あまおと、あまあし
あまおと、あまあし
 つれづれ「あれは星じゃない」 2002年05月23日(木)

引っ越してから、未だにカーテンをしないままの部屋で寝ている。
だから、夜の明るさがよくわかる。
満月の夜は明るい。
けれど新月の夜でも、晴れてさえいれば星明りがある。
子供の頃住んでいた田舎は、本当に街灯もない未舗装の道ばかりで、日が暮れてから星明りを頼りに、帰路を辿ったこともあった。
懐中電灯を消して、夜の世界に立って物の形が見えてくるのを、息を潜めて待つ。
それは、心躍る遊び。
少しづつ、夜の生き物になっていく悦び。

  ※    ※    ※

まだ小学校にあがるまえの事だ。
東京から来た従兄弟たちと、祖母の家に泊まった。
その時、5つ年上の従兄が大泣きをしたのだ。
夜、多分花火でもした時だったと思う。身も世もない泣きっぷりで、大人びた都会の少年だった彼には、まるで似つかわしくなかった。
なだめる大人たちに彼が言ったのが、タイトルの言葉。
「あんなの、星じゃない。あれ、何?」
満天の星空、だった。
田舎育ちの私には、まるで珍しくもない、降ってきそうな星。

都会の空は明るすぎて……と落ちをつけることもできるのだけれど。
思い出すたびに、不思議な気持ちになる。

親戚一同が盆と正月に祖母の家にあつまるのは、年中行事になっていて、件の従兄殿はその日までにもう20回ちかく、その田舎を訪れていたはずである。
花火をするのも、その年が初めてだったわけではない。
庭先にテントを張って、子供達だけでキャンプなんて遊びもしていた。
蛍を見に行ったりもした。
彼は、何度も見ているのだ。田舎の夜空を。
でありながら、あの日、彼ははじめて「見た」のだろう。
星の輝く空を。
そしてそれは、幼い私にとってもショックな出来事だった。
見慣れすぎていてなんとも思わなかったその星空を、突然否定されたのだ。
あれは、星じゃない。
星じゃない。
………じゃあ、あれは何?


すぐ周囲に存在していながら、見ていないものは案外たくさんあるのだろうと思う。
子供の頃は見ていたのに、今は忘れてしまっているものもあるのだろう。
美しいものも、醜いものも。
網戸越しに伝わる庭の気配に、意識をこらしてながら。
そんな事を思う。
星月夜の晩には。





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 著者 : 和禾  Home : 雨渡宮  図案 : maybe