脳内世界

私が捉えた真実、感じた真実などを綴った処です。
時に似非自然科学風味に、時にソフト哲学風味に。
その時その瞬間、私の中で、それは真実でした。


※下の方の○年○月っていうのをクリックすると、ひと月ぶんはまとめ読みする事ができます



 まわる日の中、なまぐさく生きる

職場に、誰かから遅刻する旨の電話が入った。

その電話に、先輩は非常にさわやかに、かつ「気をつけて来るんよ」と言って対応していた。

その後その先輩は、他の先輩に「『○○してたら目覚ましが○○で、○○で…』って…だから、寝坊したんじゃろ、っちゅー(※寝坊したんだろ、っていう の意)」と低い声でボソボソと喋っていた。

本人こそ前にしないものの、まぁ色んなところで色んな人のことを言っている図の多いこと。
おそらく誰だって好き好んで人のことを悪し様に言いたくはないだろう。が、場や空間がそれを吐き出させることは、おそらくよくある。

私も裏で何を言われてるかわかったものではない。

が、就職当時は「ウソでもいいから少しくらい笑ったり、語調にまろやかさを持たせてほしい」と涙目で思ったものである。

それを考えると、表面的にはほぼ理性的に接することのできているあの先輩たちは、単純にすごいなと思う。コントロールできる部分は、コントロールしようとしている。まるでロボットのようだ。

そしてそのロボットの関節の隙間から、グロテスクな筋繊維や脂肪や骨が見え隠れしているが、そこは本当は人間だもの、仕方ない。

あの人たちもあの人たちで、あの限られたフィールドで精一杯仕事をしているのだ。精一杯何かをしている人を、たとえその人がどんな人であろうと、悪し様に言うことはできないような気がしてきた。
とても人に向けるような言葉ではないような言葉や、人として言ってはいけないような言葉を言っていたり、理解が追いつかないほどに情緒不安定になって取り乱されても、それはただ悲しく、哀れである。それを向ける方も、向けられた方も。

何が悪いとか、誰が悪いとか、そんな簡単なことで事が片付けば、よかったのにね。



深夜勤務後、病院内をすり抜けて大学付属の学食に向かう。
平日の朝だからか、クーラーの効いていない暑い廊下にワサッとドクターを待っている、MRさんたちが並んでいる。
視線をうつせば、大型プリンターを運びに来ている業者の人がいる。
みんな、働いている。そうしないと生きていけない。
私も、労働者のひとりだ。


軽く朝ごはんを食べたあと、疲れた深夜明けのぼやっとした頭で、ガタついた自転車をこぐ。

ああ、太陽が、熱い。

深夜明けの太陽の光はいつも痛くて、目に沁みる。

そう。太陽は熱いのだ。

太陽がまわって、地球がまわって、朝と夜が繰り返される。
その繰り返される朝と夜のもとに私たちは生活をまわし、何かしら活動をして、生きている。
太陽すらもまわっている。太陽だからこそまわっている。
だからこそ、かどうかは判らないが、それと共に私たちも生活を回している。回しているために動き続けなくてはいけない。

まわりたくないなと思っても、この世にいる限り止まることができない。
いや、この世にいなくても、たぶん止まることはできない。

仏教のえらい人は、何を思って解脱とか、輪廻からはずれるとか考えていたんだろうか。何もかものしがらみから抜け出して、さらに高いところを目指して、どうなりたかったのだろう。どうなるというんだろう。
ラクになるということ? ラクになるということすらも、越えるということ?
何それある意味スーパーニート? それってすごくね?


とりあえず、どうやったって逃げられる事なんてないのだという事はわかった。


太陽にすみずみまで照らされて、逃げ隠れる場所などどこにもない。

もし太陽が女だったら、相当キツい女だっただろう。自分の真面目さやバイタリティを、他人にも厳しく要求するに違いない。

私がこんなに頑張ってるんだから、あんたたちだけ逃げようったってそうはいかないわよ、とか何とか言ってビシバシ太陽光線をまんべんなく放射してくるのだ。やめて。やめてくださいよ。



だめだ、相当認知がイカれてる。甘いもんでも食べてさっさと寝よう。





2010年09月14日(火)
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