スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
PCを始める前の私にとっての友人は、
学生時代からの友か
娘を通じて知り合った友人のどちらかだった。
社会に出て働いた経験が殆どない私にとって、
新しく友人を作る機会は全くと言っても良いくらいなかった。
それが、こうしてPCをはじめて、
メールやインターネット、HPでの友人が数多くできた。
本当に有り難いと思っている。
あらためて「友とは?」と考えてみた。
本当の意味での友とは、
たとえ私がどんな状況のときでも、
私を理解しようとしてくれる。
そしてもし、理解できなかったとしても、
私のことを支えようとしてくれる。
こんな友のことだと私は思っている。
アメリカの教育家エルバード・ハバードは次のように言っている。
「友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて
それにもかかわらずあなたを好んでいる人のことである」と。
私にはPCを始めてからそれまで経験しなかった色々なことがあった。
傷ついたり、落ち込んだり 泣いたりしたこともある。
ネットの付き合いとは所詮こんなものか?と思ったこともある。
学生時代からの友とは全然違っていたのにも気づかず、
それまでの私と同じ私のまま付き合っていたからかもしれない。
本当の友人とのつきあいとは、
お互いにいい所も、悪い所も知っていて、
自分と合う部分があるが、
時には合わない部分もあるということを認識し、
他の人には見せたり言ったりできないことを、
お互いにできるということが必要なのだと思う。
自分自身のすべてをさらけ出せる関係って本当に素晴らしいと思う。
そしてそんな友が居ることってとても幸せなことだと思う。
私の親友は数こそ少ないけれど、
これらのことに当てはまっていると思う。
ネットで知り合った友人たちも、
そこまで親密でなくても、
互いの欠点も知った上で、つきあいが続く相手は
私にとっては友人だと思っている。
友とは悲しみを半分に、喜びを二倍にしてくれる人だと思う。
そして、自分が相手の友になるためには、
相手のある程度の欠点や嫌に思うことを大目に見て、
その上で相手の長所や好きなところが尊敬できるようになることだと思う。
私は自分でいうのも変だけれど、
名前のごとくとても素直な人だと思っている。
私が生まれたときに両親が、
「素直な子に」という願いをこめてなづけたらしい。
この場合の「素直」とは、
決して自分を殺して相手に合わすということではない。
また、自分の言いたいことを我慢してまで、
相手に盲目的になるということでもない。
素直な人とは、
自分自身をしっかりと持って、
自分の考えに自信を持っている人のことである。
そして、愛される人というのは素直な性格の人でもあると思う。
他人に従順であるよりも、
まず、自分に素直でありたいと思う。
自分に素直でない人は、
相手に対しても本当の意味で素直にはなれないと思う。
主体性のない素直さほど危険なものはないとも思う。
例えば、最近問題になっているDVでもそうだ。
夫に暴力をふるわれながらも、
「お前は妻として失格だ」、
「俺を怒らせるお前が悪い」と言われれば、
「そうか、私のほうが悪いんだ」と自分を責めてしまう女性。
彼女は、けっして「素直」な性格ではないと思う。
自分の気持に嘘をついてまで相手に合わす必要はないと思う。
一番大事なのは自分自身であって、
相手に対してはっきりとYES.NOが言えることが必要だと思う。
自分に素直に生きるということは、
傍目には我儘と見られるときがあるけれどそれは違う気もする。
嫌な人に対してはすっぱりと切り捨てることのほうが、
本当の意味では自分に素直だと思うのだ。
でも、こう言っている私も、
なかなかはっきりと人に対して言えないときもある。
昔入院した心療内科の医者から、
「YES.NOをはっきりと言いなさい」と言われた。
そして色々な場面を作って練習させられた。
そのことがあったから、
自分に素直なことが、
決して悪いことではないと思えるようになったのかもしれない。
人に嫌われたくないから合わす、
心の底では他人を憎んでいながら、
「自分は、人を憎むような心の貧しい人間ではない」
と思い込もうとして情を抑圧し、
自分を偽りながら生きていくくらいなら、
「あんな奴とは付き合いたくない」と認めることのほうが良い。
はるかに「素直な生き方」であると言える。
「言いたいことがはっきり言えない自分」
の情けなさを認めるのが怖いから、
あたかも自らすすんで他人に従っているように思い込もうとしている人は、
素直な性格ではなく、むしろ意地っ張りだともいえる。
厳密にいえば、自己主張できない人は、
「できない」のではなく、「しない」だけなのだ。
「相手との関係が気まずくなるよりも、我慢したほうがましだ」と、
自ら判断したのだから。
自分で決めたことなのだから、
不満を抱いてイライラしても仕方ない。
言いたいことは、はっきり言う。
そして言えないなら、気にもしない。
どちらかに決めないといけないと思う。
素直さが自分を苦しめるということはないはずだ。
自分に正直に行動した結果であるなら、
たとえ嫌な目にあってもそれを損だとは考えないはずだ。
「自分自身に嘘をつかなかった」という精神的な満足のほうが大きいから。
娘を育てる時に思ったこと。
それは娘にだけ色々なことを要求しないで、
私もまず動くこと、
やってみる必要があるということ。
そして、私は出来る限りのことはやってきたと思える。
子供は親の後ろ姿を見て育つというが本当にそうだと思う。
私の姉は何もしない人だった。
私とは反対のところがあり、
小さい頃から大人になってからも反発する点がいっぱいあった。
でも、母は黙って自分のすべきことをしていた。
そんな姉が今では私よりもなんでもやっているのには驚く。
料理も全然しない人だったので、
いつも私がお弁当を作ってあげていたくらいだ。
それが今では面倒なのに一手間も二手間もかけて、
手作りのおかずやお菓子を作っている。
これは小さい頃から母がすることを見ていたからだろうと思う。
もし、母親が何もしない人だったら、
その子も何もしないようになっても当たり前だ。
親のすることを見て育ったからこそ、
大人になった時にはちゃんとするべきことはする人間になれたのだと思う。
私の娘も今は本当に何もしない。
「せめて自分のことだけでも自分がすればいいのに」と
腹立たしく思うときもある。
でも、外では本当にちゃんとしているらしい。
娘の友達のお母さんに「良い躾をしているね」と言われることもある。
だから安心して良いのだろう。
私のすることを見ながら育った娘は、
自分が本当にすべきときには
姉のようにちゃんとできる人になるのだろうと思う。
人に言うより前に自分がまず動く。
これが大事なのだと思う。
思っていただけでは何もことは始まらない。
ヘタな考えをして悩むのならまずやってみよう。
山本五十六の言葉に、
「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、
