甥が17歳の誕生日を迎えた。でも特に気分は変わらないと完全に冷めている。 ふと、昔を思い出す。 「夢見るセブンティーン」なんて言葉があったし、雑誌もあった。 そのころ高校2年生(当たり前か)、中には「美しい死」を夢見る仲間もいた。真剣に考えていたわけでなく、 「もし死ぬとしたら、山の中の誰も知らない湖で穢れを知らぬまま・・・」なんて、単に小説の主人公気取りだっただけなんだけど。 あのころの通勤通学列車は長く、確か13両はあった。 朝7時の汽車(実際はもう少し早い時間だけど、私たちの呼び名はそうだった)の2両目がいつもの車両、そこは通勤の人半分、通学の人半分くらいだったろうか。いつも必ず同じ顔ぶれが乗っていた。 たまに見たことのない人が増えていても、いつしかその人たちはいなくなりやっぱり同じ顔ぶれが同じ席あたりに集まるのだ。 私は同じ高校の5名でちょうど真ん中当たりにいた。学校まで約1時間をずっとそこで過ごした。 一番初めに乗ってくる人(私より三つ前の駅)がまず席を取り、その次の駅で乗る人が同じように席を取る。 私が乗るときにはもう満員、それで、前に席を取ってくれた人が席を立ち、私に譲り、次の駅にもう一人乗ってくると、同じように譲る。 最後に乗ってくる人には私が譲りと、それを3年間ずっと続けた。 3年の間には、他のメンバーが増えたりしたけれど、結局最後まで一緒だったのはその5人。最初の二人は男性で、中学は別のところ、後の3人は同じ中学で女性。いつも5人で、何を取り立てて話すこともなくいつもの儀式のように当たり前に過ごしてきた。 増えたメンバーの中には、急性の白血病で亡くなった人もいた。 よその学校の人もいた。そこでは、いろんな青春もあったし、そばでは人生模様を垣間見たこともあった。 あれから、ものすごい時間が流れた。 その時の5人は、今それぞれの道を生きてる。
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