七竃雑記帳
桂木 炯



 真相は白い陶器の中・・あるいは・・・

その日はいつも通りの
「いってきます」


だっただろうと思う



いつも通りに
「お帰りなさい」

を聞いて
数日ぶりに巡ってきた
ビール缶の水滴に
もう少し寒いかなと苦笑い・・・

するはずだったのだろうと思う


あくまでも
全て

「はず」


で、私の想像の話でしかない


けれどもその人は
唐突に
それらの想像を私にさせるほどの
情報量をもたらしたのだ


人は
どうして
死によって初めて
今までより多くの人々に
「自分」であったころの影をみせるのか?



後ろの席の老夫婦が
「話したこともないのに・・」


と、こぼしながらも
それでも女性は席を立って
棺に白い花を落としに行ったのだ


こんな場に来ると
どうしても
女性の方が
非日常な空間に強いのだと実感する





無論私は
ここ数日もたらされ続けた
情報のせいで
話もほとんど交わしたことがなくとも
泣き崩れるのは必須で席を立てなかった




目線の少し上の高架を普段目にしない色の電車が何度も行き交って
側を通る車はどこまでも日常通りうるさいのに
右耳からは読経が流れ込んできて
足首には
湿って冷えてキンモクセイの香まで混じった空気が触っている
日常に寄り添っていても
やはり
奇妙な空間






あの時そこには誰もいなかったのだ



何が起きたのか誰もわからない
分かったところでどうなのかと言われても
人は

分からないことが一番嫌いな生き物で


残された人は
謎と一緒に土に埋まった人に
何度も同じく
「どうして?」

問うことが分かって
それが悲しいのだ



運び出される箱を見送りながら思った




この場はやはり
残ったものの為の場なのだとも
ぼんやり思った



その場がなければ居なくなったことがいつまでも信じられない


けれども
事務的すぎる流れは
悼む暇を与えているようで与えていなくて
中途半端なものだ
それでもなんとか形にはなっている
形式が重要なのか?
時間よりも・・?


相変わらずこんな日は
雨か
寒いか
暑いか



自分がその日を迎えたら
何を言うのか
何を思うのか
そして
送りだされるのはやはり雨だろうか?

考えて


昔は自分の親の日を思ったものだけれど
いつの間にか終わりの日は
いつ何時にでも
自分の身にやって来ると
分るようになったんだと思うと
途端に老けたような気がした



世の中で一番聞きたくない音は
火をつけた瞬間の
「ボゥ」という音



今日は聞いていないはずなのに
少し時間が経ってから
耳の端に響いたような気がした



細かく折れた骨を拾うのは
細胞異常で変色した骨をつまみあげるより
寂しいものだろうと想像したところでやめにした












だからね、入社してから社員のために喪服着るのって

もう3回目なのよ
ちょっとそれは
・・・・・・ねぇ?


2002年10月19日(土)
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