褒めてやらねば人は動かじ」と言う言葉がある。
自分がまず動いてみて、人の手本になり、
人に自分でもやれば出来るんだという気持ちにさせること。
言ってきかせ、やる気を起こさせることが大事なのだと思う。
子育ては褒めて育てよという言葉もある。
私もこれからも今までのように、
まず動くことを心して生きていこうと思う。
今まで生きてきて一度も過ちを犯したことのない人は居ないはずだ。
過ちは意味を持っている。
過ちのない人生なんて考えられない。
人の値打ちはその人が逆境に立ったときに、
どういう風に自分を支え、
投げずに諦めずに踏ん張れるか?で決ってくると思う。
それはまた自分自身を変えるための第一歩かもしれない。
人生で大事なことは、
何か間違いをしたときにそれにまず気づくことである。
普通は過っても、それに気づかない。
また、過ちに気づいても、否を認めない。
そして、過った後に、誠実に対応しない。
だから、過ちをおかしてもその後何も変わらない。
そういうことが多いと思う。
もしも過ちをしても、
悪かったところを改めればいい経験になる。
人を傷つけるとか法律に違反する過ちは許されないかもしれないけれど、
一寸した過ちは誰でもしてしまうことである。
だから過ちを犯した後が大事なのだと思う。
過ちを犯したことから何も学ぶことがなければ何にもならない。
過ちを犯しても、
それを反省し、改めて同じ過ちを繰り返さないようにすれば
自分を変えることができるしその過ちも生きてくると思う。
人生は幸せの数ほど不幸もある。
でも、その一つの不幸で落ち込んで、
いつまでも立ち直れないのは
自分の人生の大きな過ちかもしれない。
苦しみをバネに、
悲しみを乗り越え
一時の不幸を自分のためのいい経験として生かすことができれば
その後の自分の人生をいいものへと変えていくことができると思う。
苦い経験の中から生まれたいいものを見つけよう。
そして苦しみや辛さを自分にとってプラスのものにしていこう。
そうすれば絶対に自分の人生に花を咲かせることが出来ると思う。
| 2004年07月27日(火) |
やりたいこととやりたくないこと |
ドイツの詩人ゲーテは次のように言っている。
「人生は全て次の二つから成り立っている。
したいけど、できない。
できるけど、したくない。
人生は全てこの2つのことから成り立っている」と。
本当にそうだと思う。
何かやりたいと思っても
それが色々な環境や事情でできないことっていっぱいある。
反対にできることだが、あまりやりたくないこともいっぱいある。
考えてみると、
やりたくなければやらなくてもいい、
とはっきりと言えることってとても少ない気がする。
この社会の中で集団生活をしている限り、
誰かとのかかわりを持って生きているから仕方ないのかもしれないが・・
したくてもできないことと、
できてもやりたくないことって、
どちらが自分自身にとって苦しみになるのだろうか?
私は出来てもしたくないことの方が嫌だな・・
厭々するなんて、たとえできても全く楽しさや嬉しさを感じないと思う。
反対にしたくてたまらない、でもできない・・
こちらの方が将来への希望が生まれるように思う。
次は頑張ってきっとできるようにしようという
人生の希望や目的が生まれる。
その目的に向っての努力をすればできることがあるはずだ。
やりたいと思うことを一つ一つ懸命にやっていけば、
きっと出来るようになるだろう。
そして、やらなくてもいいことは。
自然にしなくなってもそれはいいと思う。
自分がやりたいことをやれるのは一番の幸せではあるが、
もしもできなくても可能性を信じてやってみることこそ、
人生で一番大事なことだと思う。
初めからやってみないで色々と考えるのはバカみたいな気がする。
簡単にできることを遣り通したとしても、
きっと本当の意味での喜びや幸せを感じないだろう。
自分がやれると信じて、
未来の自分の姿を思い浮かべてその実現に向って生きていこう。
そうすればきっと今よりも楽な生き方が出来るのではないかと思う。
昔、私がまだ小さかった頃に、
「少女パレアナ」という本に出会って感動したのを覚えている。
この本はその後TVでもアニメになって放映されたと聞いている。
どんな境遇の中にあっても
彼女が実行する遊び「喜びを見つける遊び」により
いつも心が幸せで居られる、
悲しみを喜びに変えることが出来る、
そんな彼女の生き方、考え方に感動したのだ。
相田みつをさんの言葉の中に
「しあわせは自分の心が決める」という言葉がある。
本当にそうだと思う。
同じ境遇の中に居てもその人によって
とても不幸だと思う人も居ればそうでもない人も居る。
かえって今のこの苦しさをバネにして
一つ上登る人でさえ居ると思う。
結局はその人の心がどう感じるかで
幸せも不幸せも決ってくるのではないだろうか。
寧ろ、悲しみの中から喜びや幸せは生まれてくるのではないかと思う。
人が生きていけば当然、嬉しいことも辛いことも喜びも悲しみもある。
それはいくら嫌だと思ってみても避けられないことでもある。
そして、人は誰でも、少しでも喜びや嬉しさを感じたいと思う。
辛いことや悲しいことを減らし、
幸せで居たいと思うのは当たり前のことだと思う。
自分自身が欲している幸せな気持ち、
つまり喜びや嬉しさを避けて通りたいと思う気持ちは
悲しみや辛さとは裏表の関係にあるのではないだろうか。
相対的に存在しているのだと思う。
その悲しさや辛さと反対の幸福感との関係において、
その座標軸をどこにとるかによって決まるものなのだ。
たとえば、自分が病気になったときに初めて健康のありがたさを知る。
もしも事故で体が不自由になったら
今まで何も考えずにしていた当たり前のことを有り難いと感じるだろう。
料理をしていてちょっと指先を怪我しただけで
何をするのも不便だと感じることがある。
今こうして特別に苦労のない人生を歩いていると、
人はつらいこと、悲しいことには敏感になり、
見えない幸せにはなかなか気づかない。
そして、皮肉なことに、それを失ってはじめて
今まで当たり前だと思っていた自由に執着しはじめるのだ。
つまり幸せの多くは、
ふだん当たり前だと感じていることの中に存在しているのだと思う。
もしも、辛いことや悲しいことにあったときは
あの少女パレアナのように、その中から喜びを見つけよう。
その辛さや悲しみに執着せず、受け入れることから始めよう。
今自分がいくら泣き叫んでも事態は変わらないのなら、
無駄なことはやめてみよう。
ちょっとした小さな喜びでもいいから見つけてみよう。
そうすれば必ず心が軽くなり、
今まで悩んでいたことがほんの小さなことだったと気づくに違いない。
この悲しみや辛さがあったからこそ幸せに気づくことができたのだ。
神様はそういう幸せを人間に気づかせようとして
色々な試しの場を与えているのかもしれない。
どんな時でも逃げずに負けないで、
前向きになって小さな喜びを見つけることをしてみようと思う。
今日は土用の丑の日。
TVでもスーパーのチラシにも
「うなぎで夏ばて解消しよう!」とのキャッチコピーが流れている。
その言葉に乗せられたわけではないけれど、
今夜の我が家の夕食がうなぎに決まり!
