スカーレットの心のつぶやき
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2011年06月29日(水) 良くならない

夫が良くならない。

手術が先月5月17日

腹水がたまり出したのが直後。

再入院が今月6ガツ9日

再入院して20日になる。

針をさして腹水を抜いたのが

21日火曜日。

その後いい方向へ向かず

エコー検査の結果まだ腹水が残っているとのこと。

アルブミンの値も下がって来て

昨日からアルブミンの点滴をすることになった。

三日間するらしい。

これで全身の栄養が少しでも改善し

腹水が体外に出てくれると良いが・・・

療養休暇が明日で切れる。

医者は診断書を書き換えるから

しばらく治療を続けると言った。

夫は今の状態では仕事どころか

家の中で過ごすことも無理だろう。

いつになったら元気になるのか?

考えると私まで落ち込む。

だから、こんな時こそ気分転換して

笑って夫の傍に行けるようにしたい。


2011年06月28日(火) 疲れてる

本当にしんどい。

暑さもあるだろうが

5月の夫の入院からずっと忙しくてしていて

私の体も悲鳴を上げているみたい。

昨日は娘を病院へ連れていった。

夫は歯磨きをしていたところだった。

娘の顔を見て微笑んだ。

娘もお父さんどう?とも言わない。

夫も来てくれて有難うも言わない。

でも、分かりあえているのだろう。

まあそれは良い。

娘が父の日のプレゼントを渡した。

ナノレゴというもので

小さな小さなブロックで何かをつくるもの。

オカメインコだった。

二人で一生懸命作っていた。

夫はきっとしんどかったと思う。

それでも、娘には嫌とは言えない。

否、言わない人だ。

私が持って行っても決してつくることはないだろう。

でも、娘に気を遣う人なので

娘の機嫌が悪くなるのも怖いのだろう

結局完成させた。

その後栄養指導へ。

考えたら夫の食事作りを一生しないといけない。

普通に食べるのなら

何もしんどいことはないが

塩分と水分制限食をつくるのって大変だ。

お醤油も減塩醤油を使わないといけない。

一日4グラムしか取れないって

薄味にしてもとりすぎとなるのではないだろうか。

1時間ほど指導を受けて

娘と病院を後にした。

それからエミフルへより

娘の買い物に付き合い

お昼を食べ帰宅したら2時だった。

家事をしてアズキの世話をして・・

夕方になって娘に本屋に行きたいと言われ

また車を出す。

いつもより遅くなって夕ご飯。

そして、髪染め

終わったら午後10をすぎていた。

アズキも興奮してなかなか寝ない。

私の方が先に寝たかもしれない。

それほど疲れている。

私一人の生活ならどんなに楽だろう。

比較することは出来ないが

それでも、家族が居るのは有難いことだ。

頑張ろう。

と思って頑張って来たが

そろそろ私も限界みたい。

私が寝込んでも誰もみてくれないし

勿論、入院しても毎日毎日来てくれる人もいない。

ということは寝込んだら損だということかな・


2011年06月27日(月) 夫と娘

昨日、姉が夫の病院へ行きたいというので

お昼の時間に一緒に行った。

姉には予め夫の様子を話していたものの

実際に目で見て言葉がないと言っていた。

夫の話は声が聞こえないほどか細い。

元々静かな人ではあるが

このひと月は本当に生きている線が細くなってしまった。

夫は昼をほとんど残した。

そして、一日中しんどくて

身の拠がなくて

睡眠剤で寝ている時が一番良いらしい。

本当に重症だ。

夫のことを考えると

私も気分が落ち込むが

敢えて普通に接している。

今、私が一緒に落ち込んでも仕方ないから。

昨夜、娘が帰省した。

広島で受験後スーパージェットで帰って来た。

午後9時20分に着くので

アズキを連れていった。

娘の顔を見てアズキも私も嬉しかった。

夫も娘の顔を見たらにっこりするかもしれない。

今日は夫の食べる食事の栄養指導があり

9時まで行かないといけない。

娘も一緒に行ってくれると言う。

夫の笑顔が見えるかもしれないな・・


2011年06月26日(日) 少しでも涼しく

母の家に移り住んでからもうかれこれ一年になる。

母を看護していたのは暑いこの時期だった。

去年は猛暑だったから

いくらエアコン嫌いの母も

朝から一日中エアコンをつけていた。

母が亡くなった時は10月だったが

やはり暑くてエアコンを入れていた。

今年の夏は去年ほどではないと言われているが

この数日は真夏日で、梅雨明けしたみたいに暑い。

少しでも涼しく過ごしたいと

家の中を風が通るようにしようと思って

昨日も私が寝ているベッドの横の窓を

網戸をしたまま寝れるように

アルミのすだれを買ってきた。

本当は窓の外側から吊るのだが

私の身長が高くないので

取り付けることができなかった。

いつもなら夫に頼んですぐに付けてもらえる。

それが当たり前になっていた。

でも、夫が居ないから仕方ない。

一人暮らしの不便さを痛感した。

結局、家の中に吊るした。

竹の簾と違ってアルミの簾は

紫外線や熱をカットしてくれる。

だから、これからは☂の日以外は

網戸にしたまま過ごせる。

今日も暑くなりそうだ。

少しは違うかな・・・

リビングの大きな掃き出しの窓

これも網戸にしたままにしたくて

ロックできるものを買って来た。

でも、これは今一つ。

網戸を動かしたら入ってしまう。

やはり戸締りすることにした。

それと、夫が退院して

この家の二階で療養する時のために

昨日はエアコンを買った。

明日か明後日設置してくれる。

夫には黙って驚かせよう。

前には要らないと言っていたが

寝ている時間が長いと必要になる。

昨日は友人と会うことになっていて

一緒にヤマダ電機へ行った。

節電と言われているが

エアコンを買い求める人が多かった。

広告に出てた5台限りの品は買えなかったが

それよりちょっと高かったものの

買うことが出来て良かった。

娘が帰省した時にもきっと役に立つ。

今年の夏も熱中症にならないで

夏バテしないで過ごしたい。


2011年06月25日(土) 主治医と話を

昨日、予てよりアポを取っていた

夫の主治医と話をすることが出来た。

私が病院に着いたのは

午前11時過ぎだった。

いつものように駐車場へ入るのに時間がかかったものの

想像していたよりスムーズに入ることが出来た。

夫の病室に入る前にナースステーションに行き

看護師に先日お願いしたことを話した。

主治医は今エコー検査をしているので

エコー室の前で待っていてくれとのこと。

お昼ご飯が近づいたので気にはなったが

待つことにした。

主治医と話すことが出来たのは昼前だった。

開口一番、今の夫の状態が心配だと話した。

そして、脾臓摘出手術の前に

肝臓の状態が悪かったことをわからなかったのか尋ねた。

医者の話では

血液検査では大丈夫だった。

でも、結果的には脾臓摘出をしない方が良かった、

そういうことに思われても仕方ないと言った。

そう言われれば何も言えなかった。

済んだことを言っても仕方ない。

これからどうしたら良いか?を考えないといけない。

夫が食べられなのは

決して肝硬変から来ているのではない。

やはり血液検査の結果からだが

今の肝臓はAランクだと言った。

嘘?信じられない・・・

そして、

腹水がたまったことについては

肝臓が血液内の水分を処理できないからだ。

今後もきちんと食事制限をしていけば

腹水がたまったりはしない。

寝ているだけではなく

歩いたり動いたりしていけば

食べれるようになるはず。

今、食べている量で不足はしていない。

ほかに何か原因があるのではないか。

等々言われたが

納得できる部分と出来ない部分があった。

ただ、退院を急ぐのはやめてほしいと言ったことは

分かってもらえた。

月曜日に食事指導がある。

そして、試験外泊をしながら

段々と日常生活が送れるようになるか試して

仕事復帰はそののちのことだとも言われた。

結局、時間がかかるということなのだ。

病室に帰ったらお昼を終えていた。

夫のご飯はほとんど残っていた。

益々痩せている。

これで十分なのか?

疑問に思ったが夫には言わなかった。

夫の気持ちを考えると言えなかった。

でも、気にはなる。

主治医と話したことのうち

少しだけ報告しておいた。

でも、夫は不安を感じている。

それがわかるだけに

私自身もとても複雑な思いがする。

今は何もしたくない。

今は夫のことだけを考えないと。

改めてそう思った。


2011年06月24日(金) 暑かった

昨日は、本当に暑い一日だった(~Q~;)

午前中は本を読んで過ごしたが

まだ風もありなんとか過ごせた。

夫の病院へ行き

一昨日のことを引きずっていたから

長くは居られなくて

夫のお昼が済んで用事がないみたいだったので

早目に帰ることにした。

帰ってみたら部屋の中がむっとしていた。

網戸にしていても開けっ放しに出来ないから

泥棒よけがない窓は締めている。

家に居たら窓を開けて風を通すけど

それができないから暑いのはあたりまえだ。

アズキには扇風機を遠くからそよそよとかけていた。

帰って先日つけたエアコンのスイッチをオンにした

四畳半を締め切ると

設定温度を28度にしエコ運転にしても

涼しくて気持ちが良い。

アズキも気持ちよさそう(#^.^#)

しばらくその部屋で過ごした。

朝が早かったからアズキは寝ている。

でも、私は昼寝をするタイプではない。

用もあり外出。

車の中は涼しいが

外に出るとその温度差がひどくてしんどい。

本当ならエアコンはまだつけないのに

アズキがいるとアズキのためにつけることになる。

節電、節電と謳われているが

節電して熱中症になったりしたら

損だ。

適当にしよう。

夫の病院も節電しているのか暑かった。

大部屋なのでクーラーはついていない。

ナースステーションは涼しいのに

これは何?と思ってしまう。

患者は病気なのだ。

医師や看護師は元気だろう。

ナースステーションを涼しくするのなら

大部屋も涼しくしてほしい。

病院に居て熱中症になったなんて笑えない。

私は暑さが大の苦手。

寒い方が好き。

暑いとそれだけでしんどい。

クーラーの前に一日立っていたい気分。

今日は昨日より1度低い予想だけど

そんなに変わりはないだろう。

ああ〜しんどいな(´;ω;`)


2011年06月23日(木) 書けない

心の中に夫のことへの思いがいっぱいある。

でも、書けない。

つぶやいても仕方ないことだから。

昨日は義母を連れて病院へ行った。

その時のことが今も私の心の傷として残っている。

発想の転換を図ろうと思うけど

昨夜はあまり眠れなかった。

これから先、一体どうなるのだろう・・

不安でいっぱいだ。

自分自身の体のことを忘れているが

たまにしんどくてたまらなくなる。

でも、私が倒れたらどうなる?

