短いのはお好き? DiaryINDEX|past|will
年上のひとから誘われた映画は断れたのかな? 清香ちゃんて年上キラーなのかしら。 エレヴェーターを待っているあいだ、ぼくはきみのケータイのメールを盗み見てしまった。 清香ちゃん、て誰? 可愛いの? ま、そんなことはどうでもええんやけど、年上キラーいう言葉も凄いねぇ。ぼくはアホやから『後家殺し』なんて言葉を連想してしまうんよ。ホンマにアホやねん。 あんなぁ、実は…きみのこと地下鉄でよく見かけるようになって、マジに気になるようになってもうてん。 いや、勘ちがいしんといてや。好きとか、そういうんやぜんぜんあらへん。ただな、きみの笑顔毎日見られるだけで、なんていうんかな、幸せなんや。 だからな、きみの笑顔見れへんのは、ホンマにつらいんや。このごろ、どうしたん? おとといは、地下鉄にも乗ってへんかったやろ、心配してるんやで。 翼の折れたエンジェル ぼくらは、翼の折れたエンジェル みんな飛べないエンジェル
強い風が吹いた。あっと思う間もなく、フレッテの純白のシーツが風を孕んで、再び屋上から小旅行に出かけてしまった。 前回、純白のシーツは旅のお土産として、象牙色したカードと共にささやかな幸せをぼくにもたらしてくれた。 それはむろん自分宛のカードではなかったけれども、そこに書かれてあった清々しい言葉が、文字通り清らかな気持ちを呼び覚ましてくれたのだった。 さて、きょうはどんな物が純白のシーツにくるまれているんだろう。ぼくはわくわくしながら、階段をかけおりた。 フレッテのシーツは、アパートの前のバス道路を軽々と渡って、児童公園の遊具で遊んでいたようだ。 真っ赤なタコの滑り台にちょうど鉢巻きするみたいにして、シーツはタコの頭の部分に絡まりついていた。 風でハタハタとシーツははためくのだけれど、五月の直射日光を浴びて、まるでコーティングの剥げた古いレンズで撮った写真のように美しいフレアを放ち、はためく度に声をあげて笑っているように見えた。 ぼくは、期待で胸をいっぱいにして、巨大なタコの滑り台に近付いていく。タコのお腹あたりには大人でもかがめば通れるくらいの、トンネルがのぞいて見えた。 タコの背の階段をあがりながら、こんなことで胸をときめかせている自分が不思議でならなかった。まるで、ずっと待ちわびていた恋人との逢瀬が刻一刻と迫っているかのような、この胸の高鳴りはなんなのだろう。 いったいぼくは、なにをこんなに期待しているんだろう、馬鹿みたいだと思いながらも手を伸ばしてシーツの先端を掴んでそろりそろりと引っ張った。 ところが、今日はカードはおろか、なにも出てはこなかった。逆さにしても鼻血も出ない、というフレーズが脳裏に木霊する。 なんか本当に自分の救いようのないアホさ加減に腹の底から笑いが込み上げてきて、誰もいない公園で、危ないヒトのように青空を見上げながら笑った。 シーツは地面に落ちた様子はないし、また洗うのは面倒でもあるから洗濯し直すのは即座に却下して、きれいにおりたたんでアパートに戻った。 部屋のドアを開けたとたん、クリームシチューみたいないい匂いがして、急いでキッチンをのぞくと 若い女のこがそこに立っているのだった。 女のこは、何事もなかったかのようにちょっと後ろを振り返り、「おかえりなさい。おそかったのね」といった。 おそかったのね? えー!!!!!!!!!!!!!!!! まさか…? シーツの? やっとわかったの? みたいな笑みを浮かべて、女のこは、ゆっくりとこちらに向き直る。 けっして美人とはいえないかもしれない。でもぼくにとっては直球ど真ん中! タイプすぎて怖いくらい。 一瞬にしてぼくらは恋におちた。 special thanks:文tomohaさま
「そういえばランボルギーニ藤野の話はまだしてなかったよね?」 六本木のロマーニシェス・カフェにぼくらは来ている。 「彼は仕事をしないことでつとに有名な人物だったんだ」 「え? 誰が?」 「え? だからランボルギーニ藤野がだよ」 友人のギタリストが凄いドラマーを見つけたとかでぼくらは、その新しいデュオを見にきたのだった。 「ふ〜ん。それって美味しいの?」 彼が仕事をしないのは単に仕事が出来ないからではなく、怠け者であるからだというのが大方の意見だったが、ある日とんでもない事件が持ち上がった。 その日、ランボルギーニ藤野は朝からご満悦だった。通勤電車内で景気づけにビールでもあおってきたのだろうか、とにかくだいぶご酩酊でいらっしゃるようで、そこらじゅうに酒くさい息をまき散らしていた。 もうその時点で言語道断だが、彼がさらにランボルギーニの名に恥じない怪物ぶりを発揮するのも時間の問題でしかなかった。 はっきりいって誰がみてもベロンベロンに酔っていることは、部署のもの全員が知っていたが、誰ひとり注意しなかった。というか、そのあまりの非常識ぶりに皆、度肝を抜かれ見て見ぬふりしていたのだ。 しかし、折しもその日は映画の封切日であり、企画宣伝部員は全員で初日の舞台挨拶に向かわねばならないのだった。 まず最初に向かったのは新宿コマの斜向かいにあるミラノ座だった。 コマ劇場のところでタクシーをおり、マイクやら映画のタイトルの入ったノボリやらグッズ等、細々したものを館内に運び入れたのだけれど、それらも一段落して、舞台挨拶が始まる前にトイレを済ませておこうといきかけたが、そこでランボルギーニ藤野は、とんでもないヘマをやらかしたことに気付いた。 