脳内世界

私が捉えた真実、感じた真実などを綴った処です。
時に似非自然科学風味に、時にソフト哲学風味に。
その時その瞬間、私の中で、それは真実でした。


※下の方の○年○月っていうのをクリックすると、ひと月ぶんはまとめ読みする事ができます



 昔の日記2

恥さらし 第二弾(単なる続き)


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「頑張る。」


頑張ってるあなたは云う
何かを頑張ってみたら良いと
でも「頑張る」って
意識して出来る事じゃないよ
気がついたら頑張ってるんだよ
云われて初めて気付くんだよ
ああ頑張ってるんだなぁって
「頑張る」って「ひたすら」だよ
「がむしゃら」だよ
本当に頑張ってる人はその言葉に縛られやしないんだ

今だからわかる
私だって頑張ってた時があった
あの時はただ日々を忙しくこなしていた
持ってるパワーを常に最大出力にして
云われて初めて気がついた
私頑張ってたんだなぁって

「頑張る」って決して
「頑張る」ために頑張るんじゃなくて
それはただの強迫観念に過ぎなくて
ちっとも意味あるものじゃない

「気がついたら頑張ってた」
それが 多分本来の形。

******

下向いてるのが恥ずかしくてたまらない
けれど顔の上げ方が判らなかった
上げたって大して変わらない顔を
この圧倒的な沈みの気持ちの前で
どうして上げられる?

*******

私は簡単に今手にしているものを手放してしまえるんだな
新たな地を目前にすると、どうしてこうも簡単に吹っ切れるのだろう
みんなみんな自分を知る人もなく 
自分が知ってる人もなく
そんな環境を厭う事を知らない私は
変なのだろうか

今 周りにあるものと
これから周りにあるであろうもの
たいして違わないと思わないか

むしろ
50:50の状態から創り直せるのだから
その方が気が楽だとは思わないか

―(中略)―

「手放す」なんて云ったけどあれは間違いだったね
だって最初から何も持ってないのだもの
だからいとも簡単にそれまでの場所から
飛び立ってしまえるんだ

******
「ナチュラルな一人」

さみしかったのは
本当にさみしかったのは
人のぬくもりがまだ私の中に、リアルに残っている時だった
その感覚が薄まるにつれて
私もさみしくなくなって
それ自体がさみしいんじゃないかと思う時もあるけど
わからなくなってしまった以上 どうにもできない.
別に人って
いつも誰かに寄っかかってるわけじゃないし
たまに一人で立ってるときがあったって
おかしくないと思う
誰かが絶対傍に居なきゃいけないとか
いなきゃ絶対さみしいんだとか
そりゃ居たら楽しい事もあるだろうけど
いなくても「自分」が倒れる事はない
むしろ誰かがよりかかってきたくなるようなイキオイで。


(追加ツッコミ;笑えるほど意地っ張りな滑稽文章ですね 2005_10_12)
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どれひとつを取っても
私は自分の力で掴んでないんだ
私ひとりだけの力で掴んだものなんて
ひとつもないんだ
だから自信が全く無い
これが果たして自分の手で掴めるのかどうか。
すごく不安だ。

でもそろそろ
自分の力だけで掴んだと錯覚できるほどのことをしなければならない時だと思う

誰にも厄介になりはしない
誰にも口出しさせはしない
自分の面倒くらい自分でちゃんと見る



だから 何もいらないから

一人で走らせてください

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ああ、怖い。
何が怖いって、私の関心がなくなるのが怖い。
こんなにも私は精神的に深く接しようとしているのに、またそうしつつあるのに、ひどく中途半端なときに相手を放り出しそうな気がして怖い。
それによって相手が哀しく思ったり、寂しくさせてしまいそうなのが嫌だ。ほんとはそんなことしたくない。そんな想いさせたくない。
いつか冷めてしまうのが判ってるのに、そこまでの距離すら冷静に測っている自分がいるのに、イヤになるほど積極的に接しようとしてる自分が罪深い。
私よ、踏み込んではならない。
どうして私はこんなにも熱しやすく冷めやすいんだろう?
私よ、深く関わってはいけない。
残した爪跡はそのまま私の胸に突き刺さり、大きなしこりとなって残る。

なんて、子供なんだろう。
残酷さに苦悩をおこす。


(↑に何年か後、水色のペンで付け加えられていた言葉は
「大丈夫。相手も同じさ、きっと」
だった。それにしてもこの人は何か距離のとり方がおかしいみたいですよ 何事も考えすぎはよくない 2005_10_12)

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「熱血 根性 限界 破裂」
中学ん時のある年の運動会のスローガン
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ああ、今にも転びそうな心臓がつまづきながら走っている

(泣いている事が親にバレやしないかと脅えながら泣いていた時に書いた日記の一部分)

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(中学卒業時)
これから全国に散ってゆく私達は
会う、と約束はしても
もう二度と会えないかもしれない
同じ場所にいるわけではないから
簡単に会えない場合があると思う
特に学生の間は

でももし大人になって、ふとどこかで出会ったら
それは運命の再会であり、新しい出逢いなのだろう
*****



2005年10月12日(水)
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