夫のことも義母のこともアズキのことも

何もできなくなる。

私が元気で居なきゃと思うけど

私にも限界があるもの・・・

病院で診てもらおうと思いながら

毎日時間に追われて行く暇もない。

今日こそ行こうか?

でも、きっと行けなくなるのだろうなあ。

ああ〜知らない土地で今までと全く違う生活がしたい。

勝手な私。

悪い私。

心の中に悪魔がいるのかな・・


2011年06月22日(水) 腹水

昨日、想定していた通り

夫は針をさして腹水を抜く処置をした。

午前中に腹部エコーをした結果

2リットルくらいたまっていることが分かった。

腹水を抜く処置の名前はややこしいので省く、

手術ではなから病室でできた。

午後2時前から始まって3時間かかった。

抜けたのは3リットル。

予測していたより量は多かった。

体重が48キロまで減少。

腹水のために増えていた体重が減ったのは良いけど

本来の夫の体重より10キロ近くも減ってしまった。

骨と皮になってしまった夫。

かわいそうだ。

体は軽くなったけれど

だるいと言っていた。

腹水を抜いた分、アルブミンもなくなる。

アルブミンを点滴で入れなければならないと思う。

医者の話では

今月末まで様子を見て

退院のめどがついたら食事指導をしてくれるらしい。

退院してしばらくは自宅療養になる。

仕事復帰はできるのかな?

また同じようなことになったら

長期療養のため入院となるみたい。

そうなる可能性も大きい。

今は、少しでも食べて体力をつけてほしい、

でも、夫はある意味で拒食症になっている。

食べると太るが

体重増加が腹水のためと思い込むので

食べるのが怖いのと

食べるとお腹がしんどくなるので

お腹いっぱいにしたくないとか。

決してやせたいと思っているのではないが

拒食症と同じ状態だ。

夫は気づいていないけれど

私にはわかる気がする。

少しでも元気が戻ることを祈るばかり。


2011年06月21日(火) この☂どうにかならないのかな・・

今年の梅雨は本当によく☂が降る。

梅雨なのだから当たり前と言えばそうだが

こう毎日降り続くと嫌になる。

天気予報では今日も大雨に注意と言っているが

今は晴れ間が見えている。

それでも梅雨の特徴でもある

あのジメジメして蒸し暑く

なんとも言えない鬱陶しさが

この数字つ続いている。

洗濯物も乾かない。

除湿乾燥機の出番が増えた。

電気代のことを考えてはいられない。

やはりジメっとした洗濯物が

家の中にあるだけで

カビが生えそうで気持ちが悪い。

昨夜もエコにしてずっと除湿乾燥機をかけていた。

今朝はカラッと乾いていて何となくいい気分になった。

アズキも☂の日は

散歩にも連れていかない。

レインコートを着せて散歩させている人を見かけたが

そこまでしなくても良いだろうと思った。

☂の日は仕方ないと諦めさせるのも躾のうち、

なんて勝手なことを思っている。

今朝はジメっとはしているが

☂は降っていなかったので

15分ほど散歩に連れていってきた。

水たまりの中に入らないように気をつけていたが

近所のアズキが大好きなおじさんに会って

喜んで背中を地面につけて

全面降伏状態の格好をしたので

背中が濡れてしまった。

帰宅してドライヤーで乾かした。

今日は一週間振りの歯医者の予約がある。

前は下の歯の歯石を撮ってもらった。

今日は残りの上の歯の歯石取りをしてもらう。

夫の病院へはその後行くつもりだ。

今日は、夫の腹部エコー検査がある。

これで腹水の状態がどうなっているかわかる。

針をさして抜くかもしれない、

夫は退院できると思っているが

さあ、どうだろう・・・

ここまで書いていたら外が大雨になった。

さっきまで晴れ間が出ていたのに、

変な天気。

アズキを散歩に連れていって

帰ってきていて良かった(^_^)ノ

それにしても

この☂、どうにかならないかな・・(´;ω;`)


2011年06月20日(月) 教科書

四年に一度採択される

教科書の展示が始まった。

私の住む市では図書館に展示している。

先週の金曜日から展示されていると知っていたが

時間がなく、昨日ようやく行くことが出来た。

お昼前から義母を夫の病院へ連れていくことになっていたのd

9時から11時までの二時間しか居られなかった。

閲覧に来ている人は皆無。

皆、興味がないのかもしれない。

私が見てみたいのは、中学校歴史教科書だ。

自由社、育鵬社、東京書籍、教育出版、帝国書院、日本文教出版、

清水書院の七社の歴史教科書を机の上に並べた。

私は育鵬社の教科書は買っている、

前の分としては東京書籍と自由社と扶桑社版を持っている。

早速、気になっている箇所から調べてみた。

分かったこと、気がついたことは以下だ。

自由社の年表について。

今回の自由社の教科書の後ろの年表が

東京書籍の年表を丸写ししたということを耳にしていた。

だから、秀吉の朝鮮出兵を朝鮮侵略と書いているという点が、

気になっていたので、一番初めに見てみた。

今日見た教科書は朝鮮出兵となっていた。

訂正したのだろう。

自由社のHPには下記が載っている。

「弊社発行の『市販本 新しい歴史教科書』巻末年表3に、

「1952秀吉が朝鮮侵略を始める」とありますが、

「1952秀吉が朝鮮出兵を始める」の誤りです。

昨年4月に文科省に提出した検定申請本では、

「1952秀吉が朝鮮出兵を始める」となっており、

この事実はすでに公表されております。

各地の教育委員会で進められている

採択のための教科書見本でも、

もちろん同じ内容となっております。

市販本印刷の段階で生じたミスによるもので、

読者の皆様にお詫びして訂正させていただきます。

平成23年5月16日 株式会社 自由社 」

次に、友人が東京書籍様への公開質問状で質問した件、

蒋介石を索引検索するとき、

さ行にはなく、た行で検索しないと出ない、

つまり「しょうかいせき」ではなく

「チャンチェンシー」を知らなければ検索出来ない点、

これは今回の教科書の後ろの索引を見てみると

さ行に蒋介石が載っていて

蒋介石→チャンテェンシーと表示されていた。

これは帝国書院も同じだった。

この件に関しては、国会で義家議員も質問していた。

もしかして、友人が出した公開質問状が効いたのかもしれない。

一番話題となる南京事件については

さすが、中国の主張する30万人という数字は消えていた。

南京事件が嘘であることは色々証明されてきている。

しかし、すべての教科書には載っている。

私が学んだ時には習わなかったのだから

なかったものだと思う。

今回驚いたのは 

東京書籍の脚注に

「被害者の数については、さまざまな調査や研究が行われていますが、

いまだに確定していません」と追記されていたことだ。

「国際的に非難されました」という行は載っているが

それでも、現行版に比べると少しましになったかなと思った。

次に気になったのは

日露戦争のところで

自由社・育鵬社以外の5社全てが

与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を

顔写真と文を掲載していたことだ。

まるで日露戦争が悪であるごとく、反戦の歌を載せている。

その一方で乃木希典の名前が載っていたのは自由社と育鵬社だけだ。

やはりおかしい。

二宮尊徳の名においては、

自由社、育鵬社以外の5社は載せていない。

今、二宮尊徳が見直されているというのに。

時間がなかったので、これくらいしか調べることができなかった。

7月1日まで展示しているはずなので

夫の病院へいきながら

できるだけ図書館へ足を運んで調べてみようと思う。

子供たちに真実を教えなければならない。

日本は悪かった。

日本は嫌いだと子供たちに思わせてはならない。

自虐史観たっぷりの教科書ではなく

完璧ではないが

自由社と育鵬社の2つの教科書を

日本中の中学校で使ってもらえるように

頑張らないといけないと思う。






2011年06月19日(日) やはり・・・

昨日、夫のところへ行ったら

何かしらしんどそうな感じだった。

着いたらちょうどお昼の食事が来る頃だった。

献立はスズキの塩焼き

キャベツの胡麻和え

高野豆腐の炒りどり

どれも薄味、塩分は1.4パーセント。

一日で夫が摂取する塩分は4パーセントに決められている。

でも、味付けを酢やレモンやゴマを使って

それなりに食べられるようにしているのはさすがだ。

お昼を夫は8分目食べた。

最後にデザートを食べるのが楽しみだと言った。

毎食、少し果物が付いてくる。

昼は生のパイナップルが二切れ付いていた。

家ではもっと果物を食べていたが

そんなに美味しそうに食べたなかった。

でも、病院の食事の最後に果物を食べているときの

夫の幸せそうな顔は見たこともないほど

嬉しそうな顔をしている。

体重の減りが悪いようだ。

初めの数日は300グラムくらいずつ減っていたが

この二三日、全く減っていない。

医者が減りが悪いのは

体がこれでバランスが取れていると勘違いをしている恐れがある。

来週しばらく様子を見て

それでも減りが悪いなら

やはり、想定していたように

針をさして腹水を除去することになると言ったらしい。

そして、腹水と共に体外に出てしまう

アルブミンの点滴をするとか。

夫は来週末には退院するつもりだと言っていたが

この様子だと退院はまだまだ先のことになるだろう。

7月にかかるかもしれない。

夫の療養休暇は今月29日まで延長してもらった。

でも、30日から仕事に行けるはずがない。

また延長してもらうことになるだろう。

ベッドに寝てばかりいる。

安静が必要だから仕方ないと思うが

足の力がなくなり

体力も減ってしまうのではないかと思う。

仕事復帰ができるようになるのかな・・

脾臓を摘出しなければ

こんなことになっていなかったと思うが

肝硬変の度合いはわからなかったはずだ。

その意味では脾臓摘出は良かった。

良かったと思わざるを得ない。


2011年06月18日(土) 波動測定

波動をご存知だろうか?