簡単に献立が決ると後が楽だ。
ソーメンを湯がいて、
夏野菜のサラダを添えて、
デザートはやはり今が旬のスイカにしよう。
でも、私はうなぎはあまり好きじゃないのだ。
アナゴも好きではない。
長いものが苦手というわけではないのだけれど、
あのうなぎのぬめっとした感じ、
食べるときに匂うあの香り、
そして脂っぽい後味・・・
食べれば食べることはできるのだが
量は本当に少なくていい。
1切れか2切れあればそれで充分。
そもそも、丑の日にうなぎを云々と言い始めたのはいつの頃なのだろう?
土用とは、立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間のこと。
その中で十二支が「丑(うし)」の日を、土用の丑の日というとか。
とくに夏の土用の丑の日が有名で、
暑さを乗り切るためにウナギを食べる習慣がついたらしい。
ちなみに土用の丑の日にウナギを食べるようになったのは江戸時代のこと。
平賀源内がはやらないウナギ屋に相談され、
「本日 土用の丑の日」と看板に書いて貼り出させたところ
大繁盛したのがきっかけと伝えられている。 (健康用語辞典より)
確かに夏の弱った体には効きそうだ。
うなぎ100gにビタミンAは5000IU、
うなぎ100gでビタミンB1の1日分が補える。
また、他にもビタミンB2、ビタミンEが豊富だ。
カルシウム、鉄分、亜鉛、ビタミンDも多く含まれているとか。
今脳に良いといわれているDHEやEPAも豊富というから
まさに万能の食品のようである。
カロリーやコレステロールが高いように思われがちだが
これがそうでもないらしい。
栄養的に言ってもとても素晴らしいうなぎ、
このうなぎを今の猛暑の時に食するのは
本当に適切なことだとつくづく思った。
私も今夜はこのうなぎを食べて
日頃の栄養不足を補い、
元気でこの夏の暑さを乗り切りたいと思う。
今、私はあるデザート作りに凝っている。
それは、先日中学の時の友人の家にお邪魔したときに、
彼女が作って食べさせてくれたゼリーだ。
ゼリーというかブラマンジェというか、ムースというか・・
とにかくとても美味しい一品だった。
一緒に行った友人達も皆、口をそろえて「美味しい!」と声を上げた。
冷たく冷えたオレンジ色のゼリーと、
下には白い層のまるでチーズケーキのような味の部分が、
口の中でまろやかに溶ける感じ。
程よい甘さも良かった。
ケーキや甘いものはあまり好きではない私でも、
このゼリーは本当に美味しいと感じた。
作ってくれた友人も誰かに教えてもらったとか。
私は家に帰ったら作ってみようと思いレシピを教えてもらった。
帰宅した翌日早速作ってみた。
最初は大丈夫かな?という不安もあったけれど、
見た感じは友人の家で食べたのと同じゼリーが出来上がった。
娘が学校から帰るのを待ち遠しく感じたのは久しぶりだった。
娘に「食べてみて!絶対に美味しいよ」と言ったけれど、
私は味見をしていなかったので
本当のところちょっと・・心配していた。
でも、娘は一口食べてにっこりして「美味しい」と言ってくれた。
その言葉に自信を持って母の所へも持って行った。
両親は昔の人なので、ケーキ類はあまり食べない。
でも、母に後で聞いてみると、
「食べた後口もさっぱりして、甘みも口に残らないし
とても美味しかった」と言ってくれた。
それから昨日で3回作ったのだが、
やはりお菓子作りの基本が正しければ
間違いなく美味しく出来るということがわかった。
二回目に作った時は、
少し牛乳の量が多かったからかなかなか固まらなくて困った。
今日はちゃんと分量通りで作ったのできっと成功したのだと思う。
皆さんも一度お試しを!
材料
100%のオレンジジュース 400CC
牛乳 400CC
生クリーム 200CC
砂糖 110グラム
粉ゼラチン 15グラム
水 80CC
作り方
�� 水80CCに粉ゼラチンを溶かしふやかしておく
�� お鍋にオレンジジュース、牛乳、生クリーム、砂糖を入れ�� のふ
やかしたゼラチンを加えて火にかけ煮溶かす。
�� 全体が綺麗にとけたら容器にいれてアラ熱をとった後冷蔵庫で冷や
し固める。
自然に白とオレンジ色の二層に分かれるのでそのままでOK。
やはり手作りのものは安心して口にすることができるので嬉しいと思う。
今日のおやつもこのゼリーで決り!
