あたろーの日記
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2006年02月19日(日) 谷内六郎展

 旧暦1月22日。
 夜中に布団の中で携帯電話のテレビをつけたら、オリンピックのカーリングをやっていた。カーリングって何がなんだか全然分からない・・・いったいどこが面白いんだ???と思っていた。冬季五輪の種目ってほとんどスピーディでスリリングなのに、カーリングだけなんだかのんびりしてて・・・と思いつつも、なんとなく観ていたら、とうとうはまってしまった(爆)なんだかひどく楽しそうな競技じゃありませんか!あれってすごく頭使うんですねえ。チームワークも大切だし。で、あの、ごしごしやってるのは、たわしなんですか?もう、すごく興味あります、カーリング。

 昨日の土曜は、午前中ちょっと出社して、昼過ぎに横浜まで行き、友人と、横浜そごうのそごう美術館で開催されている「没後25年 谷内六郎の軌跡 その人と仕事」展を観てきた。
 自宅の机の隅っこには、落ち込んだときに手にとってぱらぱらページをめくるための本が数冊、積んであって、その中には山頭火の句集もあるのですが、谷内六郎さんの文庫版の画集も入ってます。制作が新潮社で、発行が六郎工房になっている、『谷内六郎の絵本歳時記』というもので、以前、世田谷美術館で買い求めたのです。六郎さんと、この本については、この日記に、だいぶ前だと思うのですが、書いたような気がします。それからも、六郎さんの絵は私の机にいつもあって、時々、しょんぼりしたり疲れたときに、素直に癒してもらっています。
 昨日行ったそごうの展覧会では、『週刊新潮』の創刊時から約25年以上にわたって表紙絵を描き、多くの本の装幀や雑誌の挿画、自身の詩画集を手がけたり、福祉施設で子供達に熱心に絵の指導をしたりした六郎さんの業績を、30年に満たない短い画業の中で遺された膨大な作品の展示で追っています。やはり中心となるのは『週刊新潮』の表紙を飾った絵の数々なのですが、どの絵の前に立っても、自然と笑みがこぼれたり、思わず「こんなことあったよねー」と友達と頷きあったり、「分かる分かる」と笑ったり、それからじいーんと黙り込んでこみ上げてくるものをこらえたり。会場には老若男女多くの人が訪れていて、女性客は2人や3人のグループが多く、ひとつひとつの絵についてあれこれ談笑しながら見ていたのと対照的に、30〜50代60代の男性諸氏で、1人で来ていて、非常にゆっくりの足取りで、ある時は1枚の絵の前で長い時間佇んでいる姿が印象的だった。私も最初は一緒に行った友人と小さな歓声を上げながらじっくり見ていたのだけれど、いつしかそれぞれの世界に入り込んでいて、気づいたら互いのペースで好き勝手にのんびり回っていた。大好きな「夜の公衆電話」という、狐が電話ボックスで電話をかけている絵の原画の前で、完全にトリップしてしまい、抜け出ることが出来なくなった(笑)
 困った困った、思いっきり泣きたいのに、ここじゃあ泣けないよ、と思いながら、首根っこが苦しくて、でも心の中をゆさゆさぶんぶん揺り動かされて、子供時代の思い出のいっぱい詰まったランドセルの蓋を目の前で開けられたような、もう逃げ場のない郷愁の嵐の中に放り出されて、私の中の幼い子供の部分は、展覧会場のど真ん中でぽーんとはじけて飛び出して、六郎さんの絵の世界あちこちに入り込んで行って、なかなか戻ってこなかった。
 六郎さんの絵の仕事の他に、興味深かったのは、2人のお子さんのために手作りしたおもちゃだ。割り箸に紙を貼って絵をつけた人形劇用の人形や、小さな紙芝居、こけしの原木に楽しげに描いてある六郎さんこけし。それから娘さんの幼稚園のズック入れにマジックで描かれた娘さんのイラスト。私も子供の頃内履きを入れて持っていったことがある。可愛いお姫様の絵が描いてあったような。でも、お父さんの直筆のズック入れなんて、なかなかないし、可愛すぎる。仕事柄自宅にいることが多く、もともと子供好きな六郎さんが、いかに子煩悩であったか、2人のお子さんの小学校に毎日お弁当を届けに行くのが日課だったというが、それも頷ける。
 谷内六郎と同じくらい好きな画家に、原田泰治という長野出身の画家がいます。2人の絵には、日本人の誰にも共通する幼い日の原風景が描き込まれている。もう決して、無邪気で敏感で感受性が強くて傷つきやすくて逞しく、ふてぶてしくて恐ろしく、残酷でけなげで夢があったあの頃の自分に戻れないと知ってしまったある一定の世代以上の人ならば、六郎さんや泰治さんの絵に、さまざまな想いをかき立てられるに違いない、と思います。。。
 会場を出るときに、ようやく私の中の子供の部分が戻ってきてくれたのですが、六郎さんの絵の中でいっぱい養分を貰ってきてくれたらしく、本体の私まで、ちょっと元気になりました。