私は波動という言葉は聞いたことがあるが

測ったことはなかった。

波動を測ることができると言う。

昨日は、姉に誘われて

体の血流がどんな状態になっているか?

波動測定してくれるというので

夫の病院からの帰りに

喫茶店へ行ってみた。

人間の体の血流は大事だ。

流れが悪いと様々な病気を発症する。

その血液の流れを体の部分部分で

どのようになっているかを

波動測定器なるもので測るというものだった。

半信半疑で参加した。

姉は血流を良くするために

お試しで磁気ネックレスを首につけている。

姉の友人が病気になったときに

これを購入しつけたとのこと。

難病が良くなったので姉も試してみようと思ったらしい。

私は参加する前から

怪しいかもしれないと思っていた。

夫に話すと騙されないようにと言われた。

磁気ネックレスは高価なもので

手に入れるつもりはないから大丈夫だと答えて

参加したのだ。

姉は二週間前にネックレスをつけた。

つける前に血流はどうかということを

波動測定器で測定してもらっている。

二週間、ネックレスをつけて

効果が上がったかどうかを測定してもらった。

姉も半信半疑のようだった。

効果が出た箇所もあるが

反対に悪くなった点もあった。

だから、姉は信じると言う。

私も色々測ってもらった。

心臓が悪いということを言わなかった。

言えば、先入観があり測定値にも影響すると思ったからだ。

ストレス、動脈硬化、腎臓、子宮、大腸などなど

測ってもらった。

心臓も測ってもらった。

なんと、結果は心臓が測定できないくらいの値だと出た。

驚いた。

測定後に心臓の話をしたら

測定してくれた人がなるほどと納得していた。

だから、余計に気をつけねばならないと言われた。

数人集まっていた人は

数値的には私よりも全ての箇所で良かった。

ただ、脳の海馬の測定だけ

私は驚かれるほど数値が良かった。

皆、びっくりしていた(;゚Д゚)!

そして、磁気ネックレスを手に持って測ると

測れないくらいの数値まで上がっていた。

脳は大丈夫、

物忘れが出てきたので心配していたが

何となくホッとした。

勿論、これをあてにしてはダメだ。

あくまで目安なのだから。

そして、二週間磁気ネックレスを借りた。

24時間つけっぱなしで良い。

二週間後にまた測定してもらう。

その時に心臓の値が少しでも上がっていたら

効果があったということだ。

夫に話したらきっと笑うだろう。

呆れられるかもしれない。

昨夜、この波動測定器についてネットで調べてみた。

あるサイト(大阪大学大学院の研究室)を見ていたら

なんと、「ニセ科学」なるものの中に

波動測定器が入っていた。

どういうことなのかじっくり読もうと思う。

ニセなのか?

でも、昨夜はいつもに比べて

ぐっすり寝ることが出来た。

熟睡していた。

肩こりが治らなかったら

磁気ネックレスのお金は返金してくれると言う。

肩の凝りは血流が悪いのが原因だということはわかる。

私の慢性肩こりが改善されたら

少しは信じられる気がする。

まあ経験出来ただけでも善しとしたい。

二週間後の測定を期待している。


2011年06月17日(金) 少しずつ

先月、一旦退院していた夫が

再入院してから一週間が過ぎた。

私の家で寝ている時は

段々症状が悪くなり

笑顔も消え、話もしなくなり

アズキと戯れることもしなくなっていた。

9日に入院しても

はじめは同じような感じだったが

塩分制限食事と

水分制限をすることにより

あれほどパンパンに張っていたお腹が

柔らかくなって来ている。

利尿剤を飲むことも効果が出てきているようで

腹水が少しずつ減っていることにより

一日毎に体重も少しずつ減っていて、

夫の顔つきも変化してきた。

体重が減ったことにより

顔のシワが深くなった気がする。

夫は私より5才年下だ。

そして、元気な頃は

外見も年齢より若く見えていた。

でも、今は歳相応な顔になった、

男は人生が顔に出る。

年を取るにつれていい顔になって来る。

若い頃よりもシワが増えた顔の方が

好ましく思えるのは私だけだろうか。

元気で年を取るのと

病気で老けるのとは感じが違ってくる、

だから、夫の場合はやつれたという方が合っている。

でも、気分的には落ち着いて来ているようで

私と話もよくするし

笑う顔も見ることができるようになった。

夫が入院して、色々なことを考えた。

二度と元気になれないのではないか?

このまま夫の寿命が尽きるのではないか?

もし、夫が居なくなったら

私はどうして生きていけるだろうか?

改めて、夫の存在感を感じたのである。

そして、私の残りの人生は

夫を看護し支えていくことにしようと思った。

それが、勝手なもので

夫が少しずつ回復しそうになってくると

私の心の中から悲壮感が消えて居る。

また元気になって仕事にも行ける気がする。

たとえ、旅行や外食ができなくても

夫が居てくれるだけで良いと思う。

医者が私に夫の食事の指導に来てくれと言ったら

夫の退院が間近だそうだ。

それがいつになるかは分からない。

食事の栄養指導を受け

夫の減塩食をつくるのは大変かもしれないが

あまり気負わず

頑張りすぎないでやっていこうと思う。

少し、私の心の中にも余裕が生まれてきたみたい。

今日も夫の傍で娘の進路の話やアズキの話をしてこよう。


2011年06月16日(木) 恥ずかしい話

本当に大変だった。

こんなことは初めての経験で

二度と経験したことのない話を。

一昨日の夜のことだった。

午後8時頃だったかな?

アズキがウンチをしたので

それを捨てにトイレに行った。

その時は何も変わったことはなかった。

その後30分ほど経って

お腹が痛くなった。

そろそろ寝ようかと思っていたので

いつものようにトイレに行った。

尾籠な話で申し訳ないけど・・

○○○をした。

そして水を流そうとした時のこと、

タンクから出てきた水が

排水できなくて

溢れそうになった。

エッツ!何?(つд⊂)(;゚Д゚)!

どういうこと?

トイレが詰まって水が流なくなったのだ。

小の時ならともかく

これは汚いし困ってしまった。

流し方が悪かったのかと思い

再度小用の水を流したら

余計に溢れそうになった。

どうしよう('_')

電話帳を開いて

24時間対応してくれる

業者に電話をした。

幸い、二階のトイレは使える。

ということは

一階のトイレにトラブルが起きたということだ。

本当なら今すぐにでも来て欲しいが

費用も時間外料金が加算されるので高くなる。

翌朝まで待ったら良いと言われたので

昨日の朝に直しに来てもらうことにした。

それからが大変だった。

なんとかできないか?

ネットで色んな情報を調べた。

それよりも

この汚水の処理をどうしよう・・と悩み

ついに手袋をし

捨てるものの中にあった小さな容器で

汚水を汲み出し

これも捨てるつもりで洗面器に移し

二階のトイレに流しに行った。

繰り返すこと4回。

汚いのは承知だが

今、そんなことを言っている場合ではない。

とにかくなんとかしたかった。

お湯を入れたら良いと尻

湯を入れてみたが変化なし。

湯の量だけまた汚水が増えただけだった。

ラバーカップで吸い出そうと思ったが

ラバーカップなど母の家に置いてない。

近くのスーパーに買いに行ったが売ってない。

仕方なく、汚水をなるべく少なくしようと

何回も何回も捨てて汚水を減らした。

時間は11時を回っていた。

眠れない、

朝まで起きていようと決め

つぶやきを更新したり

アズキ日記を書いたり

ネットをしたり・

本を読んだりしたけど

一向に眠くならない。

結局寝たのが朝の3時前だった。

起きたのはいつもと同じ4時過ぎ。

アズキがウンチをして吠えている。

ウンチを二階のトイレに捨てに行く。

昨夜、この事件が起きて

病院に居る夫にメールをした。

夫に助けてもらうことも出来ないのに

夫から色々と返事が来ることで少し安心したのだ。

夫も夜中まで付き合ってくれた。

その夫から、昨日の朝早く

自宅にパイプつまりを直す

長い、5メートルほどの道具があるから

それを取りに行って

排水口に突っ込んでみてと言われた。

早速、自宅に取りに帰って

試してみた。

長いゴム手袋をはめて

細いホース状のものを突っ込んだ。

金属で出来ているが弾力性があるから

途中で曲がっている排水口にも入って行った。

何回か繰り返した後、水を流してみた。

なんとなんと水が勢いよく流れた

(*´∀`*)嬉しかった。

夫にメールで直ったことを知らせた。

そして、朝一に来ることになっていた

業者に電話して、修理の必要がなくなったことを連絡した。

原因は分かっている。

紙の詰まりだ。

節水のため

数回使用した後に流すことをしていたのだ。

それで紙の量が増えて詰まったのだろう。

恥ずかしくて業者にも言えない。

ここで書くのも恥ずかしい(*´д`*)

ケチった結果がこうだった。

一人で暮らしているから

少しでも水道・下水料金を減らそうとした結果

こんなことを招いてしまった。

反省(_ _ )/

二度としない。

節水して、直すことになったら

なんということはない

修理には最低1万円は係ると言われた。

水道料金が少々高くなっても

こんな思いだけはしたくない。

それにしても、夫には感謝している。

一昨日の夕方には

アズキのゲートも壊れた。

もしかして三隣亡だったの?

