あたろーの日記
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旧暦1月10日。 復活復活復活ぅ。 5日間寝てばかりいたので、さすがに足元がふらつく。身体全体がふわふわと宙に浮いているような感覚。まだちょっとだるさが残るものの、風邪の症状は消えて、胸から風邪も抜けていったよう。マスクは満員電車の中だけにする。長かった風邪、1ヶ月半近く引いてました。長かったほんとに。。。 会社で、若い殿方約2名に、「痩せましたねえ!」と絶賛される。特に顔が、とのこと。「え?ほんと?」「ええ、だって前はこう・・・ここら辺がもうちょっとぷくうっと・・・」「・・・いいよ、それ以上言わなくて」お褒めの言葉は最初のほうだけ有難く頂戴して、あとの続きは聞かないほうがベター。褒められたのが嬉しいからって、あんまり突っ込んで聞くと、喧嘩売られてバター。 こんな寒さだし、雪降っちゃったし、体調もまだ油断できないので、自転車はまだ先だけど、かといって、電車通勤だと、会社のあるビルの隣がもう地下鉄駅で、自宅から最寄り駅までも近いので、あんまり歩く機会がない。ということで、自転車通勤じゃないときは、なるべく会社から遠く、自宅からも遠い駅を利用することにして、今日は少し、てくてく歩いた。
『高野聖・眉かくしの霊』(泉鏡花・岩波文庫)の中の、「眉かくしの霊」を読んでいて、「煮燗」(にえかん)という言葉が出てきた。
「・・・・・・ぶるぶる寒いから、煮燗で、一杯のみながら、息もつかずに、幾口か鶫(つぐみ)を囓って、ああ、おいしいと一息して」(以下略)
という表現。 この、「煮燗」というのは初めて目にしたので、広辞苑を引いてみたけれど、載っていない。インターネットで検索すると、泉鏡花の「眉かくしの霊」がずらりとヒットする。ということは、泉鏡花の造語なんだろうか。それともどこか他でも使われていますでしょうか。 私の近所の、半ば隠れ家と化している居酒屋では、熱燗を注文すると、すぐに、熱々の、お銚子持つのも命がけみたいな、ほんとにあっつ熱のお酒が出てくる。たぶん注文がある前から、あらかじめお燗され続けて出番を待っていたお酒なんだと思う。ふつう「熱燗」と言ったらまさか煮え立つようなお酒は出てこないのだけれど、その居酒屋ではお銚子の中が煮え立っている。初めて見たときはびっくりして、まいったなあ、とちと思ったのですが、慣れてしまうと、これが不思議なもので、今では熱燗といえば、近所の居酒屋で呑むような命がけの熱さのものなのです。 で、くだんの、泉鏡花を読んでいて、ああそうそうそう・・・と、「煮燗」という表現のところで立ち止まって、しばし感心して納得して、うまくツボにはまったこの言葉がえらく気に入ってしまった。「ぶるぶる寒いから、煮燗で」というのは、まさに、冬の私の毎日の気分であります。「ぶるぶる寒いから、煮燗で、一杯のみながら、息もつかずに、幾口か焼き鳥を囓って、ああ、おいしいと一息して」。さすがに毎日呑むわけにはいきませんが。冬に、ああお酒が呑みたいなあ、と思うとき、近所の居酒屋のぐつぐつの煮燗が一番喉にしっくりきて、幸せ。 と、書いておきながら、当然、しばらく風邪でご無沙汰してます。 煮燗が美味しい季節のうちに、あと何回行けるかなあ。。。 毎日、赤提灯の前を素通りするのが、ほんとに辛いんです。我ながら、よく耐えてると思います。
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