浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2003年03月03日(月) IRL開幕戦/お節句から舞踏家祭りで脳内BGMはボレロ

IRLの開幕戦、まあ結果は「初物づくし」になっちゃいましたね。ははははは。ホンダさんとトヨタさんの意地が、この先どんな展開を見せますことか。
夜更かしついでにINDY JAPAN.comに行ってみたら、ライブタイミング(FLASH版とHTML版)がリンクしてあるじゃありませんか。
米本家オフィシャルサイトと相性が悪くても、ライブタイミングだけなら?と誘惑にかられたのが運のつき。(←誘惑に弱いバカ)
それから2時間、わたしゃ叫び続けて目がさえちゃいましたね。「オノレ、びるげいつ〜!」(←こっちはいつものMac使いの叫び)あーんど「トニー・ジョージのドケチ〜!」(←うちのヘッポコMacにとって、やはり本家サイトは鬼門だった)
わかったのはその時点のラップリーダーの名前だけで、IE、NC、どっちもフリーズと爆弾の嵐。爆弾出かけたまま画面カタマルカタマル....。ブラウザのバージョン5以上でないとアカンのかな。たのむからcart.comのよーに軽いバージョン用意してくれよ。(-_-;)
ついでにこんな記事も発見。インディアナポリスの住民がTVでレース観戦出来ないようにしとくなんて、トニー・ジョージは、バーニー以上のドケチ大魔王決定!でしょ。

それにしてもこのレーシングスーツのデザインって、いかがなものか。(笑)
米Yahoo!の分類では、F1画像もIRL画像もニュースのHOMEも、NASCARになってましたじょ。アメリカンレースのイメージや人気の中心になってるんでしょうかねえ。
そいえば、P・コーンウェルの小説(スベリかけスレスレのお笑い話やったけど)でも、NASCARをネタに使ってたなあ。
こちらはジャックとジェンス。ひねった腰のラインがポイントでございまーす。
しかし、君たち、視線合わせないようにしてないか?(笑)
開幕前からバシバシ火花散ってるようなB・A・Rのおふたりですが、たのむからチームメイト同士でガッチャンコだけはしないように。ジェンス、今までもよくやってたからなあ。そーいうところ、ラルフみならわんでもいいじょ。(をい)
今年のマシンは大丈夫だよねー?とコワイ笑顔で笑いかける2人と目をそらしちゃう責任者、なんちゃってね。(笑)
こんなのも見つけました。
改修された鈴鹿サーキットのアスファルト販売。をーい、高くないか?
私的には、97年S字逆バンク2台ぬきの頃の舗装でなくなっているから、買いたい欲はございまへん。んでも、97年当時の舗装でも、わしなら他のグッズ用資金優先か。(^^;)
なんかベルリンの壁の石のよーな記念品だわね。

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雛の節句の食べ物といえば、白酒、菱餅、雛あられ、雛ケーキ、ちらし寿司....。ところがあれこれ検索していたら、ハマグリ、サザエ、アワビなども入ってくるようで。
検索したキッカケは、むかーし舞台中継で見た新派のお芝居。冒頭で橋の上から何かを捨てたのを巡査に見とがめられる主人公の芸者、雛の節句にお供えしたサザエとハマグリが泣くものだから....、と答えたのが気になってたんですな。
どうやら、こういういわれがあるらしい。
そいえば、雛は人型の身代わりに流すし、桃は魔物や厄を祓うと言われますな。端午の節句の屈原や介子推の霊を慰めるいわれといい、お節句の始まりとはなにやらオドロオドロしい平安の陰陽師文化ちっくな世界でありますことよ。
題名忘れて気になっていたそのお芝居は、泉鏡花の『日本橋』と判明。玉三郎が出演してたんでもしやと思ってたら、やはりそうでした。
この検索で、玉三郎様のサイトを見つけました。対談だとかいろいろ読みごたえがあるので、さっそくブックマーク。(^^)

シンクロニシティか、どうも舞踏家に縁のある日のようで、ル=グィン『風の十二方位』を読み返すうち「ニジンスキーとヌレエフのように」という比喩に出会ってしまいました。
映画『バレンチノ』で、ルドルフ・ヌレエフ扮する、世紀の恋人ルドルフ・バレンチノがニジンスキーとタキシード姿でタンゴを踊るシーンがございましたっけ。
その後でひとり激しく舞うニジンスキー。それを見つめるバレンチノのヌレエフの表情など、思い出してしまいまする。
この映画が撮られた頃、「ニジンスキーを演じないのか?」と問われたヌレエフは、「私ごときが彼のような天才を? おお、とんでもない!」と答えたそうな。
そんなにバレエには興味持ってないんですが、バレエというとヌレエフを思い出してしまうのは、彼の名声が世界にとどろく時代に青春おくった世代のせいかもしれまへん。(笑)
まあ少女マンガの世界しかバレエを知らなかったようなものでしたし。
当時は、バレエ漫画いっぱいありましたなあ。フィギュアスケートもそうだけど、見た目の優雅さに比べ、才能と肉体的な適性にレッスンの地道な努力、資金や有能な教師のバックアップが必要で、女の子版スポコン物なノリだったのか。ピアノやバイオリンでは、絵になりにくいものなあ。
ニジンスキーも、山岸涼子さんの『牧神の午後』で、その偉大さを知ったようなしだい。TVの舞踏家特集の古いフィルムで断片的に見た『牧神の午後』は、あれはニジンスキー本人の映像だったのだろうか。
舞台中継で、ヌレエフの『白鳥の湖』は見たことありました。
「絶頂期のようには跳べなくなったが、今でも彼の跳躍は素晴らしい」と、その中継の解説者が言っていたのを覚えております。
絶頂期を過ぎた....という言葉にうけた哀しみ。年を経て磨かれたであろうテクニックと、強い意志。その肉体の衰えゆく傾きをゆるやかに踏みとどまらせるために、流されるおびただしい汗。(あらら、私って昔からこういう浪漫にクラクラきちゃうのね(^^;))
舞台化粧というのはTV画面に映っちゃうとすさまじいものですから、骨太い厳しい顔立ちともいえるヌレエフの王子は、ヲトメの目にはちょっぴり刺激が強うござんしたよ。
高い跳躍。プリマドンナを軽々と支える筋肉。太くまっすぐな骨。たくましい足のライン。その表情、その鋭い目。ヌレエフという人は、ほんとうに舞台映えのする顔立ちと肉体をお持ちだったのでしょう。
その後、バリシニコフとか熊川哲也とかバレエの世界に有名な男性舞踏家は出てきましたが、彼らの典雅に優しい顔立ちには、なぜか私はのめり込まなかったんですなあ。
そのカラダの量感。暗い情熱....とでも表現したい、その目の鋭さ、表情の厳しさ。クラシックバレエの優雅さからはみ出しそうな、野生味とカリスマ。ヌレエフの、雄の匂いというか、凄みのある男の色気。それが、いつまでも忘れがたいのですよ。

そいえば、ヌレエフが亡くなって、もう10年になるんですか。
『愛と哀しみのボレロ』は、彼がモデルとなったエピソードもあるとか。この映画は見そびれてるのよねえ。ジョルジュ・ドンのボレロの映像は、見たことあるんですけど。
というわけで、脳内にはエンドレスでボレロが響きだして止まらない、ひとり舞踏家祭り状態。(^^;)





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