アンプをタクシーのトランクから出すのをわすれていたのだ。いっぺんに酔いが醒めていくような気がした。 もうタクシーを降りてからだいぶ時間がたっている。 必死な形相で取って返し、階段を駆け降りるランボルギーニ。 ところが、コマ劇場前には、奇跡がランボルギーニを待ち受けていた。 なんと救世主が現れたのだ。天使といっても差し支えないかもしれない。 天使はタクシーの運転手さんに向かって天使の微笑みこそ浮かべていなかったし、可愛らしい翼もなかったが、ランボルギーニにとっては天使にちがいなかった。 その天使は、微笑むどころではない。恫喝していた。 「誰の許可を得てここに止めてんだ、コラ!」 天使は天使らしからぬ声音といい物言いといい、ヤのつく職業の人、いや、そもそもそれが職業として認められているのかどうか知らないが、それを生業にしている方らしい。 このヤーさんがタクシーの運ちゃんにインネンをつけてくれなかったら、アンプが用意できずに舞台挨拶が出来なくなってしまっていたのだ。 ランボルギーニ藤野は、運転席にすわったままでガンガン罵声をあびせられている運ちゃんに、左側の窓の方から声をかけた。 「すいません、トランク開けてもらえませんか?」 「お客さんたちのお陰ですよ、こんな目にあわなきゃならないのは」 「すいません」といいつつ、さっさとトランクからアンプを取り出して、劇場に戻りかけていたところをヤーさんに呼び止められた。 「おい、テメーこの落とし前どうつけんだ、コラ」 ランボルギーニには、その言葉にムカついた。酒の力もあった。 後ろを振り向かないまま、ぼそりといった。 「うるせえんだよ、ダニ野郎が」 ヤーさんがその捨て台詞を聞き逃すはずもなかった。 なにか声にならない雄叫びのようなものをあげながら、ひらりと舞い上がり、白いエナメルの靴を履いた右脚が音もなくムチのように繰り出され、ランボルギーニにの右側頭部に思いきりヒットした。 あっという間の出来事だった。ランボルギーニには左側に横ざまに吹っ飛んで、脳しんとうを起こしたのか、倒れたまま微動だにしない。 見事なまでの旋風脚だった。どうやらこのヤーさんは、武道の心得があるようだ。もしかしたら少林寺かもしれない。 で、ヤーさんはなにごともなかったかのように踵を返してコマの方へと肩をいからせながら歩き去っていく。 と、そこでランボルギーニ藤野は意識を取り戻したようで、片手で身体を支え、もう片方で起き上がって頭を押さえていたが、いったいなにがおこったのか思い出せないようだった。 しかし、さすがはランボルギーニ。普通の人ならば眼球が飛び出してしまいそうなすざましい一撃をまともにくらったのに起き上がれるだけでも、驚異だった。 我に帰ったランボルギーニ藤野は、あたりをぐるりと見回して標的を視界に捉えると、傍らのアンプを引っ掴みヤーさん目掛けて走った。 打ち所がわるかったのかもしれない。ランボルギーニ藤野には怖いものなど存在しないのだ。 神経をサカナデルような突拍子もない甲高い奇声を発しながら、ランボルギーニ藤野はヤーさん目掛けて真一文字に突っ込んでいった。 そして、黒い猛牛のように走ってくるランボルギーニの殺気に後ろを振り返りかけたヤーさんの頭頂部にアンプを背負い投げするみたいに斜め上から、力の限り振り下ろした。 頭が割れなかったのが不思議なくらいだった。これを昏倒というんだろうか。ヤーさんは地面に打ち付けられたクサビのように棒立ちとなり、次いでガクリと膝をついてスローモーションでアスファルトにくずおれた。 あの日から、ランボルギーニ藤野の消息は途絶えた。 当然な話だ。ただの喧嘩ではない。相手は暴力団組員なのだ。喧嘩のプロをランボルギーニ藤野は背後から殴り倒してしまったのである。 ヤクザがそのまま引き下がる訳もない。 メンツを最も重んじる、それがあの人たちなのだ。メンツが服を着て歩いているようなものなのだから。 ランボルギーニ藤野のことを今でもぼくらは、噂しあっている。ドラム缶にセメント詰めされて東京湾の底で眠ってるとか、富士山の樹海を今も出口を求めて彷徨っているとか、あるいは、ビルマだかタイの有名なオカマのお祭りの特集をテレビでやっていてオカマだったけどそっくりな人がいたとか、皆好きかってなことを言っていた。 あの日、むろんアンプは使い物にならなくなって仕方なく拡声器で主役も女優さんたちも挨拶をするという前代見聞の舞台挨拶となったのだった。 いつの間にやら、演奏は終わっていた。 友達がステージから降りてきた。 どうやら、新しいドラマーを紹介してくれるらしい。 「どうだい、凄いドラミングだっただろ?」 「ホントだね、俺は、ボンゾかと思ったぜ、いや、マジに。スウィングしてるよね、オタク」 テンガロンハットを目深に被った、巨体の男がその岩のような肩を揺らして笑った。 どうやら、うれしかったらしい。 しかしどこかで、見掛けたことがあるような風貌だった。 男が、グラサンをはずした。 見覚えがある筈だった。 まさしく、ランボルギーニ藤野その人だった。 「お久しぶり」 ぼくは、呆然としてしまい、言葉が返せなかった。 気まずい沈黙がひろがっていく。 「ねぇ。それって美味しいの?」
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