スカーレットの心のつぶやき
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2003年03月31日(月) 誕生日

今日は私のHPの誕生日だ。

すっかり忘れてた。

日記を見ていて思い出したのだけれど
この一年色んな意味で変化に富んだ一年だったように思える。

私が何も分らない状態で、夫に教えてもらいながら
又本を見ながら立ち上げた日。

感動を覚えた。


絵手紙で世界を広げたいと思って立ち上げたHP。


最初はプロフィール、私の絵手紙、くらいしかなかった。

それから、私に届く仲間の絵手紙を一緒に載せようと
思って、作った仲間の部屋。

又日記とは別に、私の思うままをつづった「思うままに」。

又絵手紙に添える言葉を引き出しというページを作って
しまうことにした「心に残る言葉」。

ぬいぐるみのカワイさに勝手なことだけれど「パムの部屋」を作った。

最近は心の中のつぶやきを日記として書いている。

私はこのHPのお陰で、日本中の知らない人たちと
回り逢うことができた。

メールを通じて心の交流をすることもできた。

勿論良いことばかりでなくて
とても傷つき、辛く悲しいこともあった。

でも、今はそれも良い思い出として残っている。

出会いがあったから、別れもあった。

別れがあっても又すぐに出会いもあった。

本当にかけがえの無い人たちとの出会いだ。

私の愚痴を聞いてくれる人がいる。

私を励ましてくれる人が居る。

悲しい時にはその悲しさを半分に、

嬉しい時はその喜びを二倍にしてくれる人が居る。

そんな人たちと出会えた幸せを感じている。

これからも大事にしていきたいと思っている。

私の命が続く限り、体力の続く限り
HPの更新をしていきたいと思っている。

見てくれる人たちにこの場を借りてお礼を言いたい。

「本当にありがとう!!これからもよろしくお願いします」と。


2003年03月30日(日) まだ・・・

まだ頭がぼーっとしている。

まだ、体は本当ではない。

心臓の鼓動がとても早く打っているのを感じる。

胸のムカムカは治った。

でも完全に薬が抜け切れていないのが分る。

夫は何にも言わない。

完全無視。

私の心はまるでぼろ雑巾のようにぐちゃぐちゃ・・・

でも生きなきゃならないから

家事をしなきゃならないから

買い物にも行かなきゃ、

食事も作らなきゃ。

家族の食事を作って、掃除洗濯をして
これが私の仕事なんだから。

外はとても良いお天気。

行楽日和。

花見の人がお弁当を買っていた。

心は晴れないから、花見も行く気がしない。

昨日は一日中眠っていた。

昨日の朝、HPの更新をしていた自分が不思議。

何にも覚えていない。

何を書いたのかも覚えていない。

意識の薄らぐ中、何か書いた気がするのに
今、思い出そうとしても思い出せない。

確かに卑怯な私。

でも・・・

でも・・・


でも・・・


でも・・・


でも・・・


意識の混乱と胃の悪さがその結果、私を攻撃しつづけている。

分ってる。

悪いことも、してはいけないことだってことも・・・


そんなことは誰に言われなくても重々分っている、
分りすぎるほど分っている。

今日と言う日は二度と来ない。

今と言う一瞬は二度と戻ってこない。

この一瞬が次の一瞬に繋がっている。


これらの繋がりが明日への道へとなっている。

過去へ戻ることも、未来へ先に行くこともできない。

人はこの今しか生きられないのだ。


だから辛くても悲しくてもしんどくても
命のある限り生き続けないといけないんだ。

大地にしっかりと両足を踏ん張って
風を正面から受けながら
後ろに倒されないように
しっかりと立たなければいけない。

朝の来ない夜は無い。

明日は今に繋がっている。

もっと強くならないと・・・

もっと人のことも考えないと・・・

地球は私一人のためだけに回っているのではないのだから。



2003年03月29日(土) 馬鹿な私

震えている

手が心が・・・

胸が悪い

頭がぼうっとしてる

何もかも変

でも


でも


でも


生きていて


目覚めた

しんどい

ふるえる

ふるえる


ふるえる


夕べ飲んだ

何を?

睡眠薬を

いつ?

夜


眠りたかった

何もかも忘れて


眠りたかった

逃げたかった

卑怯だけれど

何もかもから

子供から

夫から

全てのものから


でも


できなかった

情けないアタシ




怖かった


疲れた

本当に疲れた


眠りたい


眠りたい


永遠の眠りに


でも


でも


目覚めた


どうして?

もう嫌

やはり、生きている


生きなきゃ


ああ


ああ

ああ


私は生きているんだ・・・・

そして、今日と言う日が始まった。

いつもと同じようにまた

いつもの生活が始まる。


2003年03月28日(金) 日赤受診

今日はいつもの日赤の胃腸センターの予約日。

朝7時過ぎに出る。

母は外科も。

そして、眼科も。

この間からの胃の痛みや、他のちょと気になる症状を
医師に話すべきなのか、
それとももう少し様子を見てからにしようかと迷っている。

結果が怖いのではない。

私はどんなことでも平気、病気に関しては。

家族なら辛いけれど、自分自身のことなら
いつどんなことになっても平気なんだ。

母親として無責任だと又誰かに批難されるかもしれないけれど
仕方ない。

私は本当に何を言われてもちゃんと受け止めることが出来る。

これは今まで私が何度も死に対しているから・・・

今日はどうしよう・・・

多分黙っているんだろう・・

今は午後1時過ぎ。

昼に帰った。

先生にやはり今月の半ばの猛烈は痛みの話をした。

先生はそのような痛みは胆のうが悪いのかもしれないので
一度超音波検査をしましょうと言った。

今は治まっているから大丈夫だと言ったのだけれど
そういうふうに痛みが起きたり治まったりするのが
いけないのだと言われた。

5年前に一度して異常はなかったのだけれど
年数も経っているので、一度はしないといけないと
言われ、来月の4日に受けることにした。

絶対に大丈夫だと思う。

それと直腸に癌の疑いもあるので、このほうも検査したらいいと
言われた。

絶対に癌なんかではない自信がある。

私のように「憎まれっ子は長生きするんだ」

そう、私は癌なんかにはならないのだ!!


2003年03月27日(木) 思うこと

今朝の新聞を見ながら思うこと。

人は死ぬんだってこと。

イラクのバグダッドにアメリカ側がミサイルで攻撃し
民間人が15人死んだとのニュースが載っていた。

「人の命は地球より重い」と誰かが言った。

でも、この今の状況ではその命の重さがなんとも
思われていないのが悲しい。

何故?

そして、折込に葬儀社による死亡広告を見て、私の心は
いっそう暗くなった。

この広告を見ていると、49歳や、51歳、57歳という
若い方が亡くなっている。

私と同年代の人たちである。

喪主の欄は妻の人もあり、長男の人もあるが
残された遺族のことを思うと胸が痛む。

死においては、若いも年寄りもなく悲しみの深さに違いはない。

でも、あまりにも若くして亡くなっている人をみると
まだまだ心残りのことがあっただろう?と思えて
余計に心が痛む。

勿論高齢者の人にとってもまだまだしたいことは
あったはず、でも、人間として避けられない死は
確実のその人の未来を奪ってしまうのだ。

毎日が何もなくて過ぎている今日、私にとっては一番の
悲しみになるであろう母の死が日に日に近づいている
ことは確かなことなのだ。

考えたくないと思う。

母はずっと私の側に居てくれると思いたい。

だから、私は母より先に逝きたいと思い続けてきた。

子を亡くす親の気持を考えてないわけではない。

子に先立たれるほど親として辛いこともないと思う。

でも・・・

でも・・・

でも、私は母を失いたくない!!

今年の5月で母は82歳になる。

女性の平均寿命に近づいている。

母には私が生きている間中、生きていてほしいのだ。

今朝、NHKのFMの朝のバロック音楽を聴いていた。

バッハのバイオリン協奏曲とビバルディのチェロソナタを
聴きながら思ったことは
私の残されるものは何もないということ。

淋しいけれど本当だ。

私には母しか居ない。

母しか私のことを分ってくれる人は居ない。

孤独感を覚える・・・

この淋しさを癒してくれる人は私には母しか居ない。

私の人生50年間で、母程私のことを思ってくれた人は居ない。

もしも、命を取り替えることができるなら
私は母と入れ替わりたい。

母のお葬式のことなど考えるのも嫌だ。

死んで欲しくない!!

ずっと私の側に居て欲しい!!

情けない私・・・

我儘な私・・・

でも、

でも、

でもこの今の私の心は叫んでいる。

母との思い出をいっぱい作りたい。

母の顔

母思い出

母の心

私はずっと忘れないで居たい。


「母さん、絶対にこれからも私の側に居てね」


2003年03月26日(水) 言葉

言葉には言霊がある。

言葉は生きている。

言葉は人を励まし、喜ばせ、勇気付ける。

又、言葉は人を傷つけ、心をズタズタにもする。

人の心を殺すこもある。

だから、言葉はとてもいいものだし反対に怖いものでもある。

人間が犬や猫と違っている点は、言葉を話すことができると
いうことだ。

最近は飼っている犬の言葉が分るものがあるそうな。

「バウリンガル」というものを使えば、犬の鳴き声やしぐさで
何が言いたいのかが、分るとか。

こうなってくると、今までのように人間にしか
与えられてなかった言葉が、ペット世界にも使われる
ことになる。

良いのかな?

