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2002年09月27日(金) 価値観の違いとはいえ・・・

今日は絶対に外せない仕事があるため、体調は相変わらず悪かったのですが出勤しました。
そして案の定、職場で吐きました。
自分の体の弱さに、本当に嫌気がさします。
やっぱり出産直前まで「吐く」ことからは逃れられないのでしょうか。へこみます。

部長へ昼食をお出ししたとき「もうすぐだね、(性別は)どっちがいいの?」と聞かれました。
妊娠してからというもの、性別に関する問いかけは「もうどっちか分かったの?」と言ったものだったため、予想外の質問に少し戸惑ってしまいました。
もちろん答えは「元気であれば、どちらでもいい。」です。
自分の大切な子供ですから、わたしにとって性別は大した問題ではないのです。
いま妊娠8ヶ月(30週3日)で「もう安心だね。」と言われますが、38週で死産された方の話を聞いたりすると「自分がもしそうなったら・・・。」と想像して辛くなります。
だから、本当に元気ならどちらでもいいのです。
元気に産まれてきてくれることが一番大切。
それなのに・・・。

「ふーん、そうなんだ。良く女性は女の子を欲しがるって聞いたからさ。性別って3ヶ月くらいになると分かってくるでしょう。最近では女の子が欲しいために、男の子だと分かると中絶するお母さんが増えていて、それで男子の出生率が低いらしいよ。」

部長のこの言葉に、わたしがどれだけ衝撃を受けたことか・・・。
わたしは「折角やって来てくれた『いのち』なのに・・・。」としか答えようがなく、悲しくて涙が出そうになりました。
そんな自分勝手な理由で殺されてしまった『いのち』が可哀相で仕方ありません。
価値観の違いといえばそれまでですが、これは「価値観の違い」で済まされる問題なのでしょうか。
「出生前検査」についても色々と思うところがありますが、これに関しても自分の考えを色々と書くのは控えます。
ただ、わたしは検査を受けようとは思いませんし、仮に受けて、自分の赤ちゃんが障害を持っていると分かったとしても、中絶しようとは思いません。わたしは産みたいです。だって自分の可愛い子供ですから。(だから、上記の「元気であれば」とは「障害がなければ」という意味ではありません。)
「障害者」「健常者」という表現自体も本当は嫌なのですが・・・仮に「障害」を持って産まれてきたとしても、それはその子にとっての「普通」だから、わたしもそれが「普通」だと捉えることでしょう。
差別の多いこの世の中で生きていくのは大変だと思いますが、卑屈にならないように育てていきたいと考えています。
世の中、きれい事だけではないと分かっていますが、それでもわたしはそう望みます。
わたしが潔癖すぎるのでしょうか。
妊娠して知る現実は、楽しいことばかりではありませんね。

◆出生前検査とは
妊娠中に血液検査や羊水検査などをしてお腹の中の赤ちゃんに異常があるかどうか(主にダウン症であるかどうか)を調べる検査。
血液検査には「トリプルマーカー検査」「クアトロテスト」などがあり、ここで確率が高いと判断された場合、希望者は更に精度の高い検査として羊水検査を受けることができる。
羊水検査は羊水の遺伝子を調べる検査で、羊水を採取するために羊水穿刺(お腹に直接針を刺して羊水を抜き取る)を行う。必ずしも安全な検査とは言えず、これにより流産した事例もある。
これらの検査は確実な結果が分かるわけではなく、「確率」という曖昧な基準で結果が出るため、陰性と診断されてもダウン症児であった場合もある。
「出産前に異常があるということが分かれば、出生後の処置に役立てることが出来る」と言う意見を述べる医療関係者もいるが、これまでに羊水検査で「陽性」と診断された全員が中絶を行っている。(もちろん「赤ちゃんに障害があるから」という理由での中絶は法律的に認められないため、「経済的に育てられない」などの理由で中絶している。)
出生後の処置に役立てるためだけであるなら、中絶が認められない妊娠22週以降での検査でも良いはずだが、実際には22週前に検査結果が出るように検査が行われている。
倫理的な問題もあり、これまでは両親や家系で遺伝子病を持つ家庭、35歳以上の妊婦などが受ける検査であり、誰でも受けられる検査ではなかったが、現在はそれ以外の妊婦さんにも普及しつつある。
(注:わたしなりに調べてまとめたものなので、間違いがあるかもしれません。詳しく知りたい方はネットで検索してみると、色々な情報を得ることが出来ると思います。)


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