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2002年05月13日(月) 涙目な一日。

朝起きて、やっぱり調子が悪かったので憂鬱でした。
その厭な予感は大当たりで、仕事をしていても具合が悪くて集中力がありません。
そして我慢していたのに耐えきれず、14時過ぎに吐きました。
もの凄い量が出ました。
なんと昨日の夕食のかけらもあります。
当然の事ながら職場なのでそうへいにさすってもらう訳にもいかず、吐くのに大変な思いをしました。
今日も涙目です。

わたしは吐くと、必ずと言っていいほど泣きます。
吐いているうちに鼻が詰まり、息が苦しくなってくるからです。
また、同じ態勢(前屈み)で吐き続けるため頭に血が上り、泣いているのも手伝って顔が腫れます。それも、目を中心に腫れるので、とても見苦しい顔になります。
長い時間前屈みなので、足もがくがく震えてしまい、吐いた後はとにかく情けない有様になってしまいます。
そんな訳で、今日も情けない姿をさらして仕事をしています。
15時から2時間休暇をもらって帰ろうと思っても、言い出せない自分が憎いです。

17時になり、フラフラしながら帰宅しました。
駅から家まで結構離れているので、毎日そうへいが送迎してくれています。
車に乗り込むと、気を利かせて暖房を入れてくれていたので助かりました。
意識が朦朧としたまま家に着き、しばらく休んでからもう一度吐きました。
今回は胃液しか出ません。
胃液だけだと酸で喉が焼けてしまうのか、喉も腫れます。
風邪を引いた後のようにガラガラ声になるので、悲しくなります。

毎回さすってくれるそうへいは、吐いているわたしを見てどう思っているのか疑問に思い、一通り吐いた後に聞いてみました。
わたしの予想は「かわいそう」といったような同情的なものでした。
ところがそうへいの答えは「可愛い。」です。
吐いているわたしは苦しくてそれどころじゃないのに、何故「可愛い。」という感想が出てくるのでしょうか。あまりにも呑気すぎる答えです。
「可愛い。」の根拠は「普通吐く時って厭な音を立てて吐いたりするものだと思っていたのに、わたしの場合は『ふー。ふー。ふぐー。』と一生懸命な感じで吐いてるから。」で、「可愛くて、ますますさすってあげたくなる。」のだそうです。
やっぱりそうへいって変わっていると思います。


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