浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2002年05月20日(月) Tifosi-Club.comの投票/戦慄のヴォーカル/冷蔵庫掃除

オーストリアGPの問題についてTifosi-Club.com が投票をやっていた。フェラーリ・ゲイトか。叩き文句に爆笑。(^^;)
見慣れない単語が多かったので辞書を引き引きになったが、私が選んだのは「Not elegant but necessary」だ。
選べる選択肢は19項目。フォーラムの方も賛成/反対ともにいろんな意見が入り交じってたいへんだったから、ここに集まるティフォシの感じているフィーリングに近いものを選べるように項目を分けたのだろう。
うーむ、反対票は項目分けで分散してるけど、やっぱり多いなあ。今回の事件に心が揺らいでない人よりも、フェラーリに対して何か一言主張したいと感じてる人がカキコや投票する場合だって多いだろうけどね。現時点で海外のティフォシ達がどんな考えを持っているのか、なかなか興味深い。
こういうの、日本でもどこかやらないかなあ。これくらい項目を分けてたら、沈黙してる人達も自分に近い心情を選びやすいと思うのだけれど。(ぶは。今ウチのATOKったら「自分に近い新庄」と出してくれたよ。ツボに入ってお腹がよじれた)
Tifosi-Club.comの記事、さすがアンオフィシャルと開き直ったティフォシなノリだ。どこまで信憑性があるのかわからないのが、ここの面白いところなんだ。というわけで、今回も爆笑させていただいた。
チームオーダーについては、「2回目のストップの直後の63周目(ラスト8周前)」説や「3周前」説があるのは、以前にもこの日記に書いた。その後「ミハエルはインタビューで、チェッカーの200メートル前に『ルーベンスが譲る』と聞かされた」という発言があったと聞いた。
さて、ここでTifosi-Club.comは、ぶっ飛ばしてくれる。「アンオフィシャルなソース」っちゅうのが、どれくらい確かなのはわかんないけどね。他のニュースサイトやプロの報道陣の記事だって、どこまで憶測なのか真実なのかきわめがたい部分はあるもんだけどさ。
こちらのアンオフィシャルなソースによれば「ジャン・トッドは、順位入れ替えまでに3回オーダーを出していた」「ミハエルのテレメトリーでは、2回も速度をゆるめていたらしい」ということになる。ははは、オーダーに抵抗してたともとれますわな。
念には念を押した上に、さらにダメ押しに無線でオーダーを伝えるジャン・トッドを想像したら、いじましさに泣けるやら笑えるやら。「1度言われれば、わかってるっつーの(-_-;)」とルーベンスあきれてたかも。ホント、このいじましさが情けなくて可愛いいんだよねー、このチーム。(普通、そうは考えないわな。自分の「可愛い」の感覚が歪んでるのは、わかってるさ(笑))
無線で説得に時間かかったかもしれないとは考えてたんだ。そこに「3回」ときたから、なぜか笑いのツボを突かれてしまった。
ははは、こういうニュースでちっとも落ち込まない自分が不思議だよ。哀しいが限界越えちゃうと、人は笑いで精神の安定をはかるのかもしれない、なんて考えてみたりもして。
まあともかく、ひさびさに「おちょくりたい」「ギャグにしたい」って気持ちがわいてきたのだ。笑いのめしたい欲望がわいてきたっつーことは、かなり回復したかな。>自分

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ここ1週間ばかり、頭の中を"Still I'm Sad"がぐるぐる流れている。オーストリアGPのことを思ってるうちに、「♪すてぃ〜る あいむ さぁぁ〜っど、すてぃ〜る あいむ さ〜っど〜」と歌いたくなったのである。
もちろんRAINBOW、ロニー・ジェイムス・ディオやコージー・パウエルがいた頃のライブバージョンだ。ステージの上に虹がかかって、ロニーが☆のついたベルボはいて、リッチー先生がまだ植毛してない頃の、あのドイツ?でのライブ映像のアレである。

