度々旅
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友人からテープおこし&編集の仕事をもらう。専用のプレーヤーでやっているわけではないので、結構きつい。 で、講演の内容はというと、介護関係のもの。ああ。なんか、あれだなーと。講演の内容は介護に関係したことがある人にとっては、ごくごく当たり前の、基本的な意識の話だよなぁーと。つまり、専門的知識があっても、それを生かすことができるかできないかってのは、その人の意識の問題か?と。で、その意識の問題をわざわざ講演会でお金を払ってまで聞かないとわからない人が、そういう仕事に関わっているのか?と、少しがっかりした。 思い出したが、母は介護認定や施設でおかしいことがあると、すぐに役所に連絡してた。クレーマーか?と思うほどで、きっと母はブラックリストにのっているよと思ったが、母が役所に通報している内容はもっともなことばかりだった。真冬、年寄りに布団をかけず、二晩おいておくってどういうことよ。なんでそういうふうになったのか説明してくれと母は言ったが、説明なし。内部での連絡ミスならミスで、それがどこでそうなったかわからない限り、また起きるだろうよ。で、母は役所に文句を言い、役所が調査に入ってみたり。母いわく、「この区の介護が良くなったら、あたしのおかげ」。それくらい、役所の人はいろいろ母に言われて動いてくれていた。何度か、うちに謝りにもきたけれど、毎回「これからもどんどん言ってください。利用者からの声が改善に一番つながるので」と、まぁ社交辞令かもしれないが言っていた。 最初に祖父が入った施設は、車椅子に体を結びつけたり、一見ヒドイことをしていたが、ちゃんと説明をしてくれたし、働いている人たちも、常に入所者に話しかけてて、古くて決してキレイとはいえないけれど、開放的で明るい雰囲気。それが二箇所目の施設は、キレイにして、白いピアノやら、ソファーやらコーヒーカウンターやらつくっているが、働いている人は年寄りの名前すら呼ばないし、昼間は車椅子に座らせて置いたまんまだった。 ほんと、入るところで差がでるよなと。最近友人のおばぁ様も痴呆が始まり、施設へ入った。入るために世話をしてくれた人は、施設を待っているうちに亡くなってしまった親戚がいて、そのときと状況が似ているという理由から、なんとか早く入れるようにがんばってくれたらしい。こうやって、良い人に出会えることが、介護においてはかなり力になるよなぁと。 母が常々言っているのは、若い人はともかく、自分の親や家族もみないで、資格とって他人の年寄り見ているなんておかしい。自分の家族をみた人を優先的に、そういう職につかせるべきだ。これはかなり同意。講演会の資料の写真を見ていたら、職員が入所者と一緒に食事をとっている写真があり、「これはいいねぇ」と言ったら、友人曰く、「この写真は、職員と入所者が一緒に食事をしたら、入所者が食事をよく食べるようになったという説明に使われていた。何も言われなければ、自分はこの写真の何がポイントかわからなかったが、わかる人にはわかるんだな。」だそうで、こういう観点が、やっぱり介護したことあるかないかで、変わってくるんだろうなぁと。枡添氏が、自分の親の介護をして、国会議員になることを決意したってのは、よくわかる。やっぱり、介護経験者が頑張るしかないんだろうなと痛感。自分で困ったりしたことがない限り、気付かないことって多いのだと思う。 けれど、介護したことがなくても当たり前に気付きそうなことができない人が、専門職として働いているのも驚き。施設で母がいろんな人の名前を呼んで話しかけていたら、「そうかぁ、名前呼ぶといいんですね」と職員が言ったらしい。さすがに、そこまでは・・・と思っていたら、この講演会のテープを聞く限り、かなりありえる話だなぁと。専門的知識を得る前に、身につけるべきことがあるだろうよと言いたくなった。で、今回のテープの内容はそういうことばかりで、悲しくなったのでした。 けれど、まぁ、介護関係の仕事をしている人も辛いところはあるに違いない。家族の意識ってのもそれぞれ違うし。そのギャップの大きさで、悩んでいる人もいるんだろうなぁと。熱心な人ほど、医師との連携以上に、家族について悩むことが多いだろうなぁと、いろいろ思うのでありました。
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