人は毎日の生活を送る上で、
決して自分ひとりの力では生きていけないことを認識するはずだ。
まだ幼い子供は両親や家族の愛だけに頼って生きていける。
でも、学校へ上がると、
今までとは違って、周りの友人や先生との関係を学ぶことになる。
まだこの時点ではお互いに利害関係がなく、
横の繋がりだけで生きていくことができる。
でも、社会に出て社会人として歩み始めると、
今までには生じなかった色々なトラブルも出てくるはずだ。
それは時には二度と立ち直れないくらいの衝撃かもしれない。
また、二度と人を愛することができないくらいの
失恋を経験するかもしれない。
どちらにせよ、
人は人との関係を無視しては生活できなくなってくる。
このことが大人になった証拠なのかもしれない。
今、人生の半分を生きてきた私が
この矛盾でいっぱいの社会生活を拒絶していた頃のことを
冷静になって判断してみると、
いつも自分中心でなければ
とても悲しく辛い気持ちになっていたように思う。
考えてみたら滑稽なことである。
なんと思い上がっていた私だったのだろう。
よくあんな私が今まで生きてこられたなあと思う。
不思議な気さえする。
永六輔さんは次のように言っている。
「生きているということは誰かに借りをつくること。
生きてゆくということはその借りを返してゆくこと。」だと。
本当にそうだと思う。
生きていくときには人様からの助けや借りを作っている。
決して自分ひとりの力でなんでも出来たのではない。
そんなことを思っていたらそれは大きな間違いである。
人を頼りにして生きていくことは悪いことではないのだと思う。
でもいつか、その借りたものを、
自分自身が返していくことがとても重要なこだと思う。
生きていれば、たくさんの人に助けられたり、迷惑をかけたりする。
これは当たり前のことなのだ。
だから、自分も他人の失敗を許してあげる人にならなければいけない。
反対に誰かが悩んだり、色々な事があるときは
その人の悩みを聞いてあげよう、
そして、必要な時には助けてあげよう。
それが本当の意味での人の道なのではないだろうか。
私は無口だが、何か一つのことをこつこつとしている人に惹かれる。
何故だかわからないけれど、
派手でパフォーマンスだけ目立つ人は好きではない。
人が見ていようが見ていまいが、
黙々と自分がやりたい仕事をしている人の姿が眩しく感じられる。
それはどんなことでも同じである。
毎日着る服もそうだ。
一見パッと見のするものはやがて飽きが来る。
見栄えは地味だけれど、
目立たず品の良い服は何年経っても飽きずに着ることができる。
人もそうだ。
目鼻立ちがきりっとしていて、
第一印象はとても美しくステキに思えても、
もし、毎日その人の顔を見ていれば、
きっと飽きてくると思う。
昔こんなことがあった。
私の知人にとてもハンサムで見た感じも良い感じのする人が居た。
その彼が結婚することになったと聞いた。
私は彼の奥さんになる人はきっと彼にに似つかわしい、
美人で素晴らしい人だろうと思っていた。
でも、彼が選んだ人は地味で目立たない、
でも、とてもいい人に思える女性だった。
人でも、物でも何でもそうだが、
地味でも味のある、
飽きの来ない、嫌にならないの人、物が良いのだと思う。
先日アジア展があったときに行って出会った人は、
自分の道をひたすら歩んでいる人だった。
TVのディレクターとしてフィリッピンへ取材に行っていたときに、
その土地の人たちとの触れ合いにより、
その現地での暮らしや人に魅せられ、
今はフィリッピンに工房を持って
手作りの家具を作っていると言っていた。
同じ人間の一生の中で
目立たなくてもいい、
自分がやりたい道をこつこつと極めていく人生って
本当に素晴らしいものだと思った。
地味でもいい、人生の花なんて要らない。
でも、自分が納得できる人生をひたすら歩むことができたら、
どんなに素晴らしいことだろう。
そして、どんなに幸せだろうかと思う。
私もできたらこれからの残りの人生を、
人の目や言葉に左右されず、
自分自身の心に素直に、
そして誠意を持って生きていこうと思う。
たとえ、それが本当に地味なものであっても・・・
自分でいうのも変だけれど、
私の良いところは、
人と比べて自分を卑下したり、
人を羨んだりすることをしないことだ。
だって、私のできないことなんていっぱいあるから、
人を見ていいなあと思っても、
それで、人を羨んだり嫉妬しても仕方ないと思う。
人と自分を比較することで、
何かいいことはあるだろうか?と考えてみた。
人と自分を比較して、
悲しくなったり、
腹が立ったり、
嫉妬してしまったり、
落ち込んでしまうことがあるという人は多いかもしれない。
でも、これは自分自身の気持ちをしんどくする。
自分で自分の首を絞めているようなものだ。
こんな比較ならしないほうがいい。
自分自身が不幸になるだけだから。
つねに私は「人は人、私は私」だと思っている。
勿論、私にできないことを人がしていれば、
凄いなあ・・とは思う。
でも、これは羨むことでも嫉妬することでもない。
私は小さいころから、
私の周りの人と同じことをすることができなかった。
友人たちが外で楽しそうに走り回っているときも、
私は教室の窓からそれを眺めることしかできなかった。
でも、不思議なことに、
私の周りの人たちを決して羨むことはしなかった。
それはやはり、
私が生まれたときから病気だったからかもしれない。
もしも、私が健康体であったとしたら、
私の出来ないことを人がしていると、
悔しい思いをしただろう。
私が病気を持って生まれてきたこと、
これこそが私の原点でもあり、
心の葛藤の原因にもなっていた。
でも、
本当に人は人、私は私だと思えるようになってから、
心の軽くなったし、
少々のことで悩むこともしなくなった。
もしも、どうしても人のことが気になる人は、
比較したことをばねにして頑張ってほしいと思う。
そして良いライバルとして、
お互いを支えあっていってほしいと思う。
この時の比較は決して責められるものではないと思う。
この頃よく思うようになった。
それは、今までの私が歩んできた人生のこと。
今までの私の人生を振り返ってみたとき、
決していいことばかりではなかった。
挫折もあり、本当に自分でどうして良いかわからないこともあった。
今思うと、あの頃の私は本当に弱い人間だったと思う。
体が弱いのは今も同じだけれど、
こうして色々なことを経験したお陰で、
心は今の方が大分強くなってきていると思う。
私は小さいころから甘やかされて育った。
先天性の心臓病があったから、
両親は私を本当に過保護に育てた。
私はその両親の庇護の下に、
何でも私の思うようになると信じて育った。
我儘になったのも仕方ないことかもしれない。
そんな我儘な私、甘えん坊の私は、
何か困難なことにぶつかった時、
直ぐに逃げるか投げ出すかの道を選んだ。
忍耐や辛抱と言った言葉は、
私の人生の中には皆無だった。
今はそんな私自身がとても恥ずかしいと思える。
人生なんてそんなに甘いものじゃない、
苦しいこと、辛いことの方が多い。
その苦しみや辛さに耐え、
自分自身の心を支えてはじめて、
人は生きているといえるのではないだろうかと思えるようになった。
あの岡本太郎は言っている。
「困難な道は、自分を鍛えてくれる道
長い目で見れば近道
実力をつけることがいずれ大きな成果につながる」と。
困難な道だからこそ、
その向こうに待っているものは素晴らしいものに思えるのだと思う。
何でも直ぐに手に入り、
簡単に成し遂げられるとしたら、
努力も辛抱も必要のないものになるだろう。
そうではなく、
もし、自分が何か困難に出会った時は、
その向こうに見える高い望みを思ってみよう。
そして、その望むものが高ければ高いほど、
困難も大きいということを覚えておきたい。
これからの残りの人生の中で、
また困難なことに出会う可能性はいっぱいある。
でも、そんな時でも、
今までのように逃避するのではなく、
向こうに見える大きな幸せを目指して頑張ろうと思う。
でも、今の私はヴァイオリンから逃げているのかもしれない・・・
逃げちゃ駄目だ!