仏滅だったの?

なんて後になって思ったりした。

本当にお恥ずかしい話でした。




2011年06月15日(水) 今年のかまぼこ板の絵展の入賞者

第17回かまぼこ板の絵展の入賞者の発表があった。

この間知り合ったあゆみさんが審査員賞を受賞していた。

当たり前だ。

彼女の作品は本当に可愛いし、癒される絵なのだから。

今年は東日本大震災への励ましの作品も多かったから

受賞作品にも頑張れ日本などと題する作品がある。

皆さん、おめでとうございます。

\_(^◇^)_/\(*^^*)/ おめでとっ!

展覧会で拝見するのを楽しみにしています。

私の作品、ひとつでも赤丸がついているといいなあ

お名前を紹介したい。

第17回全国「かまぼこ板の絵」展覧会入賞者

○かまぼこ板の絵大賞(最優秀賞)

鎮魂 柾木 高 60 歳 (大阪府堺市)

○優秀賞

全体で支えよう! 徳田 栄基 60 歳 (神奈川県藤沢市)

負けるもんか! 下森 英喜 64 歳 (滋賀県大津市)

津波の恐怖 井上 孝史 60 歳 (京都府京都市)

日本復興券 下窄 拓真 31 歳 (京都府京都市)

かわいい寒行さんへのお布施は・・・ 和田 敏昭 69 歳 (兵庫県神戸市)

「花の寺・如意寺」「奥田の蓮池」 福井 満 60 歳 (兵庫県神戸市)

街の魚屋さん、まいどあり〜! 山縣 美由紀 53 歳 (広島県広島市)

やさしさをありがとう 岡�� 光春 54 歳 (香川県高松市)

再会 西林 彩華 16 歳 (愛媛県砥部町)

お父さんのからしし 田村 綾乃 6 歳 (愛媛県愛南町)

○愛媛県知事賞

キャー さかさまだァー 林 ふさこ 63 歳 (愛媛県西予市)

○愛媛県教育長賞

120周年の思い出 “西予市立中筋小学校

平成22年度6年生 9名” (愛媛県西予市)

審査員特別賞]

○富永一朗名誉審査員長賞

剣道がんばっています 児島 兼聖 7 歳 (愛媛県愛南町)

○車だん吉審査員長賞

お礼所巡り 平井 辰夫 83 歳 (愛媛県西条市)

○折笠勝之審査員賞

おてがみ 内藤 あゆ美 43 歳 (愛媛県松山市)

○山田幸子審査員賞

応援します 鯉のぼり一同 沼田 博美 78 歳 (愛媛県新居浜市)

○神山恭昭審査員賞

もち作り 鋸本 茉那 10 歳 (愛媛県西予市)

○審査員長特別賞

【被災地】

それでも、それでも海は限りなく青い 小川 利雄 62 歳 (福島県いわき市)

【応援作品】

想い 原 正幸 49 歳 (神奈川県相模原市)

[後援団体賞]

○郵便事業株式会社四国支社長賞

東 ちづるさん 石田 又衛 100 歳 (愛媛県大洲市)

○愛媛県市長会長賞

次は県庁前・県庁前 藤岡 雄二 50 歳 (愛媛県松山市)

○愛媛県町村会長賞

2011.3.11を私たちは忘れない “平成23年度宇和島市立

吉田中学校 美術部有志” (愛媛県宇和島市)

○一筆啓上坂井市長賞

楽しい時間 脇川 芳乃 35 歳 (愛媛県松山市)

○一筆啓上賞

光る海を望む 矢野 芳英 59 歳 (愛媛県今治市)

○財団法人愛媛県文化振興財団理事長賞

自動販売機 田辺絵画教室 67名 (和歌山県和歌山市)

○愛媛新聞社賞

お昼寝 佐尾 文子 63 歳 (愛媛県西予市)

○NHK松山放送局長賞

にゃ江 −猫姫(にゃんこ)たちの戦国− 大野 ひろ志 49 歳 (愛媛県大洲

市)

○南海放送賞

今年も咲いたなぁ・・・ 鶴井 安美 62 歳 (愛媛県松山市)

○テレビ愛媛賞

少女の時間が止った夏休みのある日 片山 克良 68 歳 (愛媛県西予市)

○エフエム愛媛賞

“ボクはピカピカいちねんせい

ともだちたくさんできるかな” 松岡 陽紀 6 歳 (愛媛県松前町)

○あいテレビ賞

我街の名所 小橋 章子 69 歳 (香川県丸亀市)

○愛媛朝日テレビ賞

四国の名城 �� 大洲城 ほか 細川 純一 66 歳 (兵庫県伊丹市)

○愛媛CATV賞

だいこうぶつのおすし !! 山地 大空 7 歳 (愛媛県松山市)

○JA愛媛中央会長賞

目覚し時計 冨田 純加 16 歳 (愛媛県砥部町)

○愛媛県森林組合連合会長賞

お父さん大すき 原 月乃 8 歳 (愛媛県新居浜市)

○伊予銀行賞

弟の歯がぬけた!とうもろこしのはもぬけた! 河野 更紗 10 歳 (愛媛県

西予市)

○愛媛銀行賞

この街で
“(株)ケアセンターとかじ

デイサービスセンター和楽 利用者33名” (愛媛県松山市)

○愛媛信用金庫賞

朝焼け 天野 久美子 28 歳 (愛媛県八幡浜市)

○宇和島信用金庫賞

おはよう ほか 森光 優子 22 歳 (愛媛県松山市)

○コープえひめ理事長賞

おじいちゃんのあまいむのうやくトマト 西村 菫 8 歳 (愛媛県松前町)

○宇和島蒲鉾協同組合長賞

安心 �牴搬欧箸い觧�が一番安心�� 吉田 幸稔 48 歳 (愛媛県愛南町)

○大一ガス賞

頑張れにっぽん 徳永 八重子 72 歳 (愛媛県松山市)

○「新老人の会」愛媛支部賞

ピクニック 真田 芳野 87 歳 (愛媛県宇和島市)

○ポストのある風景フォトコンテスト実行委員会委員長賞

手紙 村上 充 60 歳 (愛媛県愛南町)

○JA東宇和組合長賞

オットット !! 玉井 正一 62 歳 (愛媛県松山市)

○西予市森林組合長賞

両親 阿部 桂子 45 歳 (愛媛県今治市)

○西予市商工会長賞

みんな大すき 遊子川っ子 西予市立遊子川小学校児童一同 (愛媛県西予市)

○西予市文化協会長賞

周木漁港 居村 和明 37 歳 (愛媛県松山市)

○西予市長賞

八重歯 酒井 久夫 51 歳 (愛媛県西予市)

○西予市議会議長賞

春夏秋冬 松本 猛 70 歳 (愛媛県松山市)

○入選(40点)

月夜の池で 狩野 昭治 61 歳 (茨城県取手市)

夢想 −きっときっと春は来る− 赤澤 圭子 47 歳 (群馬県桐生市)

秋風の中の水車 ほか 鈴木 幸三 86 歳 (東京都足立区)

帰航 村上 利久 85 歳 (東京都葛飾区)

祈りの支援 中原 静子 68 歳 (東京都世田谷区)

お父さんはご機嫌 中俣 稔 64 歳 (東京都練馬区)

灯(ともしび) 村山 ひろ子 60 歳 (東京都西東京市)

前向きに 王 怡清 56 歳 (東京都練馬区)

ともしび 石原 誠 56 歳 (東京都八王子市)

みんな仲よし 山本 恵子 48 歳 (東京都八王子市)

ある聖母の肖像 ほか 池田 彩香 21 歳 (東京都北区)

勧進鳥 小林 恵一 52 歳 (神奈川県茅ヶ崎市)

おかえり 1・2・3 鷹野原 均 40 歳 (神奈川県川崎市)

Heartでつながるよ �眦帖仝�子 52 歳 (新潟県長岡市)

春夏秋冬 抱きしめたい(日本) 宮下 由美子 44 歳 (石川県加賀市)

見つけた 横山 幸来 20 歳 (石川県宝達清水町)

仲良しマトリョーシカ �� 内山 晴美 44 歳 (長野県安曇野市)

“お母さんいつもありがとう

−みんなで毛繕い−” 大村 育世 43 歳 (静岡県富士市)

ありがとうの合唱隊 岡田 友里香 23 歳 (静岡県静岡市)

高い高い「雷さんはどこだ」 白川 英夫 78 歳 (滋賀県湖南市)

Jungle Tour 野田 晋央 35 歳 (滋賀県草津市)

虹色アクアリウム 石上 りの 19 歳 (滋賀県大津市)

伊達 政宗 尾崎 要 77 歳 (京都府京都市)

