浪奴社員の呟く
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判ってきたことなんやけど、コーナーのクリップ直前までブレーキングしたあとで、ググッと踏み込むと思うよりも内側にラインを描くように回っていけるみたいやねんな。ィャコレわ別に意図的なオーバーステアとかやなくて、そんな高等テクではなく、寧ろ初歩の初歩の、トルク保ったままのコーナーリングでわないか…と。やけどそれがな、ココんとこ楽しいんよな。なんてぇ〜かな〜、吹っ飛んでいきそうなイメージが、後輪のグリップ保たせることで、『FRってのは後ろ足で回るんだぜ』を微かに体感できているようなできていないような、そういう感覚ですな。ま、お陰で低速コーナーが楽しくて仕方ありません。ェ〜ストレートスピードには全くもって興味がありませんが、きっと最初の通過点なんでしょーな。。。
最近になって判ってきたことなんやけど、日常的な接点なんか1つも無いわけやから、それだけ非現実的なものとして捉えられてしまうんかもしれへんな。よく考えたらそうなんやわ。ワシがワシとしての時間を過ごすときなんか、そうでない時間と比べて当たり前に長いはずやのに、それを垣間見せる瞬間なんか、殆ど無いんやからな。それでいて求めてしまう、というのはどこかおかしなことなんやろうな。せめて、ワシの呟きだけでもちゃんと聞こえてくれるなら、いやそれでもまだ足りないのかもしれない。
最近になって判ってきたことなんやけど、もしかしてこのままでは変えることも叶わず、変わるさえも失ってしまうのかもしれない。弱さを認めることも強さ、とはよく言ったもので、その認識さえも持ち越した強さなら、どこまで闘うことが許されるのだろう、それを確かめたくて何とか此処までやってきたつもりなんやけど、もしかしたらもう駄目なんかもな。特別に難しいことを望むではなくて、単に一番近い場所から見ていてくれるだけで構わないのかもしれない。事象の因果が正立なら倒立の起結があってもいいのかもしれない。勝手な論理か…。
最近になって判ってきたことなんやけど、ワシが一番求めているのは「どういう形であれその技能を身につけて此処まで来たんだから、将来的な場所へと繋いでいくべき、との考え方もあるだろうけど、今何のために奏でてる?啼きの歯車はほんのキッカケで手に入るんだから、人の幸せを偽善に祝おうとも、己の打算を冷淡に見詰めようとも、大差ない。忘れてないよ、本当に楽しみに待っているから、来年の春までにちゃんと探しておいて。」剥き出しのままで放置されているわけではないから、掘り下げてみればいい。そうしてくれることは、とても嬉しい。
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