元・白血病患者の日記
 

2005年03月09日(水) アノ日と同じく3月9日の入院

 病院に時間通りに到着するのだが、入院待合室で延々と待たされる。(自分もそうだけど)これから入院する連中ばかりなので、どんな病気の人か分からないので長い間、一緒にいたくないんだけど。変な咳を人にむかって撒き散らすジイさんばっかりだし…。そうか、これを見越して電話応対の人は12時40分に到着しろ、などという中途半端な時間指定してきたのか。

 で、毎度のように混雑するエレベータに乗って16階に到着すると、ナースセンターで婦長さんらしき人にいきなり「来ちゃったんだ」と言われる。横にいた看護婦さんが代弁して「まだ用意が出来ていないので、しばらくどこかで時間を潰してほしいのですが」と。丁度、昼飯まだなので(←出発時間ギリギリまで荷物を用意したり郵便局に行っていた)、コンビニで買ったパンをエレベータ・ホール横の待合所で食う。他の階も同じなのか、ここだけは携帯OKということになっていて、窓際に一人、デカイ声で喋り続ける男がいた。自分が待たされてた30分、息をいつしてんだ?ってくらいノンストップで話をしている。もう会話ではなく、朗読みたい。相手はよほど言葉を聞くのが好きな人なのであろうか。間違えてもこんなのと同室にはなりたくないものである。

 いざ2人部屋に通されると、看護婦さんにまるで尋問のような質問を受ける。視力なんて聞く必要ないのでは?

 今回、担当医は今川先生とのこと。早速、やってきたのだが「別に、こないだレントゲンも撮っているので、今日は何もする必要ないですね」だと。では、何故に一日早く入院しなければいけないのだろうか。こっちは大部屋希望なのに無理やり2人部屋にされてんだから。

 多少マシなのは、場所が窓側だったということか。…ここからの風景、白血病で入院時、最後の治療で一番ツラかった時に見たのと一緒だ。階が違うだけで、目の前には、ゆるやかな線を描く高級そうな例のホテルがある! 最後の抗がん剤治療で丸坊主のガリガリで、体力なくてヘロヘロ状態で拝んでた場所である。(ちなみに相部屋は新人看護婦に親切にされた「軽い」肺がん患者だったっけ)あぁ、なんかトラウマっぽい。

 ってことで、検査も何もない。テレビを見るのも勿体ないのですることない。…白血病入院時は、どうやって暇を潰していたのだろうか。単純に慣れだったのだろうか?

 あまりに暇なので病院を散策。残念なことに2階の育児コーナーに、Y下という看護婦さんはいなかった。ぜひとも挨拶だけはしておきたかったのに。夕方なので診察も終わったかなと、今度はY口先生のところをウロウロしていると丁度、こちらに来るところだったという。なんでも柳沢の時に味を覚えたらしく(いや、もっと以前からやっていたハズだ)、入院患者の名前リストで検索をしたらしい。(ちなみに少し前も名良橋も検索したのだが、彼は他の病院だったとか)職権乱用か?

 夕食の時間。期待はしていなかったが、味気のない正に王道をいく病院食だった。あぁ、ふりかけって入院には欠かせない。それでも、コレは完全食。入院中の加熱食ときたら…。隣のジイさんはいつも文句を言っていたけど、今は自分もそんな気分。数年前の入院中は、すべて必死に取り組んでいたのだなぁとツクヅク思う。

 伊藤夫妻がくる。さすがにすぐ隣に人がいるので、無難な会話だけで終わってくれた。また明日来るという言葉が無気味である。あまり入院患者を怯えささないでもらいたい。●●学会の勧誘は、かなりしつこい。

 夜中、翌日の手術の時の目印に、と背中の写真を撮影される。研修医みたいなのが数名いた。上半身裸にされ、背中を丸め、なんか屈辱的なポーズをとらされる。さっさと撮影すればいいのに、なかなか終わらない。変だなと思ったら「電池がなくなってます」とのこと。惨めなポーズはしばらく続いた。

 消灯の時間が各階でまちまちだとY口先生がいっていたが、本当に違っていた。ここ16階は、21時半。だという「まぁ、アノ階は特別な患者さんばかりでしたので」だとか。本当は婦長さんの鶴の一声らしい。

 常備している睡眠薬を持参しているので、夜も大丈夫と思ったが、ここの毛布が(室温も関係してるけど)やたら汗をかく材質なのである。そういえば、院当初に困ってたっけね。どうやって克服したんだろ。やはり、白血病入院中というのは、精神的にかなりタフだったんだねぇ。



☆『去年の俺』は、全国牛乳商業組合連合会の募集を(事実上)断られている。月刊の組合新聞…なんて甘美な響きなのだろうと思っていたのだが、向こうが募集しているのは若い♀。男女雇用均等法があるので、職安の人にグダグダと説明をしていた。若い♀しか募集しないのなら、そう明記しろ!


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