スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
| 2003年02月28日(金) |
私が変わればし相手も変わる? |
とても勇気が要った。
どきどきした。
声が上ずりそうだった。
でも、思い切って私から声をかけた。
毎日顔を合わすたびに心と行動の違いがある ことに悩んでいた。
分っている、絶対に悪い人ではないのだということは。
でも声をかけるきっかけがつかめなかった。
今までも数回、ばつの悪い場面があったから、余計に言えなかった。
でも、
でも、
でも・・・
今日は自然に声が出た。
「何処へ行くのですか?」と聞けた。
私が声をかけた相手は、夫の父親つまり舅である。
私は丁度その時、近くの海へ写真を撮りに行こうと 思って車に乗ろうとしたときだった。
舅はいつものように自転車で出かけるところだった。 話によると近くの病院へ行くという。
高血圧のクスリをもらいに一ヶ月に一回行っていると言う。
私が聞くこともしないのに、あとの言葉を続けて話してくれた。
「毎日元気で別に悪い所はないのだけれど 高血圧のクスリを飲まないと、わるくなってもいけないし、 体質かもしれないので、放るわけにもいかないし・・・ 行っているのだ」と。
えっ!!こんなにも話をする人だったの?って驚いた。
そうだ、 そう言えば、いつも近所の人や工事中のガードマンの人と 長話をしているのをみかける。
きっと舅は話しをするのが好きなのだろう?
私が舅との会話をしなくなってから10年以上になる。
原因は今ははっきりとしないけれど、私が無視された気がして以来 お互いが挨拶しない状態になり、段々とその傷は深くなって もうどうしようもない状態にまできていた。
首都は私が結婚する前から、 多分、私のことを気に入らなかったのだと思う。
夫よりも5歳年上で、それに加えて心臓の病気もあり なんでよりによってこんな私と夫が結婚するのだろうと 思っていたに違いない。
私が結婚前に挨拶に行った時にも、顔を見せてくれなかった。
結婚後も私が声をかけても完全に無視された。
私が舅の後姿に話しかけても後ろを振り返ることなく 前だけを見て歩いていた。
私が用を済ませて帰って駐車場に車を入れようとすると 舅は私の姿を認めれるとさっと玄関に入っていた。
夫の両親は二人暮しである。
私は結婚後、両親の家のある敷地の一角にある家に住んでいる。
同居ではないけれど、全くの別居でもない。
台所、風呂、生活全部が違っているから、一日に一度も顔を合わすことが 無く暮らすこともできる。
でも、私の家の玄関は両親のいつも要る居間に接している。
私は姑とは良く話すし好きだ。
舅も悪い人ではないことは分っていた。
夫の両親だから、悪い人であるはずは無いと思っていた。
でも、舅は私だけでなく私のの両親が来ていても、 同じ態度に出ていた。
私だけならともかく、私の両親を無視することが 許せなかった。
母は私が幼い頃から挨拶はちゃんとするように言っていた。
だから、私は見知らぬ人でもすれ違う時には挨拶をする。
挨拶は人と人との結びつきの基本だと思うから。
挨拶は心と心をつなぐ橋だと思っているから。
実は私は舅とも話しがしたいと思っていた。
元来の話し好きの私だから、顔をあわせても話さず意識して お互いが無視をするということが、だんだん辛くなっていた。
人は言う。
あなたが声を書けたらきっと相手も話すよって。
でも、私は怖かった。 話すことが出来るとは思いもよらなかった。 だって、今までの状況を思うとき これ以上私の心が傷つくのは嫌だと思っていたから・・・
私にも自分の気持を支えているプライドっていうものがある。 だから、またそのプライドを傷つけれるのが怖かったのだ。
そんな私が、今日舅に声をかけることができた。
凄い事だ、信じられないくらいのことだ。
そして会話ができたのだ、信じられナ〜イ!!
ウッソー!!
私は今日改めて思った。
こちらが変われば相手も変わるってことを知った。
もう悩むのはやめよう。
もしまた無視されることになっても良い、 私から話しかけよう。
きっと・・・ きっと・・・
舅ともうまく付き合うことができると思うから・・・
神様有難う!!
今日、姉が私にヴィトンのバッグを買ってくれるというので 三越へ行った。 長く勤めていた会社を退職した記念に買ってくれると言う。
私は15年くらい前に、誕生日のプレゼントにやはりヴィトンの ショルダーを買ってもらっている。 このときは母からのプレゼントだったと思う。
又結婚する前に夫から、トラサルディの抱えるタイプのバッグを 買ってもらった。
私のブランドものはそれだけ。
でも、今の日本中”ブランドもの”に身を固めた人々が街を歩いている。
高価なバック、洋服、靴、装飾品・・・
それらに飾られた人々が街を歩いている・・・
何故ブランドものなのか?
�”兵舛�良いから ��耐久性に優れているから ��ファッションセンスが良いから �ぅ屮薀鵐匹發里世韻念多瓦垢襪�ら �ゼ�分が人に対して優越感を味わえるから �Δ發ξ匹で�になったので、良い物を持ちたいから
色々と人に寄って理由は違っていると思う。
確かに値段を出しただけの値打ちはあると思う。 否、なくてはならない。 ¥100と同じものならブランド物を買う必要はないから・・・
でも、
でも、
でも・・・
待って!
ブランドでないといけないと思うのは、どこか変じゃない?
高価なものを身にまとうという快感、 あなたとは違うのよという優越感、 高価なものをプレゼントしてあげたいと思う気持、 でも、これで満足していいのだろうか? 淋しすぎないか?
ブランドで身を包み歩く○ネル、歩く○○ダ・・・
綺麗に着飾り、色んなブランドのものを身に付けて、
さも「私はあなたとは違うよ」と言わんとばかりに歩いている。
その姿は、まるで、色々な綺麗な色の羽を付けて 喜んでいるカラスと同じだ。
カラスは自分の姿が真っ黒で、コンテストに出ても負けると思い 他の綺麗な色をした鳥たちの羽を拾って 自分の体中に付けた。
でも、結局はそれは偽であり自分の黒い姿がみんなに分って 余計に惨めな気持になった。
綺麗な姿はカラスにはできないけれど カラスはカラスの黒い姿が一番なのだ、
人間だって同じことだ。
ブランドもので身を固めても 結局は自分自身の問題ではないだろうか?
なにか忘れてないだろうか??
○ネルでもなく、○トンでもなく、○ッチでもなく 自分自身、そう私というブランドを。
私というブランドは私しか持っていないものなのだ。
内面がある人は、外見を飾ることはしない。
自分がない人が、外見に拘ってブランドに執着するのでは ないだろうか?
それは淋しいことだと思う。
ブランドじゃなくても良いじゃないか! 安くても自分に似合っているのが一番。
○○クロもあるし、○○良品もあるよ。
100円ショップのものでも良い物はあるはずだ。
勿論自由だから、私は絶対に○○ネルじゃないと嫌だを思う 人はそれで自分を満足させれば良い。
人のことをとやかく言うのは、言っている人がブランドに対して 偏見を持っているからだ。 偏見を持つっていうことは、ブランドに憧れているからだ。
だから、私は思う。
ブランドもので身を包んでいる人も、○○クロの安い服を着て スーパーで買ったバッグを持っている人も みなその人たちが満足していれば良いのだと。
そして、もっと自分自身を磨きたい。 自分の心を磨きたい。
そして世の中に人がみな自分を磨くことをすれば きっとやさしさやいたわりの心が 満ち溢れると思う。
花を見ても空を見ても美しいと感じる心 その心さえあれば、きっと自分だけのブランドを持てると 信じている。
皆、自分自身の心の中に自分を愛する心、人を愛し思いやる心を 持とう!