頑張らなくっちゃ!
中村天風先生の詩に次のような詩がある。
「雨の日 風の日」
人はなあ
この世に グチ言いたくて
生まれてきたんや おまへんで
悩みや 苦労は へのカッパ
雨の日 風の日
ありまんのやが
雨が降れば てるてる坊主
可愛い孫が つるします
晴れればよし 曇りてもよし
富士の山
今日も一日
怒らず 怖れず 悲しまず
感謝、感謝一筋に
本当にこの通りだと思う。
怒らず、怖れず、悲しまず
こんな人生を送れたらどんなに楽だろう。
自分自身の気持ちの持ち方一つで、人は変る。
人にとって一番大事なもの、
それは「ありがたい」と思う心
つまり「感謝のこころ」だと思う。
また次のような詩もある。
「 現在 ただ今」
人はなあ うまくゆくように
できてます
幸せ 健康 長生きと
お金もにこにこ やってくる
メソメソ しなはんなや
夜のあとには
きっと朝がやってくる。
お目めが開いて
息している 只今やんか
こんな有り難いこと おまへんで
たとい 身に病が あろうとも
心まで 病ますまい
歓びだ 感謝です
今日も 楽しい一日です
精一杯 きょうの仕事に
励みましょう
つまりは、今直面していることだけを考えれば良いのだ。
過去のことばかり考えても駄目だし
未来はどうなるか誰にもわからない、
だから、今を大切にして
感謝の心を持って
生きていくことが大事なことなのだと思う。
私も出来るか出来ないか分からないけれど
毎日をこういう気持で過ごしていこうと思っている。
昨日、本当に久しぶりに中学時代の友人達と会った。
あれからもう40年近い年月が流れたのに、
会ってみると、
まるでタイムスリップしたみたいに
あの頃に戻れるのがとても不思議だった。
「○○君はどうだった」
「○○先生って・・よね?」
などと懐かしい話に花を咲かせて数時間はあっと言う間に過ぎて行った。
昨日お邪魔した友人は、
高校時代の同級生と結婚したと聞いた。
私の理想だった。
中学生や高校生の頃に知り合って
いわば初恋の相手と結ばれるなんて
本当に幸せだと思う。
私の夢にも近い話だ。
結婚しても昔の話や友人の話に
共通点が多いから
普段の何気ない会話も進むだろう。
年を取ると余計に昔のことが思い出されるから
共通の思い出を持っているなんて
本当にステキだと思った。
私がもし大昔の高校時代に戻れるなら
あの頃に付き合っていた彼ともう一度やり直したい。
彼とは高校卒業以来、一度も会っていない。
同窓会もお互いの出席が食い違っていたから
会いたい気持ちはあったけれど
会えないまま今に至っている。
電話では二回話しをしたことがあるし、
毎年の年賀状交換は今も続いている。
でも、会ってみたいと思う。
昨日も私は彼の話を出して皆と喋った。
記憶って頼りないもので
同じ学年でも殆ど覚えていない人も居た。
そんなふうにして、存在すらも忘れていくのだろうか?