いそげ!いそげ!ありがとう 西谷 俊二 76 歳 (京都府京都市)

ひみつのやくそく 藤原 伸顕 74 歳 (京都府京都市)

金魚 早川 勝二 68 歳 (京都府京都市)

ギョッ! 玉井 人道 61 歳 (京都府京都市)

順風満帆 中栄 信男 72 歳 (大阪府守口市)

白い花(酔芙蓉) 宇多 宏海 71 歳 (大阪府和泉市)

天使のアパート ほか 隅田 博美 43 歳 (大阪府大阪市

いのり 鈴木 美香 32 歳 (大阪府茨木市)

トラ・ウマ 宮脇 一志 45 歳 (鳥取県鳥取市)

入園式 横山 正昭 68 歳 (岡山県岡山市)

一歩一歩 桃井 国志 68 歳 (岡山県瀬戸内市)

猿団子 川渕 充 71 歳 (広島県呉市)

聞こえる 冨田 一男 63 歳 (山口県下関市)

みんなでおひるね 梅津 洋子 16 歳 (徳島県徳島市)

はやぶさ帰還 !! 清水 宏志 64 歳 (愛媛県松山市
)
仲良し家族、ハイ、チーズ GINO 中村 69 歳 (愛媛県宇和島市)

みんなで 菊池 彰 46 歳 (愛媛県八幡浜市)

○佳作(100点)

ふるさと・「働ける地にしたい」 楠本 大伍 92 歳 (北海道札幌市)

小さな反抗 菅原 勇 70 歳 (北海道洞爺湖町)

どうぞ。 照井 弘美 31 歳 (岩手県北上市)

わたしのパレード 近藤 愛 9 歳 (宮城県岩沼市)

おじいちゃんと「百合掘り」 竹内 敏夫 64 歳 (山形県上山市)

読んだカイ!ラ・マンチャを 牧野 英夫 69 歳 (群馬県藤岡市)

元気.ファイト.笑顔 天野 俊興 70 歳 (埼玉県新座市)

地震の爪痕 東出 敦子 69 歳 (埼玉県ふじみ野市)

あらよっと! 福島 早苗 32 歳 (埼玉県本庄市)

浜辺の人魚 池田 恵 21 歳 (埼玉県富士見市)

夏の日・懐郷 長谷川 孝史 58 歳 (千葉県八千代市)

トランプ−�� 「元旦」 ほか 三浦 美保 49 歳 (千葉県佐倉市)

相撲大好き 後藤 重夫 70 歳 (東京都港区)

ねんど細工 魚達 福井 佳世子 69 歳 (東京都町田市)

希望 野口 美智子 58 歳 (東京都杉並区)

みんな ありがとう 斎藤 淳 51 歳 (東京都八王子市)

パンダの好きな牛 本田 いづみ 53 歳 (東京都武蔵野市)

おめでと卯 本田 しおん 19 歳 (東京都武蔵野市)

はじまり 原 正幸 49 歳 (神奈川県相模原市)

春風に吹かれて 彬 香子 34 歳 (神奈川県横浜市)

でんしゃ 矢部 幸恵 22 歳 (神奈川県藤沢市)

蝶(聴)ココロ 倉島 光 63 歳 (新潟県新潟市)

卑怯だぞ !! 杉山 しげ行 52 歳 (新潟県三条市)

稲刈 志村 岩保 68 歳 (福井県おおい町)

月祭り! 後藤 幸雄 73 歳 (長野県飯田市)

Welcome to my house! 原田 ひとみ 22 歳 (長野県松川村)

心をひとつに! 石川 和市 59 歳 (愛知県名古屋市)

昭和の夜涼み 佐藤 真理子 41 歳 (愛知県名古屋市)

おこたでまったり 梅村 佳乃子 13 歳 (愛知県安城市)

模擬宇宙遊泳 瀧本 麻須美 44 歳 (三重県亀山市)

サラ(犬) 小津 玲子 44 歳 (三重県菰野町)

自転車の小径 ほか 中西 伸治 71 歳 (滋賀県野洲市)

家族の肖像 中川 長平 48 歳 (滋賀県長浜市)

朝のつゆ 伊藤 翠慧 73 歳 (京都府京都市)

ぼくらのおうち 鳥居 雄三 71 歳 (京都府京都市)

生き返る! 西尾 正光 70 歳 (京都府京都市)

勢揃い 川合 孟 68 歳 (京都府京都市)

もっと、も〜と高く 千原 弘子 65 歳 (京都府長岡京市)

源氏ロマンの夏 荒木 久代 58 歳 (京都府宇治市)

メガネザル 永田 暢也 77 歳 (大阪府箕面市)

母讃花(寄せ植) 森谷 良子 70 歳 (大阪府大阪市)

末っ子の指定席(八人の子供を育てた母) 吉良 典夫 69 歳 (大阪府泉佐

野市)

子供6人分の苦労 三木 乗生 66 歳 (大阪府東大阪市)

大きな帽子 �´↓��き� 根岸 ゆき子 36 歳 (大阪府高槻市)

招き、招き、魚さん 陶 紋子 24 歳 (大阪府枚方市)

炭焼 樽野 順一 85 歳 (兵庫県洲本市)

ハエと炒子 魚�� 金志郎 59 歳 (兵庫県豊岡市)

一番きれいな空を あなたへ  蔭山 麻希 25 歳 (兵庫県伊丹市)

田植え 渡辺 良平 77 歳 (奈良県奈良市)

島ヶ原・正月堂修正会 森脇 宏 55 歳 (奈良県大和郡山市)

ごちそうさま ありがとう 中井 麻由子 36 歳 (奈良県奈良市)

3時 坂本 泉 15 歳 (和歌山県和歌山市)

とのさまバッタ よし本 かしゅう 7 歳 (和歌山県和歌山市)

ひたすら 横山 道子 63 歳 (岡山県岡山市)

街道でござる 谷井 登美子 63 歳 (岡山県岡山市)

“見とってネ!ぼくの鯉のぼり大きくなるぞ〜 !!” 河内 道江 60 歳 (広

島県広島市)

祈り 元安 美保 49 歳 (広島県安芸高田市)

ある日の月 小田 美星 22 歳 (広島県広島市)

居酒屋ねこ 木村 優貴 21 歳 (広島県広島市)

温かい眼差し 渡邉 綾香 20 歳 (広島県東広島市)

夢の中 寺西 佐恵佳 20 歳 (広島県広島市)

3連休 岡田 寿光 85 歳 (山口県周南市)

イカさん 福本 美穂 8 歳 (山口県下松市)

収穫 大知 耕助 22 歳 (徳島県徳島市)

ぷにぷに私 16歳 森岡 真菜 16 歳 (徳島県徳島市)

私の家 小川 菜々 15 歳 (徳島県徳島市)

竹やぶの中から 鈴木 妙花 13 歳 (徳島県徳島市)

お父さん 大すき! 猪鼻 真也 9 歳 (徳島県徳島市)

お代は、えがお 井原 伸 69 歳 (香川県高松市)

春、気持ちいいナー! 坂田 福子 62 歳 (香川県丸亀市)

家庭菜園収穫祭 新田 憲明 60 歳 (香川県東かがわ市)

そろそろ着がえようよ 住谷 浩三 50 歳 (香川県高松市)

隣県からの刺客 山�� 佳瑞 17 歳 (香川県高松市)

もう、だいじょうぶだよ 盛田 知佳子 13 歳 (香川県丸亀市)

Oh,my God! 横山 邦男 62 歳 (愛媛県松山市)

恋のお話し 相原 正志 56 歳 (愛媛県松山市)

くらべっこ 鶴井 朋美 26 歳 (愛媛県松山市)

じいちゃんと勝負 菅 颯斗 10 歳 (愛媛県松山市)

楽しい海の中 谷本 佳菜江 9 歳 (愛媛県松山市)

あまいイチゴはここにある 泊 萌花 9 歳 (愛媛県松山市)

うさぎさんとおさんぽ 大西 夏萌 4 歳 (愛媛県松山市)

かみなりさま 三好 夢人 4 歳 (愛媛県松山市)

オシシ�� アチャー ゴメン 日野 勉美 70 歳 (愛媛県今治市)

夢のような 桑原 勢乾 70 歳 (愛媛県今治市)

春の親子たぬき 正岡 もも加 10 歳 (愛媛県今治市)

美女と野獣 井上 柳一 84 歳 (愛媛県宇和島市)

ころ、ころ、くる、くる。おもしろいなあー。 濱田 佳子 67 歳 (愛媛県宇和島市)

ピクニック 熊本 茂生 57 歳 (愛媛県宇和島市)

カニの華道教室 大野 秀夫・シゲコ 84/83 歳 (愛媛県大洲市)

頑張れニッポン! 岡澤 志朗 50 歳 (愛媛県西予市)

そうげんのあさ 村上 沙良 8 歳 (愛媛県西予市)

いのちをまもる 上甲 郁 6 歳 (愛媛県西予市)

オムライ巣 神野 彩香 17 歳 (愛媛県砥部町)

春暁のタバコ畑 ヤマタ キヨ 51 歳 (愛媛県内子町)

収穫 藤田 春二 53 歳 (高知県高知市)

ひとりじゃないよ ほか 本野 タツ子 65 歳 (福岡県筑紫野市)

ひがえりべんとう? 加島 一美 42 歳 (福岡県北九州市)

魚の中のさかなたち 上津役児童クラブ 79名 (福岡県北九州市)

「三夜待」 〜幼ななじみが集う会〜 黒岩 靖子 54 歳 (佐賀県佐賀市)