それこそ、あなたのブランドになるのだから・・・
昨日の新聞の投稿欄に 「ダブルベッド」パート2として、前の投稿に対する 自分たちのダブルヅベッドのことを載せている人の投稿があった。
結婚17年目というのも同じだったし、私がこの頃思っている ことだったので、とても興味深く読んだ。
その内容は次のようなものだ。
結婚した時に二人でダブルベッドを購入し 夫との約束で、 喧嘩をしていても、病んでいても寝るときは同じベッドでと 決めていたらしい。
その人の夫のいびき、歯軋り、寝言は尋常ではなく 奥さんは不眠症のタイプで、悩んだらしいが、 長く共に寝ていると、そのひどいいびきも寝言も歯軋りも 全く気にならなくなって、今ではどんなことでも 起きることのないほど熟睡できるようになったとか。
旅行で娘さんがお父さんと同じ部屋に寝たときに そのいびきの凄さに参ってしまい、 「お母さんは偉い!!」と言ったそうである。
私達も同じ結婚17年、そして結婚した時にダブルベッドを 購入した。
今思うと、これは私の一方的な提案であって、もしかしたら 夫はしぶしぶだったのかもしれない。
それでも、娘が生まれる前までは毎晩そのベッドで寝ていた。
私の場合は、その人たちのようにいくら喧嘩しても、 病気であっても、寝るのはここだという約束はしていなかったので 喧嘩をしたときは、私は他の部屋へ行き 蒲団を敷いて一人で寝た思い出がある。
娘が生まれて、一人で寝かすのには抵抗があり、 そうかといって、3人が川の字になって寝る余裕のある部屋が なかったから、 ダブルベッドを娘の部屋の横の部屋に移し、 夫は私達が寝ていた部屋に一人が寝ることになった。
それからも、夫に「いつかは又一緒にネ!」と言っていたのだけれど、 結局、娘が自分ののベッドに寝るようになってからも 私が一人でダブルベッドに、夫は一人で別の部屋に寝るという 状態になりそれは今も続いている。
確かに一人が大の字になって寝ることができるし、 夫のいびきや歯軋りに悩まされることはなく ゆっくりと自分だけの睡眠を取ることができる。
生活パターンが違うから寝起きの時間も異なっていて 一緒に寝ることの短所にも気づいていたから、 夫が、私に気を使わなくても良くなった。
お互いにとっては充分な睡眠時間が持てることも確かである。
でも、先日のように、私が寝ているときに心臓の調子が 悪くなり、不安になった時があると、 やはり心細い気がして、 一緒に寝起きするメリットを思った。
以前、これからどうしようということを一度夫と話したことがある。
その時はまだ、娘と一緒に寝ていたときだったので 「じゃあ、娘が一人で寝るようになったら、又元のようにしよう」と いう話になっていた。
でも、それから数年たち、実際に娘は自分のベッドで寝るように なってからも、私達は元のように一緒に仲良く?寝ることも なくなってきている。
夫婦は同じ部屋で寝ることによって、忙しさで会話する時間が なくても、その少しの時間に会話することができる。
だから、どんなことがあっても同じ部屋で寝ることは 必須条件だと思っていた。
今、私達のように夫婦が別の部屋で寝起きする人たちが 増えているということを何かで読んだことがある。
昔と違って、今は一人一人の部屋を確保できる生活に なったこともその原因のひとつかもしれない。
又私達のように生活の時間のずれのためにお互いが不眠に ならぬようにと思って、別々に寝ることにしたからかもしれない。
どちらにせよ、不眠にはならなくても夫婦の会話がなくなり 意思の疎通ができなくなって、心のすれ違いが生じることは 確かだ。
じゃあ、又元のようにすれば良いじゃないかと言う話に なるのだけれど、 実際のところ、今の自分のための睡眠をとることのできる 良い環境から、お互いのいびきや寝言に悩まされて 不眠になる可能性のある生活に変わるのには抵抗がある。
これは夫も同じだと思う。
でも、このことが私達夫婦の家庭内離婚状態の原因である ことには間違いはない。
さて?
どうするのが一番良いのだろうか?
今はまだ二人共寝込むこともなく元気で居るから良いけれど、 もしも、どちらかが具合が悪くなった時にはきっと困るだろう。
気づかずに死んでいたということも考えられる。
どうしよう?
どうするのが良いのだろうか?
私には分からない。
何故この年になっても食べることにこだわる自分のこころが。
食べられなくなったのはもうずっとずっと昔、大昔のお話。
私のこころの中の別の私が叫んでる。
18歳の時じゃないか!! いつまで引きずっているのか!! もっとしっかりしろ!! それがどうしたと言うのか!! 大したことじゃないか!! 食べなよ、思いっきり!! 食べてみろよ!!自分が食べたいだけ。 太ったって良いじゃないか!! 何がどうしたのいうのか!! 誰もアンタなんか見ちゃいないよ!! 自意識過剰だよ!! 笑っちゃうよ!! もういい加減に生きろよ!! 食べるのが怖いのか!! 太るのが怖いのか!! 答えろよ!! 自分自身に聞いてみろよ!!
毎日、私のこころの叫びが私を襲う。
そう、大昔のことなのに、今も完全に治っていない私を感じる。
お腹の空いた感じのするのは月に何回あるだろう? 食事をこころから楽しんで食べているのだろうか?
いつもいつも頭で食べている私が居る。
お腹いっぱい食べるのに罪悪感を覚える。
太っている人が馬鹿に見える。
太っていると言っても限度があると思う。
少しくらいはふっくらとしているのは感じが良いし 見た目もガリガリよりは良い。
私が憎むのはまるでカバのように何でもを食べ 見るからに、しんどそうな感じに太っている人たちだ。
偏見だと言われるだろう、でも正直な私の気持である。
アメリカでは肥満の人は、仕事でも重要なポストには つけないと聞いた。 自分の健康や体重の管理ができないものが 仕事で上に立って、部下の管理ができるはずがないと言う。 私もそう思う。 自分の体重の管理ぐらいしろよと言いたくなる。
どんなに太っている人でも、生まれたときから太っている 人は居ないはず。
勿論大きく生まれてきた人は居るだろう。 でも成長するにつれて標準になると思うから。
もし自分が標準よりもオーバーしそうだと気づいた時点で ダイエットすれば良い。
誰のためでもない、自分自身の健康のために。
相撲取りだって、土俵から降りて一般人の暮らしをし始めたら 皆ほっそりとなっている。 相撲人生は肥満との戦いだそうだ。
食べて昼寝をして太るのを待つ。 一日2食が肥満も元だと言う。
でも彼らは太らないとどうしようもないから、嫌でも食べなきゃ いけない。
以前に「龍虎」という力士が居たが、彼は自分が食べて 太るのが嫌で退く決心をしたと聞いたことがある。
太るのが嫌な人には相撲取りは似合わない。
ギネスブックに載ったとか載らないとか、異常に肥満の人が 出るけれど、正直言って気持悪い。
皆思っているはずだけれど、言えないだけだと思う。
自分が人として普通に暮らしたいならば 自分が太りだしたと気づいたときにストップをかけなきゃ。
でも、それが度を越して拒食症になったのでは何にもならない。
私のように長い間苦しむことになる。
食べられないのも辛いし苦しいものだ。 拒食の後には必ず過食が来る。 過食は肥満の原因だから、拒食の人は吐くと言う行為に移る。 そう、過食嘔吐である。
私もその道を通った。 過食嘔吐は拒食よりも苦しかった。 自分が情けなかった。 自分を責め続けて、大嫌いになった。 こんな自分が生きている意味が分らなくなった。 体重は25キロに減った時、死を思った。
死にたいと思った、そして・・・試みた。
でも今私はこの世に生きている。 生きて食べて暮らしている。
でも、今も普通には食べられない。 過食はしないし、嘔吐もしない。 拒食でもない。
でも、でも、でも・・・
完全ではない。 完治していない自分を感じる。
わからない・・・わからない・・・
今の私は私が分らない・・・
人の心ってどうしてこんなに周りのことに 左右されやすいのだろう?
