Spilt Pieces |
2006年10月07日(土) はじまり |
10月1日、彼が東京へ来た。 天気予報を見損ねていた私は、傘を忘れた。 彼の小さな折り畳み傘に入れてもらった。 「半径1m以内に近づかないで」 なんて、事前の約束、 あんな大雨の中では、意味がなかった。 我ながら、意図的ではないボケっぷりに、 内心ちょっとうんざりした。 むしろ、意図的にできるくらいの 余裕がある自分でいたかったのに。 つかず離れずの距離。 一緒に、上野のダリ展に並んだ。 人でごった返していた。 はぐれそうになるたび、 手を伸ばしては、 繋げない手をもどかしそうに握りしめていた。 そんな姿に、胸が痛かった。 絵のことは、よく分からなかった。 たぶん、元々芸術面での教養が足りないせいも、 あると思うけれど。 ダリと、ガラの、深い愛情で結ばれたような、 そんな表情と、絵が、 妙に心に響いた。 私は、何かを探していた。 大事にしてくれる手? それとも、もっと別の、あったかいもの? 帰る間際、 「そろそろ返事がほしい」という彼に、 「やっぱりやめようか」と、言おうとしていた。 中途半端な気持ち。 自分が、こんな状態では、 何もうまくいかないと思った。 始まる前に失った方が、 ずっとずっと楽なことくらい、 もう私は知っていたから。 傷つけるのもだけど、 自分が傷つきたくなかった。 こんなにも、自分の望んでいることが分からないなんて、 生まれて初めてだった。 たくさんたくさん、考えて、 たくさんたくさん、思い悩んで、 夢にまでみて、 心と相談して、 それでも、結論は出なかった。 私は、何を望んでいるのだろう。 必要なものは、もしかしたら、断る勇気かもしれない、 …そんなことを思っていたけれど。 彼と、付き合うことにした。 もう一度だけ。 不安でたまらなくて、 正直に言った。 好きになれないかもしれない、と。 浮気したらごめん、とも。 だからやめよう…と、言いかけた。 そうしたら、彼は、 「不安を取り除けるように、努力するから」 「最初は、好きになれなくても構わない。チャンスをくれないか」 と、言った。 しばらく沈黙して、 「付き合って、みようか?」 って、すごくすごく、ずるい言い方で、返事。 ふりほどいた手を、もう一度、繋いだ。 結局、 言葉を、信じてみることにした。 過去の彼と話をしても、 今の彼のことは分からないと思ったから。 あなたが、変わらずにいてくれるなら。 今のように、愛し、必要としてくれるなら。 少しずつ気持ちが離れていくのを隣で感じるあの恐怖を、 もう味わわずにすむというのなら。 私は、 たとえあなたと趣味が合わないと思う瞬間があっても、 寂しさで耐えられない夜があっても、 両親を悲しませたとしても、 あの土地へ戻る勇気がまだないとしても、 それでも、 そばにいたいと願えるかもしれない。 そんなことを、思った。 もう、手を離さないでほしいの。 願っているのは、それだけなんだ。 もしそれが叶うなら、 私ももう一度、 あなたと一緒の時間を、 愛せるようになれると思うよ。 あなたが、照れたように私の本名を呼んだ。 私は、もっともっと照れて、沈黙した。 電話の向こうで、吹き出している。 「何でそんなことで、照れているんだか」 ささやかな、ばかみたいに、穏やかな時間。 私が1年前ほしかったのは、 ただそれだけだった。 ねえ、変わらずにいてくれる? そんなこと、約束できるはずもないこと、 私自身、知っているはずなのだけど。 あなたは、キスが好きです。 私も、好きです。 だけど本当は、 あなたがそっと頬にしてくれる、 触れるだけのキスが一番好きです。 一番、ドキドキして、 胸が痛くなって、 切なさで涙が出そうになる。 手を繋ぐことよりも、 抱きしめ合うことよりも、 ただそれが嬉しいだなんて、 言ったらあなたは、 また「お子様だ」って、笑うかな。 来月、旅行に行くことにした。 初めて。 小さなペンションの、ツインルーム。 ご飯がおいしいんだって。 富士山が見える、静かな時間。 あなたともう一度お付き合いすること、 不安が消えたわけではないけれど。 とても楽しみです。 お互い体に気をつけて、 また来月、 元気にお会いしましょう。 |
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