幻肢(夏の遺失物) 2002年05月22日(水)
夏祭り 人ごみにまぎれないようにと 娘の手を強く握って ひいた 何時の間に俺は 落としてきちまったんだろう 右腕を 娘を 確かに汗ばんでいた手のひらは 遅れがちな娘の重みは いったい何処へ よちよち歩きの娘 生まれたての乳臭い娘 おろしたての制服に照れていた娘 マスカラが上手くつけられないと鏡ばかり睨んでいた娘 ………どの娘? 花火が上がる 田舎の空は暗いから 花火は都会よりも輝きがつよい 空は明るく燃えて 足元は暗い きっと都会よりも暗くて 落し物を見つけることは難しい 落っことされた娘は 俺を呼んでいるだろうか おとうさん おとうさんどこへいったの おとうさんおとうさんおとうさん 腕が 娘の重みにたわむ おとうさんどこへいったの おとうさん おとうさん 耳元に確かに娘の息遣いがして ああ 呼ばれているのだ 父親である俺が呼ばれているのだ おとうさん 耳元をくすぐるのは風ではなくて 娘の必死な息遣いだ おとうさん おとうさん おとうさん おとうさん 祭りを締めくくるナイアガラの輝きが 隣にいる女の横顔を照らし出す 白い頬はうつくしく唇は固く結ばれたままで 俺は 一体何処で 娘を落っことして来たのだろう 花火が終わる 輝きが消え女の顔もまた闇に溶ける 帰りはじめた人の流れの中 探さなくては 娘を 右腕を |
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