今朝は嫌というほどそれを知らされた。
誤解は誤解を生むってことを再認識。
でも良かった。
昨日のことを誤解していると私が誤解していたのだと 分かった。
人の人との付き合いの難しさ、 自分と人との気持の違い、 ちょっとした言葉で、とてつもない大きな誤解を 生むものだと分かった。
これから私が気をつけなければいけないことに 気づいた。
もう少し気持に余裕を持とう。
結論を早く出さないようにしよう。
様子をもう少し長い目で見ていこう。
でないともう少しで大切な友人を一人失くすところだった。
昨日のことはきっと神様が私に警告してくれた ことなのだろう。
感謝さえ覚える。
今までもいろんなことがあったけれど、皆私が勝手に 一人で考えて要らぬ気を使って 自分に不幸になるようにしていたのかもしれない。
もっと楽に、もっといい加減に思わないと いつまで経っても私のしんどさはなくならないと思う。
考え方を変えようと必死になっていた今年の初め、 ちょっとしたものの見方や考え方で 今までとは全く違った世界が見えていた。
私が自分がこんなにも楽に生きて行けるかと 感動したものだ。
でも・・・
でも・・・
でも・・・
情けないなあ・・・ヘ(´o`)ヘ とほほ・・・・
いつまでも続かなかった私の決心は。
Hさんに大きなことを言ったけれど、 もしかしたら笑われてるかも?
「やっぱり無理だったでしょう?」って妙に納得されているかも?
でも仕方ないよ、私は変わり続けることが できなかったのだから。
悔しかったらやってみたら?
悔しかったら変えてみたら・
言われるのが嫌なら言われないようにしたら?
私の中に大人の私が、私に向かって言っている。
こころは一つなんて誰が言ったのだろう?
皆色んな心を持ってるのだと思う。
多重人格と言うのではなくても 人のこころの中には色んな人格が住んでいると思う。
あるときにはとてもやさしい、天使の私が居る。
又あるときは人を傷つけてしまう言葉を言っている悪魔の私が居る。
どちらがホントの私なのか?
否、どちらも私なのだ。
夫が言った言葉がある。
「夫婦は合わせ鏡だ」という言葉。
私の機嫌が良いと僕の気持も嬉しくて会話ができると言った。 私が何か理由も分からずにイライラしたり 機嫌が悪かったら、僕も話したくないし、 笑顔でも居ることができないって・・・
そう言えば言っていたなあ・・・
それは正しいのかも?
こころはこころに伝染する、 やさしいこころは相手をやさしくすることができる。
憎しみは憎しみしか生まない。
だから、私がこころを明るく楽しくしていれば 相手のこころも楽しく明るくなるはずだ。
こころの中は見えないし、頭の中も分からない。
昔母が姑(父かたの祖母)に言われたそうな。
腹が立って、相手のことを悪く言いたくなったら お腹の中で言いなさい、 お腹の中で笑いなさい、 お腹の中で憎みなさい。
これって見方を変えればあまり賛成できない 考え方だけれど、 でも、 相手に自分のこころを見せることが できないのだから これは当たっていることなのかもしれないな?
淋しいことだけれど、確かにそうかもしれないな?
でも、人に分からないからと言ってお腹では憎しみ 顔は笑うなんて芸当は私には到底できるものではない。
人と人との付き合いは五部と五部。
一方だけが悪いってことはない。
だから、もし理不尽なことが起こっても 直ぐに自分のこころを乱さないで 賢い選択ができるように、私自身がもっともっと 勉強して大きくならないといけないのだとつくづく思う。
人生50年生きてきたら、もっと大きくなっていないと いけないのになあ・・・
この頃私は疲れている。
肉体的な疲れではなく精神的な疲れを感じている。 ホントにしんどい。
何故こんなに考えるのだろう?
ネットの付き合い疲れたのが一番の理由だ。
PCを始めてもう直ぐ一年になる。 HPを立ち上げてから、11ヶ月。
始めは無我夢中でやってきた。
だから、唯楽しい、面白い、新鮮な出会いの喜びだけの 世界だった。
でも、月日が経つに連れて、色々なことがあった。
PCを始める前には経験したことのなかったことが 私を驚かせた。
私は私のことを良く知っている、当たり前の話。 私は自分でとてもまじめで、几帳面で、神経質で頑固で 融通性のない人だと知っている。 でも、やさしい人だと思っている。
又人への気遣いをする人でもある。
だから、メールでも掲示板でも一生懸命に返事を書き 皆に答えてきたつもりだ。
そうしなければ維持できないと思ったから・・・
でもそれは変だと気が付いた。
○○しなければならないというのではなく 今日はできなかったけれど、まあ良いやって思わないと お互いの良い関係は築かれないと思う。
昔の偉い人が言っていた 「君子の交わりは淡きこと水の如し・・・」
あまりにも一生懸命になるから、疲れるのだと思う。
もっとのんびりとゆっくりとしなければきっと皆嫌になって 私から離れていくに違いない。
このことは私にとってはとても怖い。 一人では維持できないHPだから・・・
メールでもそうだ。 私は私の親友とは全く違っている。
私の親友とはメールづきあいをしているが、彼女から来る メールは、本当に時々だ。 でも、私は彼女のことを知っているから、もしも一週間や二週間 メールが来なくてもなんともない。
私の日記を読んでいてくれるので、私の日常も心も分かると 言ってくれた。
でも、そうでないネットで知り合った人とはホント何もかかわりの ない、偶然の結果友達で居るというだけだ。
縁があったと思いたい。 いつまでも仲良くしたい。
でも人の気持は変わっていく、これは仕方のないこと。 又、私を知らない人は誤解をすることもある。
書いた文面だけで判断されるから・・・
確かに書いた文面しかその人を判断するものはないから、 それがホントなのだろう。
でも、時々淋しくなる、悲しくなるのは何故だろう?
