にっき日和
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あまり人には教えたくない、
とっておきの薔薇園を知っています。
個人の方が趣味で作っている薔薇園で、
二年程前から、一般に無料公開しているのです。
宣伝をしていないので、知る人ぞ知る穴場ですが、
噂を聞いて、どこからともなく、
ぞくぞくと人々が集まってくるのです。
ええ、もちろんわたしもその一人・・・・
ジャガイモ畑が続く田舎道を車で走ると、
うっそうとした竹やぶが見えてきます。
そして竹やぶの中ほどに、
信じられないような夢の空間が開けているのです。
駐車場なんてものはなく、
もっぱら畑の脇の公道が、臨時の駐車場代わりです。
無料だからといって侮ってはなりません。
ほんとうにお金を払わなくてもいいのかしら??
申し訳のないような素晴らしさなのです。
園内は今が盛りの薔薇たちが、わたしたちを出迎えてくれます。
こんな薔薇のアーチが、一つでも我が家にあれば・・・
思わずほっと溜息が洩れるのです。
やがて、たくさんのお年寄りたちが、
車椅子に押されながらやってきました。
近所の老人ホームのお年寄りたちです。
こちらの薔薇園の主人が招待したようでした。
きれいね、きれいだね・・・・
そんなささやきが、あちらでもこちらでも聞かれます。
なんでもここの薔薇園の主は、園芸家でもなんでもなく、
まったくの素人の方なのだそうです。
薔薇作りが趣味だった亡くなった奥様を偲んで、
二年程前から一般公開を始めたそうです。
「ほら、あの人がそうだよ・・・・」
誰かがそっとささやいたその先を、思わず目で追いました。
麦藁帽子に長靴姿。
黙々と枝の剪定を続ける姿が目に飛び込みました。
ロマンチックな話から察するに、
さぞかしダンディなおじさまと思いきや、
拍子抜けのするような、田舎のおじさんだったのです。
聞いた話によると、本業は近くで小さな鉄工場を経営しているそう。
薔薇は、手間とお金がかかるお花です。
少しの油断で病気にかかってしまうと話に聞いています。
これだけの花たちをひとりでお世話しているなんて、
さぞかし大変なことだろうと想像します。
それに無料・・・・
純粋に花を、いえ奥様を愛していたんだなぁと、
ちょっと感動してしまいました。
ロマンチストにはとても見えない、
どうってことないおじさんなんですけどね〜(あ、失礼)
ふと、休憩所の壁に貼ってある写真に目が留まりました。
冬枯れの薔薇園の風景です。
それは、今、目の前に広がっている色とりどりの風景とは、
あまりにもかけ離れていました。
もちろん花など一つも咲いているわけがありません。
がらんと広い園内に、うっすらと雪が積もった接木が並んでいます。
きっとこのおじさんは、
寒寒とした真冬の園内で、
たったひとり黙々と花たちのお世話を続けているのでしょう。
亡くなった奥様に語りかけながら。
カラカラカラ・・・・・
車椅子のお年寄りたちが帰ってゆきます。
さて、わたしたちも、そろそろ帰り支度を始めましょう。
「どうもありがとうございました」
おじさんに声をかけると、目で会釈を返してきました。
でもわたしは、見てしまったのです。
おじさんの表情は、自信にあふれて誇らしげでした。
人々の目を楽しませること。
それがこのおじさんの生き甲斐なのでしょう。
お金にならないことには興味がない・・・
世の中には、そんな人たちもたくさんいるんですけどね。
「来年、また来ることができたらいいねぇ」
「そうだね、来れたらいいね」
花たちの余韻は、いつまでも続きました。
ぴょん
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