ちょっと淋しい気もするな。
でも、思い出ってそんなものかもしれない。
だからこそ、懐かしくも感じるし
全てがいいものに感じられるのだと思う。
昨日の話の中に出てきた人たちのことも
嫌な思い出よりも懐かしい思い出に変わっているのがわかった。
今度いつか中学時代の同窓会をしたいと心から思った。
| 2004年07月13日(火) |
自分が何と向き合っているか? |
もしも、今あなたがとても辛い立場に居るとしたら、
悲しみ、悩んでいるだけではなくて、
今自分の置かれている立場、
自分の居る位置に拘るのをやめてみよう。
人の人生は人それぞれだから、
傍目には恵まれすぎている人もいれば、
本当に不幸な星のもとに生まれたと、
思っている人も居るだろう。
考えてみると、
たまたま、不幸な環境の中に生まれた人は、
この世の中にいっぱい居るはずだ。
でも、その人たちが皆、
自分自身の不幸を嘆いているかといえば
そうではないと思う。
例えば、
家が貧しい、
不自由な体で生まれてきた、
親の愛を受けずに育った、
というように、色々な不幸だと感じる形がある。
でも、本当はその不幸だと感じる境遇が不幸なのではないと思う。
本当に不幸なのは、
その不運な現実を受け入れることのできない心なのだと思う。
私は今まで何度も言っているけれど、
決して健康な体ではない。
先天性の心臓病で生まれ今は一級の身障者でもある。
でも、これは強がりでもなんでもなく、
今まで自分が不幸だと思ったことがない。
勿論、人と同じことのできない場面にあった事は何度もある。
でも、それは私の存在の一部分であり
私から心臓疾患を取り除けば
私自身でないような気がする。
だから一度もそのことで、
自分が不幸だと思ったことがないのかもしれない。
不幸とは自分が今置かれている立場、
境遇を受け入れることが出来ないで
もがき苦しむことなのだと思う。
本当に今自分の心が満ち足りていれば、
人から見て不幸に見えたとしても、
決して自分自身は不幸ではない。
本当の幸せとは、
お金もちであることでもなく、
地位の高い職業について裕福な暮らしをすることでもない。
人生にとって一番大事なことは、
その人が置かれている位置ではなく、
その人の考えている生き方の向きだと思う。
そして、自分で心豊かに生活していたとしても
いつどんなことが起きるかわからない。
でも、どんな時でも
自分自身を失わず、
冷静になって考えていくこと、
もしも、挫けそうになったら、
今の自分自身を受け入れ、
自分の望む姿を思い浮かべてみよう。
そうすればきっと道は開けていくと思う。
そして、どんな小さなことにでも幸せを見つけることが出来るのだと思う。
人って、何かあると心が揺れ動く。
人生はいいことばかりではないから、
悲しいことや辛いことはいっぱいあるはずだ。
もしかしたら、死にたくなることだってあるかもしれない。
でも、どんな状況の中でも、
自分の心を見失わずに居られたらどんなに良いだろう。
そのためには、人の言動に振舞わされないことである。
そして、自分にとって今何が一番必要か?
どうすることが一番良いことなのだろうか?と
自分の心に素直に生きることが大事なのだと思う。
人が悲しい気持ちや心配な気持ち、
そして眠れないほどの不安な気持ちになるのは、
自分自身が何か悪いことを想像しているからだと思う。
暗い気持ちになるのは、
自分が悲観的な考え方をしているからだと思う。
もしもそうなら、
自分の考え方を前向きに変えてみよう。
マイナスのことばかり思わないで
プラス思考をしてみよう。
悪いことばかり考えるのはやめよう。
そして悪いことばかりを想像するのをやめてみよう。
そうすればきっと不安や心配、悲しい気持ちが
少しすつ消えていくのではないだろうか?
そして、今の自分自身を受け入れると共に、
何でも良い、
小さなことでもほんの些細なことでも良い、
明るいことを思ってみよう。
希望を持ってみよう。
何か目的を持ってみよう。
そうすればきっと、
今の悲しい気持や
不安や心配している気持ちが
明るい心に変わっていくのがわかると思う。
私も色々なことを経験してきた。
心の病気になったこともある。
それはきっと、
私が自分で自分の心を縛っていたからだと思う。
今の私は違う。
私は今の自分の状況を受け入れ、
物事を色々な方向から眺め、
前を見て、
明るいことを考えて生きていけるような気がする。
それが、
今まで無駄に人生を歩んできたことではないという証なのだと思う。
人間も50年生きてくると、
色々な所が故障をしてくるのは当然かもしれない。
私は先天性心臓疾患を持って生まれてきたので
小さい頃から病気には慣れていた。
元気な人と違って
病院のお世話になることが多かったから
かえって、
ほかに大病をしなくて今までこれたのかもしれない。
女性は特に私くらいの年齢になると
更年期障害に悩まされる人が多い。
幸い、今の私にはその兆候は出ていない。
まだ娘も中学三年で
私から完全に手が離れたと言うわけでもないので
やはり私の必要性はある。
だから、気持ちにはいつも張りがあって、
年よりも若いと思っていた。
でも、体はやはりそうはいかないようだ。
「気になるところがあれば即病院へ」
をモットーにしている母が聞いたら
「早く病院へ行きなさい」というに決っている。
母には心配をかけたくないからまだ言ってはないけれど
正直少し心配なところがある。
数ヶ月前にも一度同じようなことがあった。
でも、しばらく様子をみようと思っているうちに
症状が治まったのでそのままにしていた。
この数日前から少し変だなと思うようになっている。
明日は行こうと思いながら今日に至っている。
私も人のことなら、
母と同じ言葉を言うのだが
自分のことに関しては
割りと無頓着なところがある。
だから、まだ腰を上げていないのだ。
でも、「もしかしたら?」という思いはしている。
このまま放っておいてもなんともない可能性も大だ。
また反対に大変なことになる可能性もある。
そろそろ腰を上げて病院へ行ってみようかと思っている。
多分大丈夫だとは思うのだけれど・・
何でこんなに暑いのだろう?
一昨日はなんと37℃近くあったらしい。
人の体温よりも高い気温だ。
私は夏が苦手だから
今年のように7月に入っての猛暑は本当にこたえる。
一日中クーラーの部屋で過ごせればいいけれど、
そういうわけにもいかないし、
また体に悪いと思うし・・・
朝早く起きるのが好きな私は
もしも一人暮らしなら、
朝早くに家事を全部済ませて
後の時間はゆっくりと涼しい部屋で過ごしたい。
でも、今は無理だ。
だから、なるべく「暑い」という言葉を使わないで暮らしたい。
昔「暑い」という言葉を使ったら
罰金¥100なんてしたこともある。
そういえば、私が一番罰金箱に入れてしまっていたまあ・・・
とにかく、暑いのは嫌だ。
北海道に住んでいる人が羨ましくなる。
梅雨のないのが良い。
暑さも湿度が低ければあまり暑さも感じないだろう。
湿度も高く、気温も高いのが一番暑く感じる。
確かに、日本に四季があることはとてもステキなことだ。
暑い日が続くからこそ、
秋になって涼しさを感じると嬉しいのだと思う。
また、寒さで震えた日々があったからこそ、
色とりどりの花々の咲き乱れる春が嬉しいのだと思う。
四季の移り変わりで
日本の情緒を味わうことができるのだ。
俳句の季語も四季があってのものだと思う。
何でも考えようかな?