もっと割り切って、いつでも相手を切り捨てることができる勇気と 反対にいつ、相手に切り捨てられても平気だという覚悟、 これがネットの付き合いでは不可欠なんだと思うようになった。
しんどければ止めれば良い。 嫌だったら断れば良い。
HPへ来てくれたから、絶対に訪問しないといけないとか、 (でも、こえはマナーだと思ってる) 来てくれないから、私のことを忘れたノカナ?・・・ヽ(~〜~ )ノ ハテ?
なんて要らぬ気を使うのは止めたい。
心の疲れが一番堪える。 体を動かした後の疲れとは大違いだ。 肉体的な疲れは、お風呂に入って美味しいものを食べて、ゆっくりと やすめば改善される。
でも、心の疲れを癒してくれるものが分からない。 何なのだろう?
好きな音楽を聴くこと、 美味しいものを食べること、 誰かとおしゃべりをすること、 見たい映画を見に行くこと、 ウインドウショッピングをすること、 やさしい花を愛でること、 可愛い小犬を見ること、 お気に入りのぬいぐるみと話すこと、 見知らぬ所への一人旅、 好きなピアノを気の向いたときに弾く
色々とあるけれど、今の私のこの疲れた心を癒してくれるものが 見つからない。
母に「禅・Zenn」を買ってあげた。
小さな箱庭だ。 自分で好きなように、石を並べ替え、白い砂に線を描いて 遊ぶものだ。
石と砂と小さな橋だけの世界だけれど、静かに熊手のようなもので 砂に線を描いていると、心が静まってくることは確か。
今現代人は皆疲れているからヒーリング効果のあるものが 売れていると言う。
癒しの音楽も売れている、 「アイフル」のコマーシャルに出ているチワワの人気も そのひとつだ。
ホント、あのウルウルした可愛い瞳に見つめられると 誰でも心が癒されるはずだ。
でも、今の私の心を癒してくれるものが分からない・・・
私の心の疲れをとってくれるものは何なのだろう?
朝久しぶりにいつもの散歩のコースを歩いてみた。
最近は寒さも手伝ってご無沙汰していた道だ。
冬は北西の風がきつくて、寒さで体を硬くして歩いていたのに 今は風を受けても、顔をそらさずにまっすぐ歩いていける。
この朝の30分は、私にとって一日の中でもとても貴重な時間だ。
だって、この30分は私が私のためだけのことを考え 私だけのために費やしている時間だから・・・
頭の中は色々な思いでいっぱい。 今晩のおかずは何にしようか? 今日はどんな一日にしようか? と思うこともあれば、 歩く道の端の家の庭を見ながら、季節の移り変わりを感じる こともある。
夜空が少しずつ白みかけて、白い月が空高くに見える頃 新聞配達の自転車や、牛乳配達の車が 朝の仕事を始めている。
この間まで真っ暗だった時間が今は朝を迎えている。
家々の部屋の明かりを見るたびに、何故か胸が熱くなる。
生きているという実感がわいてくる。 生活しているのだなあって妙に感動を覚えるのだ。
人は一人では生きて行けない。
これは絶対にそう思えることだ。
時には誰にも会いたくなくて、誰とも話もしたくなくて 一人になりたいと思うときもある。 でも、それは自分の周りには確実に誰かが居てくれると 信じているからだと思う。
本当に一人になった時、一人が一人ぼっちになってしまったと いう思いになるだろう。
一人と一人ぼっちは違う、感覚的に違う。
一人は周りの人が居て、自分から一人になっていると言う感じ。 一人ぼっちというのは、自分の周りに誰も居ないか もし居ても誰からも疎外されているという孤独感を伴う。
一人になりたいとは思うけれど、一人ぼっちは淋しいし、悲しい。 一人ぼっちは嫌だ!!
一人で生きていくことができないのなら、多少のことには 目を瞑って、相手に合わすこともしながら、 その上で、自分をしっかりと見つめて、自分しかないものを持って 自分の道を歩いていきたい。
たまには道に転がっている石に躓いて転ぶこともあるだろう。 脛に擦り傷を負って、血を流すこともあるだろう。
でも、傷はいつかは治るものだ。 肉体的な傷は勿論、心に大きな傷を受けて もう二度と立ち上がれないと思っていても 月日が経っていくにつれて きっとその心の傷も癒されていくと思っている。
だから、後ろを振り返らず、済んだことをいつまでもくよくよ しないで、前を向いて、今の一歩を大事にして歩いて行こう。
私の歩く道には、もう春はそこまでやってきているはずだから・・・
昨日TVでスキーヤー三浦敬三さんと息子の雄一郎さん、お孫さんの 雄大さんの3人が、モンブラン山系バレー・ブランシュ大氷河の スキー滑走に成功したとのニュースを聞いた。
モンブランの頂を望むエギーユ・ミディ(3842メートル)の 頂上付近から、1900メートル付近まで約20キロを4時間で 滑り終えたそうだ。
何が驚いたかと言うと、敬三さんの年齢だ。 なんと99歳!!( ^ー゜)b。
これまでも、77歳の喜寿、88歳の米寿にも挑戦したとか。 そして、今度は99歳の挑戦だ、ホント凄い!!感激した。
99歳まで生きることができるのさえ、凄いことなのに 現役のスキーヤーで、今回の成功、やっぱり凄いよ、 誰でもが真似できるものじゃあないな。
95歳の頃にやはりTVで見たのだけれど、 スキーを続けるために、毎日の食事ではカルシウムを一杯とって 毎日体力を落とさないように、腹筋や腕立て伏せをしていた。
人間てホント素晴らしいよ、最高だよ。
私も同じ人間、何かに挑戦してみる勇気はあるかな?
息子さんの雄一郎さんがインタビューで話していた中で 私が感動したのは 「父は生涯、自分の夢を持って、その夢に向かって一生懸命に なっている、その姿はとても凄いことだと思う。 人間は死ぬまで、夢に向かって生きていくことが大事だと いうことを、父から教えられた。」 と言う言葉だ。
本当にそうだと思う。
人は何か一つ自分の夢、生きる目標を持って それに向かって努力することが大事なのだ。 その夢が実現するかしないかは問題ではないと思う。
実現出来なくても良いじゃない? 夢を何も持つことなく、ただ生きていくなんて淋しいよ。
何でも良いと思う。 人と比べることでもないと思う。 周りの人に馬鹿にされたって良い、自分がこれだと思うものを 見つけて、持てたことが凄いし、大切なんだ。
今日、気分転換にショパンの曲を聴いていた。
エチュード12番「革命」 「別れの曲」 夜想曲(ノクターン)9−2 ポロネーズ6番「英雄」 ワルツ第1番 「華麗なる大舞踏曲」 そして、可愛い「小犬のワルツ」
聴いていくうちに心が和み、柔らかな暖かな風を感じた。 そして、気づいた。 そうだ、私の夢はショパンの曲を一曲で良い、 弾けるようになることだったのだと。
数ヶ月前はあれほどピアノへの気持があったのに 今は毎日の忙しさや、PCや絵手紙にかかりぱなしで あれほど好きだったピアノから遠ざかっていた。
ああ、私にも夢があるじゃないか!
