日々の思い

ひばり【MAIL

My追加

1970年代、その1
2002年05月18日(土)

ネパールの山の1通の絵はがきが届いて、何十年も前の時代が、よみがえった。
青春のころと、一口で、言うには、あまりにたくさんのものが詰まっている。

そのはがきに書いてあった言葉、
「4月21日に佐賀○○地方を通りました。
長崎道からいつも見るのですが、建物がひとつ残されて使用されていて
当時の工場のどの部所の建物か思いをめぐらします。工場の人はもちろん、
町の人たちのことなど、当時のことは幻覚のようです」

1970年代、ビートルズと、長髪と、高度成長の時代。
すべてがあれよ、あれよと、進化していた、そんな時代のことです。
佐賀県の、田舎町、炭鉱が閉山になって、町が、産炭地振興の政策に乗って、
産業を誘致した。
奈良県から、タイツの工場がやってきたのだ。
原糸をつむいで、一本の糸にし、それを、足型で、タイツを編んでいく。
次にセットという工程で、形を整え、染色部門で、色付けをする。
製品によって、先染め、後染めがあるのだが、染色が終わると
次に、裁断に入る。裁断機で、何枚も重ねた布状のタイツが、すっと切れるときは、
思わず、目を見張ったものだった。
その後、縫製。何台ものミシンで、型どおりに縫い上げていく。
そして、検品、できの悪いのは、糸ひけといわれ、よけられる。
最後に、箱詰めされ、出荷される。

このすべての工程をひとつの工場で、やっていくのだ。
私は、この工場が、起動する前から、かかわった。
何人くらいいただろう。現地採用で、リーダー養成として、奈良の本社に
研修に行ったのだ。現場の作業の指導者と、工程管理と言われる事務要員。
20人くらいもいたのだろうか、今は、はっきりしない。
私は、工程管理を研修して、2週間くらいだった気がするが、佐賀に戻って、
まだ少ない人数で、いよいよ工場がスタートした。



BACK   NEXT
目次ページ