意思の疎通をはかることには役立つだろう?

犬が家族の一員となっている家ではありがたいことかも?

これからは犬でさえ、自分が思っていたり言いたいことを
人に伝える時代になりそうだ。

じゃあ、人はもっと言葉を使って相手に自分の気持や
考えを伝えなくちゃ!!

「以心伝心」という言葉もあるけれど、
私は、やはりお互いに思っていることを相手に言葉で
伝えるということがとても大事だと思う。

夫は無口だ。

私の父は、もっと静かにしてほしいと思うほどのおしゃべりだ。

昔何かのコマーシャルで「男は黙って・・・」と言ってた。

基本的には男の喋りはあまりいい感じを与えないようだ。

勿論それを商売にしている人たちは別。

無口な人ほど信用できそうな気がするのも本当だ。

言葉巧みに、女性を口説いたりする男の方が信じがたい。

だから、無口でも誠意の感じられる人の方が営業には向いている
とさえ、言われている。

でも、私は思う。

折角この世に人間として生まれてきた以上、
言葉で心を伝えたい。

言葉は人と人との心をつなぐ橋のようだ。

言わなくても思っていると言うのは、ちょっと傲慢なのでは
ないかと思う。

言わなくても分れというのも傲慢だ。

こうして人として生きているのだから、
言葉で気持を表そうよ!!

言って、反対のことで意見のぶつかり合いがあるかも
しれない。

でも、話あっていくうちに、お互いの誤解も溶けるし
余計に相手気持が理解できるはず。

「ありがとう」「お早う」「お帰り」「行ってきます」の
この言葉ぐらい、言ってよと言いたくなる。

その人は私の夫だ。

一日中一言も喋らずに一日が終わるっていうこともある。

でも、

でも、

でも・・・

私の心は泣いている。

何かちょっとした気遣いの言葉やいたわりの言葉を
言って欲しい。

「分った?」

この心のつぶやきを見てくれたら
少しは私が何を思っているか?
なにをしてほしいか?

分るはずだ。

私は自分だけが喋る人は苦手。

言葉はキャッチボールだ。

だから傷つけるといけないと思って
遠慮するのではなく、
何でも話せる夫婦になりたいと
私は思わずにはいられない。


2003年03月25日(火) 教えるということ

私は人に何かを教えるということが苦手だ。

だから、昔から先生にはなりたくなかった。

ずっと昔から教師にだけはならないと思ってきた。

何故か?

それは、分らない子供にどういうふうに教えると一番良いかと
いうことが分らないから・・・

情けないけれどこれは本当だから仕方が無いと思っていた。

そんな私が、今から20年くらい前に、
人に教えるということをした経験がある。

それはカラオケである。

当時カラオケ教室はまだ少なかった。

文化教室で私がカラオケを習い出した頃は
今のように皆が習っている時代ではなくて
まだ珍しいくらいだった。

ある教室で勉強していた時、カラオケを教えてくれる先生から
「人に教えたらきっと自分のためにもなる」との言葉をもらった。

人様に教えることのできるような立場ではないと思ったので
一度は辞退した。

でも、近所のおばさんたちに歌を習いたいという人たちが
多く居たので
近くの公民館を借りて教えることになった。

当時は8トラの時代、私のカラオケの器械を下げて
公民館に行き、新しく私が教室で習う曲をおばさんたちに
教えたのだ。

今思うと穴に入りたいような気分になるが
その時は皆に感謝されて、自分の勉強にもなるし
楽しかった。

数ヶ月後、私の体調が悪くなり入院することになって
その公民館の教室は止めた。

皆に心配をかけたし、途中で止めたことにとても悪い気が
していたが、なんとその後、おばさんたちは自分らだけで
今もずっと続けてると聞く。

たまにその生徒さんたちに出会うと「先生」と言われてどきっと
することがあるが、
あの時に教室を立ち上げたことを本当に良かったと
今は思える。

そのことがあったので教えることの難しさを
身に沁みて感じていた。

二度と教える立場にはならないだろうと思っていた私が
今では、又教える対場になろうとしているのだから
人生とは不思議なものだ。

「日本語を話せない外国の人たちに正しい日本語を教えるボランティアを
養成する講座」に通いだして4月で3年になる。

一言で言えば、日本で生活している外国の人に
日常使う日本語の正しい使い方を教えるのは
どうしたら良いかという勉強である。

一月に一度行って勉強しているのだけれど
今度4月の実習を私が担当することになった。

今教えているところは形容詞の使い方だ。

日本人なら自然に使っている形容詞を
如何に正しく使えば良いかを教えなくてはならない。

○○いと最後にいがつくのを「い形容詞」という。

又○○なというように最後になが付く形容詞を「な形容詞」という。

その違いや否定形、名詞を修飾する使い方など
結構面倒だ。

前もって予習をしないと、時間の配分もあるし
なかなかその時になって頭の中に入っていないと
困ることもある。

教えることの難しさ、普段何気なく使っている日本語が
如何に難しいかを実感している今日この頃である。

もう少しつめて考えようと今日も頭を悩ましている私。

でも、教えるということを通して
教えられる人の気持になれるのが嬉しい。

相手にわかってもらう喜びも感じるこの勉強。

後残り3年を止めずに勉強して
実際にボランティアで外国の人に正しい日本語を教える
ことが出来るようになれば、こんな嬉しいことはないと
思う。

さあ、続きを頑張ろう!!


2003年03月24日(月) 出会いを大切にしたい

春3月。

別れの季節、

旅立ちの季節、

そこには人との別れがある。

でも、人は又人と出会う。

春はそんな季節。

出会いの季節でもある。

私は人との出会いを大切にしたいといつも思っている。

それがどんな形であっても、今まで知らなかった人と出会い、
心を通わすことができることは
とても嬉しいことだし、幸せと感じる時だ。

今まで生きてきた50年の中では
出会いがなければ悲しい別れもなかったと思う人もいっぱい居る。

その時は出会ったことを恨んだことも確かだ。

でも、時が過ぎ、やがて思い出として存在するようになったとき
その出会いは、やはり出会うべくして出会ったのだと
思えるようになる。

時とはなんて良いものなんだろう!

私がそれまでの井戸の中の世界から
絵手紙とパソコンを通じて
その外の世界を知るようになってから
それまでとは全く違う出会いがあった。

それまでの出会いは、私が毎日の生活の中で
必然的に出会った出会いのような気がする。

でも、絵手紙やパソコンを通じての出会いは
本当にまったく存在すら知らなかった人との
出会いを作ってくれた。

本来なら絶対に一生知らないで居たはずの人たちと
こうして、メールの交換や
絵手紙の交換をしている。

これは本当に凄いことじゃないかな?

勿論、こうして知り合う機会が広くなったために
知り合わなければ味わうことのなかった悲しみや
痛みも知った。

ネットの付き合いの難しさを嫌というほど知った。

そして、一つの出会いと別れが私を成長させてくれた。

そのことを今ではありがたい勉強の場と思えるようになった。

自分の心の中で少しずつ消化されたいっているのを
感じる。

今日もまた一つの出会いがあった。

この最近に知り合ったメル友と、会うことができたのだ。

その人は偶然にも私の生まれ育った松山へ来ると
知らせてくれた。

そして、時間があれば会いたいと言ってくれた。

偶然のありがたさを感謝しながら、
今日その人に会いに行くことができたのだ。

優しそうなご主人と弟さんとの道後温泉への旅だそうだ。

メールで感じていたとおり、優しく明るく
とても良い方だった。

短い時間だったけれど、話もできたし握手もしたし、
まるでずっと前から知っていた人のように
自然に話すことができた。

本当に嬉しかった。

人生の中での良い出会は自分自身の財産だ。

これからも良い出会いをしたい・・・

そして、その出会いを大切にしたい・・・

ありがとう、良い出会いをくれて!!

戴いたおそろいの砥部焼きの湯のみ、大切にしたい
いつまでも。


2003年03月23日(日) 行ってきま〜す!!

今日は、宝塚行きだ。

母がずっと昔から行きたい行きたいと言っていた宝塚。

読売旅行の日帰りツアーでいくことにしてからの一ヶ月、
心もうきうき、何を着て行こうかと考えたり
買い物に行ったりして楽しみにしていた。

今朝も4時に起きて準備。

もう直ぐ出かける。

母と娘との3人で楽しい思い出を作ってこよう。

昨日の涙はさようなら・・・

さあ、楽しい時間よこんにちは。

帰りは遅くてもしかしたら、日付が変わっているかも?

行ってきま〜す!!