私は練習をしていた、大好きなショパンの「別れの曲を 弾けるようになることなのだ。
ピアノが弾ける人にとっては、なーんだと言われること かもしれない。
でも、小さい頃からずっとピアノに憧れていて 弾きたいという気持を暖めていたから、娘が生まれたときには 当たり前のように、ピアノを弾けるようになってほしいと 願っていた。
娘は3歳から始めたから、勿論私など足元にも及ばない。
グランドピアノに買い換えた時に、私は本当に嬉しかった。 ピアノを見る度に喜び増した。
そして、幼い頃からの夢だった「ピアノを弾くこと」への 第一歩を踏み出したのだ。 基本のバイエルから始めて、なんとか両手で弾けるようになり 好きな曲の楽譜を買ってきて、暇に任せて練習していたあの頃。
今では一日に一回も開かない日々・・・
あれほど感激して嬉しかった気持は何処へ行ったのだろう?
そうだ、もう一度私は私の夢に向かって毎日少しずつ 近づいて行こう。
下手だって良い、弾いてるときの幸せを思えば。 自己満足でも良い、誰に聞いてもらうので無くても良い。
私は私の心に向かって弾いていこう。 そして絶対に「別れの曲」を弾けるようになろう!!
夢を持って夢に近づこうと思うだけで、生きている喜びや楽しさを 感じることができるから・・・
「愛と憎しみは裏表」って一体誰が言ったのだろう?
確かにそうかもしれない。
キリストには愛だけで、憎悪ってものはなかったのかな? お釈迦様は? 弘法大師様は? 日蓮様は?
そして、私は?
私は自分ではとても人を思いやることのできる人だと思っていた。 確かに、私の家族以外のみんなはそう言ってくれる。
涙して私の手を取って「やさしさ」に感謝してくれる人が居る。
でも、でも、でも・・・待って。
それって本当?真実? 偽善ではないのかな?
あれほど自分自身を変えてみようと思ってた。
少しずつでもいいから変わろうと思ってた。
あの辛かった出来事のお陰で私は自分の周りの人たちの やさしさに気づいた。
なのに、なのに、なのに・・・
又分からなくなってきてる。
愛をあまりにも多く貰って生きてきたから、それが当たり前に なって、より以上の愛を欲しがっている私が居る。
反対にあれほど私の愛を与えたのだからという 傲慢な気持が頭を覗かせている私が居る。
ああー嫌だ。 嫌な私だ。
見返りを求めない愛がキリストの言う愛なんだろう。 与えることだけの愛、お返しを求めない愛、
これこそが親の子への愛か? これは私にも分かる。
でも、夫婦は違う。 所詮夫婦は他人だ。
一枚の紙切れで繋がっているだけだとしたら なんて淋しいことだろう。
私は自分を愛せないから?だから人も愛せないのかな?
自分自身をいっぱい認めてあげて、好きになってやれば きっと私の側に居る人への愛も生まれるのだと思う。
昔、そう、遠い昔に初めて人を愛した時の気持を 思い出してみた。
この人への愛は一生変わらないし無くなることはないと信じてた。
でも年月は残酷だ。
何故変わるのだろう? 何故消えていくのだろう? 何故ときめかないのだろう?
今の私の心ならまだ良い、まだ、許される。
でも、将来のことは私にもわからない。
もしも、愛が変わって 愛が消えて 気持がときめかなくなっても、今の私で居たい。
だって愛と憎しみが裏表に存在しているというのが 真実ならば、いつか私の心の中にも「憎しみ」が 生まれてく可能性がある、否大かも・・・
愛が憎しみに変わらないことを神様にお願いしたい。
\(゜・ ゜)神様〜お願い・・・
私が今よりも嫌な私にならないようにお願いします。
「人の命は地球より重い」って、誰かが言ってた。 確かにそうだと思う。
今朝のニュースで、韓国の地下鉄の放火で大勢の人の命が 奪われたと言っていた。
何で放火なんてするのだろう? 絶対に許せない!! 何が不満で、何が嫌で、何をしたかったのか?逮捕された人は 体が不自由な人だと言っていたけれど・・・
命の重さ、尊さが最近の子供たちには分かっていないように思う。 自分が腹が立つとすぐに「死ね!」と思うのだろうか、言葉に出てる。 切れやすいのだ。
そして、死ぬってことがどんなことなのか分かっていないのだ。 身近に死を見ることがあれば、どんな子でも死ぬってことが 分からなくても感覚的に理解できるはず。
自分の祖父母や両親の死を体験したら、絶対に「死ね」と言う言葉を 使わなくなるはず。
こんなことを言っている私はじゃあどうなのか?と言われたら つい最近まで、私は死ぬということの本当の怖さや意味の深さを 知らなかった。
私は何か嫌なことがあったり、辛くて悲しくて自分ではどうしようも ないことがあると、直ぐに「死にたい」と思い、口にしていたから・・・
こんな自分が恥ずかしい!! 情けない!!
そんなに簡単に思ったり言葉にしたりしてはいけないのに 私は直ぐに言ってた、「死にたい・・・」と。
親にとって、我が子が自分たちより早く逝ってしまうことほど 辛いことはないと言う。 私は娘ができてからも、「死にたい」と思うことがあった。 そして実行に移そうと試みたりした。
娘のことを思ったら絶対に出来ないことなのに 私は卑怯だから・・・ 私は逃げようとした。
私の親たちは私が生まれてからずっとずっと私のことを心配 し続けてきた。 そして今もそう。81歳の両親に私は甘えてる。 親を心配させないことが一番の親孝行だと分かっているのに 自分が辛くなるとすぐに逃げようとしている。
でも私は生きている、死ねなかったから、できなかったから。
若いとき、そう、20代のころ、自分では治せない病気のために 何度自傷行為をしたことか・・・ 「拒食症」から逃げるために・・・
命の重さなんて感じていなかった。 ただ今の自分から逃げたかった。 卑怯な私・・・
でも、今はこうして生きている。
毎日起きてご飯を食べて、家事をして、好きなこともして。
これで良いのか? これが私なのか? 本当の自分は何をしたいと思っているのか?
自問自答の毎日だ。
でも、死ねないのなら如何に生きるかを考えて生きたい。 流されて生きるのは嫌。
自分を持って、自分の気持に正直に、自分のために 自分らしい人生を歩いていきたい!!
| 2003年02月18日(火) |
リニューアルオープン!!よ(^ー^)ろ(^o^)し(^ ^)く(^▽^)ね(^ー^)ノ |
今日から、ここが、私の新しい舞台だ。
今までの「思うままに」をいつも見ていてくれて人たち有難う! 又掲示板に書き込みしていてくれた人たち☆⌒(*^∇゜)v ありがとう!
Sさん、あなたが言ってくれた「思うままに」の元の原稿を冊子にしてほしいという言葉は、何よりのプレゼントよ。 本当に嬉しかった(^ ^)ウ(^。^)レ(*^o^)シ(^O^)イ だから、今までの原稿を一つにして、あなたに送るよ。 プリントアウトしてくれるって言ってたね、ホント感謝してる。
あなたのような友たちに支えられて毎日頑張ってこれた、 本当に有難う。
でも、でも・・・少し疲れたかな?だって、毎日の更新はいつもいつも 私の楽しみでもあったけれど、ちょっとはしんどかった( ´ー`)フゥー
だから、今日からはこの舞台で、私の日常を通して感じたことや 思ったことを一緒に書いてみたいなと思ってる。
だから、今までのように掲示板へ行く前に、ここで私の心の中を ちょとだけ、覗いて行ってくれると嬉しいな:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*:
今の私は人との付き合いの仕方の難しさを感じてる。 自分が良いと思ったこともある人にとっては、絶対に許せないことに なってる場合がある。
でも、でも、人は人、私は私。
だから、やっぱり私で居たい。
私の人生では私が主人公だから・・・
私だけの舞台、どう踊ろうがどう演じようが、私の一人舞台だ。 周りの人に支えられて、たくさんのキャストと共に 私は私の舞台で頑張ろう!!
