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麻原彰晃の弟子達��

2004年02月26日(木)


 麻原彰晃こと松本智津夫・・・言わずとしれた旧オウム真理教の代表。
 1995年3月の地下鉄サリン事件を始めとして、全く罪のない人々の命を奪って
 きたにも拘らず、麻原は今でも事実と向かい合おうとはしていない。

 麻原は、無差別殺人によって、多くの人々から最愛の人間を奪ったばかりでない。
 旧オウム真理教の若い幹部信者達は、麻原に拘ったばかりに、麻原を信じてしま
 ったばかりに人間とは思えない犯罪を犯し、自らの人生も狂わせてしまった。
 地下鉄サリン事件の被害者の遺族達でさえ、あの事件の実行犯らに極刑を求める
 証言をしながらも「彼らも人生を狂わされてしまった。対麻原との関係では被害
 者の側面がある」と言う。
 勿論、彼らが犯した犯罪は、たとえマインドコントロール下であったとしても、人間と
 して許されるべき事ではない。
 
 しかし、彼らも最初からあの一連の犯罪を犯すような凶暴な人間だったのでは
 あるまい。
 自分達の生きている社会に矛盾を感じ、人間関係に悩む普通の若者だったに
 違いない。

 一連のオウム事件では、11人が死刑判決(全員が控訴又は上告中)を受け、
 無期懲役が6人(2人確定)。
 この長い年月の中で、土谷正実・横山真人・新実智光被告らのように、死刑判決
 を受けても“尊師”への帰依が消えない元幹部。
 早くから地下鉄サリン事件の全容を自供した林郁夫受刑囚・逃亡を計り他の幹部
 より後に逮捕されながらも捜査・公判段階を通じて、自分の犯した罪を全面的に
 認め、被害者に対する謝罪の言葉を述べた林泰夫被告のように、麻原と決別した
 元幹部。
 端本悟・中川智正被告のように、自分が犯した犯罪への後悔と責任はありなが
 ら、麻原の法廷での不規則発言に動揺し、揺れている元幹部。
 
 彼らは、オウム真理教という狭い閉ざされた世界の中で自らの頭で考え、自らの
 心で感じ、自ら歩んでいく事が出来なくなっていった。
 地下鉄サリン事件の運転手であった杉本繁郎被告が最終意見陳述で、「実行役に
 なるか運転手役になるかなど、麻原の一言で決まっただけで、私も実行役に選ば
 れたなら、最後まで実行していたと思う」と述べているように、全ての事が麻原
 の一言で決まっていた。
 
 自分達の犯した罪を認め、被害者に謝罪している幹部たちも「オウムはこのよう
 な事件を起こしたのか」という疑問に関しては、彼ら自身も本当のところは分か
 っていないのだろう。
 法廷で「私たちは、サリンを作ったり、サリンをばらまいたり、人の首を絞めて
 殺すために出家したわけじゃないんです!」と泣き伏した中川智正被告、
 麻原の不規則発言に号泣した早川紀代秀被告、
 声を荒げて「あなたに対して反省を促したり、本当のことを言えと言っても、無
 駄なことだと私は十分承知しているけれども、大声が出るなら証言すればいい。
 宗教はあなたにとって道具であり、信者は手足に過ぎなかった。色々と一人で考
 えて欲しい。」と証言を求めた林郁夫被告・・・。
 麻原を教祖と崇めていたかつての弟子達の問いかけにも、応えようとはしていな
 い。

 明日、麻原は、第一審の判決を受ける。
 かつて麻原を「尊師」と呼んだ弟子達は、たとえ、塀の中にいようとも、生きて
 いる。
 今、何を考えているのだろうか。
 自分の犯した犯罪への悔恨し、被害者に対して、謝罪の気持ちがあるのなら、
 他の宗教に逃げるのではなく、自分は生まれて来ない方がよかったという極論に
 逃げるのではなく、与えられた生をどう生きるべきか、誰かから指示されずに、
 自らの頭で考え、自分の心で感じて欲しい。
 

 控訴とは、第一審を不服として上級裁判所(高等裁判所)に控訴する事をいい、
 上告とは、第2審を不服として最高裁判所に上告する事をいいます。





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