キッシンジャーの日々
キッシンジャー



 僕のために書こう

2003年9月11日。

僕は今、ここにこうして生きている。


最初は別になんも考えんでも生きてこれた。

今はなんだかんだとしがらみ多く、

ああだこうだと考えなくちゃいけない。

いけなくなった。

そうしないと生きていけない僕になった。

何時の間にかなっていた。

気付いたときにはもう、なっていた。

気付いたときにはもう、遅かった。


どれだけ自分に納得いくようなことをしてきたろう。

どれだけ自分を認められることをしたんだろう。

どれだけ僕は僕を僕として見つめることがあったろう。


多くのものを得て、

多くのものを失ってきたような気がする。

失ったというよりも

救えなかった

というべきか。

救えなかったかわりに

僕がしたことと言えば、

僕を世界の忘却へと追い込んだ

くらいだろうか。


何一つ手応えがないような気がする。


こういうことを考えると深みにはまりそうなので恐い。


ところで今日は2003年9月11日。

相変わらず世界はあまり変化をみせることなく薄情に朝を迎えた。

世界に束縛される日々。

覚醒と解放。

逸脱する自意識。

放置する社会。

見捨てられる。

不安。

突如とした衝動。

破壊と再生。

全体と部分。

部分な僕。

相変わらずな僕。

むしろ衰えていく僕。

腐る世界。

腐臭を放つ世界。

腐臭を吸いこむ僕。

再び放つ心。

嘔吐する。

撒き散らす。

飛んでいけ。

飛んでけ。

飛べ。

飛ばせ。

吹き飛ばせ。

あらゆる腐臭を、

あらゆる腐敗を。

浄化する必要がある。

洗い清め、全てを輝かせるために。


そうして2003年9月11日の夜がやって来た。


相変わらず僕は生きている。

目的の見えないまま、生きている。

なんのために生きてるのか。

手がかりの一つさえ無いまま。


それでも僕は生きていく。

生きて死んでいくための答えを見出すために、

生きる。

生きるしか、

そうするしか、

その答えを得る術を、

僕は、

知らないから。


そうして、

22歳の僕は過ぎ行き、

僕は23歳最初の一日を、

終えた。


久々に飲んだメタクサの味は

やはりなんら変わらなく美味しかった。

思わず僕は

微笑んだ。

そして

ソファにゆったりと腰掛け、

その余韻を

心行くまで

楽しんだ。

2003年09月11日(木)
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