竹輪取り物語 〜えっ、かぐや姫?〜 松野 文子 30 歳 (佐賀県佐賀市)


2011年06月14日(火) 父の命日

昨日、6月13日は父の祥月命日だった。

五年目の命日、

来年は七回忌をすることになる。

早いなあ・・・

本当に月日の経つのって早い。

娘が高校三年生だったのが

今は大学四年になった。

昨年の秋に母が亡くなり

私にはもう両親は居ない。

淋しくてたまらない時がある、

昨日は、朝一番でいよっこらへ行き

仏壇用とお墓用のシキミを買った。

お墓掃除の道具とお供え物を持って

10時に家を出た。

姉と10時半にお墓で待ち合わせて

一緒にお墓掃除をしてお参りをした。

父の墓前で夫の病気が早く良くなるようにとお願いした。

仏さんにお願いしてはいけない、

報告だけにしないといけないと聞いてはいるが、

やはりついつい頼み事をしてしまう。

父が分かったと言ってくれた気がした。

曇空で雨も降らず、暑くもなくお墓参りにはちょうど良かった。

姉と来年は七回忌だね

そして、母の一周忌もあるねと話した。

「私たちが元気で笑って暮らしていたら

父も母も安心するに違いない。

弱音や愚痴を吐かないようにしようね」と

姉と話をした。

本当はその後すぐ

夫の病院へ行くつもりだったが

お昼前になるので

一緒に食べようということになり

サラダと飲み物バイキングがある助六へ行った。

中華が食べたかったので美味しく食べられた。

夫が食べられないのに悪いな・・と思ったけれど

私が元気にしていないと

夫の看病も出来ないから

やはり食べておこうと変な理屈をつけて食べた。

私が食べたのはエビのチリソースと蒸し餃子。

量は多かったけど美味しかった。

サラダも食べたしデザートのコーヒーゼリーや

hotコーヒーも飲んだ。

お腹いっぱい(*´∀`*)

帰りに夫の病院へ行ったが

夫の状態は相変わらず。

それでも、少しずつ体重も減っている。

時間はかかると思うが

腹水もなくなるに違いない。

焦らずゆっくり療養してほしい。

夫の病院には2時間ほど居たが

その間も色んな話が出来た。

病院のお茶しか飲めないのだけど

全く美味しくないと言うので

市販のお茶のペットボトルを買って来てあげた。

一日1000CCの水分しか摂取出来ないから

飲む時は美味しいお茶を飲んでほしい。

私は何も制限なく食べたり飲んだりできる。

当たり前のことだと思っていたけど

これって本当に有難いことだと思う。

父が亡くなるひと月ほどは

全く何も飲んだりできなかった。

飲むと吐いてしまうのだ。

それでも、喉が乾いて乾いて飲みたい。

医者にはいけないと言われていたが

もう長くない父を見ていて

かわいそうでたまらなくて

医者に話して吐いてもいいから飲ませたいと言った。

医者からOKが出て

冷たいかき氷をスプーンで口に入れてあげた。

そのあとすぐに吐くのだが

かき氷を口にした時の

本当に嬉しそうだった父の顔が

今でも脳裏に浮かんで来る。

夫はそういうことにならないで欲しい。

でも、私と話していると

夫が唇を舐めているのを見て

唇が乾くのだなあ・・と思った。

何でも自由に食べたり飲んだりできることって

最高に幸せなことなのだ。

今日は少しまた減っていると良いな・・・

生きていること、

否、生かされていることに

心から感謝したい。



2011年06月13日(月) 夫の食事

何か最近は夫のことばかり書いている気がする。

と言っても、私には私の生活もあるのだ。

昨日は日曜日で大雨だった。

用事があるので夫の病院は1時間しか居なかった。

その1時間の間に医者が来てくれたので

今後のことについて話を聞いた。

夫の体重がこの2日間で1キロ減った。

腹水がそれだけとれたということだ。

見た目はもっと痩せていると思うが

きっと腹水分の体重があるのだろう

それでも53キロはあるらしい。

医者によると5キロは減るというから

48キロ位になるのかもしれない。

夫の身長は170センチ、

40キロ台はやせすぎだ。

いくらスマートでも55キロは欲しい。

食事は病院の治療食をだいたい残さず食べる。

朝は完食、

でも、昼と夕は8分目だとか。

後一口食べれば食べれるけどやめていると言っていた。

今までは私のつくる食事を残さず食べてくれていた。

でも、結構無理をしていたみたい。

残すと悪いと思っていたのだろう。

今回の状態になってからは

家では三分の一以下しか食べなかった。

そのことを思うと病院で食べられるようになって良かった。

夫が食べているのは治療食で塩分を制限している。

夫の腹水の原因が肝硬変にあり

肝硬変のためには安静と塩分制限が必要で

少しずつ腹水もとれてくるらしい。

この塩分制限食は家に帰っても続ける必要がある。

胆嚢がないから油物もダメだ、

塩分制限もするとなると

今後の食事作りは結構大変になる。

医者からその話を聞いた時

一瞬、頭が真っ白になった。

そして、これは大変だと思った。

正直、嫌だと思った。

でも、思い直した。

夫の健康を維持するための食事作りだ。

嫌だと思ったことを反省している。

早速塩分計をネットで購入した。

そして、塩分がどのくらいかわかる本と

塩分控えめの和食献立の本も買った。

これからの私の食事作りで夫は元気でいられるのなら

少々のことも辛抱しよう、

外食もダメになるのは、ちょっとさみしいけど

私は私なのだから

好きなものを食べて

たまには外で美味しいものを食べて

ストレスを貯めないようにしよう。

それがきっと長続きするコツだと思う。

これからの人生は夫のために生きよう。

そう思って親友にメールをしたら

思わせぶりな返事が来た。

意味不明・・

何が言いたいのかな・・

私がこんなことを思うのがおかしいのかな?

夫のために生きるという言葉が大げさなのかな?

