| 2003年03月21日(金) |
孫の見舞いにジイさん感動する |
子供を連れて、ジイさんの見舞いに行く。バアさんから散々「行かないでいいからね」と言われ続けていたわけで「本人も来るなって言ってるんだから」ということだった(実際、電話でうちら三人も行くと告げたら怒られた…「行くならあんた一人にしなよ」と電話を切られたっけ)。
が、嫁さんと孫を見たジイさんの声の弾むこと。息子が一人で行った時の会話の無さは何だったんだろうという感じだ。私とは余程、会話をして聞かれたら嫌なことがあるのだろう。家族ってなんなんだ! こんな体になっちまったんだから、もう恥ずかしがることもないだろうに。身動きできない人間に今更、バアさんみたいに事故の顛末をグチグチは言わないよ。もっと息子を信じろ。…無理か、子育てを放棄した良心だもの。照れとかではなく、接し方を知らないという感じなのだろう。悲しいことだが、うちの特異さは10年近く接した嫁さんは分かる。 ラジオなどいらないとバアさんが言っていたが、よほど退屈だったのだろう嬉しそうにしている。こんな程度しかできないのだから、もっと色々といってほしい。本当、長期の入院は辛いのだ。自分はまだ行動が制限されていただけだが、全身の麻痺というのは行動が出来ないわけで、ストレスも比べ物にならないと思う。
昼になり、看護婦さんの邪魔をするのも悪いので退散する。そんなつもりもないのに「もう来ないでいいからね」というジイさんの言葉は「またおいでね」としか聞こえなかった。素直になれっての。別に何を遠慮するのか、ちゃんと来るから元気出せ。
それにしても話はしておいたが、子供はどう思ったんだろう。2年前には父親が白血病で見舞いをし、今度はジイさんが全身麻痺…。少し前に嫁さんの見ていたドラマは、癌になった教師が残りの人生を精一杯に生きるというものだった。ゴールが見えたから一生懸命になる、というものではあったが人の生き死になんて案外身近になるんだなと今更ながらに思う。平々凡々というのは、案外、難しいのだろうか。しかし、どんな星の元に生まれたんだか、子供や嫁さんには苦労かけるなぁ。そのぶん、気持ちは伝えてるつもりではいるんだが。
前に大原専門学校の先生に「人の運の許容量は絶対に等しいと思う」と慰められたことがある。まぁ、そうでも思わないと人間はしぼんでしまうだろう。「今が坂を降りきったところだから」というが、なかなか坂は続くのであった。
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