今日を大事に、今を大切に・・ それが未来へ繋がっている。
母がいつも言っていた、「今日が無事に終わることが一番」と。
ねえ!!母さんそうよね? これで良いのよね?
人は花によって、その心を癒される。
ずっと古来から人は花を愛し育ててきた。
花のある暮らしは心を豊かにしてくれる。
私は花が好き、でも育てるのは苦手だ。 何故?(・_・?) ン?
それは体力がないから・・・/(。◇。)\
一人での暮らしなら花の世話もできたはず、でも家族が居て 家事だけで相当の体力を消耗してしるから、 花を育てる気持はあっても、体が付いてこない。
せめて、プランターで育てようと思い、駐車場の側に 丸いプランターを5個置いた。
手間の要らないパンジーが良いと思って、毎年数鉢植えていた。
今年は中一になる娘が自分の花にすると言って、お小遣いをはたいて 苗を買ってきた。
パンジー、葉牡丹、ゴールドクレスト、ジュリアン・・・と。 昨日も白色のプリムラを植えていた。
彼女の部屋の中には観葉植物のパキラ、アイビ、ユッカが 所狭しと並んでいる。 おまけにサボテンも。
水遣りや肥料の追加など、世話は気の向いたときにしているけれど こういう風に何か心を豊かにしてくれる植物の栽培は 良いことだと思う。
私はもっぱら切花、今は4箇所においている花瓶に 百合、水仙、猫柳、桜、を挿し、白い花をつけた胡蝶蘭 が玄関のガラステーブルの上に置かれている。
毎日水の交換をするときには、それらの花たちに話しかけて (^◇^)ノや私の気持を伝えている。
いい香りと共に、綺麗な花で慰められている私である。
今日は朝から雨・・・
雨が好き、心が落ち着く。
晴れも勿論良い、だって洗濯物が思いっきり乾いて 蒲団も干すと、あのお日様の匂いがするから・・・
でも、時には雨の日に好きなCDを聞きながら、好きな本の ページをめくるのも良い。
日頃の忙しさを忘れて、自分の世界へ入れる。
雨、雨、雨・・降る続くのは困るけど、 時にはこうして私の心に水をちょうだい。
干からびた心がみずみずしい感性を持った心に甦る。 こんな日は絵手紙を描くのも良い。
まだ描き足らない数枚のハガキを見つけて思うこと、 その思いを描いて出そう。
きっとこの雨のお陰で、しっとりとした 良い絵手紙になるだろう。
雨よありがとう。
☆⌒(*^∇゜)v ありがとう!
今日、私の投稿が一冊の冊子に載ってやって来た。
ネットのサイトで新現役ネットというのがあり、 去年登録をして、コミュニティーに参加して 話の輪の中で、私が話したことが新現役宣言「みんなの投稿」と いう所へ掲載されたのだ。
先日、そのサイトのリーダー三から連絡があり、心待ちにしていたから 昨日、私の手元に届いて自分の投稿を見たときは嬉しかった。
私は文章を書くのが好きで、新聞の投稿欄にも何回か載った ことはある。
このサイトはプライベートな自分の時間をより生き生きと 自分や社会のための活動にあてたいと思っている 「新現役」の人たちの集まりで、お互いに協力しあうことで 一人でなできなかったことを可能にする「仲間ネットワーク」 である。
その話す場所であるサロンに私が投稿したのは、「文化祭」 の話である。
次のような投稿だった。
=−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「文化祭」
お邪魔します。
私の文化祭の思い出は、なんと言っても大学時代の、「フォークソング同好会」で、舞台に立って、ギターを弾きながら歌った思い出です。
今からもう30年昔の話ですが、女の子と2人で組み、 「ベッティ&クリス」の「白い色は恋人の色」を歌ったはずです。 あがってしまって、本当に上手く歌えたのか思い出すことが できません・・・
時間の合間には、おにぎりを作ってバザーで売りました。
作ってばかりで、結局その日は、朝から晩まで、飲まず食わずだった のですが、本当に楽しくて、食べることよりもおにぎりを作ったり 歌を歌ったりする方が良かったのだと思います。
「青春」という言葉を聞くと、何故かあの文化祭を思いだすのです。
まさに、青春真っ盛りだったのでしょう。 本当に懐かしく、良い思い出です。
=======================================================
これが「らいん」という新現役通信の2月号に載った私の投稿だ。
本当にあのごろは私にとっては最高の時代だったのだとと思う。
人は何か一つでも良い、心に残る良い思い出があれば 生きていけると今も思い出すたびに、納得している私が居る。
今日は朝お雛様を出した。
娘が生まれて実家の両親に買ってもらったお雛さま。 小さい頃には毎年、だして、6段の檀飾りをしていたのに 娘が大きくなるに連れて、それが大儀になってきて、 それでも、出していた。
でも、ある日グランドピアノが家に届き、お雛様を 出していた床の間を占領してしまった。
それ以降、お雛様は日の目を見ることがなくなり 押入れの中にしまわれていたままだった。
でも、私はお雛様の顔が大好きで、おととしから お内裏様とお雛様だけを出すことにした。
丁度二人を置く場所ができて、サイドテーブルの上に 置けるようになった。
いつ見てもお顔は美しく、着物の色合いも良い。 実家の母が奮発して買ってくれただけのことはある。
私の住むこの地方では、ひな祭りは旧でするので 4月の3日だ、だから今日出しても充分すぎる期間 見ることができる。
心がくじけそうになったり、怒りでいっぱいになると このお雛様の雨に座ってじっと見ていると心が和む。
今からお雛様の前に置く菱餅と雛あられを買って来よう。
知った人が誰も居ない、遠いところへ一人で旅に出たい。
家族が心配するかもしれないけれど、そう思う。
今の私を変えるため? 家族って何だろう?と考えてみたい。
生きるのも一人、死んでいくのも一人・・ それは分かっているけれど、あまりにも淋しい。
でも、考え方を変えればきっとその淋しさからさよならできると 思う。
いつまでも青春の心を忘れないために、いつまでも夢を追いかけて いたいから。
私にとって一番大事なものは自分の生きる人生。 これが充実していてはじめて家族への愛、人への愛が 生まれるのだと思う。
打算で生きている今の生き方がいやだ。
私は人に甘えて我儘な生き方をしてきたように思う。
変えたい、生きる目的のある人生を生きたい。
旅に出たい、だれも居ないところへ。
今巷では、テモandテツの「何でだろう?」が流行しているけれど それこそ何でだろう?
今朝のニュースで、ネットで自殺を公募した男女3人が 一酸化中毒で、死亡したことを知って、驚いた、何でだろう?
車の中で男の人の首が切られて死んでいるのが見つかったとか、 自分の首に縄を結びつけて、車を急発進させて 首切り自殺をしたという。
何でだろう!!
私は今日自分の心臓の病院へ行ったのだが、その時に 病院の中で、携帯電話をしている人が居た・・・何でだろう?
