Spilt Pieces
2002年05月24日(金)  死と日常
喉が痛い。
風邪をひいたらしい。
昨日日記を書けなかった理由とは関係ないが。


昨日のお昼、十二時ちょうどくらいに、彼女は飛んだのだという。
その頃私は、友達と次の講義の教室で昼食をとっていた。


三限が終わり、痛い喉を少しでも潤そうと、飲み物を買いに食堂へ行った。
偶然会った先輩が、焦った表情で「お前、知っているか」
私には何のことだか分からなかった。
不思議そうな顔をしている私の耳に次の瞬間入った言葉は、
「飛び降りがあった」


「どこでですか」
尋ねる私に、先輩は目の前を指差しながら「そこだよ」と言った。
指差された先には人がごった返していた。
よく聞くと、ちらほら叫び声が聞こえてくる。
その「事件」があってから、一時間ほど経った頃だったようだ。
それは、とても晴れた日の大学キャンパス内。
信じられなかった。


久々に天気がよく、昼休みだったその時間、多くの人が外で食事をとっていた。
突然聞こえたものすごい音に振り向いた人々は、そこで信じられない光景を見たのだという。
多くの友達が目撃者だった。
大学内は大騒ぎになった。
私が見たのは、毛布にくるまれた人を運んでいく人々の背中だった。


多くの人がその現場を見に行っていた。
私は、怖くて動けなかった。
遺体が運ばれた後も、その現場のそばには近づけなかった。
何と表現したらいいのか分からない気分になって、私はいそいそと四階の教室へと向かった。
重かった。


教授は、何事もなかったかのように講義に入った。
「先週の続きから入るが…」
講義は淡々と進んだ。
休み時間、ひそひそと聞こえていた話し声も静まり、居眠りをする人もいた。
日常が、そこではいつものように繰り返された。
今目の前で、人が飛び降りた直後だというのに。
その事実に怖くなった私は、気を紛らわそうとして講義に集中した。
そして自分もその日常の一部と化した。


胸が痛い。
思い出したことが一つ。


大学一年だった頃、同じようなことがあった。
それは早朝のことで目撃者は少なく、私も全く知らなかった。
五限の始め、教授が一言。
「今朝、〜学部の二年生が構内で飛び降りしたそうですね」
教授は、それ以上何も触れずに法律について話し始めた。
あのとき、私は怖くなった。
死がそのまま流されてしまうほど日常化しているのか、と。
そもそも死は日常であったのかもしれない。
切り離され、隠されている現代がおかしいだけなのかもしれない。
だが、いくらなんでも、昨日の光景は異常ではないのか。


私たちは麻痺しているのかもしれない。
人通りの多いキャンパス内のお昼休み、人が飛び降りた。
だがそれを見た後に、時計を見て講義室へと向かう人々。
彼女の訴えたかったものは何だったのだろう。
胸が痛い。
死は、痛みを伴う。
だが、それすら分からなくなりそうだった、昨日の出来事。
胸が痛い。
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