あたろーの日記
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旧暦1月7日。 今昼ご飯食べたところです。何故か昼間に日記書いてます。 寝てますちゃんと。ただ、昼間寝てたりするもんだから、夜眠れない。20時台に布団に入っても眠りにつくのは夜中過ぎになってしまう。困ったもんです。 お昼に、鍋いっぱいに豚汁を作った。今日の昼夜明日の朝昼くらいまではもつでせう。私の豚汁は生姜とごま油も入れる。今日はそこに、仕上げ(!)に、にんにくのすりおろしまで入れた。とにかく根菜とスタミナでありますな。うむうむ。 おなかいっぱい。 で、ご飯も沢山炊いたので、明日の夜までは温めるだけで、何も調理しなくてよい、っていうのが嬉しいです。冬は、ガス台の上に調理済みの物を出しっぱなし、冷蔵庫に入れなくてよいというのが助かる。 おしなべておとなしくじっと布団の中で棲息しているのですが、ちょっと布団から手を出して、ちょっとだけ本なんか読んじゃったりしてます。ちょっとだけ。 谷崎潤一郎の『細雪』(中公文庫)をようやく読み終えた。分厚いのなんのって。先月からかかってやっと。岩浪文庫にはなくて、新潮文庫か中公文庫どちらにしようかちと迷ったものの、新潮文庫は上中下の3分冊、中公文庫はそれが1冊にまとまってある。電車や布団の中で読むことを考えると、新潮文庫の3分冊のほうが断然ラクなのだけど、値段のほうからすると、1冊になっている中公文庫のほうがおトクなわけです。そういうわけで、中公文庫ものを買ったのですが、やはり重たかった。特に横になって読むにはつらい重さでありました。しかし、読み始めたら面白くなってしまって、途中からやめられなくなった。 昔、10代か20代だかの頃に、ちょいと読み始めたものの、ぜんぜん面白くない、話も起伏がないし、登場人物達と自分との価値観の隔たりが大きすぎて、ぜんぜん違う遠い世界のお話のようで、「なんだこりゃあ」と頭に来て途中で読むのやめちゃったんですが、今回は違った。すんごい面白かった。関西の、没落しつつある旧家の美しい四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子の日々を、次女幸子とその夫の視点で、三女雪子の縁談や四女妙子の奔放な恋愛、生き方を軸に描いたもの。花見や蛍狩り、雛祭りなど、美しい季節の行事や風俗を細やかな筆致で随所に織り込んである。まさに、「絵巻」とでもいえるような小説。登場人物達、特に、四姉妹の価値観には、私にはとうてい理解できないことも多い、例えば身分の違いや結婚相手の収入にこだわりすぎるところなど、それから勤めることもせずに親兄弟の資産で日々気ままに暮らしているところとか。ずいぶんお気楽で我が儘で気位が高い嫌な姉妹なのですが(爆)、しかし、谷崎潤一郎は、こういう、関西の旧家の令嬢達の視線や心の綾を微妙なところまで描き出してみせる。女の複雑な心理を恐ろしいまでに深く深く掘り下げて、あぶり出してしまう。読んでいて、そうなのよそうなのよ、そういうことってあるんだよね、と、読み手もいつの間にか引き込まれていき、四姉妹に共感できないまま、それでも彼女たちの物語に強く強く惹かれている自分に気づく。だいたい、まだ「職業婦人」「自由恋愛」という表現が存在することからも感じるように、現代人から見たら当たり前のことが否定的に語られる時代でもあったし、女性の生き方がまだまだずいぶんと縛られたものであったけれど、その渦中に生きる姉妹達を、ここまで活き活きと美しく、且つ細やかなねちっこさで描ける作家はなかなかいないのではないか、と思った。 ただ、夢中になって読んで、最後のほうが、どうしても納得いかなくて。なんだか結末を急いだようになっている気がするのは、私の読みが浅いせいでしょうか。それとも、筆者は、四女の妙子をああいう形にさせたかったのか、それが彼の言わんとしていることのひとつなんだろうか。谷崎の崇拝するものが、妙子には与えられていない、その突き放した終わり方が、どうも後味が悪い。それから、どう考えても分からないのが、三女の雪子が最後の最後に下痢になって、それが治らない、ワカマツなどを飲んでも治らない、という点。最後の下痢が妙に強調されているように感じて、そこにどんな意味があるのか、突飛であると気にしすぎる読み手がおかしいのか、考えれば考えるほど分からない。誰か、教えてください。。。
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