 そごうを出て、これも楽しみな中華街へ。ハマッ子の友人がいなければ何がなんだか分からない横浜。幸い、昔1人で買いに来て気に入った「悟空」という中国茶葉のお店に行き着いたので、プーアール茶を1缶購入。久しぶりに中国茶をゴクゴク飲みたい気分なのでちょうど良かったです。最近胃が弱っているので、何杯飲んでもキリキリしないプーアール茶に。
 さて、友人にくっついて、お店に到着。「悟空」と同じ通りをちょっと歩いた先にある「招福門」というお店。広い2階で、飲茶食べ放題(時間無制限・2625円)でございます。店内混んでいたけれど、幸いテーブルが空いていました。さて、どっかり座ったのが18時頃?それから21時半近くまで食べた食べた、24種類のうち、飲茶メニューを12種類、加えてチャーハン、デザートも3皿。さすがにお腹一杯になったのですが、時間無制限なのが嬉しい。テーブルも多く、空きもちらほらあるので、外で順番待ちしているということもないようなので、安心して長居してくっちゃべってた。喋りながらまたデザート注文したり。テーブルで、メニュー見ながら係の人に注文する仕組みです。チャーハンやあんかけ焼きそばは自分で好きなだけ盛りに行くテーブルがあります。味は美味しかったです。また行きたいなあ。食いしん坊の女性グループには絶対おすすめだと思います。男性も多かったし、家族連れもいました。あ、そうだ、せっかく写真撮ったんだから貼り付けないと。ぺたぺた。
写真2枚ですが、並んでるメニューが違いますね(笑)これにあと1回位メニュー総入れ替えしてます(爆)+デザート(^^;)いやあ食べ過ぎたなあ!(注:2人分)
 
 というわけで、久々の横浜を満喫した翌日は、自宅近辺をうろついて生活してました。つうか、掃除とか、料理とか、ふつうの日曜。雨降るって予報だったから覚悟してたのに、昼間はちょっとぽかぽか陽気だったので、眼鏡を受け取りがてら日用品の買い出しと、散歩。昨日展覧会場で買った六郎さんのトートバックを早速持っていく。中身はお財布とiPodと手帳と携帯と、トイカメラのBabyHolga。眼鏡やさんにて眼鏡を受け取り、巣鴨では数少ない古書店のうち、お気に入りの林書店に入る。実は今、池袋のリブロで古書市をやっているのですが、とーっても行きたいのですが、今日池袋に行ってしまったら、古書市だけでなくリブロにもジュンク堂にも、それから古書往来座にも、それからそれから東武デパートの旭屋書店にもおまけに伊東屋とか、ロフトとか、行きたいところが多すぎて、ちょっとやそっとじゃ帰って来れない。本日は池袋という魔窟に足を踏み入れたらまずいような気がして、巣鴨から出ないでおこうと。私って、週に1日は、のほほんと過ごさないと、ダメなんですね。つっかけ履きで近所をウロウロする程度で、あとは自宅で本を読んだりちょこちょこ文章書いたり、お気に入りの音楽かけながら家事をしたりする時間をまる1日取らないと、身体の中に風船があって、それがぺっちゃんこのまんま、になってしまうみたいです。
 で、林書店で、『本という不思議』(長田弘・みすず書房)を購入。詩人である長田さんの文章はまだ読んだことがない。楽しみ。
 お店の奥のお会計台にいつもいるにゃんこが今日はいない。と思ったら、お散歩から帰ってきた。お会計の時、お店のおばさんが奥に引っ込んでご飯かくつろぎ中だかのところをわざわざ抱いて連れてきてくれて、なでさせてくれた。「猫が好きな人はちゃんと分かるんだねえ」とおとなしくされるがままのにゃんこに向かって話していた。
 猫をなでると猫も気持ちよさげにしてくれるけど、実はこちらのほうがうんと癒されたりしてる。心地よくなったところでお店を出て、日曜の地蔵通り商店街を歩く。さすがに人が多い。高台寺でお参りをして、日用品の店で重曹を買った。会社で、重曹を使って掃除を始めた人の話を聞いて、私も真似してみようと思う。さて、塩大福とたい焼きのどちらを買って帰るか真剣に悩む。あったかいほうにしよう、とどら焼き屋さんの前に来たら、15人位の行列。まあよくあることなので並ぶ。並んでいる人みんな、私の前も後ろも、みーんな、頭の中はたい焼きなんだな、と思うと面白い。前のお兄さんも、後ろのおじさんもおばさんも、うんと前の若いカップルも。大人になってもみんな、可愛いもんだな、と思った。
 
 

 

 


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