コージーのドラムソロだけでなくキーボードソロもあったと思うのだが、当時のキーボードやベースの名前が見事に記憶から抜け落ちている。(トニー・カレイだったろうか?)
RAINBOWとMSGとゲイリー・ムーア・バンドは、メンバーの移動(首切り)があまりにも頻繁で覚えきれない。(笑)
オジー・オスボーンやイングヴェイあたりも、あまりアルバム買ってないから記憶が不確かなんだな。資料を見ずに全部答えることの出来る人がいたら、尊敬するよ。
リアルタイムでアルバムや記事が出るのを楽しみにしてたバンド、HELLOWEEN、GAMMMA RAY、MEGADETHなどは、だいたいどのアルバムの時期にメンバーチェンジがあったか覚えてはいる。何年のアルバムだったとか、あまり入れ込んでなかったメンバーの名前など、度忘れしてることもあるが、どういうラインナップだったか顔だけは思い浮かぶのだ。

本を読みながら、CDチェンジャーでランダムに選んだMEGADETHやJUDAS PRIESTをなんとなく聞いていたのだが、ディブ・ムスティンやロブ・ハルフォードのヴォーカルを追っているうちにブルブルと身震いがしてきた。もう読書どころではなくなってしまう。彼らのヴォーカルに、つんざくようなギターソロに、絶妙の「間」に、引きずり回され翻弄される感覚を味わう。この感覚ゆえに、どれほどリッパー・オーエンズの声が安定していようが、多くのファンに上手いといわれていようが、私にとってJUDAS PRIESTのヴォーカルはロブ以外にあり得ないのだ。そう。たしかに、「歌」に関しては、もっと安定した声量の、上手い歌い手もたくさんいるだろう。けれど、「歌う」と「語る」の狭間をいくヴォーカリストに、こうして心を委ねる瞬間が、私は最も好きなのだ。
凛として高貴に、あるいは艶やかに妖艶に、彼らはその曲の世界を演じる。時には物憂くつぶやき、時には言葉を吐き捨てるごとく、叫びの中に幾通りもの感情が錯綜する。その声の不安定ささえも、えもいわれぬ陰影を醸し出していく。
私にとっては、声量豊かな何オクターブ自在な声も、超絶技巧なギターソロも必要ではない。音楽的な進歩なんてどうでもいい。そういうものは曲のオマケ程度にしか感じない。シンプルでキャッチー、コマーシャルだと貶められるような曲の中にも、人の心の奥底にふれる根元的なメロディやリズムというものが存在するのだから。
一幕の演劇のように、一枚の絵のように、シンプルであっても心をかき乱す力強さを持った作品であればいい。どの一音を削っても成り立たないほどに無駄なく組み上げられた曲が、どんなに美しいか、どんなに心に染みいってくるか。
90年代に入ってから、オーバープロデュースな作品が目立つようになって、コレだ!と入れ込むことの出来るアルバムやバンドが減ってきたように思えるのは残念だ。
レコーディングで重ね合わされたその飾りを削り取って、その骨組みを見るがいい。その曲が人に愛され続けるものであるかどうか、そこで決まるんだ。
シンプルにならざるを得ないライブでの方が、輝いているバンドや曲も多い。長いライブツァーで鍛えたベテランバンド達を愛してしまうのは、このせいもあるかもしれない。
クラウス・マイネ、イアン・ギラン、ロブ・ハルフォード、私の好きなヴォーカリストって、こういう面を感じさせるタイプが多いんだよな。
カイ・ハンセンは音程崖っぷちフラフラだったけど、「歌う」より気迫で「叫ぶ」歌い方が好きだった。「歌」が少し上手くなってからは、なんだか魅力を感じなくなってしまったのが、笑えるやら情けないやら。
ラルフ・シーパーズは、声質の似たロブよりは、声に明るめのニュアンスがある。なまじ「歌える」パワフルなヴォーカリストだから、ハイトーンを多用する曲が多くて、彼の持ってる表現力の可能性を100%引き出せているのか、もったいないと思うことがある。彼がやっていたというJUDAS PRIESTのコピーバンドを聞いてみたいと願ってるのは、これがあるからだ。「演じる」ことを求められる曲で思うさま演じきってくれたら、怖ろしいほどに雄々しく響くことだろう。彼がJUDAS PRIESTのカバーをした曲の、どこまでも高く駆け上がっていくその声の壮烈さ。リッパーのライブ・パフォーマンスより、ラルフの方がずっとロブに近い「演じる」凄みを感じさせてくれたからだ。
ケネスはラルフの声を気に入ったみたいだけど、グレンは発音にうるさいと評判の人だからなあ。ドイツ人のラルフより、アメリカ人のリッパーを選んでしまったのは仕方のないことかもしれないけどさ。ちょびっともったいなかったなあ、って思うんだよね。