2003年03月22日(土) 雨

今朝起きてみると、外は雨が降っている。

雨の日は何となく欝になりそう。

本当に今の私の心と一緒。

何故か心が泣いている。

悲しいのではない、

苦しいのでもない、

淋しいのでもない、

じゃあ何?

分らない・・・

私自身にも分らない。

唯漠然とした不安、そう不安。

明日にでも死ぬかもしれないと言う不安じゃあないの。

漠然とした、捉えることの出来ない、

不確かな不安なの。

誰かの胸で思いっきり泣きたい・・・

大丈夫だと言って欲しい。

情けないな、

50歳を過ぎて甘えてどうするんだ!!

もっと自分をしっかりと持って、

時に流されて生きるのが賢明だ。

「まあ良いか?」って思おう。

人は人、私は私・・・

だけど、家族なんだよ。

家族ならお互いに支えあって生きるのが本当なのではないかな?

私の周りに誰も居ないのならそれはそれで良い。

でも・・・

でも・・・

でも・・・

確かに私には夫と娘が居るんだ。

なのに、こんな気持になるのは何故?

甘えるのがヘタだから?

それとも私を見てくれないから?

こんな気持になるのは良い年をしてホント恥ずかしいよ。

もっとしっかりしなよ!!

良いじゃあないの!!

一人で暮らしていると割り切れば!!

一人になって生活出来ないのなら

割り切って、暮らせるだけましと思おう。

今の雨は午後には上がるという。

でも、私の心は晴れるかな?

青空のように、真っ青な空の下で寝転がって空と眺めて
時をすごしたら、

もしかしたら、少しは楽な気持になるかもしれないな。

でも、私の心は一日雨だろうなあ・・・


2003年03月21日(金) とうとう始まってしまった

とうとう、戦争になってしまった。

TVではまるで映画のワンシーンのように、空爆の様子が
流れている。

今朝未明にはバグダッドへの攻撃を始めて遂に地上戦に
なった。

地上部隊がイラクの町に侵入して、制圧したとのこと。

このアメリカの攻撃が通用する理由はない。

何故?

今こうして、攻撃をするのか?

アメリカは大国の権利、世界一であるという誇りで
まるで、昔の戦略戦争のような形を取っている。

勿論イラクのフセイン大統領に原因があるし、
イラクの大量の核兵器の所持が一番の原因であるのも理解できる。

しかし、もう少し違うやり方もあったのではないか?

世界平和という大義名分の下に攻撃を始めたアメリカが許せない。

一昨年のテロから、アメリカ否ブッシュ大統領の頭の中には
報復しかないような気がするのは私の偏見だろうか?

人と言う字は人間と人間がお互いに支えあって生きていく
ことを意味している。

世界中の恒久平和を願う人は悲しい心で過ごしているに違いない。

仲良くするということは難しいのだろうか?

勿論小さな集団である家族でさえ、心のすれ違いや意見の違いで
喧嘩をするのだから、
これが大きな単位である、国と国との問題になると
円満解決はなかなか困難であるということも分る。

でも、

でも、

でも・・・

イラクやイラク周辺の住んでいる人には何の罪もない。

戦争は必ず犠牲者が出る。

この犠牲者の命の重さをアメリカ、ブッシュ大統領はどう思って
いるのだろうか?

この戦争がもたらす結果は、良いものなのだろうか?

この戦争に参加しているそのほかの国の本心はやはり同じなのだろうか?

「正義の名の下で行われる戦争」は誰が考えても
納得のいく正当な理由がないといけないと思う。

日本は安易にアメリカを支持している気がしてならないと思うのは
私だけだろうか?


2003年03月20日(木) 美容院

今日は、2ヶ月に1回のカットとカラーをしてもらいに
松山のいつもの美容院へ行ってきた。

私はいつも疑問に思うのだれど、
人のことを美人だとか、そうでないとか、
ハンサムだとか、不細工だとか言うのは
一体、何を基準にして言うのだろう?

美意識というものは、個人個人で違うと思うし
美的感覚も違っていると思う。

確かに、人と人が出会ったとき、相手がとても美人だったり、
ステキな人だったら、第一印象は良いと思う。

見合いはしたことがないので、あまり分らないけれど
釣書きと一緒に持ってきてくれている写真を見て
見合いをしようかどうしようかと決める人もいると思う。

だから、初めて会ってその印象が良いと、得をしたことに
なるのでは?

所謂「面食い」の人は、相手の性格がどうであれ、まず顔を見て
綺麗だったり、魅力的だったり、男前だったりすると
飛びつくのではないかな?

顔の良い人が必ずしも性格が良いとは限らないし、
又反対に、不細工でも心根のとても良い人はいっぱい居る。

美人やハンサムな人はそれだけで、他の人より何となく
得した気分がするかもしれないが・・・

私は心美人になりたいと思うな。

心を磨いて、私がいるだけで、その場の雰囲気が柔らかくなって
人を和ませてあげることが出来る、そんな人が本当の美人だと
思うな。

どんな女性は一応化粧をするのが一般的だ。

中には「いいえ、私は素顔で勝負」と思っている人も
いるかもしれないが、
年頃になると大体の人が自分の顔や化粧や
スタイルや・・・気にしだす。

私の娘は今年中ニになるのだが、最近はファッション雑誌を
見たり、お洒落の本を買ってきて見たりしている。

小学生の時には、そんなことには全く興味もなくて
平気で居たのに、
最近は私が選んだ服には文句をつけるし、
美容院へ行っても、自分でこうしてほしいと言うようになった。

本当にこれには吃驚、\(◎∠◎)/オウ〜ビックリデース

やはり、少しずつ女の子としての美意識や
自分がああいうふうになりたいとおもう欲が出てきたようだ。

私の母は5月で満82歳になるが
娘の私から見ても、とてもお洒落にうるさい人だ。

これがずっとずっと昔なら、82歳の女性は完全に
お婆さんだろうに・・・

母は贔屓目に見なくてもその年齢には思えない。

若い頃は相当の美人だったと親せきから聞いたことがある。

私の小さい頃に参観日に来てくれていても
私は鼻が高かった。

友達も「お母さんは美人だね」と言ってくれていた気がする。

その母は今日も私と一緒に行ったのだけれど、
やはり髪のことや、ファッションのこと、顔のことなど
とても気にしているのが分った。

変な意味ではなく、本当に女性はいくつになっても
自分を綺麗に見せたいと思う欲が絶対不可欠だ。

母は白髪染めの後で、パーマをかけていた。

母は着るものにもとても気を配っているので
外出の時は得に気をつけてお洒落にしているようだ。

私も母を見習って、今以上に綺麗になりたいと思う。

そして、もし美容院で綺麗になって帰ったら
夫は見知らぬ振りをするのではなくて
「綺麗だね、似合うね」の言葉をかけて。欲しい

夫婦閻魔のコツは「食事を褒めること」
そして、美容院から帰ってきた妻を心から
「綺麗だ,よく似合う」の言葉を言ってみたら
どうだろう。

きっと、喧嘩をしていても何となく仲直りが
出来るのではないかと思う。

(・_・?) ン?のだけれど・・・・


2003年03月19日(水) 何故?戦争・・・


戦争になるだろう。

アメリカのイラク攻撃まであと25時間になった。

アメリカのイラクへの攻撃は回避できないものになってしまった。

昨日最後通告をしたことに対して、イラクのフセインはその
通告を拒否した。

これは皆が想像していた通りだけれど、何故アメリカは
早急に事を決めるのだろう?

何故?

戦争が悪であることは皆知っているはずだ。

戦争は何も生まないのも分っている。

なのに、何故にアメリカは戦争を選ぶのだろう?

勿論、イラク支持するつもりはない。

しかし、国連の安全保障理事会の努力にもかかわらず、
その成果がなかったのが残念だ。

今朝の新聞にGLAYのTAKUROの意見広告が載っていた。

彼が作った詩と共に、戦争反対の気持を訴えたものだ。


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誰にも奪えないものがある。


彼らの家族を、

彼らの恋人を、

彼らの親友を、

彼らの故郷の青空を、

彼らの思い出の名所を、

彼らの笑顔を、

彼らの希望を、

彼らの夢を、


そして彼らの新世界を。


[CHILDREN IN THE WAR]

戦争はすべてを奪ってしまう。

そこには理由はない。

そこには正義はない。

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昨日は人間の盾になるために若者が20日にイラクへ向かって
出発すると言っていた。

今日本人は5人行っているとか。

アメリカ人の一人は、ブルドーザーにひき殺されたと聞く。

人間の命は地球よりも重いと言った人が居る。

命は何もかえがたいものだ。

日本ではあの原爆で10万人が死んだ。

東京大空襲でも10万人が死んだ。

もう戦争は絶対に嫌だと皆思っているにちがいない。

日本は憲法で永久に戦争はしないとしているのに
あの9条が無になる可能性もあるのではないか?

日本のとる立場は、小泉首相の取った、アメリカ支持で
良いのだろうか?

