たそがれまで
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2003年01月11日(土) 母のこと あの横顔


今日、隣町にある神社に行って来た。
私は二度目で、約10数年振りの参拝。
ちょっと遅いけれど、家族全員での初詣になった。

大きくないその社の名を、地図で見つけて母に教えた。
まだ母の身体が外見上は元気な頃だった。
当時の福岡の住居から300�厠イ譴燭修両貊蠅�
母はどうしても行きたいと言った。

「生目(いきめ)」という小さな町にある神社で
名前の通り、眼疾に霊験あらたかなりとして
知る人ぞしる神社だという。

あの頃の母は、持病であった糖尿病の合併症で
視力がどんどん落ちていた頃だ。
藁をもすがる思いだったのだろう。

もうすぐ生駒高原のコスモスが咲くから
見に行ったついでに寄ってみようと提案した。

母の目に映るコスモスは一面がピンク色。
一本一本が単独ではなく、ピンクの絨毯が敷き詰められていたらしい。
視力の低下は確実に母に襲いかかっていた。

「生目」という名のその社で
母は必死に手を合わせていたっけ。
見えなくなる恐怖と必死で闘っていたっけ。


ある時、二人でマッサージを受けに出かけた事があった。
母に誘われて出向いた場所は、目の不自由なご夫婦がやっておられた。
いつもはとても待ち時間があるらしいのに、
その時は母と私だけだった。

不躾でごめんなさいと前置きしつつ、
母は奥さんにいろいろ質問をした。

食事の支度はどうしているの?
後片づけはどうしているの?
掃除はどうするの?

・・・・怖くない?


横で聞いている私は、母のあまりにも無神経な質問に
ハラハラしているだけだった。
母は質問しながら涙声になっていた。
声からその必死さが伝わった。
痛いくらいに伝わってきた。


奥さんは優しく、笑いながら答えてくださった。

少しの視力はあるから、できる範囲でやってます。
お茶碗の汚れは、手で触れば解るんですよ。
それから・・・
小さな頃からこうでしたから、これで普通なんです。
だから、怖いと感じた事は無いんですよ。
見えているのが見えなくなるというのは、怖いでしょうね。
お気持ちはお察しします。
でも大丈夫、大丈夫。



本当は、母はマッサージをして貰いたかったわけじゃないと思う。
視力が無くなる恐怖とどう闘っていいのか
もがいていたんだ。

あの時の涙声も、
社で手を合わせる横顔も、
母の必死の闘いだった。

10数年が経った今、
あの時の社の近所に住むことになろうとは、
誰も予想しなかったけれど
今日は母も一緒に参拝していた気がした。
懐かしい風が吹いた気がした。
母も一緒に居た筈だ。






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