暑い暑いと言いながら過ごすのではなくて
この暑さを受け入れて
「夏は暑いものだ」という気持ちを持って、
これからの数ヶ月を過ごしたいと思う。
ものは考えようだから、
同じ暑さも少しは違ってくるだろう。
愚痴を言っても仕方ない。
この暑さがあるから、10月の素晴らしさがあるんだから。
しかし、それにしても「暑い」
| 2004年07月09日(金) |
中村天風先生の言葉より |
私にこの先生のことを教えてくれた人、
それは私にとってとても思い出深い人だ。
忘れたくても忘れられない人でもある。
その彼が教えてくれた中村天風先生の生き方は、
あの悩んでいた頃の私にどんなに勇気や、
生きる力を与えてくれたことか。
その先生の言葉を。
「天風道 幸せの詩」より
「わたしの寿命は百二十五」
「わたしの命は 百二十五
誰がいったか 知らないが
そう心に決めると 楽しいわ
笑って 歌って ねころんで
今日も あれやろう
明日は これやろう
やること 沢山
今の今が たのしいよ
苦労があっても
これはカミさんの 思し召し
解決せよと 知恵だせよと
この世の試験と 思えばよい
楽しく果実を 描きみて
知恵が 足りなきゃ
知恵者・賢者を探せばよい
百をこえて 二十五まで
まだまだ あるよね
あれも これもと 欲張って
素敵な人生 おくりましょ」
この詩を読んでいるうちに本当に心が軽くなった。
悩んでいることが馬鹿馬鹿しくさえ思えた。
なんだか楽しくなってきた。
本当に私は百二十五まで生きるつもりで、
心を明るく前向きに元気に居たいと思う。
私には生きる力がある。
私には生きる勇気がある。
私には生きる信念がある。
自分を信じて生きていこう。
自分をもっと高めるためにも。
| 2004年07月08日(木) |
かまぼこ板の絵展覧会 |
今年も「かまぼこ板の絵展」がやってきた。
私も作品を2点出品したが、やはり佳作にも入らなかった。
(当たり前だけれど、出すことに意義があると思ってるから)
でも始まったら行ってみようと思っている。
あのこころの天使さんに会いたくて。
そう思っていたら、
昨日城川の浅野さんから次のようなステキな手紙が届いた。
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私たちの町奥伊予城川町は合併して「西予市」になりましたが・・・
森の中の小さな美術館は元気ハツラツです。
ただいま、満開の合歓の花に囲まれて「かまぼこ板の絵」たちの大合唱中。
曲名は「十年目のありがとう!十年目のありがとう!」です。
お元気ですか?
春にはステキなかまぼこ板の作品を送っていただき有難うございました。
あなたの作品は緑の風に変わり、
山を越え、海を渡り、元気いっぱいに・・届きました。
募集の時に「家族愛を描いて下さったら嬉しいなあ・・・」
とお願いしたら、
涙が止まらないような思い出や、
ヘソが茶を沸かすような出来事が作品になって届きました。
楽しみにしていてください。
いつもユニークな作品で大人気の
曽我八千代さんが満百歳を迎えられ、
板の上で「あーア」とあくびをしておられます。
元気で百歳・美しい百歳に乾杯です。
記念すべき第十回展は
7月20日(火)から11月23日までです。
20.827人の13.701点の作品たちが
首を長くして待っているから絶対に来てね!
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この手紙を見て今年の楽しみがまたやってきたと思う。
どうか皆さんの中で興味のある方は是非見に行ってみてほしいと思う。
先日の叔父の死で私は色々なことを思った。
生きるということ、
死ぬということ、
家族というもの、
世の中の常識というもの、
そして人の心について。
叔父の死は悲しみだけではなく
残された者たちへ色々な教訓を残したのだと思う。
自由に生きることは肯定されるものではないのかもしれない。
家族というものの存在は一生その家族それぞれに
重たい鎖として繋がっているものなのかもしれない。
いくら新しいものが発明され
世の中が変わっていっても
決して変わることのないものも存在するのだと思う。
この世で生きていこうとする限り
世間の常識や慣習を全く考えないではいきていけない。
私は私自身の葬式などいらないと思っている。
骨になったら海にばら撒いてもらったので良いと思っている。
でも、私はその気持ちがあっても、
残されたものたちの気持ちを考えると、
やはりお墓の存在は必要だと思えるようになった。
残された者たちが故人を供養したいと思うとき
お墓参りによってその気持ちが叶えられる。
そして、残されたものたちは亡くなった人たちが
自分達を見ていてくれるのだということを考えてみたいと思う。
悲しみは時間が経てば癒される。
そして、残された家族にとっても
毎日の生活が待っている。
悲しんでばかりでは生きていけない。
前を見て、自分の頭で考え
自分の心で判断し、思い、
そして自分の足で歩いていく。
こうして前を見て生きていくことがいかに大事なことなのか、
少しずつ私にも理解できるようになった。
叔父の遺影を見るたびに涙が止まらなかった。
もう二度とあの笑顔を見ることはできない。
存在の確か不確かさ・・
今の私の生きる意味、存在する意味、
これも私がこれから生きていく上での宿題なのかもしれない。
毎日を大事に、自分自身の心に素直に
私は私の道をマイペースで歩いていけたらいいのにとつくづく思う。
人に感謝する気持ち、
「有難う」と思う気持ちをあなたは素直に表しているだろうか?
自分が相手に対して、
有り難いと感謝する気持ちを、
言葉や態度であらわすことができているだろうか?