私と友人の夢のひとつは、「ヘヴィな曲を愛する野郎どものノリがすごいドイツで、MEGADETH公演を見ること」だった。ドイツの観客は暴れるバカが比較的少ないから、チビで体力なくても生命の危険を考えずに、わりと前の方で楽しめると思ってたからだ。といっても、ステージ正面は人口密度が怖い。端の方でマイペースに首を振って楽しめるから、ドイツでのライブが好きなのだ。会場中が歌うそのノリを見ることが出来る前に、MEGADETHはこの世界からいなくなってしまった。ロブの歌うJUDAS PRIESTも、今はない。
将来お金が貯まってドイツに滞在できる日が来ても、愛するバンド達はいくつ残っているだろうか。新しく愛せるバンド達は、少しは増えていてくれるだろうか。

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ここ数日買った食材が冷蔵庫いらずのものばかりだったので、冷蔵庫に入れているものがほとんどなくなった。今日は、卵、キムチ、味噌などの調味料、氷、アイスノンしか入っていない。これを幸いに、しばらくぶりに冷蔵庫の大掃除をしようと考えた。夜遅くになって、何をしてるやら。しかしまあ、思い立ったときにこういうことが出来るのが、ひとり暮らしの便利なところかもしれない。
実は、この前こぼした魚料理の煮汁が野菜室の裏の方にたれてしまったので、気になってしょうがなかったのだ。これから暑くなると氷・アイスクリーム・アイスノンが常備となるから、冷蔵庫の電源を切っても大丈夫なのは今のうちしかないのだ。
棚をすべてはずすと、カチカチに固まったおかずの断片が、いくつか隅に転がっていたのにビックリ。こぼしてしまったおかずの汁、ジュースや調味料など、棚の隅や野菜室の裏にたまってひどい汚れとなっている。電気を切ってしばらくすると、室温で暖まったそういうお汁の残骸の匂いがけっこう強くたちこめている。
汚れのこびりついた棚は、流しで洗剤をつけたスポンジでこすってみる。冷蔵庫本体も、水拭きで大まかな汚れを取り、キッチンワイドハイターを溶かしたお湯で隅々まで拭き、さらにもう2度ばかり水拭き。パッキング部分や扉のカビとおぼしき汚れも、ワイドハイターやお湯拭きでこすって、大部分がおちた。汚れがすっかり取れて真っ白になるとと、嬉しくなってくる。
1時間ばかりかけて驚くほどキレイにはなったが、長年の使用で染み着いてしまった食品・調味料からくるだろう臭気は完全には消えてくれない。やるだけのことはやったのだから、しょうがない。後は消臭剤でなんとかしよう。それより、今までどれだけ汚れていたのか、ゾッとするくらいだ。
「冷蔵庫に入れとけば大丈夫」と考えがちだが、冷蔵庫の低温下では雑菌の繁殖スピードが鈍るだけで、菌自体の数は減らないんだよな。食中毒が多いシーズンになる前に、冷蔵庫をキレイに出来たので、ちょびっとホッとしている。


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