いっしょくんの日記

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なんとなく 書くんで〜
なんとなく 読んで下さいね。

2002年08月17日(土)  サーキット

 テレビでレース中継をしている
 用事をしながら
 テレビの前を通るたびに
 横目でながめていた
 車のことはわからないが
 疾走する車を見ているのは
 なぜか気持ちの良いもの・・・・

 そう言えば 10代の終わりの頃
 ボランティアをしていて知り合った
 車椅子のレーサーがいた
 オートバイで箱根を下るとき
 カーブを曲がり損ねて
 谷ヘ落下したらしい
 「落ちていく時は 気持ちよかったよ」
 私が知り合った頃は
 もう そんなジョークが言えるまでに
 立ち直っていた
 「これでもう死ぬと思ってた」
 九死に一生を得た彼は
 頚椎損傷という 肩から下の麻痺が残った
 
 「車に乗りたいなぁ」
 御用聞きだった私は
 リハビリで入院している彼らの必要なものを
 買い出したり 歯医者や買物に連れ出していた
 ゛愛は地球を救う゛号を運転して 
 車椅子に乗ったまま移動することもあったが
 彼の場合は普通の車がいい・・・と
 車種の指定があった
 助手席に乗車して 車椅子をトランクへ
 首から下の麻痺だけに
 急ブレーキを踏むと 簡単に前に倒れてしまう
 それはそれは慎重に ブレーキを踏むたびに
 私の左手を彼の胸に添えておさえた
 (この癖が 今でも抜けない・・・)

 行き先は ゛富士スピードウェイ゛
 レースを見たい というのが希望だった
 その手のことには全く無知な私・・・
 「ピットに入ろう」
 何だ?それは・・・・
 彼が言う通りに右へ左へ車椅子を押した
 ・・・ピットって・・・・ここのこと・・・
 目の前を猛スピードで車が通り過ぎていく
 300キロ出ているとか・・・
 目で追っているだけで 気持ちが悪くなってくる
 
 次にガレージのようなところへ案内された
 レースに出る車のボディーがむき出しになり
 エンジンの調整をしていた
 わかる人が見たら 興奮するような光景だったのかも知れない
 私が見ても わぁ〜かっこいい!!とは思ったものの
 その程度で 何が何やら詳しい事はわからなかった
 「ほらっ!レーサーの星野さん」 
 あはは・・・おーい!と 手を振った星野さんとは
 後にテレビで見て 有名な人であることを知った

 誰よりも早く走る・・・
 ロマンをかけて 人が集まる
 一台の車に こんなに大勢の人が
 携わっていたのかと 驚かされた

 何が起こるかわからない・・・
 一秒の狂いで 命を失なう
 自由が奪われる
 そんな危険がとなりあわせにありながら
 ・・・・走る

 「走りたいなぁ」
 レーサーだった彼の血は
 自由を奪われた後でも
 彼の体を熱くさせていた

 随分前のこと・・・
 レースを眺めると あの日を思い出す



       加速

      
     俺と競わないでくれ

     俺の前を走らないでくれ

     もうこれ以上速く走りたくないんだ

     このままトップを走らせてくれ

     トップなんだ

     トップじゃなければ意味が無いから

     加速しなくては・・・もっと・・・もっと速く

     誰にも譲るものか

     俺は命を賭けているんだ

    
 


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