今の私の気持ちをメールしただけなのにな・・

とにかく、夫の食事作りを頑張ろう。


2011年06月12日(日) 太った

夫のことを心配し

自分自身の体調も今ひとつだというのに

肥えているって何だろう・・

笑ってしまう。

昨日、夫の病院へ行き

腹水が少し減ったみたいだと思った途端に

なんだか嬉しくなって

夫のお腹を押さえて

ポヨンポヨン状態になっているのを

確かめてほっとした。

夫の声も少し大きくなったし

家で療養している時は

いつも顰めっ面をしていたのが

笑顔が見えるようになった。

やはり夫自身安心したのだろう。

私は夫の看護をしながら思った。

私が一緒になって食べなかったら

私が弱ってしまう。

私が倒れたら我が家はダメになってしまう。

食べようと決心した。

数箇月前には食べて吐いてしまっていた私が

夫を看護しながら吐くことをしなくなった。

だから、太るのも当然だ。

昨日も、夫の病院の帰りに

親友とランチをした。

こんな余裕が出来てきたことが不思議だ。

笑って喋って食べて・・・

気がついたら4時間も店に居た。

夫にランチの話をしたらどう言うだろう。

親友と話した。

秋にはお互いに還暦を迎える。

これからの人生は

自分が楽なように生きたいねと。

他人の思惑や反応を気にせず

自分の気持ちが楽で居たい。

そして、笑って暮らしたい。

昨日は大震災から三ヶ月目の日だった。

ランチをしながら

こんなことして良いのかなと思った。

被災地の人たちのことを思うと

美味しいものを食べていることが悪い気がした。

人っていろんな思いをしながら生きていく。

まさに泣いたり笑ったり

山あり谷ありの人生。

最期がよければ全て(^_^)ノ

今日は日曜日だけど夫の病院へ行こう。

頼まれたものを持って行って

夫と話をしてこよう。

夫に太ったよと報告しよう。




2011年06月11日(土) 車の点検

昨日は私の車の一年点検に行ってきた。

車を購入して8年、

半年毎に点検してもらっているためか

運転中にトラブルことはなかった。

夫が夫の車を点検に出しているのを見たことがない。

男性は車のことがわかるから

自分でバッテリーやエンジンオイルの交換もできる。

私もやればできるのだろうが

自分でしたことはない。

いつも車屋さんに任せている。

昨年、7年目の車検の時

新車に買い換える話を本気で考えた。

でも、まだまだ乗れる気がしたし

今は経済的な余裕もないし

新車をキャッシュで買うのはやめようと思った。

あれから一年。

母が亡くなり、母のために運転する機会も減った。

でも、今は夫のために走らすことが多い。

走行距離は7万キロを超えた。

まだまだ走れるのだろうが

そろそろかなという気もする。

今回の点検では

ブレーキパッドの交換が必要だと言われた。

一週間後にもう一度車屋さんに行くことになった。

昨日の費用は一万円だった。

ブレーキの方は7千円ほどかかるらしい。

でも、事故防止のためには仕方ない。

人間も車も定期点検をしていると

病気や故障も早い時期に見つかる。

やはり点検は必要だ。

という私は癌の検査も何もしていない・・・

「私は癌にならない」という変な意識があるからだが

これって「私は交通事故を起こさない」と思うのと同じだ。

健康でいるためには検査しないといけないな。


2011年06月10日(金) 夫の再入院

昨日、夫が再入院した。

今回入院したのは

昨年12月に入院し

肝臓癌と食道静脈瘤の手術・治療をした内科だ。

先月10日ほど入院したのは外科。

退院後、腹水が溜まって

食欲も落ち、痩せて来て

体力も限界に近かった夫。

夫を近くのかかりつけの医者に連れて行ったのが6日、

昨日までの数日間は心配でたまらなかった。

昨日は内科受診して病棟に入るまで

5時間あまりかかった。

夫は口に出す人ではないが

その表情から見て本当に辛そうだった。

ベッドは大部屋。

仕方ない。

入院出来ただけでも有難い。

今回の入院予定は二週間だ。

その間、腹水がなくなるよう

色々なことをしてくれるみたい。

最終的には針をさして抜くことになるのだが

主治医が言う方法は

塩分と水分の摂取制限をして

体に入る水分の量と出ていく量との

バランスを正常にする方法らしい。

痛い思いもしないが

塩分・水分制限は辛いかもしれない。

差し入れの食べ物は飲み物と共に禁止された。

尤もなことだ。

この方法で腹水がなくなってくれると良い。

昨日、病院から帰り

家のことやアズキの世話をしていたら

急にしんどくなった。

夫が入院して、ほっとしたためからかもしれない。

先月、夫が退院し

私のところで自宅療養するようになって

たった二週間だったけれど

緊張の連続だった。

私も心臓のこともあるから

倒れないように

休める時には休んで

夫のために元気で居たいと思う。


2011年06月09日(木) 気がつかないけど

昨日は、私の6週間に一度の

心臓の病院の診察の日だった。

夫の昼食を作り、私も簡単に済ませた後

急いで車を走らせた。

病院に着くとギリギリの状態だった。

予約時間は血液検査があるので余裕をもたないといけない。

でも、昨日はやっと間に合った状態だった。

血圧測定をすると

上が87で下が59.

低血圧の私にしても少し低目だなあと思った。

40分ほど待って診察。

先月から主治医が変わったので

新しい先生に慣れていない。

お互いにそうだ。

先月、初めての診察を受け

それまで飲んでいたワーファリンの量が少なすぎると言われた。

今回もまた量が増えた。

血圧のことも言われた。

家ではどうですか?と聞かれたが

家で血圧を計ったことはない。

血圧計もないし気にしていません、

いつも低目ですと答えておいた。

聴診器を当てる前に脈を取った。

不整脈が出ていると言われた。

そして、具合が悪くないですか?と聞かれた。

確かに、この頃疲れていると感じる。

夫の入院・退院後の自宅療養と

気の休まる時がない。

肉体的にも限界に来ているのでは?と

そんな気がする。

自分では大丈夫と思っているけど

体は正直なのだ。

私が倒れたらダメだ。

夫が元気になって

仕事に行けるようになるまで

私が支えないといけない。

でも、休めない。

私の代わりも居ない。

今日は夫を病院へ連れていく。

内科受診して、入院となったら

また病院通いの日々となるだろう。

そのためにも、私が元気で居なくっちゃ。

でも、今、こうしてつぶやきを書いている時間になっても

眠れない・・・

気がつかないうちに疲れがたまっているのだろう。


2011年06月08日(水) そんなことが・・

さっき、ネットyahooニュースを見て驚いた。

30代の妻が40代の夫に

ガソリンをかけて焼き殺し

自分も煙を吸って軽傷、

逮捕されたと言う。

信じられない思いがして

ニュースを読んでいると

夫の暴力に耐えかねてのことらしい。

8才と1才の子供も居るこの夫婦に

一体何が起きたのだろう。

他人の私は無責任に言えないが

今の私には到底考えられないことだし

信じられないことだ。

夫の具合が悪いと私も心配で

少しでも食べてくれると嬉しい。

この何日か夫の笑顔を見たことがない。

笑える気分になれないのは理解できる。

体と心は別物だと思っていたが

やはり、健康な身体に健康な精神が宿るのかなあと思う。

夫が一日でも早く

元のように元気になって

仕事もできるようになり

アズキとも遊ぶようになってくれたら

どんなに嬉しいか。

そんな思いで毎日を過ごしている私にとって

夫にガソリンをかけ焼き殺したこの女性が

とても哀れに思える。

よほどのことがない限り

このような残酷なことは出来ない。

彼女の精神は一時的にせよ狂っていたに違いない。

人には裏の顔がある。

醜い心もある。

普段はそれが現れないだけで

何かがあった時に出てくるものだ。

だから、私だってどんなことになるかわからないのだ。

空恐ろしいことだけど

人ってそんなものかもしれない。

そこに宗教の価値があり

人が四苦八苦しながら生きるための

手助けとなってくれるのだ。

悪いことはいつまでも続かない。

物事にはピークがある。

てっぺんまで行ったら下るしかないのだから。

この女性がもし、そういうことを考える余裕を持っていたら

こんな事件は起きていなかっただろう。

そして、この女性の気持ちを理解できる

友人や親戚・知人が居たら

ここまで追い詰められなかっただろう。

そう思うと余計にやりきれない。

子供の立場に立ったら

お母さんがお父さんを焼き殺し

刑務所に入るということは

どんなことよりも辛く悲しく

心の傷となって残ることだ。

母として子供のことを考える心の余裕もなかったからこそ

こんなことをしでかしてしまったのだろう。

本当に悲しいことだ・・(/ω\)


2011年06月07日(火) 夫のこと、その後

夫の状態が、見ていて良くならない。

段々悪くなっているように思う。

一緒に生活している私には

一喜一憂してはいけないと分かっていても

心配することが多い。

このままで良いのか?

不安もある。

昨日は、近くのかかりつけの医者に

今の夫の状態を話して

点滴してもらえないか?と電話をかけた。

しばらくして返事があり

腹水が溜まっているときに

多くの量の点滴はしないほうがいいが

小さな点滴ならできるということで

夫にその旨を話した。

夫は、午前中は行かないと言っていたけど

私の話を聞き、行くと言った。

歩くのもやっとの夫だったが

行く気になってくれただけでも嬉しかった。

夫を見た医者は

大変さに気づいたようで

早速、年末に入院した内科へ予約を入れてくれた。

そして、入院した方が良いとも言ってくれた。

夫は200ccの点滴をしてもらい帰宅。

夜になって具合が悪くなり

結局、晩ご飯を食べることができなかった。

めまいがすると言っていた。

今朝は起きてきて、昨日よりはましだと言っていたが

食事もあまり取れなかった。

点滴はどうする?と聞いたところ

今日はやめるとのこと。

二階で寝ているのが楽なのだろう。

夫の気持ちもあることだから

今日は点滴は行かないことにする。

明後日は外科の再診もある。

内科を先に受診して入院となったら

外科の医者はどう思うだろう。

先週、私が入院を頼んだ時は

入院しても何もすることがないと

はっきりと言われた。

これってやはりおかしいと思う。

夫の様子を見たら

想定内だったとしても

少しでも楽にしてあげねばならないと思うのが普通だ。

明後日、内科へ入院したら

家に居るより安心できる。

そして、アルブミンを体内に入れてくれたら

腹水も大分楽になるだろう。

入院できればと心から願っている。


2011年06月06日(月) 親の子を思う気持ち

夫の母、お姑さんは

「世界救世教」の信者だ。

結婚してから入信したらしい。

でも、夫の父、お舅さんは

お義母が入信していることを

あまり良い気持ちでいたようではなかった。

私は結婚して初めて

「世界救世教」の名前を知った。

でも、その宗教が

「浄霊」というものが教えの中にあり

手かざしによって

人の病気を治すことをしているとは

義母が実際にしているのを見るまで知らなかった。

手かざしによって病気を治すことは

ハンドヒーリングというのと同じだと思う。

母が腰が悪い時、偶然知り合った人が

ハンドヒーリングをしているとのことで

お会いして、母にもしてもらったことがある。

だから、まったく信じないということではない。

でも、それが宗教となると私はあまり受け入れることができない。

その義母が夫、つまり息子のために

毎日、浄霊をしたいと行って

私の家にやってくる。

以前は、夫が晩ご飯の後

お風呂にはいりに行く時に

お義母さんに浄霊をしてもらっていた。

でも、最近は夫がずっと私のところに居て

自分の家に帰ることがなくなり

お義母さんは夫のために

自転車に乗って10分ほどのところにある

我が家にやってくるのだ。

夫が入院している病院へもやってきたことがある。

夫が親思いの人だから

自分の母のすることを無碍に断りはしない。

でも、入信するのは断固として受け入れない。

お義母さんは、私や娘にも入信しろと言う。

私ははっきりと言った。

手かざしを否定はしないけど

それが宗教として存在することに抵抗があるので

私も娘も入信はしないと。

母が生きていた頃は

母に遠慮して言い出せなかったのだろう。

母は自分の信じる「眞の道教会」へ

毎月一回行っていたし

私も母に連れられて幼いころに通ったことがあるので

母の信じることに反対はしなかった。

お義母さんの息子を思う気持ちは有難いし

それを拒否することはしない。

でも、正直言って

手かざし・浄霊で夫の病気が治るなら

医者は要らないではないかと思う。

単なる気休めに過ぎないのではないかとさえ思う。

今年82才になったお義母さんのことを思うと

私も理解してあげたいと思う。

これが親心なのだろうと。


2011年06月05日(日) エアコン設置

先月買ったエアコンを昨日設置予定だったが、

昨日、予定通り午後設置しに来てくれた。

実は、設置する場所をギリギリまで迷っていた。

リビングには二台つけている。

リビングは20畳以上ある広さなので

夏には二台を同時につけることもあり

その分電気代もかかる。

昨年は母がリビングに電動ベッドを置いていたし

猛暑だったので24時間エアコンをつけていた。

今年は、母の代わりにアズキが家族となった。

犬は暑さに弱いから

一日中エアコンが必要よと病院で知り合った人に言われた。

大きな部屋のエアコンをつけっぱなしにしていたら

節電には程遠くなる。

アズキのために、リビングの中にある

少し高くなった四畳半の畳の部屋に

エアコンを設置することにしていた。

でも、アズキを早い時間に寝さすため

私が寝起きしている仏壇を置いている部屋につけようか?

