元・白血病患者の日記
 

2003年12月08日(月) 表記は正しくしましょうね

 晴れ。

 かなり期待をしていた製造会社の(営業職の)面接日。時間は昼過ぎだが、電車利用とは違ってバスを使うので時間に余裕を持ってみた。何せ場所が工業地帯、京浜島である。しかもジイさんが世話になった会社の近くのバス停だぞ。何度か遊びに行ったことがあるけど、確かバスの時間がとても不規則だったのを覚えている。ネットで時刻表を見てみたのだが、見当たらなかった。

 東京でありながら30分単位のバスに驚きつつ(しかもモノによっては経由しないでやんの)、晴天に感謝。足場が悪かったら洒落にならないところだった。地図にはバス停から近くと表記されているが、念のために早いバスに乗り込む。…遅れるよりはいいだろう、と思ったのだが40分も前に到着してしまった。試しに会社を探しに行くと、本当にジイさんの会社の付近だった。前を通り遠めに会社を見ると、元気だったころのジイさんを思い出す。回数は少ないけど、子供と一緒に来たことあって。

 工場以外に何もない場所で、ジェット機と海を眺めて暇を潰す。もし、ここで決まるのなら、バスで通うのかねぇ、なんかジイさんの会社の近くにあるのも因縁めいたものがあるのかな、などと漠然と考えていると時間近くになったので会社に向かう。すると、人気のない通りであるのに、前を同じ方向に進んでる背広姿がいた。作業服以外は、ココでは珍しい格好だ。ひょっとして?

 キョロキョロしながらその人も、同じ会社に入っていった。同時面接かな。と思いながら受付に行くと、同じところに通された。会社の食堂である。隣の伊藤さんは、こういうところが初めてなのか落ち着きがないけど、京浜島の食堂は薄暗く、どこも同じようなものなのよ。

 伊藤さんは、前職が医療機器の製造をしていたという人。製造というキーワードで検索かけて今回の応募になったという。「いやあ、前職と同じような仕事を探しても上手くいかないんですよね」って、(経験者でも)製造の仕事ってそんなに厳しいんスか? なんて現実は厳しいんだろ。

 てっきり社長面接になると思っていたが、二代目(たぶん)の面接になった。ジックリと我々二人の履歴書を眺めてる。ん? 先週、急がせてファックス(で履歴書)を送らせたのは何だったんだろ。で、こっちを見ながら「糀谷か、近いけど中途半端なところだな」と。いやいや、バイクでも使えば近いんじゃないの、と聞いたら「うちはバイク通勤も、車での通勤も認めてないから」と一言。理由は危険だからって…高校生じゃないんですから。

「まぁ、うちの最低限の条件は8時までに大森の駅に到着できるか、ということ」
朝の時間は道が込むので、始業時間の1時間前に乗合のバスに集合、と。帰りも同じバスなので、近い割には通勤時間かかるなぁ。アパートからだと(位置的に)会社を飛び越え、いったん大森まで出て、また戻るかたちになるのかな。不便だこと。

「とにかく、最初に現場を見てもらいましょう」と、工場を見る。伊藤さんは、それまでのクリーンルームでの製造からは想像できない現場にビックリしていた。埃っぽいのである。壁には『防塵マスク必須』とあるが、誰もしてない。「作業の邪魔になるんだよね」だと。

 同じような理由で、高所作業でも安全防具をつけてない人がいた。「…本当はいけないんだけど、作業の邪魔になるんだよね」管理者としてご立派な意見です。ここだけの話としときますわ。

「まぁ、営業ですから関係ないですよね」と伊藤さん。しかし、そうではなかった。営業とはいえ(最低)3年はこの工場で同じように製造の仕事をしてもらうというのだ。え? なぜ。

「営業に出た時にお客さんの受け答えができなければ意味がないから」ってのが理由らしい。「まぁ、仕事っぷりを見て、製造に回ってもらうか営業に回ってもらうか考えるんで」

 そしたら会社判断によると、製造のままということもあるわけね。…またかいな。営業を餌にしやがって。どうも製造業関係は、記載事項が違い過ぎるなぁ。「まぁ、そうしないと職安に掲載されないもんで」って真顔で正直に言われてもね。ちなみに給料とか肝心な条件面は、火曜くらいに合格した人にのみ封書で発送します、と。一週間、条件面での判断をさせないつもりね。あぁ、買い手市場。

 伊藤さんと二人、肩を落としながらバス停に向かう。次のバスまで45分あったが、伊藤さんが車で(江東区から)来ているので大森駅まで送ってもらう。車中、伊藤さんは「なんか応募者全員が、自主的に辞退(7人応募で7人が辞退)してる意味がわかりました」と。今月の末に工場が閉鎖になるので就職活動をしはじめたというが、今時、こんな会社ばかりですぜ、ダンナ。


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