戦争は悲劇である。

何も罪のない子供たちの未来を奪う権利のあるものは居ない。

戦争と平和は裏返しである。

平和を願いながら、戦争を選ぶのは何故だろう?

アメリカがオールマイティではないはずだ。

日本の立場が苦しいことは理解できる。

でも、

でも、

でも・・・


今度の選択は間違っているのではないだろうか?

日本は世界で唯一の被爆国である。

もっと違う行動に出るのが本当ではないかと
私は思う。


2003年03月18日(火) 春のお彼岸

今日は春のお彼岸の入りだ。

「暑さ寒さも彼岸まで」と言う言葉があるように
やっと冬の寒さから抜け出ることが出来そうだ。

家の周りの庭には白木蓮が花を咲かせ、
沈丁花の香りがしてくる。

土手には菜の花が満開、南向きの地面からは
可愛いつくしが頭を出している。

「ああ〜〜春なんだな・・・」と思う。

お彼岸は秋にもあるけれど、昔は春のお彼岸の方が
重要視されたとのこと。

生きているものたちが、この一週間の間に
自分が今生きて行っている行動が
果たして良いものなのか、それとも反省しなければ
ならないものなのかを考える期間だそうだ。

人はこの世に生まれてきた以上いつかは死を迎える。

死だけは自分の力ではどうしようもないことだ。

勿論毎日の過ごし方を気をつけて、元気で生きていくことは
できる。

だからこそ、病気にならないように気をつけて生きている。

風邪をひいただけで、なんとも言えない体のだるさを覚え
大病になったような気もする。

病は気からの言葉どおり、気力は体力の元である。
少しでも病気にならないようにと心がけることも
大事だし、もしも病気になっても気力だけは負けない
ようにしたいと思う。

人は死んだら何処へ行くのだろう?

私は小さい頃にお寺に行った時に本堂の天井に地獄絵を
見てショックを受けたのを覚えている。

怖かった・・・
本当に恐怖を覚えた。

人が閻魔様の前で拷問を受けている絵を見た途端
泣いてしまった。

母は「これは人に悪いことをしたらいけないということを
言い聞かせるために描いているんだ」と言って、私の
心を少し楽にしてくれた。

小さい頃は悪いことをした人は必ず地獄に落ちると信じていた。

地獄の反対が極楽だと聞いてその極楽図を見たとき
とても楽しそうで皆が喜んでいる様子に安心した。

私は「そうだ、私は絶対に地獄ではなく極楽に行こう」と思った。

地獄と極楽についての話を聞いたことがある。

それは次のようなことだ。

地獄とは、どんなに恐ろしいところなのか?
極楽とは、どんなにすばらしいところなのか?


じつは、地獄でも極楽でも、みんな同じように長いお箸を持って食事をしているのだという話がある。

地獄では、その長いお箸を使って、食べ物を自分の口に運ぼうとする。
しかし、お箸が長すぎて、食べ物を口に入れることができない。
みんな口に入れようと必死になっているが、一口も食べられずに
苦しんでいる。

 極楽でも、同じように、長いお箸を使って、食べ物を口に運んでいる。
ただし、こちらでは、自分で食べようとするのではなく、
お向かいの相手に食べさせてあげるのだ。
食べさせてもらった人は、お返しに相手の口に食べ物を運んであげる。
こうして、お互いに食べさせあうことで、楽しく食事をしているのだ。

結局、  自分の利得だけを考えて行動すると地獄。

他人のことを思いやって行動すると極楽。

地獄と極楽、それはどこか知らない遠いところにあるのではなく、
私たちの心のなかにあるのだということである。

お彼岸を迎えて、私達も日頃の自分のことを振り返って
考えてみる必要があるような気がする。





2003年03月17日(月) 復活

皆に心配をかけてしまって本当に申し訳なく
思っている私。

今日から復活、よろしく!!

それにしても、人間の体は自分だけの力では
どうにもならないのだと、つくづく思った。

さっきまでなんともなかったのに、急に具合が悪くなる。

そして、それまでできていたことが出来なくなるんだから
不思議だし、怖いなあって思う。

これからは無理をせず楽に自分の楽しみでやっていこう。

今度という今度はそれが一番だと気づいたから・・・

そして、友達のありがたさを痛感した。

励ましや優しい言葉をもらったからこそ、こうして再開できる
のだということが、身に沁みて分った。

人間は一人では生きて行けない。

いくら誰にも迷惑もかけていないし、誰の助けも受けていないと
思っていたとしても、それは大きな間違いだ。

人という字のごとく、お互いに支えあって今自分は生かされて
いるのだから。

本当に心配してくださった人たちに心からの「有難う」を言いたい。

「°・:,。★\(^-^ )♪ありがとう♪( ^-^)/★,。・:・°」

明日は春のお彼岸の入りだ。

昔から言われている「入り花は立てるな」に従って
母は今日にはお墓参りに行きたいと言っている。

私の体調も良くなったことだし、今日は母と一緒に
実家のお墓へお墓参りに行こう。

こうして母と一緒に行動できる喜びを味わっている。

母の居ない私の生活は想像したくない。
だから、もうなるべく考えないようにしたい。

娘の通う中学の卒業式が今日ある。

巣立つ春だ。


お墓の修復工事も25日から始まるし
春の始動だ。

頑張らず、無理をせず、楽しく、前を向いて
生きていこう!!


2003年03月13日(木) お休み

昨日の夜から、又、昨年の秋と同じ症状が出てきて
昨日は早くから休んだ。

原因は分らないけれど、頭のフラフラと胃のムカムカがひどい。

今の状態ではHPやメールも出来ないので、当分PCは休むことにした。

又元気になったら、見てもらおう。

それまで,(*^o^*)サ(*^_^*)ヨ(*^O^*)ウ(*^_^*)ナ(*^O^*)ラ


2003年03月12日(水) 母親失格

ああ、

ああ、

ああ、

ああ、

ああ、

ああ、

今の私の心は真っ暗だ。

闇の中だ。

後悔と悔恨でいっぱいだ。

母親失格、

生きていても仕方ないよ。

死んだらって私の中のもう一人の私がささやいている。

何であれほど決めていたことができなかったの?

何であんなことを言ったの?

私は駄目な母親だ。

娘の気持なんか分ろうともしない
自分勝手な母親だ。

もう駄目・・

娘はどんなに心が痛んでいるだろう?

私を憎んでいるだろう?

仕方ないね、それほどのことを言ったのだから・・・

あんなことを言ったのが間違いだった。

心の中だけにしておけば良かった。

なんで口に出したのか?

娘の気持は今どんなのだろう?

登校はしたけれど、きっと嫌な気持で一日を過ごしただろう。

ああ

ああ

ああ

ああ

ああ

ああ

ああ

ああ

もう駄目だ。

私は母親失格だ、否人間失格だ。


2003年03月11日(火) 将来の不安

「今頃の若い者は・・・」と言うと何か私が
お説教おばさんに思われるかな?

でも、ちょっと、聞いて!!

昨日お昼に近くのうどん屋さんに行って
お昼を食べたの。

うどんが来るまでに時間があったから、
私の周りのテーブルで、先に食べてる人を何気なく
眺めていたの。

そうしたらね、うどんを食べている人たちが何か変なんだ。

どうしてかな?って思いながら尚見ていると
分ったの。

何が変って、「箸の持ち方」が変だったのよ。

2人は友達なのか、家族なのか分らないけれど
とにかく2人共まともに箸を持ってないの。

所謂「握り箸」で食べてるのよね。

あれって実際食べにくいのじゃないのかな?