「言わなくても、心の中では感謝している」という人が居るだろう。
でも、いくら心で思っていても、
その自分の気持を表さないと相手には伝わらない。
これは相手に誤解されても仕方の無いことだ。
アメリカの作家W・A・ピーターソンの言葉に次の言葉がある。
「感謝する技術とは、あなたの感謝の気持ちに
手や腕や脚をつけ、声を加えることで感謝することである。
感謝する技術とは 他人も幸福にしようと努力することで、
自分の幸福を感謝することである。」
この言葉を考えてみると、
いくら心の中で感謝していると言っても
それが相手に伝わり、相手を幸福な気持ちにさせないと
何もならないのだということになる。
私の夫は無口である。
もう今は大分慣れたけれど、
時には何か淋しく感じるときがある。
それは、多分夫が「言わなくても心の中で思っている」というからだ。
でも、私が思っているとおり、
やはりいくら心で思っていても、
それを相手に伝える技術を持たないと
感謝の心が上手く伝わらないということだ。
勿論照れくさい気持ちがあって、
思っていても言えないという気持ちはわかる。
家族だから、夫婦親子だからこそ
余計に言えないのかもしれない。
これが他人に対してなら
夫もちゃんとお礼の言葉や感謝の気持ちを言えるのだろう。
でも、「有難う」というたったこれだけの言葉だ。
口に出すことくらい簡単なことだと思う。
そして、その感謝の気持ちに手や腕や脚をつけてくれたら
もっと私に早く伝わるし
余計にその気持ちが有り難く思える。
私はこれから感謝の気持ちをつたえるときは、
このことをよく覚えておきたいと思う。
自分でもこんなに疲れるとは思ってもみなかった。
他人からみたら、決して大したことではないであろうことに
私は相当のエネルギーを使ったのだろうと思う。
昨日の夜行われた地区別懇談会の司会の仕事は
私にとっては初体験だったし、
どういうふうに進行すれば良いかは
先にもらったマニュアルでわかってはいたけれど、
やはり出来上がったマニュアル通りの司会進行はしたくなかった。
私の言葉で、私のやりかたでしたいという気がしていた。
集まってくれたのは全部で30人ほど。
私が事前に声をかけて集まってくれるように頼んだのに
実際に来てくれた人の数は半分にも満たなかった。
それでも来賓の方の人数よりは多かったので
私の面目も立ったというものだ。
来賓の方々の紹介から始まって
夏休みを前にしての先生からのお話、
学年別に集まってもらっての話し合い、
先生を交えての質疑応答など
時間もたっぷりととることができ、
内容のある充実した話合いが出来た、
最後に来賓の方のお話があったのだけれど、
今のお母さんへの希望として
「子供には自分のことは自分でさすこと、
過保護にならぬこと、
祖父母との交流を大事にすること」
などが出た。
この話は私にとっても耳の痛いことである。
今親と子との関係はべストのものではないように思う。
やはり親の言葉、親の態度が子供へ影響するのだ。
甘やかすことをやめ
お祖父さんやお祖母さんとの交流の中で
色々なことを感じさせてやってほしいと仰った。
本当にそうだと思う。
一番難しい時期であろう中学生時代の子供達について
こんないい話を聞けたことはとてもラッキーだったと思う。
昨日の夜の私は無事に司会を終えて心の緊張が溶け、
急に疲れが出たのだろうと思う。
満足感、虚脱感、達成感、
なにもかも入り混じったままだけれど、これで良いと思う。
とにかく私は私にお疲れ様でした!と言いたい。
| 2004年07月02日(金) |
あってもなくても、居ても居なくても |
一人が淋しくてたまらない人が居る。
一人では耐えられないと感じる人も居る。
人は皆それぞれだから、
淋しくてたまらない人のことをどうこういうつもりはない。
でも、人は一人で生まれて来て一人で死んで行く。
いくら家族と言っても、
親友だとしても、
愛し合っている恋人同士であっても
私ではないし、あなたにもなれない。
人は一人なのだと思う。
娘の中学の参観日に行っていつも思うことがある。
それは何をしに来たのか?と思うくらい
母親同士、友達同士が集まり
授業そっちのけでワイワイと話に興じているのだ。
ひどいときは授業中の教室の中で、
となりの人との雑談をしている親も居る。
何故?
一人で座って黙って聞くことができないのだろうか?
何故?
誰かと一緒でないといけないのだろう?
私は人と話すことは好きだし、
人との出会いも大切にしている。
でも、群れるのは好きではない。
大勢が集まってあることないことを、
ワイワイと話している事、
こんなバカみたいなことはないと思う。
友人は大切だ、
心を許せる親友も居る。
でも、もし誰も居なくても生きていけることには間違いはない。
自分をちゃんと持っていれば、
誰かが側に居ようと居まいと、
また何かがあろうとなかろうと、
決して振り回されずに生きていけると思う。
自分らしく、
自分を見つめて、
自分の足で歩いていきたい。
それが本当の自分自身のための人生を歩むことだと思うから。
私にとって今日が良い日になれば良いと心から思う。
今日は本当に久しぶりに昔の友人との再会ができることになっている。
松山を離れ遠くへ行った人と、
こうして会って話が出来るのは何年ぶりのことだろう?
どんな顔をしているかな?
懐かしく思ってくれるかな?
忘れてないかな?
何を話せば良いのだろう?
もしかしたら場がしらけるのではないかな?
朝10時に駅に迎えに行くことになっているのだけれど、
大丈夫かな?
本当に来てくれるかな?
なんて、昨日の晩は眠れないほどだった。
そして、やはり今朝早くに目が覚めた。
彼女は私が一番輝いていた時に知り合った人だ。
それから色々なことがあった。
お互いに違う人生を歩んでいくことになった。
彼女は結婚して伴侶を失って、
一人で子育てをして頑張った人。
私はそれからあの入退院の繰り返しだった。
だから、今日こうして私の元気になった姿を
彼女に見せることが出来るなんて思ってもみなかった。
再会できるなんて思ってもみなかった。
彼女から7月に入ったらそちらへ行っても良いとメールが来た時、
私は「嘘!(_□_;)!!」という感じだった。
信じられなかった。
まさか、私が生きている間に、
もう一度会えるなんて思ってもみなかったから。
何所へ行こうかな?
喫茶店で話しても良いし、
どこかドライブもいいな。
きっと時間の経つのも忘れるだろう。
再会の喜びを共に味わいたい。
そして、これから将来の夢や希望を聞きたいと思う。
私は今、自分自身の生き方を幸せだと思っている。
そして、日々の小さなことに、
私は生きているという実感を持って生きている。
彼女もそうであってほしいと思う。
彼女とこれからもお互いにいい友人として、
長くお付き合いできたらいいなと心から思う。
再会の今日が良い日に、
良い思い出になれば良いと心から願っている。
スカーレット
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