あたろーの日記
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旧暦6月1日。 お金さえあればなんでも出来ると思っていた人がやっと逮捕されたと思ったら、5億円払ってあっさり保釈。ほんとにお金さえあればなんでも出来るんだな。なんかヘンだな。
弟から何度も電話が来る。客観的に見ると、私ならもっとうまく対処できるのに、と思うこともある。でも彼の人生は彼にしか与えられていない。他の誰かが代役をしてうまく乗り切るなんてことは出来ない。 さすがに気が滅入ってしまったので、退社後、会社のある青山から皇居に向かって歩いた。歩くと新鮮な酸素が脳に入ってきて、発想を転換することが出来たりする。それから強くて良い気に溢れている皇居周辺を歩いて、私も気を分けて貰う。太田道灌も徳川家康も、土地の持つ気には敏感だったようです。 通勤ルートの約半分を歩いて、残りの半分を電車で帰ってくる。でもなんだか夕ご飯作る気が失せて、しようがないのでマクドナルドでハンバーガーとアイスコーヒー。うわー、ジャンクな夕ご飯だなー。・・・たまにはこんな自分を許そう。 マックでしばらく本を読む。『アトランティスの叡智』(ゲリー・ボーネル著・大野百合子訳/徳間書店)を再読中。アリス・ベイリー、ラムサ、サネヤ・ロウマンなど、直感的になおかつ直観的に強く惹かれる本を、この何年か、繰り返し繰り返し読み、何度も咀嚼して自分の思考に吸収しようとしている。書かれていることについて行けなくて一時的に離れたこともあったけれど、やっぱり再び手に取っている本が何冊かある。線を引きながら大切に読み進めることもある。読むことが自分との対話ともなっている。小説や随筆、評論やいろんな雑学の本も読みながら、一方で、自分の意識や魂の本質について書かれている本も、私にとっては必要だ。 ラムサやアリス・ベイリーの本を読んでも、世間の常識からかけ離れていることばかり書かれてある、と感じる人も多いと思う。だけど、科学者や歴史学者が証明している事柄は、この世の中のなんともちっぽけな領域でしかないんだ、と思う。人間というのは、なんとも限られた思考の中で生きているんだろう。どの本に書かれていることが正しくて、どの本が間違っている、ということは、読む人個人個人の判断や感じ方だから、他人がとやかく言う問題ではないと思う。ただ、確実に言えることは、思考の枠組みを取り払ってみることによって、今まで見えていなかったものが見える、理解できるようになる、というのは十分あり得る、ということです。当たり前なこと言ってますね(笑)。
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