だって、握っているわけだから、箸で挟むことが
できないと思うのよね。

あまりじろじろと眺めるのは駄目だと思いながら
やはり、気になって仕方なくてずっと見ていたの。

そしたら、彼らは彼らなりの食べ方で
ちゃんとうどんを食べることはできているの。

でも箸に引っ掛けて、口まで持っていっていうような気がしたよ。

最近の子供の中でちゃんと正しい箸の持ち方の
出来ている子は本当に少ないと思うよ。

私は自分で言うのは変だけれど
箸の持ち方は綺麗だと思ってる。

だって、小さい頃に父にいつも厳しく躾けられたから。

小さい頃は、一応父は厳格な人だったので
箸の持ち方や、ご飯の食べ方にはとてもうるさく言われたの。

あの頃はまだ何も分らなかったから、
うるさいなあとは思いながらも、反抗することはしなくて
言われるように気をつけていた。

だから、今こうして偉そうなことが言えるように
なったんだから、父には感謝しないといけないな?って
思ってる。
♪♪♪ d(⌒O⌒)b♪♪♪サンキュ

こういうことを思っているのは私だけではないみたい。

先日の新聞を見ていたら、誰かもこぼしてた。

正しいエンピツの持ち方が出来ている子が少なくて
それは箸の持ち方が、正しく出来ていないからだって。

私も本当にそうだと思うよ。

正しい箸の持ち方で持つと、上バシの持ち方が、ほぼ
エンピツの正しい持ち方と同じだから
箸を正しく持てない子は必然的にエンピツも正しく
持てないということね。

私の娘はね、箸はちゃんと持っているのよ、
でも、エンピツの持ち方が本当に変なの。

親指が人差し指の上にかぶったような持ち方を
しているの。

私はそれに気が付くたびに注意していたのだけれど
私の居ない所で小さい頃にお絵かきをしていたときに
変に持ちはじめたみたい。

正直娘の持ち方を見たときにはショックだった。

すぐに直させたのだけれど、言ってるうちに却って
反抗するようになり、喧嘩になりながらも
言ったのだけれど、結局はエンピツを変に持つように
なってしまったの。

たまに、参観日で学校へ行って授業を見ていても
一人一人のエンピツの持ち方が気になって気になって・・・
観察してた。

結果は、てのひらで握る子、エンピツのおしりを前に倒す子、
親指と人差し指で摘む子など、本当に色々な子が居て
吃驚したわ。

デパートで送り状に書いている人の中にも
正しくペンを持っていない人が目に付いてね。

最近は垂直に持った人や、ひじを前に出して手首を返すだど、
本当に不思議な持ち方をしている人が居る。

ちゃんと持てない子を見ると、親のしつけがなってないと
思うから、私は娘のエンピツの持ち方=私のしつけのなさと
思って恥ずかしい思いをしてる。

日本人にとっての昔からある食べ物が段々と消えていって、
今は手で直接持って食べるものも多くなっているし
箸の代わりに先割れスプーンなるものの出現で
若い人に箸を持たなくても良い食生活が多く
なったからかな?

魚の骨を自分でみれない子が多いようだけれど
これも親が自分でささなかったからだと思う。

この間なんか、TVのドラマのワンシーンで
大の大人が「魚の骨を取って」と奥さんに頼んでた。

吃驚してね、コリャなんじゃと思ったわ。

これからの日本人でちゃんと箸やエンピツを持てる人が
居なくなるのではないかと、心配よ。

日本の教育のゆがみが生活の中の食事のゆがみにまで
影響していることを思うと、本当に怖いな。


2003年03月10日(月) 「早起きは三文の徳」

昔から「早起きは三文の徳」と言う言葉がある。

「三文の得」だと思っていたのだけれど、本当は「三文の徳」の
ようだ。

今までは得するんだと信じていたのに・・・
50歳になるまで、本当に知らなかったことが恥ずかしい。

どちらにせよ、早く起きることを良いことだと言ってる
ことには違いないから、まあ良いか!

私は早起きである。

他の人がまだ皆、暖かい蒲団の中でいい夢を見ている時間に
起きる。

いつもは4時半起床の生活をしている。

何故?と聞かれると、習慣だから・・・が答えかな?

確かに、今ごろの寒い時期は、もう少しこのまま
蒲団の中に居たいと思う。

でも、敢えてその心をあっちへやって、思い切って
起きるのである。

寒いよ、本当に今朝はまた寒かった。
まるで冬だった。

部屋は当たり前だけれど冷たく冷え切っている。

ファンヒーターのスイッチをオンして着替えるのだけれど
母曰く「この寒い時期に、着替える時、暖房をしないで
冷たい空気を肌に感じるのが体に良い」。

えっホント?!

嘘!!

信じられない!!

でも、昔の人は今のように部屋全体を暖かくするものは
ないし、朝は皆「エイヤ!!」の気合で
起きて着替えていたはず。

又、乾布摩擦が良いと聞いてる。

この寒い時に私が裸で、タオルでせっせと乾布摩擦をしている
姿を想像すると、笑ってしまいそう。

えっ?
している人には失礼。

喘息が治ったとか、風邪をひかなくなったとか聞くと
この朝の冷たい空気を肌で感じ
尚、乾布摩擦をして、体を鍛えるのは良いのかなとも思える。

でも、

でも、

でも、

私のように心臓の悪いものは、温度の差が一番からだに
悪いと言われているので、今のこの寒い時期に
素肌に乾布摩擦は
ちょっと・・・・
したくない。

まあそう言いながら、段々と部屋も暖かくなり
動きやすくなるから、もう少しの辛抱だ。

4時半に起きてまずポットに水を入れて湯を沸かす。
次に顔を洗って、鏡の前に座る。

化粧をするのだ。

化粧と言っても、簡単なもので、ごてごての化粧が
大嫌いなので、素肌感覚の化粧をする。

口紅だけ後にしておいて、台所に向かう。

朝食の準備は勿論、出来る時は晩御飯の準備もしておく。

この朝の2時間は昼間の2時間の数倍の価値のある時間だ。

自分でも時々、「私ってすごーい」と思う。

今していることの次のことやその次のことと
頭はフル回転。
確かにこの時間の私は天才!!

d(-_^)good!!

4時半に起きて、2時間後の6時半には大体のことは済んでいる。

洗濯は台所のことの合間にやって、今ならファンヒーターの
前に干すと、数時間たつと乾いているし、
空気の乾燥も防ぎ、一石二鳥である。

娘や夫が起床する時間には、私の一日の仕事の半分は
終わっている。

気持の余裕も生まれるし、自分で自分を納得できるのが
一番嬉しい。

早起きが良いっていうことを感じて実践した人の言葉を
前に何かの本で読んだ。

確か・・・

サッカーのイタリアチームの「ベルージャ」のオーナーの
ガウチ会長だったと思う。

彼は零細な清掃会社から身を起こし、今のように成功して
財を成した人だが、
彼は成功の秘訣はと聞かれて「人より、ちょっと早起きしただけ」と
答えていたそうである。

又、マイケルソフト社の「ビル・ゲイツ」も同じことを言ったそうな。

日本でも昔から「早起きは三文の徳」と言う言葉があるけれど
現代にもそれは通じるのだと思う。

人より1時間早く起きるだけで、驚くほど余裕が生まれる。

一日24時間が25時間に過ごせる。

私のように朝の仕事を片付けて後の時間を有意義に過ごす
ことも出来るし、
朝のその早起きした一時間を好きな本を読むことに当てる人も
居るだろう。

私の友人は早く起きて一寸の時間、ピアノに向かっていると
いう話を聞いた。

日中は仕事や雑事で出来ないことも朝早起きした時間に
できるのだ。

又何かをするのではなくて、ぼーっとした時間に
するのも良い。

心を鎮めて落ち着いた気持で、今の自分にある問題を
考えるのも良いと思う。

こうすることで、一日中時間に追いかけられる生活を
しなくてすむかもしれない。

「心の余裕」が生まれると思う。

だから、私はこれからも朝、早起きして、自分のための時間を
過ごそうと思っている。

今はちょっとさぼっているけれど、いつもの朝の30分コースを
歩いてみようとも思っている。

皆さんも朝少しだけ早起きしてみませんか!!




2003年03月09日(日) 今を生きる

誰でも昔のことを懐かしみ、思い出すことはあると思う。

私も、昔の楽しかった思い出に浸っている時がある。

何故かな?

今までにいろんなことがあったのに、辛く苦しいことは
思い出しても前の辛さや苦しみではないのに気づく。

確かに辛く苦しいことであったのは事実、
でも、思い出すとその時と同じ辛さや苦しさを感じない。

反対に楽しかった思い出を思い出すと、
その時に感じた楽しさや幸福感の何倍もの
嬉しさになっているのだ。

初めて好きな人と会ってデートしたこと、
彼と彼女の関係になって、
初めてのキスをした時の恥ずかしさと嬉しさが
今思うとあの時の100倍くらい楽しくなってくる。

どうしてだろう?

きっと神様が苦しいことは忘れさせてくれているのだろう。

そして、楽しかった思い出は今に繋げることができるように
昔以上の楽しさにしてくれているのかもしれない。

こういう風に考えていると、私が経験した様々な思いは
今の私という存在にしっかりと繋がっているのだと
つくづく思う。

人は過去には戻れない。

どんなに偉い人でも、お金持ちでも、名声のある人でも
過去に戻ることはできない。

「バック・ツー・ザ・フューチャー」という映画のように
過去に戻ることができるのは無理だ。

そして、未来へ行くこともできない。

結局人は今というこの一瞬にしか生きていないのだと
いうことができる。

こうして書いていても、この今打っている字が画面に
出るとそれは過去になる。

そして、過去と今がこれからの未来に繋がっているのだ。

母が良く言っていた「今日を無事に過ごすことが一番、今日が
無事に過ごすことが出来ればそれで良い」の言葉の意味が
分ってきた。

今日と言う日は明日になれば過去になる。

だからこそ、今日を大事に生きるということが明日への一歩としての
大事な意味を持っているのだ。

済んだことをくよくよしていても仕方ないと思うのも
済んだことはどうすることもできないからである。

もしやり直しがきくなら、人はこれほど今を大事に
しては生きていかないだろう。

やり直しがきく人生なら、失敗もやり直せて良いように
思うけれど、
いつでも過去をやり直すことが出来るという
安心感のために、
今、この現在を懸命に生きることの意味が
なくなってしまう。

今を生きることの大切さ、それは人が過去に戻れないと
いうことから生まれるのだ。

そして、今を大事に生きることは目の前にある未来を
作ることだ。

私はいつも振り返ることばかりしてきた。

嫌だったことや、辛かったことに心を捉われていて
その捉われで自分自身を苦しめてきていた。

二重三重の苦しみに自分を置いてきていた。

でも、

でも、

でも・・・

自分を楽にしようと思うなら
もう、済んだことに拘らなくしないと、
やり直せないことに捉われないようにしないといけない。

数日来のあの胃の痛みも今この一瞬へ繋がっていたのだと思う。

あの痛みはもう過去のこと。

今、あの痛みを感じないと言うことは今が未来へと
繋がって未来は痛くないということなのだ。

あの痛みを辛抱し、きちんと受け止めてやることが
できたから、今があるんだと思う。

もう振り返るのはやめよう!!