私は人工弁にしているが、電磁波は心配ない、 でも、ペースメーカーを埋め込んでいる人にとっては 携帯の電源を入れて話している人は、殺人者と同じだと 思う。
22cm離れていれば安心だとポスターには書いてあったけれど その人の身になって考えれば、答えは直ぐに分かるはず、 それなのに平気で電話をしている人が居る・・・何でだろう?
買い物に行ってレジでお金を払う時に、「有難うございます」の 言葉が言えない人が居る、何でだろう?
自分が言われて嫌なことは言わない、されて嫌なことはしない これが,人生の中で一番の基本、でもできていない人ばかり なんでだろう?
今日一日「なんでだろう?」と思うことばかり・・・
今日は偶然にもある人との出会いがありました。
それは、昨日書いている日記の新着を見ていたときに 偶然ある人の日記にであったのです。
その日記には、別れについての自分の心が載っていました。
私はその日記を読み進めていくうちに、まるで私の心の中を 書いているような錯覚に捉われたのです。
勿論全く別の人の別な別れでした。
でもその書いている人の心は私のものなのです。 夢中で読み、何度も読み返し、心の中で反芻しました。
そして、その人へメールを送ったのです、それが昨日のことです。
今朝起きてみてその人からの返信が来ていました。
お互いに心に傷を負っていたからでしょうか? 手に取るように気持が分かるのです。
彼女は私の娘でも可笑しくないほどの若い人です。
でもしっかりと自分の気持を見つめて自分できちんと 結論を出していました。
50歳になる私の方があれこれと悩んだり迷ったりしているのです。
彼女との出会いがあり、それに続く道があります。
彼女の忠告どおりに、私の気持に整理をつけるために行動を 起こしました。
結果は変わらないと思いますが、一つの終わりと共に 一つの始まりを感じています。
彼女とは何か縁があったのでしょうか、 大事な友人になれそうです。
春はいつまでも眠っていたいといつも感じるのですが そういうわけにもいかないので、いつもと同じように起床しました。
若い子たちは放っておくと何時間でも眠ることができるようですが、 これは、私とは脳の仲身に何か違いがあるのだと思います。
お年寄りは朝が早いと言われているうように、やはり早く目が覚めるのは 年をとったのだということでしょうか?
私は朝早く起きるのはなんともなくて、私の特技だとまで 思っていました。 それは夜寝るのが早かったからで、この頃のように 遅く寝ると、やはり朝が辛く思います。
夕べはTVの洋画を見ていて寝たのは11時でした。 でも見ながら途中ででうとうとしてしまったのです。
だから、最後が分からなくて、結局見なかったのと 同じ結果になりました。
「羊たちの沈黙」という映画です。 有名だし絶対に見ようと思っていたのに・・・情けないです。
こんなことになるのだったら、初めから見ないで寝ればよかったと 思います。
昼寝をできない性分なのですが、今日はちょっと横になって うとうとしようかな?って思っています。
昨日は、自分のことでもなく親せきの一人として 出席しただけなのに、やはり気が張っていたのでしょうか 今朝起きるのがとても辛かったです。
疲労感を覚えるのです。
私は毎日が労働日で日曜も祭日もない生活なので たまには何もかも放って休めたら良いなあって思います。
この疲労感は若い頃には直ぐに出て直ぐに回復していましたが この頃ではなかなか回復しなくなりました。
年齢のせいでしょう。
今日は本当なら蒲団の中で一日中過ごしたい、そんな気分です。
でも、夫は図書館の仕事があり、私はいつものように 4時半に起きました。
肩の凝りから、この間治療した左の歯茎がはれて痛みます。 この肩の凝りは温泉にでも浸かって揉み解せば治るかも しれません。
温泉といえばこの間から、温泉の湯に入っているレジオネラ菌が 問題になっています。
レジオネラ属菌は、自然界の土壌や淡水中に存在する自由生活菌で学会の発表によれば、停滞または閉鎖腔内で循環している人工環境水に入ると自然界よりも菌数が多くなることが確認されています。 又経気道感染や創傷感染により感染すると、肺炎を発症することもあり、重症の場合は死に至る場合もあります
100ミリリットル中10個未満と定められているのだそうですが 問題の温泉の湯には00ミリリットル中150万〜1万2000個の大量のレジオネラ菌が検出されたそうです。
こんな問題があるので温泉とばかり喜んでいられないのですが やはり温泉の良さには負けそうなので、今日は近くのトロン温泉に 行ってゆっくりと肩の凝りを揉み解そうかなっと思っています。
今日は夫の姪の結婚式でした。
生憎お天気は曇りから雨になったのですが、とてもステキで 心に残る良い結婚式でした。
花嫁姿の姪は、本当に綺麗で可愛くて清楚で言葉では 言えないくらい感動しました。
伊台の白水台にある「聖アンナ教会」で行われたのですが 教会の式に出席したのはこれで2度目です。
神前結婚式に比べるととても簡素でそれで居て何か 暖かな感動を呼ぶ結婚式だと思います。
バージンロードを花嫁は父親と一緒に入場してきて 花婿さんにバトンタッチ。 神父の前での誓いの言葉や、指輪の交換、くちづけと とても厳粛な感じがしました。
賛美歌を皆で歌い、最後はフラワーシャワーで送り リムジンに乗って幸せそうな二人は出て行きました。
披露宴は町の中のフランス料理の店でしたのですが 全てが二人で考えたらしく、とても細やかな心遣いの ある披露宴になりました。
一人一人の出席者にメッセージが添えられた名札が席にありました。
友人たちに囲まれて幸せそうな姪の姿に私も涙が出ました。
最後に皆で「乾杯」の歌を歌ったのですが、この歌詞の通り 「乾杯!今君は人生の 大きな大きな舞台に立ち 遥か長い道のりを 歩き始めた 君に幸せあれ」 の言葉を贈りたいと思います。
姪には昨日届くように「永遠の愛」と言う言葉を添えた百合の絵手紙を出していました。
今の二人気持を忘れずに永遠の愛を貫いてほしいと思います。
一緒に出席した娘もあと何年かすると、今日の日を迎える ことになるのでしょうが、親としては一番嬉しい日になるにちがい ありません。
私はできなかった披露宴ですが、17年前を思い出し やはり両親には私のウエディング姿を見せてあげたら良かった と少しだけ悔やんでいます。
年が明けたらもうデパートは春物ばかり置いています。
本当に寒くて必要な防寒具は今なのですが、店はいつも早くに 季節の先取りをするので、 今頃に冬物を買いに行くのもなんかちょっと気がひけます。
でも、半額になっていたりすると得した気分になるので 季節のものが終わる頃のバーゲンは一応は見に行きます。
でも、これが曲者で、30パーセント引きの時に 思い切って買ったものが、少し経つと半額になっているのを 見ると、何か損をした気分になるのです。
そして、反対に半額になるであろうと待っていたら 結局売れ残り物ばかりになって、欲しかったものは すでにないというようなことが起きるのです。
私はこのバーゲンの見極めが上手くなくて、後悔することが あるのです。
今年は冬物のバーゲンが早くに始まりもう今は店の 片隅で、何か悪いことをしているような感じで 並べられています。
今私が欲しいのは服ではなくて、毛布カバーなのです。 この間行ってみたのですが、シングルサイズしかなくて 私はダブルサイズがほしいので、探しているのです。
毛布のカバーは裏がガーゼになっているので薄くて破れやすくて 洗濯を重ねると生地自体が弱くなったのか 穴が開いてしまったのです。
底へ足が突っ込むともう駄目です、 その穴は益々広がり、もう限界にきたのです。 今朝はその穴にガーゼのハンカチで裏から当てて縫い付けました。
応急手当てなので、またいつかは穴が大きくあくでしょう。
ダブルサイズのカバーがあることを祈って今から買いものに 行きたいと思っています。
私は、占いは信じないほうですが、時には気になったりします。
それは、朝早くにTVで星座占いをしているのを 娘が登校前に必ず見るものですから、私も一緒に見てしまうのです。
初めから当てにはしていないのですが、今日一日が良いことがあると 言われると、何となくその気になってうきうきします。
私は自分に都合の良いことだけを信じようと思っているので 悪い時には、忘れるようにしています。
私は10月生まれなので、天分座です。
友人が「てんびん座はお洒落でもてて駆け引きがうまいらしい・・・?! てんびんにかけるのが上手らしいよ」と教えてくれました。
星座によって性格も変わるのでしょうか?
