイツで、この奇行を見て、泣いて下さい。

 また、毎度のことながら、G代K事法の方々には、大変お世話になりました。来年は、広島で祭りをしましょう。

ジャーニー to 法益って何? 
 


2003年05月17日(土) ラスとチャンス

 昨日は、S事H務の仕事で10時頃帰宅し、その後、家族が寝た後、テレビをつけたら、何と巨人阪神があったのかと驚愕し、さらに、ラスが好投し、清原が阪神をねじ伏せたという感動を得た。幸運は忘れた時にやってくるのである。

 択一も終わり、関係者は落ち着かない日々が続くが、無の境地が大事である。結果は付いて回るものだと思っていた方がいい。結果は、所詮処罰条件か?。人生のジャーニーの中で、良い結果もあれば、悪い結果もある。それでも、淡々と生きていくことが素晴らしい。一喜一憂ではなく、百喜零憂でいきましょう。

 木曜日のゼミコンパもその百喜のうちの一つであろう。縁あって一種のコミュニティが出来上がり、その中でワイワイやることは素晴らしい。以前書いたが、「楽しくなければ人生ではない」のである。もちろん、楽しくないこと、嫌なことも確実にあるが、他方で、楽しいこと、うれしいことも確実にある。人間は、ちょっとしたことで嬉しくなる生き物である。

 嫌なことのあった直後に、嬉しいこともある。昨日、帰宅途中、馬場の駅近辺で他人とぶつかり、ムッとされた直後に、2人の女の子が後ろから駆け寄ってきて、「高橋先生ですよね?」と目を輝かせてきたのである。「何か?」「刑法各論をとっていたのですが」「ああそう」「お帰りですか?」「うん。そちらは?」「今セミナーが終わったところです」「今年は受けたの?」「・・・」「択一は?」「いえ公務員志望なので」「じゃあがんばってね」「は〜い」という具合であった。別れた後、「わー、ほんとだった」という声が背後に聞こえたのである。何か、芸能人類似のようで、嬉しくないといえば嘘になるかもしれない。

 しかし、キャンパス内で歩いている際、ベンチに座っている見知らぬ学生達がこちらを見て大笑いしてるのには、どう反応していいか分からない。お笑い芸人じゃないのだから。もっとも、魔女大のM藤君に、私が三宅裕司とは中学の同期生であると言ったら、芸風が同じですねと言われてしまったのであるが・・・。

ジャーニー to 阪神優勝の確率とロシアンルーレットの確率

追伸

三宅裕司は、当時から落語をやっていて、卒業アルバムには、着物姿で落語をやっている写真が載っている。彼の奥さんは、天野さんといい、確か同じクラスになったことがあったかと思うが・・・。おそらく、むこうはこちらをまったく知らないだろう。


2003年05月10日(土) 新しい物はお好き?

 択一間近である。受験生はとにかくganbatten Sieである(昔、ゲーテではやった言葉であるが・・・)。

 表題は、サガンの『ブラームスはお好き』からの借用であるが、シグマリオン�靴�近々発売されるということである。買おうかどうか迷っているが、迷っているときは、たいてい買ってしまうのが、これまでの私自身の通説判例である。新しい物好きは生来的犯罪者であるといえよう。温故知新とはいかない。すぐに欲しくなる悪い癖だ。したがって、アマゾンは本当に詐称誘導である。思わず、クリックという感じだ。

 連休が明けても学生が多いのは何でだろう、何でだろう、なぜか何でだろう・・・。どこか静かな「誰もいない海」のある「遠くへ行きたい」という気分にもなる。

 刑法学会も近い。ワークショップを切り盛りしなければならないのだが、あまり準備もしていない。狂務のせいで・・・。とにかく盛り上がればいいかと思う今日この頃である。法益の問題は、文献を読めば読むほど、そして考えれば考えるほど、分からなくなる。究極は、われらの社会はどういう社会なのかということであろう。M・E・まあいいやーの「文化規範」に行き着くかもしれない。
 ドイツ刑法学者のギャグは、I田さんの得意とするところである。彼のヒット作は、シェンケ・シュレッダーである。もっとも、あの分厚いコンメンタールをシュレッダーするのは大変だが・・・。暮らうす独身(ロクシン)、朝酒、昼酒(ヒルシュ)、夜酒なんてのも、院生時代の私のヒット作?である。

 昔、法制史を研究している人から、新しい物ばかり追っかけると、いずれ落とし穴にはまるといわれた。確かにそうかもしれない。気をつけるに越したことはないが、あたらしがり屋だからしょうがない。もっとも、古い奴ほど、新しいものを欲しがるものでございます、と鶴田浩二も歌っていたではないか・・・。そして、何が新しいものか、何が古いものか、ますます分からない時代である。新しいと思っていたものが、実は古かったということもある。修復的司法なんかその典型例かもしれない。

ジャーニー to etwas Neues

追記

拙著『修復的司法の探求』はもうすぐ品切れだそうである。お買い上げ下さった皆さ〜ん、ありがとうごぜいますだ。増刷することになっているが、他のRJ叢書はどうなってんのかいな?。すでに品切れの旧著『刑法における損害回復の思想』をRJ叢書で復刻することも相談する必要があるかもしれない。

 
 

 


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