自分の未来に向かって今を大事にして行こう!

今を生きていくんだ!!


2003年03月08日(土) 意欲について

人は誰でも何かに向かって生きていると思っている。

その何かが大きいか小さいかの違いはあっても
この世に生を受けてきたのだから
何かに意欲を持って歩いていけたら良いなあって思う。

でも、おとといからの胃の痛みが続いていると
この意欲ってものが無くなってしまっているのを感じる。

あれほどピアノが好きだから自分の夢のショパンの
「別れの曲」を弾けるようになろうと思っていたのに・・・

何でだろう?

バッロク音楽の勉強ももう一度したいと思っていたのに・・・

何でだろう?

「ああ、これがしたい、これに向かって生きて行きたい」と
思えるのは、心も体も元気でないと出ないのだろうか?

でも、意欲がないと簡単に言って、何もかも諦めるのは嫌だ。

出来なくても良い、
叶わなくても良い、

自分が自分のしたいことや目標に向かって歩いて行くことが
大切だと思う。

「もう、年だから・・・」と言う言葉を言う人が居る。

確かに、若い人とは違って、自分にとっての残りの時間を
考えると、もう何もやる気がしないと思うこともあるだろう。

でも、何歳になっても自分のしたいことや夢に向かって
生きていくことは大切なことではないだろうか?

この前に書いた三浦さんという99歳のプロスキーヤー
の話もそうだ。

又著名人でなくても、一生懸命に生きて行っている人が
居る。

なんでもそうだけれど、逃げてはいけない。

逃げるのは簡単だから、
何か困難なことにぶつかると人は逃げ出そうとする。
何を隠そう、私がその典型だ。

今までも何か嫌なことがあると直ぐに逃げていた。
逃げるのは簡単、諦めれば良いのだから・・

でも・・・

でも・・・

でも・・・

逃げていては何も始まらない。

何でも良い、一つで良い。

夢を持って意欲を持って
逃げないで前を向いて歩いていきたい。

残された時を死ぬ時に「ああ〜幸せだった」と思える
人生にしたい。

私の叔父はいつも投げやりな人生の歩き方をしてきた。

折角、恵まれたものを持っていたのに
自分からそれを捨ててしまった。

何処で死んでも良いと人生を諦めてしまった。

今は寝たきりになっている、まだ若いのに・・・

叔父のことを言っている場合ではない。

私自身が叔父と同じ道を歩みそうだから・・・

意欲を失わないようにしたい。

何にでも向かっていける勇気が欲しい。

諦めるのはやめよう。

スランプの時には立ち止まり
やる気が出るまで待とう。

もう春もそこまで来ている。

私の人生の春もそこにあるはず、私に出来る限りの
努力をして、少しでも納得のいく人生を歩いていきたい。

この胃の痛みが治ったらきっと私にも意欲が
出てくると信じて。


2003年03月07日(金) 痛みパート��

昨日の胃の痛みから一夜明けた。

昨夜は熱も出だして本当にしんどかった。

「胃潰瘍の胃穿孔」と心配してくれた友も居たけれど
もしそれなら、もっともっと痛むだろうし、
吐血もするかもしれないから、
私の場合はそうではなかったと思う。

今朝は痛みは少なくなってはいるものの、やはりじわじわと
痛みの満ち引きが始まった。

昨夜は9時頃から休んだけれど、痛みがあって
なかなか寝付かれず、結局眠りについたのは
12時になっていた。

痛みは人を変える。

勇気がなくなった。

元気もなくなった。

もうどうでも良いと言う気持が現れた。

誰かを恨みたい気持が出てきた。

もし、こんなときに愛する人が側にいてくれて
看病してくれたら、同じ痛みもその感じ方が
変わっていたのではないかと思う。

同じ屋根の下に住みながら、まるで他人ごとのように
私のことに無関心な家族。

こんな家族なら要らないと本気で思う。

昨夜帰宅した夫は、私を見ても一切何も言わなかった。

普通言うよね?!

「痛みはどう?無理をするなよ。」と言う言葉くらい
言ってくれてもばちは当たらないと思うのだけれど・・・

私がちょっと横になって休んでいると
娘は「お母さん寝よん?良いなあ・・」。

まあ私のことに無関心でいる夫よりは
娘の方が少しはましかな?

私が心臓が悪くて無理を出来ない体だと知っているはずなのに
いつも、寝込まないで家事も育児もしていたから
夫は私のことを健康体だと思っているのだろうか?

そりゃないよ!

私は、毎日一生懸命にやってるんだ。

無理を分っていてやっているのに・・

それが17年間一緒に暮らしていて分らないの?!

本当に私が今この家に居る価値って何?

唯の女中さん?

夫は外で働いて稼いできてくれる。

確かに明日食べる物が無い、娘の学校で要るものが買えないと
言う経験はしていない。

これは本当にありがたいと思っているし、給料をもらう時には
「有難う」という言葉を言っている。

それなら、私だって夫や娘のために家事をしているではないの?

日曜祝祭日は全く無い、年中無休の家事をこなしているのだ。

家族の食事、健康、お金の管理、掃除、教育、付き合い等々・・・・

私一人でやっていると言っても決して過言ではない。

私がするのが当たり前になっているから、私の存在価値なんて
分らないのだろう。

私が寝込んで、入院でもすれば少しは分るかな?

主婦は病気ひとつ安心してできないのかと思うと
本当に情けない。

元気な時は、少々のことには我慢できるし実際している。

ここまで文句が言いたくてもぐっと我慢して飲み込んでいる。

娘のことでも、心の中では本当に腹が立っていても
私が何か一つ言うとそれに対する反抗が凄いのを
分っているから、私は我慢している。

前に我慢と辛抱は違うっていうことを書いたけれど、
我慢はホントいつかはその糸が切れて
爆発するものなのだと実感している。

「言うまい、言うまい」と思いながら
毎日を過ごしているのだけれど、
私がこうして痛みと戦っている時ぐらい
少しはやさしい言葉一つ言ってくれても良いじゃあないのと
言いたい。

昨日よりは痛みは和らいでいるけれど
心の痛みは昨日よりはひどくなっている気がする。

体の痛みと心の痛みはどっちが人間にとっては
苦しいものなのだろう?

肉体的な痛みは、その傷が治れば次第に痛まなくなる。

でも、

でも、

でも・・・・

心の痛みはそうはいかない。

心に大きな傷を負ったら、その人の一生をかけても
癒されずに、苦しみ続けるのではないか?

今こうして書いている時にも痛みは波のように打ち寄せてきた。

しばし休止。

息を詰めてじっとして、その波の引くのを待っている。

痛みが弾くと不思議にも、何でもできるのになんて思える。

本当は今日は人と約束事をしていた。

でも、この状態では約束を果たせないのでキャンセルしてもらった。

本当に悪いとは思うけれど、仕方ない、謝って済むなら
延期にしてほしいと言った。

機嫌が悪くなっていたかなとも思うけれど、今日の私には無理だ。

こういう体調の悪さは一年に数回訪れる。

3ヶ月に一回くらい、休まないといけない状態になるのは
何でだろう?

神様が私を無理させないために病気を作って
休ませようとしているのかな?

