あたろーの日記
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2003年02月17日(月) 京都。あったかい出会い。

 ただいま。
 京都から戻ってまいりました(^^)
 いい旅だったなあと、しみじみ思います。

 旅の様子や写真のページをあまり日がたたないうちに作ろうと思います。
 写真日記のページに写真でリアルタイムに旅の様子を載せたのですが、ヤプース写真日記のサイトは混んでいるのか夜なかなか表示されないことがありますね。
 
 旅の話に。
 ほんとに行って来てよかったなぁ。
 心が清々しく、柔らかで温かくなる旅でした。
 
 2日間という短い時間でしたが、我ながら濃密に京都に接したような気がします。
 いろんな方から温かい心遣いを頂きました。
 実は、初日の早朝、京都駅で高速バスを降りて烏丸通りを歩き始めて、初めて私に声をかけたのは、お金を要求する人でした。
 人気のないまだ薄暗い通りを、向こうからキャリーケースを引きずった私と同じくらいの30代らしき男性が来たと思ったら、「あの・・」とすれ違いざまに呼び止められました。「道ですか?」と、地図帳を手にしていた私が答えると、彼は、「これから関空に行って出張して、その後待ち合わせがあるのですが、どうしても手持ちのお金が足りません。可能な額で結構ですので・・・」と言うではないですか。申し訳なさそうに言うんですが、でも、彼の服装はこれから遊びに行くって感じのもこもこダウンジャケットに立派なキャリーケース。どう見たって、ジーンズにポシェットの私より余裕ありそう。そもそも出張して待ち合わせがどうのこうのというのがよく分からない。突然だからましな嘘も思いつかなかったのかな。
 もちろん断りました。
 ちょっとしつこかったけど、はっきり断りました。
 ほんとうにお金がなくて食べるものがないというなら話は別ですが。
 相手にも私のうかがい知れない事情があってのことかもしれませんが、京都に来て最初がこれだったので、そのあととても悲しい気持ちになりました。写真日記ではちょっとはしゃいで烏丸通りを写してましたが、実はこんなことがあったのです(泣)。
 もしかして、今回ここに来たのは間違いだったかなあ、とちょっと落ち込んじゃいました。
 
 でも、最初はこんな感じだったのに、だんだんと、京都に来て良かったーと思えるような温かい出会いが沢山ありましたよ。
 北野天満宮で梅林を撮影していた沢山のアマチュアカメラマンのおじさん達。私が真似して写メールで撮影していると、「それ、いいんだよなあ、俺も欲しいんだけどねー」とか「写してすぐ送れるんでしょ」とか話しかけてきた。へへ、ちょっと自慢げに見せてあげた。
 龍安寺を出て、寝不足や疲労で風邪がぶり返し、乗ったバスでは座席で爆睡。気がつくと車内は満員で私のすぐ脇に80代位のおじいさんが立っている。あわてて立ち上がって席をゆずろうとすると、「いいからあんたが座ってなさい、あんたのほうが大変そうだ」と言って座席に押し戻された。申し訳ありません、お言葉に甘えていつのまにかまた爆睡してしまいました。地元の方っぽかったな。
 宿泊した知恩院の宿坊「和順会館」では、宿泊客はなんと私1人でした!
 修学旅行生も泊まれそうな位大きなところなのに。どうりで、トイレに行っても、お風呂に行っても、見回りのお坊さん以外に人に会わないわけです(笑)。というわけは、私一人のために、大浴場を沸かしたり、朝食を用意したり、館内放送をしてくれたりしたんだ。これって、究極の贅沢ですよね。
 和順会館に宿泊すると、朝5:50(冬は)に起床の館内放送が流れ、6:20にロビーに集合して、知恩院の境内へ朝のお勤めに向かいます。が、私が身支度をして下りていくと、傘を用意してお坊さんがお1人私を待っててくれました。「あれ?もしかして今日は・・・」「はい、昨夜ご宿泊のお客様はお一人です」もーびっくり恐縮。でも、私のためにこうして傘を用意して待っててくださるなんて、ありがたいです。
 和順会館の方々も、みなほんとに親切で、素朴ですが温かいもてなしをしてくださいました。
 知恩院の阿弥陀堂と御影堂での朝のお勤めの際は、毎朝参加しているという信者の方々が、座布団から移動のルートから座る場所、何から何まで皆さん次々に教えてくださって、とても感激。法話を聞くときも、「一番前に出なさい」と押してくださったおばさん。お経の意味が分からず質問すると、「じゃあついでだから他にも教えてあげよう」と言いながら、浄土宗のお焼香のやり方や心構え、それから広い御影堂の中をあちこち移動しながら安置されている仏像や厨子などを丁寧に説明してくださった「念仏を唱える会」という集まりのおじさん。
 それから京都市内の「大正湯」という銭湯で、でかいリュックかついで入って来た私におばちゃん達がいろいろ話しかけてくれて、私もゆっくり服を脱ぎながら、しばらく脱衣所で話し込んだ。おばちゃん達の子供の頃は、東寺でもどこのお寺でも、みんなタダで入れたんだって。うーん、戦後あたりかな?だから、東寺の金堂や講堂のあのすごい仏像群も、気楽に入って見に行けたとのこと。うらやましいっ!しばらくお寺談義に花を咲かせ、私が「京都に住みたいんです」と言うと、一斉に顔をしかめて大笑いして「やめとけやめとけ」。冬の底冷えと夏の蒸し暑さには、京都人でも耐えられないんだって。うーん、それは分かってるんだけど、住みたいの!
 銭湯でおしゃべりしたおばちゃん達、おしゃべりしなかったおばちゃん達、みんな出て行くときは「気いつけて帰りや」と私に声をかけてくれた。
古くてちっちゃい昔ながらの銭湯。番台のおじさんも、「満足していただけましたか?」とにこにこ。うん、すっごく楽しかった!気持ちいいお風呂だった!
 そうそう、浴室に入ろうとすると、おばちゃん達が「そこにある桶かって行きや」と言う。え?風呂桶はふつうタダで使えるはずだけど・・と私がどこかに値段貼ってないかきょろきょろしてると、また「それかっていけばいいのんや」と言う。「これ、1回いくらですか?」と聞くと、相手も二人でぽかーん。こっちもぽかーん。で、ようやく向こうも気づいたらしく、「借りて、かって」。あーなるほど!そこで皆で大笑い。なーるほど!

 知恩院でお世話になった地元の信徒の方々も、銭湯で一緒になったおばちゃん達も、皆気さくに話しかけてくれて、何かと世話してくれて、そして別れ際には皆、「気いつけてや」。ほんの短い時間の触れ合いだとしても、ちょっと胸が痛んで、別れが惜しくて、これがいいんだな。。
 学生時代に1人旅した頃とはまた心の余裕が全然違うのかな。
 一見時間のロスに思えるような立ち止まりの会話が、いつまでも心に残るような旅の一コマになったりする。。

 ちょっと長くなりすぎましたー(笑)。
 昨日、とても心に残ることがありました。
 それはまた明日m(_ _)m
 





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