日々の思い

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鳥栖駅の立ち食いうどん
2002年08月02日(金)

久しぶりに母が、甥たちを連れて夏休みを過ごしに来た。
母にとって、夏休みや冬休みは孫を連れて、我が家にやってくるというのが最高の楽しみになっていたのは、私たちが、福岡に越してきて、そして実家の近くに住んでいる妹の子供たちが、小学生になってからのことだった。

この10年くらいの間、父の入院や死、そのために母が自分の体を壊してしまったりで出かけることができない年もあったが、そんな時にも来年はきっとといいながら過ぎ、今年も喜んでやってきた。

いつもは、高速バスを利用していたが路線が変更になりバス利用ができなくなって、今年は電車で来ることになった。
もちろん迎えに行ってもいいわけだけど、甥も、一人は高校生、最後の一人は6年生になったので来年は、もう来れないかも知れないと、一度どうしてもやっておきたかったことがあって普通電車にしたのだ。
高校生の甥は、部活があるので、来ない予定だったのが運悪くというか、都合よくというか学期中を自転車通学で過ごしたことで体力が無かったからだがオーバーヒートを起こし、病院通いをすることになり、3日くらい部活を休んでいた。そこで、休養を兼ねる目的で急に話がまとまり当日になって一緒にやってくることになった。

母には、遠い昔の忘れられない思い出があった。

国鉄に勤めていた父には、昔、年に数枚の無料チケットが支給されていたのだ。とにかく貧しかった私たち家族にとってそれは最高のプレゼントだった。
農閑期を利用して、佐賀市内や、どこでもよい列車に乗って、出かけるのだ。田主丸というぶどうの産地にぶどう狩りに出かけたり、太宰府天満宮にお参りに行ったこともある。
そのときに、当時の列車は佐世保線から、門司港行きに乗りかえるわけだけど、その乗換駅が鳥栖で、ホームに立ち食いうどんがあるのだ。

そのうどんを食べるのが母や私たち子供にとって、最高の楽しみでもあった。そのことを懐かしく思い出してもう一度行きたいとここ何年も言い続けていた。でも、小学生の甥たちも、来年は中学生。
今年を逃すとチャンスが無いからと、普通電車を利用することにしたのだ。

食べたらその後で、福岡へ快速電車で行くからというのだが、何度も電車の時間を確認したりするので急に不安になった私と妹。こんなことは今まで無かったねと結局鳥栖駅まで迎えに行くことになった。

少し早めについて一緒に食べようと出かけたのだが、ほぼ到着と同時に携帯に電話。甥がもう改札口に向かってるという。

「え、食べなかったの」と聞けば、だっておなかがすいてないもん。
妹も一緒に食べるようにちゃんと言っておいたのにというのだけど、子供たちにとって、立ち食いうどんというのが奇異に写ったらしく結局食べずにでてしまったという。

母は、やっぱり残念そうだった。
もう次は無いかもしれないねと淋しそうに悔しそうにつぶやいていた。
何かの折に一度食べさせてやりたいのだけど・・・

大観覧車に乗ったり、映画に行ったり、母の得意料理のだご汁を食べたりと
のんびりゆったりそして久しぶりににぎやかな4日間でであった。

昨日、藤本敏男氏の死亡のニュースが流れた。
お登紀さんと同じ時代に青春を生きた私にとって、二人の結婚は衝撃的だった。片や東大出の歌手、片や全学連委員長しかも獄中結婚である。
その結婚がどういう意味を持つのか田舎に住む私にとっては小説の世界にしか思えなかったものだ。

そんな藤本氏が、10年以上も前にNHKの朝の農業関係のインタビュー番組か何かで、自然農法の農業者という立場で出演していたのを見た。
そのときなんて穏やかな顔をしているのだろうとある種不思議な感覚に襲われたのを思い出した。





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