もしそうなら、それをありがたいことだと思わないと
いけないのだろう。

体の痛みも心の痛みも、きっと神様が私に与える
休息の必要性と、自分の心を見直す機会なのかもしれない。

明日には良くなっていると思うのだけれど・・・


2003年03月06日(木) 痛み

人間にとって一番の苦痛は痛みであると聞いたことがある。

苦痛と言う字も見ても、痛みは苦しいものであることは
誰にでも分る。

今朝、私がいつものように4時半に起床し、
朝食の支度をしていたとき、突然、本当に唐突に
その痛みがやってきた。

胃に穴が開くのではないかと思うくらいの痛み、

言葉では言い表せないほどの痛み、

吐き気を伴う痛み、

数字で表したら10の中で9か、10の痛み。

今まで私が経験した痛みベスト3は
�仝綮困猟砲漾�
 (私は娘を帝王切開で出産したので、所謂陣痛を
  知らない。
  TVで見る、本当に命がけの出産のあの痛みは
  知らないのである。
  でも、出産後、子宮が元に戻るために収縮を
  しはじめて、はじめてあの痛みを経験した。)

�∪戸�痛
 (私の若いころ、特に高校の時、生理痛がひどかった。
  顔は真っ青、もう授業を受けることなど出来なくて
  早退したこともある。
  これは年をとっても和らぐことがなくて
  痛みに耐え切れず、痛み止めを飲んでいた。

  その痛み止めが、胃に影響して、具合が悪くなる
  ので、最近までは座薬を使っていた。)

��歯の痛み
  (これにも私は悩まされた。
   体調が悪くなると必ず歯茎が腫れてくる。
   肩の凝りがひどいときにも起こる。
   肩の凝りがひどいから、歯茎が痛むのか
   歯の痛みで、いらない力が体に入って
   肩が凝るのか・・
   分らない。
   でも、歯の痛みは頭にも響いて耐えられない
   痛みであることは確かだ。

でも・・・

でも・・・

でも・・・

今朝の胃の痛さは、上の痛みに肩を並べることが
出来るくらいの痛さだった。

立っていられなくて、
朝食の準備の途中で、ベッドに倒れこんだ。

カイロをお腹に貼ってみても変わらない、
体をくの字にして、あんかをお腹に当てて
横になっていた。

30分ほど横になっていたら、少し楽になって
支度の続きを終えて無事に夫や娘の朝食時間には間に合った。

少し楽になったと思うと数分して又痛みが襲ってくる。

まるで、海岸に波が打ち寄せては引き
また打ち寄せるといったように
痛みが襲ってくる。

痛み出すと息もできないので、腹式呼吸をしてみた。
「はあ、はあ」」息を大きく吸って吐いて、吸って吐いて

これをしていると痛みが少し楽になる。

この今の楽になっている時間が貴重な時間。
痛みは又いつ襲ってくるか分らない。

だから、その痛みの来ないわずかな時間に
動いて、掃除もしたし、ご飯の支度もした。

今こうしてPCに向かっていても何度その痛みが
襲ってきたか。

自分のHpの更新だけはしたいと思って
今書いているのだけれど・・・

でも、聞いて!!

それにしても、家族って冷たいものね!!

私は寝込むことはめったにないので、
いくら心臓が悪いと知っていても、普段は私のことを
気遣ってくれることはない。

しかし、

しかし

しかし・・・

今朝は私は本当に苦しかったんだよ。

この痛みは救急車を呼んでくれてもいいくらいの
痛みだったんだよ。

私が娘と夫に、今朝どんな状態だったかを話しても
反応はゼロ。

娘はちらっと私の方を見た後で、自分の支度で
ないものを、私に取ってくれと言った。

「ああ〜〜〜情けない・・・・・」

まあ、心の中では心配してくれているのだろうと
良い方に思おう。

夫も出勤する時に、娘と同じように
私の方を見て、黙って出て行った。

ホント、これは何?

娘は自分がしんどかったり、どこかが痛かったりすると
本当に大げさに、私に訴えてくるのだ。

私が心配をして「ああだ、こうだ」言うのが
当たり前になっているから、
たまに、ちょっと言葉が足らないと、
「お母さんは冷たい、鬼だ」とのたまう。

自分の痛みを私にどうにかしてもらいたいなら、
私の痛みも心配しなよ!!

それが家族だろう!!

娘はまあいい、でも夫の態度にはむかつくよ。


私は胃がもしかしたら破裂するのではないか?と
不安もあり、痛みで声も出ない状態だったのに・・・

もういいや。

家族を当てにするのはやめよう。

自分の体は自分にしか分らない。

これからは、もっともっと私自身を愛して労わってやろう。


2003年03月05日(水) 参ったな。

今朝はとても情けなく腹立たしいことがあって、
嫌な一日のスタートだった。

それは、娘のこと。

書けば結局愚痴になるのだけれど・・・

今朝、いつものように6時15分に「起き!!」と
起こしに行った。

毎度のことながら、一度で起きた試しがない。

だから、今度は35分に再度起こしに行った。

すると「私は5時半に起きるつもりだった、今日はテストが二つも
あるのに、何で起こしてくれなかったの?」という娘。

私は「起こして欲しいと聞いていなかったから
起こさなかった」と言った。

そう言えば、昨夜私はもう寝ていた時間に、娘が
「明日からはもうPCで2チャンネルは見ない、漫画も読まない」と
言っていたのは聞いていた。

「誓約書を書いた」とも聞いた。


多分テスト勉強をしようと思いながら
PCに時間を取られて、思うようにできなかったのだと思う。

だから、自分では明日の朝早く起きてテスト勉強を
するつもりだったのだろう。

そんなことは私は全然知らなかった。

まだ10時ごろ、私が寝ようと思っていた頃は
PCをしていたので、
私は「いい加減にやめて早く寝なさいよ」と言った。

その時に、もしも今日テストがあると私が知っていたら
私のことだから、もっと強く「やめなさい」と
言っていたはず。

本当に知らなかったから・・・テストのことも
今朝起こすなんてことも・・・知らなかった。

すると泣き出してなんと「今日は学校へは行かない」と
言うではないか。

私は自己弁護ではないけれど、話の筋の通らないことが
嫌なので、ちゃんと話をしたのだ。

でも・・・

でも・・・

でも・・・

娘には正論は通らなかった。

私が生み育てたのだから、誰に何も言えないのは
知っている。

我儘なのも、何でも人のせいにすることも
皆私の育て方が悪かったから・・・

だから、私がいけないのだ。

でも・・・待って。

何か変。

今朝のことって私の所為?

違うよ、絶対に違うよ。

もう中学二年になろうとするのに
これはないよと言いたい。

娘が一番悪いのだということは自分でも分っているのかも
しれないけれど、私に怒りを向けるのは可笑しいよ。

だから、朝食を取っていた夫に「どう思う?」って
聞いてみた。

こんなときこそ男親なら、一番正しいことを言うのが当たり前だと
思っていた。

なのに・・・

なのに・・・・

なのに・・・

夫が言ったのは「お母さんがやかましい」の一言だけだった。

これがまた私には厄介なことなのである。

夫が娘が生まれてから一度も娘を怒ったことがない。

まあ、それはそれで良いけれど、娘が正しくない
考え方や、母親に向かって言う言い方について
ちゃんと言うべきなのではないかと思う。

いつもではないのだ。

今朝のように、誰が見ても娘の言うことのほうが
おかしいと分っている時くらい
ビシッと言って欲しかった。

娘にも腹がたったのは確かだけれど、
いつもの夫の態度も私には納得できないのだ。

夫婦は子育てに対して同じ方向を向いていないと
絶対に子供は迷うし、また自分が楽な方へ
行ってしまうと思うから、いけないと思う。

これも皆私の育て方が悪かったからで、
誰に言っても何にもなりゃしないのだけれど・・・

もっと筋の通った話じゃないと絶対に変だよ!!

ああ〜〜〜今日は良いことないかな?


2003年03月04日(火) バロック音楽

今私の横ではハイドンの曲が流れている。

最近バッハやヘンデル、ハイドンと言ったバロック音楽が
とても気に入って聞いている。

何故かショパンでもなく
ベートーベンでもなく
バッハなのだ。

バロック音楽が全ての音楽の元のように思える、
中世のバロック時代の美術もそうだけれど、
この時代の芸術は、宗教に関係していると思う。

聞いているとどこかで聞いた曲だなって思うはず。

バッハ、ヘンデル、ビバルディー、そして、モンテベルディ、クープランと続くのだが・・・
戦後長い眠りから覚めて再生したバロック音楽は
演奏と研究のお陰で今、様々な分野でその精神の
復活が見られるようになった。

この時代の楽器といえば、チェンバロ、パイプオルガンが
代表的であるけれど、
その古楽器を用いた和解世代が演奏するのを聴くと
まるでドラマを目の前で見ているような
そんな人間表現の凄さに驚く。

ロマン派とも
古典とも違う何か心を動かすものがある。

バッハは「音楽の父」
ヘンデルは「音楽の母」と言われているように
全ての音楽の歴史はバロックにあるのではないかと
こうしてバッハやヘンデルの曲を聴きながら思う。

バッハの曲を前に教会のパイプオルガンでの演奏で聴いたときは
心がとても清められ敬虔な気持になったのを覚えている。

バッハは作曲家として知られているけれど、本当はオルガン奏者
だったと聞く。

バッハの曲は全ての旋律がまるで一つ一つが独立していながら
絡み合って一つの曲になっているように思える。

それは多分バッハがそれまで別の奏者によって奏でられていた
のを一人が右手、左手そしてペダルを使って
立体的名演奏をするというやり方をしたからでは
ないだろうか?