それとも、アズキの部屋(アズキの部屋になってしまった)に

つけるべきか?

迷って迷って・・でも、昨日来た姉の一言「ここ」で決めた。

二階の部屋も一階の部屋も建てる時にエアコンの電源を作っている。

でも、この四畳半だけに電源がない。

だから、エアコンの設置の電気工事は無料だが

新しくエアコン用の電源をつくるのには費用がかかった。

昨日は午後1時半に三人が来てくれた。

ブレイカーからの距離が10メートル以上離れているし

一階の天井裏には上がれないとかで

色々考えてくれて床下に入って

配線をしてくれたみたいだ。

終わったのは午後4時半を過ぎていた。

仕事をしてくれた人も、疲れたようだった。

でも、一安心。

今日は雨になったから

昨日は暑かったけど、設置できて良かった。

アズキのエアコンを24時間つけなくても良い

そんな夏になってくれたらいいなあ・・


2011年06月04日(土) 夫

夫の人柄はとても良い。

私にない冷静さと寡黙さとを持っている。

私が夫を好きになったきっかけも

その夫の寡黙なところだった。

結婚後はその寡黙さがもの足らなくなり

もっと喋ってほしいと願って来た。

冷静さは時に冷淡さに感じられ

心で思っていても態度や言葉に出さない

夫の性格がとても嫌だと思ったこともある。

また、夫は頑固な点もある。

大抵のことは、私の言う通りに従ってくれる。

決して亭主関白ではない。

寧ろ、私の方が主導権を取っていると言っても過言ではない。

しかし、

自分のこととなると

私のいうことを聞かないことがある。

今回の夫の術後の体調不良について

私がせめて近くの医者に行って

点滴をしたもらおうと言っても

うんと言わない。

私は医療に関することでは

ほかの人に比べるととんでもない自信がある。

笑われるかもしれないが

私がこうしたら良いと言ったことは

大抵、後になって良かったこととなる。

父や母の時もそうだった。

だから、二人とも私に全面的信頼を置いてくれて

私がこうしよう、ああしようと言えば

私の言うとおりにしてくれた。

娘は私の子供だから

病気のことでは私の意見に従ってくれる。

それが、夫はそうはいかない。

夫は、自分で決めたこと、納得のいくことは

やるが、そうではないことはしない。

点滴に行くのがなぜ嫌なのか?

その理由は、まだ行かなくて良い、

食べれなくなったら行くとのこと。

それじゃ遅すぎる。

そんなことになって行っても医者は迷惑だろう。

主治医は今のまま様子をみるしか仕方ないと言ったが

このまま、段々弱っていく夫を見るのは辛い。

そばにいる私が一番わかる。

昨夜も、夫の背中を撫でていると

骨が当たるほど痩せていた。

顔も急に窶れて年を取った感じだ。

顔に生気がない。

もともと弱そうな感じの夫が

それ以上になっているのだから

このまま放っておくわけにはいかない。

本当なら、首に縄をつけてでも

夫を引っ張って連れていきたい。

でも、それは無理だ。

夫が起きたら、優しく諭すように言ってみよう。

点滴をしてもらったら

食べれない分楽になると思う。

私の出方次第かも?


2011年06月03日(金) やっぱり・・・

昨日、夫の抜糸のために病院へ行った。

診察の前にレントゲンと血液検査をした。

29日にもレントゲンとエコー検査をしたのに

こんなにレントゲン検査をたびたび受けて大丈夫だろうかと

少し不安を覚えた。

検査結果が出るまで30分かかった。

やっと夫の診察。

医者は夫のお腹のようすを見て

「やはり言った通りでしょう」と言った。

日曜日に救急で診てもらった結果とは違った。

やはり、腹水がたまっていたのだ。

お腹を押さえるとポヨンポヨンしている。

ブヨブヨしている。

私のような素人が見てもわかる。

それなのに、あの救急の医者の診察は何だったのだろう。

医者は、腹水を抜いても

また出てくるから同じことだと言った。

結局、何も処置することなく終わってしまった。

管を入れていた穴も抜糸すると

そこから腹水が滲み出てくるので中止となった。

また、一週間後の予約をもらって終わった。

夫は仕事のことが気になるようで

自分が早く仕事復帰しないといけないと言っているが

今の状態では仕事などできるものではない。

私が、医者に入院させてほしいと言ったが

医者は入院しても何もすることはないと言い放った。

食べられないのも、腹水のためだから仕方ないと言う。

そして、この状態がいつ改善されるか?わからないとも言った。

勿論、医者がいつになれば腹水がなくなろと断言できないのはわかる。

でも、少しでも楽になるようにすべきではないか!

もう少し医者としての思いやりや言い方があると思う。

患者の気持ちになることができないのだろうか?

医者は夫の状態を見て、想定内のことだと言ったが

それなら対応する方法もあるだろう。

患者は弱者だ。

医者は強者だ。

だから、反論しても訴えても受け入れられないとなると

諦めるしかない。

私のバセドウ病の医者も同じだ。

そんな何か腹立たしさを覚えて帰宅した。

こんな私の気持ちって変?


2011年06月02日(木) 甘えたいのに・・・

私にはまだまだ甘えがある。

昨日も、夫の顔色や体調を見ていて

これはどうにかしないとと思った。

でも、私にできることは

夫が少しでも食事ができるよう

箸が進むような献立を考えつくるしかない。

それは分かっている。

でも、母の時も同じ思いだった。

もともと食べることにとても神経質な私だ。

サボることはできない。

また、相手が美味しく食べてくれるといいが

残すと、まるで私自身を責められている気がするのだ。

だから、とても気を遣う。

正直しんどい。

夫はなんでも食べる人だった。

文句を言ったことはない。

そんな人だから

余計、最近、食事を残しあまり美味しそうに食べないのを見ると

私自身がダメなんだとついつい自分を責めてしまう。

私が悪いのではない。

それは分かっている。

でも、夫がちょっとでも食べてくれると嬉しいし

そうでないと悲しい。

これは私の自己満足、自分勝手な思いであり

夫に責任はないし

誰が悪いのでもない。

今日は夫は抜糸のため病院へ行く。

私が運転して行くが

その時に後ろに入院の用意をして積んで置こうと思う。

入院はできないと思う。

それでも、今の夫の腹水を除くことは

簡単ではない気がして

通院でそれができればいいが

もし、できない時は入院するのが一番いいと思う。

昨日のラジオの人生相談を聞いていた時

こんな言葉を耳にした。

自分が甘えたいと思っているときに

それが出来ず、支える立場になるということは

その人にとってとてもきついことなのだと。

まさに、今の私がそうだ。

私の体調も万全ではない。

もし、母が生きていたら

私の体のことを心配してくれるだろう。

でも、今は、

私が風邪を引いてとてもしんどい時でも

夫は何も私のことなど考えないし

義母も頭から私への気遣いや心配をしていない。

私が咳をしていたら

「(@゜Д゜@;風邪を引いたの?」と言ったが

その一週間くらい前から私は風邪を引いていた。

家族の中で私のことを心配してくれる人は誰も居ない。

当たり前だ。

心配などかけさせないために

無理に平気で元気を装っているのだから。

でも、でも・・・

私にも限界というものがある。

母に甘えたい。

思いっきり母にしんどいよ〜と言いたい。

笑ってしまうが

私の本音の一部でもある。

まあ、ここでこんな愚痴を言えるのだから

そんな気持ちはここで消化して

今日も夫のことだけ考えて

夫を支えていこう。


2011年06月01日(水) 今、私がすべきこと

夫の体調が依然として悪い。

日曜日に救急外来で県病院を受診したが

その時に診てくれた医者の判断と

夫が訴える症状とが異なることが

私も夫の状態を見てわかるのだ。

やはりお腹が大きく腫れている。

それも便がたまっているという判断を疑いたくなるように

下腹ではなく胃の辺が大きく膨らんでいるのだ。

これが腹水でなくて何だ?と思える。

だから、薬で便秘は治ったとしても

体の悪さは同じで

食事もなかなか食べることができない。

夫が私のところに泊まるのはよほどのことだと思う。

昨年の12月にひと月入院していて

大晦日に退院した時も

娘が帰省していたお正月の間だけ

私のところに泊まったものの

その後は自分の家に戻ったくらいだ。

確かに、ここで寝るほうが居心地はいいはず。

でも、母親思いの夫だから

普通は義母が隣に住む自分の家に戻ると思う。

それが、ここに居るということは

今は母親のことまで気が回らないということだろう。

私も夫がこの家に居てくれるほうが安心だし嬉しい。

私が、今すべきことは何か?と考えた。

日本のために頑張ることは

私でなくてもできる。

支部長や代表をしてくれる人は

私でなくても居るはずだ。

でも、夫の妻は私しか居ない。

今、私がすべきことは

夫を懸命に支えることだ。

夫の代わりも私の代わりも居ない。

こんな気持ちを夫に話したら

きっと負担に思うだろうし

私が代表を辞することに反対するかもしれない。

だから、夫には相談せず

私自身が決める。

母を看護し看取ったあと

夫の入院・手術と私にはやるべきことがいっぱいあった。

それをひとつひとつこなして来たけれど

私にも限界がある。

二足の草鞋を履くことができないなら

今、何をすることが

私の優先すべきことなのかを知った上で

それに専念しよう。

昨夜、眠れないベッドの中で考えた。


スカーレット