元・白血病患者の日記
 

2005年03月10日(木) まるで『ER』だ!(見たことないけど)

 なんとも寝苦しく、結局、寝た気がしないまま朝になる。こんな体調で手術大丈夫なのかしら。

 予定では8時45分から手術。8時からの朝食を早々に済まさねければいけないのだが、こういう時に限って食事は大幅に遅れるのである。やっと到着のアナウンスが入ってもらいに行き、途中、ナースセンターで婦長に本当に食べてもいいのか、と聞いたら「手術、そんなに早い時間なの? …ほどほどにしときなさい」ということだった。元気もいるし、取りあえず食えということになる。いいのか。

 納豆と牛乳に味噌汁というシンプルな内容。最初に牛乳を一気飲みするのだが、これで後々、痛い目に会う。慌てて(半分ほどの量を)掻きこみ、盆を戻して部屋に戻ってくると、すぐに看護婦がやってきた。せめて歯を磨かせてくれというのだが「遅れると困るんですぅ」ということで、さっさと車椅子に乗せられる。…ふつう、事前にトイレとか行かせるものではないのか? 歩いていけるといったのだが、「帰りの都合があるのでぇ」ということで車椅子。なんか怖い看護婦さんだこと。車椅子のスピードもかなり速かったし…。

 で、時間前にちゃんと手術室に到着。昨日の段階では、処置室でも出来るような簡単な手術という看護婦さんの励ましだったが、立派にここは手術室である。ラジカセからFM東京が流れ、リラックスをさせようとしているのだろうが、拷問?に使用されるような機器やら、色々な針やら薬が戸棚にビッシリと並ぶ場所に流れるポップな調子は変!

準備ということで腹ばいになって待たされるのだが、肝心の医者がなかなか来ない。ほれみろ、そんなに慌てることないじゃないか。寒いし…。

 15分以上、待たされても来ない。先生ではない、手術室の人に何度も励まされるが、ポジション的に(色々な機材が見えるので)緊張するやら、腹は冷えるやら…。血圧計と酸素計を巻きつけられているが、なんかトイレに行きたくなってきた。飲みなれない牛乳を慌てて飲んだことだし。

 手術は2時間ほどらしい。まぁ、前処置を入れての時間だが、結構な時間だな。もし、万が一、切ってる最中にもよおしてきたらどうなるんだろうか? 20分を過ぎて研修医が到着したので聞いてみると、「下にシートを敷いてやってもらうのかしら?」と言う。しかし、手術室組は、「そんなことは出来ません。仮縫いをしてもらい、上をテープで止めてトイレに行ってもらいます」とのこと。「何れにしても大丈夫ですから、心配しないでね」と言われても、怖いって。そんなことなら今のうちに、と思っていたら先生がやってきた。…手術開始である。

 手術は、ベテランの先生なら1時間もかからないのでは?というものだったが、研修医が2名ほどいるのでなかなか進まなかった(たぶん)。「そこ、そうじゃなくて、そういう場合、ココをこうするんだよ。でも、こういう場合もあるから気をつけないとな」とか「あ〜、そこん所は縦に針を持ってみて。そう。そうしたらココをこうできるだろ」といった感じ。無駄話も多いし、なんか嬉しくない。また実験体かよ。しかし、下手な言葉を口にしたら余計なことをされそうなので、ジッと我慢する。

 で、結局、2時間が経過していた。まさか時間ギリギリまで研修に付き合わされたのでは? 終了後、ホルマリンの入った容器に摘出物が入れられ、それを見せられる。本当に八犬伝の玉みたいに丸いのが浮いていた。これに「忠」の字でも書いてあれば、間違いなくベッドまで持参しているところである。しかし、摘出物は顕微鏡で検査され、陽性か悪性かどうかの判断をするんだとか。

 ふつうに昼飯を食い終わって薬が届いてないのに気がつく。確か、手術室では昼から抗生剤を飲めという指示だった。もらいにナースセンターに行くのだが、飲むのは夕方からですと看護婦さんに断言される。しかし、夕方に届いた薬袋には「昼から服用のこと」と書いてあった。…やはり。

 それまで寝ても平気だったのだが、夕方を過ぎ、6時半くらいになると痛みはじめる。麻酔が切れてきたのだろうか。先生は喘息持ちであることを気にして、痛み止めを使用しないという方針なので氷枕(これも懐かしい)で患部を冷やす。痛くて食べられないから夕飯をテーブルに置いたまま、2時間ほど冷やすし続ける。その間、伊藤さんの奥さん(また来た)と、山下さんが来てくれた。

この夜は、前日と違って痛みで寝られなかった。


☆『去年の俺』は、無理と承知で全国牛乳商業組合連合会に履歴書を速達で送付している。まだブライトキャリに毒される前なので、それなりにやる気があったのね。


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