ベートーベンは良い、
ショパンも良い。

でも今私はバッハの曲に心惹かれていることは確か。

私の拙いこの手で本当のバッハの本当のバロックの
弾き方で、バッハの曲をもう一度弾いてみよう。


2003年03月03日(月) ひな祭り

今日は3月3日、桃の節句「雛祭り」。

私の住む地方は旧暦で祝うので、4月3日に雛祭りをしている。

でも、今頃の若い世代の親は今日3月3日にお雛様を飾って祝っている
ようだ。

でも、季節的には旧暦の方が合ってる気がするのだけでれど・・・
4月には桜の花も満開で暖かで、気分的にもウキウキするのになあ・・・

昨日なら良かった、勿論私の住むこちらの話だけれど。

昨日は本当にぽかぽか陽気で、暖かかった。

車に乗っていると汗ばむくらいだったし、窓を開けて走ると
とても気持が良かった。

でも関東地方では嵐が襲ってみたようだ。
TVで家が倒壊していたことを言っていた。

簡単に家屋が吹き飛ばされるとは怖いなあ・・・

風って怖いなあ・・・

怪我がなくて良かったけれど、家はもうメチャメチャだったから
今日お雛様なんて言っていられないね。

娘が生まれたのが4月だったから、お雛様を買ってもらったのは
年が明けてからだった。

皆で見に行って、母は段飾りでないのを勧めたけれど
私は敢えて、大きな7段飾りのお雛様を買ってもらった。

幼稚園の頃はお雛祭りをしようとお友達に来てもらって
散らし寿司を作って、お雛様ケーキを買ってきて
お雛様の前で歌ったり遊んだりした思い出がある。

娘の写真も毎年新しいものにしてホント親ばか丸出し。

でも娘もあの頃が一番可愛かったなあ・・・

娘が小さい頃は7段飾りのお雛様を夜の間に出して飾っていた。

娘が朝起きて、お雛様を見たら歓声を上げるだろうと
私が嬉しいから、ちょっとしんどいけれど頑張って
出しておいた。

緋毛氈を敷いて、屏風、ぼんぼりを飾り、お内裏様とお雛様
三人官女、五人囃子、右大臣左大臣、牛車、タンス・・・
7段いっぱい飾っていた。

でも、このお雛様を飾っていた部屋が大きなピアノに占領されて
お雛様は遠慮してもらうようになっていた。

数年前からお内裏様とお雛様だけ出すようになり、
今日に至っている。

玄関には小さなお雛様、桃の花と菜の花を飾り
私の描いたお雛様の絵手紙を飾っている。

お雛様は何歳になっても、女の人にとってはとても嬉しいものだ。

私は姉と二人姉妹なので、五月人形を家では見たことがない。

こいのぼりを見るとああ良いなあっておもうときもあるけれど
やはり、私はこの桃の節句が良いなあ・・・

お雛様のお顔を見ていると心が和む。

お内裏様の顔もとてもハンサムだ。

お似合いのカップルって気がする。

来ている衣装も京都の西陣織でできた十二単だから、
色も上品で綺麗だ。

三人官女や五人囃子や左大臣右大臣も居なくて
きっと淋しい思いをしているだろうな?

でも、私が見てるよ、あられと菱餅を召し上がれ!

今日は楽しい雛祭り。


2003年03月02日(日) スランプ状態

今私はスランプに陥っている。

昨日姉の家に居た時に、姉の今年の城川町「かまぼこ板の絵展」に
出すを絵見た。

たんぽぽのとても可愛い、夢のあるステキな作品だった。

昨年と違い、色の塗り方もとても上手く綺麗に塗れていた。
友人に塗り方を教えてもらったとか、本当に良い作品だった。

私は昨年はひらめいたものがあって、次々に描くことができて
出品数も6つほどになった。

今年も出そうと思い、1,2枚は描いたのだけれど
自分がこう描きたいという感じに仕上がらずそのままで
放っている。

今年はもう出すのをやめようか?とも思っているが
折角の機会を逃さずに、またかまぼこ板の天使にも
逢いたいし、描こうと思うようになった。

でも、

でも、

でも、

描けないのだ・・・

ひらめいているものはある。

こう描こうと思っているものはある。

でも何故か描けない。

こんなのをスランプっていうのだろうか?

やる気が出ない、
描く気がしない、
気持が乗ってこない、

気分転換に外へ出て散歩をしてみた。

今日はとても良いお天気で、風も心地よく
歩く私の側を通っていく。

梅は満開、水仙の花やパンジー、ジュリアン
沈丁花・・・

春の香りに誘われて、うきうき気分で歩くのに
家に帰って、いざ描こうと思うと筆がとれないのだ。

描くのをやめよう!
描く気になったら描こう!

ああ〜〜〜〜〜〜
aa^^^^^^^
aa~~~~~~~~~~~~~~

かまぼこ板を前にして、悩んでいる。

でも、かまぼこ板の絵のことだけではないのだ。

ピアノが弾けない、弾けない弾けない弾けない・・・

神様! m(゜゜)お願い!!

私に元のかんを戻して!!

あれほど一生懸命になって弾いていたころが懐かしい。


絵も描けない、ピアノも弾けない
何もできない・・・

辛い・・・苦しい・・・・・


ああ
あああ
ああああ
あああああ
ああああああ
あああああああ

いつまでこのスランプは続くのかな・・・

どうしよう・・・


2003年03月01日(土) 温泉ルンルン :*.;

今日は、午後松山にある「いよてつ健康ランド」に行った。

午前中は見奈良のアウトレットモールに行き娘の買い物に
付き合って、30キロ走っていったので少々疲れ気味。

でも姉との約束もあり、母と姉と3人で行った。

娘は急に行くのが嫌だと言い出したので、
はじめは機嫌を取って連れて行こうとしたけれど、
途中で、あほらしくなり、好きなようにと言い残して
家を出た。

私の育て方が悪かったから、とても我儘な子どもになっていて
反省しているのだけれど、ここまで娘が我儘だとは
今日改めて知ったということ。

「まあ良いか」と放って行ったものの、その健康ランドに着いて
お風呂に入った途端、放っておいたのがとても可哀想になり
今度は絶対に一緒に連れてこようと思った。

それほど感激したのだ。

娘はお風呂が好きなのできっと喜ぶだろう。

はじめに聞いてはいたけれど、
なんとお風呂が13もあったのには驚いた。

�.椒妊�シャワー 高圧の温・冷水が身体を部分的に刺激し
         血行を促し、身も心もすっきりとなる。

�⊃緝�呂     サウナの熱で拡がった毛穴を冷水で肌を
         引き締め、サウナの入浴効果を高める。

��バイブラバス   気泡発生盤から無数の温風が吹き出して
          気泡が人体にぶつかってこわれる時に
          超音波が発生し、体の深部まで暖まり
          血液の循環を良くし、マッサージや 
          全身美容に効果的。

�いΔ燭仕髻    ‖譴里茲Δ剖�い水圧が、疲れた体に刺激を与えて、前身は引き締まり壮快である。

�ヅ形害浩堯    ‘綻紊寮�質が自慢の天然温泉のあたたかさは、疲労回復、健康増進に効果がある。

��檜風呂      檜ならではの、気高い天然僕の香りがうれしいお風呂。500万年もの間、土の中で眠る天然の埋木を再現しているだけに、すがすがしさは格別。ヒノキチオールという貴重な薬用成分を含んだノキには、成人病や神経痛などに効果あり。

��超音波ジェットバス 平面のジェットノズルから空気と混合した高圧の温水で超音波とジェット水流がくまなく身をマッサージし、疲労回復や全身美容に効果的。

�┸寡�呂      思いっきり体を伸ばしてお風呂につかれば超音波tpジェット水流がマッサージ。全身美容効果がある。

��薬湯       昔から中国の健康法として伝えられた薬湯、健康法を増進するとともに、肩こり、冷え性、疲労回復効果を表す薬を使ったお風呂。

��足風呂      足をゆっくる温め吹き出る泡と、超音波で血行を促進。美容や肥満が気になる人におすすめ。

��露天風呂     青空の下で、星空の下で、あたたかなお湯に身を浸せば、自然の風が快く顔をなでてゆく。まさに温泉気分満喫のお風呂。

��薬草サウナ    ヨモギを主成分とした蒸気が、疲れた肌を回復。アトピー、呼吸器で悩んでいる人にはグッド。

��遠赤外線サウナルーム 汗をたっぷりかくのは、体の中からの健康作り。体内脂肪を分解し、老廃物を取り除きウェイトコントロールやストレス解消に効果的。

一つ一つゆっくりと入ってみたのだが、サウナは失敗だった。

薬草サウナはとても美容に効果があると思い、
入ってみたのだが、5秒経った時点で、なんと不整脈が出た。

気分も少し悪くなり、心臓にはサウナは駄目だと再認識した。

出ると専用の服があり、汗が引くまではそれを着ていた。

ここはお風呂だけでなく、食堂、ゲームセンター、おみやげ物売り場
二階には、レストルームや映画を寝て楽しめるところもあり
一日いても退屈しない気がした。

今度は是非朝から来て色々とゆっくりして、二階の部屋も楽しんで
良い湯デーを作ろうと思った。

明日の朝の化粧ののりが良いのでは?・・・と
一人で思っている・・・

又行きた〜い!!
          


スカーレット