口からEnterあ、あ、あ、秋が洩れてる　　なかはられいこ

深刻な話をしようってわけじゃないんだ。ただ、君ならどう思うか聞いてみた
いと思ってね。いや、だから、僕がトラブルに見舞われているとか、重篤な病
におかされているとか、ほんとそんなんじゃなくてさ、ただ、君ならどう考え
るんだろうと思ったら確かめないではいられなくなって、それでこうやって訪
ねて来ちゃったってわけ。うん、そう、うんうん、僕はとても元気だよ。幸い
仕事も順調だし、家族もみな変わりない。たださ、こう、なんていうかな、紅
葉ってあるじゃない、え？　だから紅葉。あの掌みたいなかたちの、秋になる
と赤くなったりするやつ。そうそう、紅葉。その紅葉の樹をね、じぃーーっと
見るでしょう？　見ないの？　ああそうか、君はそもそも「見ない」んだ。な
るほどなー、よく見ないでいられるねえ、あんなに「見て！」ってうるさいく
らい言ってるのに。ん？　なにが？　だから、紅葉が。言ってるじゃない、ざ
わざわからだ全部をゆすりながら、なんのって紅葉のからだだよ。いや、それ
はまあ確かに樹なんだけどさ、じゃあいいよ、樹でも、その樹全体をゆすりな
がら「あたしを見てあたしを見て」って言うのが聞こえるだろう？　近くを通
りすぎたりした時に。聞こえるさ。あんなにはっきり聞こえてるのに、君、あ
んがい嘘つきなんだな。でさ、僕がたまらなくなってちらっと見るわけ、紅葉
の樹を。そしたらとたんに、ぞわぞわぞわっとまた樹が揺れてさ、「見たわね
あなた見たわねどうして見たのよ見てはいけないってあれほど」ってものすご
い剣幕で怒るのさ。何みたいだって？　つるにょうぼう？　なにそれ、知らな
い。最近は夢の中まで紅葉が敷き詰められていてさ、それはもう隙間なくびっ
しり一面の紅葉なんだ、夢がね。でさ、僕が思うに、え？　いや昼めしはまだ
だけど、いいよ腹へってないし、それより、え？　鰻？　ああ鰻はすきだよ、
むかしっから鰻には目がないんだ。でもまだ話がさ、え？　タカクラ？　あの
タカクラミドリ？　ゼミで一緒だった？　そりゃあ好きだったよ、彼女にはみ
んな夢中だったじゃないか。へええ、俺のことそんなふうに言ってたんだぁ。
ふうん。はは、そりゃあ嬉しいけどさぁ、で、なんの話だっけ。あ、鰻ね。君
知ってるかな？　鰻が書いた詩のこと。え、知らない？　そもそも鰻ってのは、

くるみくるくるったくるみくくられてくびられている　くるみはにがい　　村上きわみ

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