今日インターネットでてんびん座の運勢を調べてみたら 次のような結果になっていました。
今日の運勢 天秤座(9.23 - 10.23)
月が牡羊座宮を通過中。異性の視線を意識して、必要以上に緊張してしまいそうな日。物事が裏目に出たり、積極的になれずに後悔しそうな暗示もあります。恋愛での無理はしないほうがいいかも。 見込み違いしていることがありそう。データをチェックしなおす必要があるかも。聞き間違いやコミュニケーションの行き違いにも要注意。
ラッキーアイテム: 果物ジャム、指輪
味方星座: No.1 牡牛座、No.2 乙女座 敵対星座: No.1 牡羊座、No.2 天秤座 信じないと言いながら、ランチにイチゴジャムをつけてパンを 食べました。 そして、貰っているビーズの指輪を久しぶりにはめました。(^0^)
今日の私の味方は母です、母は5月11日生まれのおうし座です。 娘はおひつじ座なので、喧嘩しないように要注意です。
信じているとほっとするときもあれば、又反対に不安にも なりそうです。
いいところだけ信じたらいいな?って思っています。
主婦にとって冬場はとても辛い時期です。
どうしても水仕事が多いので、手にひびやあかぎれができて しまうからです。
私は台所ではお湯を使わないようにしています。 部屋の中が暖房で暖かいし、お湯で洗い物をすると 余計に手の脂肪分を取られてしまって荒れるからです。
私の友人はやはり手荒れがひどくて、ついに食器洗い機を買う ことにしたそうです。 これで彼女の手荒れも改善されることと思います。
松山市は水を大切にしてもらうために 食器洗い機の購入をするときには、市が20000円補助 してくれることになっています。
電気屋さんにはこの食器洗い機が随分展示されています。
この食器洗い機を使うと、手で洗う時に比べると使う水の量が 違うそうです。
何よりも冬場は主婦は助かります。
私はこの手荒れの治療には、小まめに手を拭くことと ハンドクリームをつけること 又指先にできたひび割れには、水絆創膏を使うことにしています。
前はカットバンを数枚重ねて貼っていましたが さっきの友人に教えてもらってからは、水絆創膏を使うことに しています。
商標名はコロスキンと言います。 つけるときにはセメダインやシンナーのような匂いが します。 乾くとそこが盛り上がって中には水が入らないようになってきます。
冬場はこの水絆創膏がとても手荒れ治療に役立っています。
昔私が小さかった頃には、ひびやあかぎれやしもやけが できるのが当たり前になっていましたが 今の子どもにはあかぎれなどを見ることはめったにありません。
娘の手は「手のモデルになったら?」と言いたいくらい とても綺麗で荒れたところは何処にもありません。
これからの時代は先ほどの食器洗い機も普及して 主婦が手荒れで悩むこともなくなるかもしれませんね。
今日は、実家のお墓の改修工事をするための契約日で 私も同席しました。
実家のお墓は私の祖父が昭和14年頃に立てたもので 古いものです。
昨年にはお墓の苔を取ってもらって磨いてもらい お花立てを新調しました。
でも、土台の石にひびが入っているのが気になっていたのです。
幸い、私の高校時代の同級生に石材振興会に勤めている人が居て 彼に相談して、今回改修工事をすることになったのです。
先日お墓の状態を一緒に見に行ってくれて、3つほどの案を出して 見積もってくれました。
そして、今日はその中でハベ巻型というのにしてもらうことになり 契約をしました。
実家の墓のように戦前に立ったお墓は殆どが土の中に 骨壷を入れるようになっています。
そのために地下水が沁み込んで、ご先祖さんも寒い思いを していたようです。
今回の改修工事では、一段高く土台を作り、骨壷を地面の中に 入れなくてすむようになるそうです。
お墓の改修工事にはいろいろと付属するものがあるのに 驚きました。
工事に入る前には閉眼供養と言うものをするそうです。 檀家のお坊さんに来ていただいて、工事をする前に拝んで もらうのです。
次には骨壷の移動があります。 石屋さんの方できちんと預かってくれるというのでそうしてもらうことに しました。
工事は
今あるお墓をまずひとつひとつばらしておき 次には�‐暇戮蝓Ε謄鶲機η朸� �▲灰鵐�リートベース打ち ��石組み立て・納骨室工事 �だ硬據淵哀蠧�れ) �ヅ珪譽灰鵐�リート打ち �Υ粟�
最後には又お坊さんに来てもらって今度は開眼供養をしてもらうのです。 そして、預かってもらっていた骨壷を出来上がった納骨室に 入れてもらうわけです。
両親はこれもご先祖さんの供養ができると喜んでいました。
3月のはじめに取り掛かり、4月のはじめには出来上がるとの ことですが、これで安心できると両親は言っています。
今日は2月3日、節分です。
今夜は豆をまきをしましょう。
昔からあったのかどうかは分からないのですが 節分に恵方を向いてまき寿司の丸かじりをすると 縁起が良いといわれています。
これはバレンタインデーやホワイトデーと 同じで、誰が考えたのでしょう?
多分、これは私が思うのですが、おすし屋さんの陰謀(笑)?!
でもその宣伝に踊らされている私としては 今年も又その丸かじり寿司を買いに走ったのです。
今年の恵方は南南東だとか。
豆をまいた後で、年の数だけ豆を食べ(お腹をこわすよ=〜〜) そしてこのお寿司をかぶりつくのです。
一本は絶対に食べられないと思っているのに 買いに行ったお店が又商売が上手で 一本なら380円(これも、普段より高いのだ) 二本なら・・・ 三本なら・・・なんと1000円。
この言葉に乗せられて、結局3本買ってしまった私。
絶対に残るのに・・・ 残ると何か縁起が悪かったりして・・
これでは何をしているのかと自分自身を疑ってしまった・・・
本当はこれに鰯の料理を食べ、おそばを食べるのが 正しいのだそうで。
でも、鰯の嫌いな私は、湯豆腐とポテトサラダを作ったのでした。
皆さんも大きな声で「鬼は外 福は内」やってね。
スカーレット
|