脳内世界

私が捉えた真実、感じた真実などを綴った処です。
時に似非自然科学風味に、時にソフト哲学風味に。
その時その瞬間、私の中で、それは真実でした。


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 変わるということ(日本語)

おそらく物事には「流れ」というのがあって、
その「流れ」には基本的な法則が存在するのだ。

流れというのは変化であり、
変化していくのには法則がある。

日本語が変わってきた、失われているものがある、
言葉の幼稚化が進んでいる、嘆かわしいことだ
日本語を見つめなおせ 美しさが失われないように と

たしかにそうかもしれないけど、
私だってこの曖昧で不可解で美しい言葉は好きだけど、
嘆いたって変わっていくものは変わっていくのだ、おそらく。

高校のころ、古文で習った古語はあまりに今の言葉と違いすぎたように感じていた。
今の言葉よりも時制の一致に関することがすごくきちっとしていて(まるで英語のようだ)、
言葉の中の法則もかちっと決められていて、
形容する表現も微妙なニュアンスを表現分けできていて、
より、複雑でなおかつ補完された形に思えたものだ。むしろ進化してるくらいの衝撃だった。その衝撃は、一種の感動に似ていた。
しかし、言葉は変わった。勉強しないと理解できないほど変わった。
ひとつの言語がここまで変わるものなのかと目を瞠る。
おそらく変わっていく過程の中で嘆いた人は幾人もいたことだろう。
そのときの言葉を維持しようと頑張った人もいたかもしれない。
だが、言葉は変わってきた。そして今も変わり続けているのだ。
どちらかというと、よりシンプルに。
どちらかというと、もしかしたらどの世界の人でも使えるような言葉に、
近づいてきているのかもしれない。
普遍的なものを求めて変化していく、っていうのは変だけど、
そんな風に思える。
そしてその変化は、ある法則にもとづいているような気がする。
自然界のもつ法則のように、抗えないもの。



だからおそらく、どれだけ嘆いたところで変わっていくものは変わっていく、一定の法則に従って。
それを良しとするか悪しとするかは、人の決めるところではないのかもしれない。
これは、こういう現象なのだ。
おそらく物事が変化するということは、それだけ周りに影響を与える。
変わっていった日本語を、未来の人は素晴らしいと思うようになるかもしれない。そしてさらに変わるのを嘆いたりして。
そしてさらに次の未来の人は、そのときの自分たちの言葉を美しいと感じるかもしれない。
数え切れないほどの変容の後に、私たち地球人は同じ言葉を使ってるかもしれない。そして自分たちの星の言葉に誇りを持つかもしれない。
そして言葉はさらに変わっていく。嘆く人、喜ぶ人お構いなしに。
変わっていくとは、そういうことなんじゃないだろうかと、思うのだ。



2005年04月23日(土)
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