これは別に今日考えたわけではないのだけれど、
うちの旦那は基本的には子供の小さいときには親はそばにいてあげて欲しいと思っているタイプ。私は自分が子供といい関係で接するには仕事、言い換えれば自分ひとりである程度完結する場所が必要なタイプだ。旦那の考え方のバックグラウンドにはもちろん姑の考え方が色濃く存在する。ま、これはいいんだけどね。
保育園はともかく、旦那は、ぐりぐらが小学生になって昼2時とかに早く帰ってきたときに「可哀想だし、親の目がなくて何か悪いことをするようになったらどうする」みたいな感じでどうやら小学生になった段階で家に私にいて欲しいらしい。 一回「かふぇがやめないんだったら俺がやめる」みたいなことを言われてびっくり仰天。それほど痛切に思っているということだ。(この言い方はなんだか理不尽で腹が立つけど)
私は子供を育てるのって、いろいろな問題がまったく起こらずに育つなんてはなから思ってない。その時その時にいろいろ対処方法を・・とごく自然に思っているので、旦那のこの「石橋を叩いて渡る」というか子供の進む道の「石ころをとりのける」感覚にどうもなじめない。 もちろん親は子供を愛して最善を尽くすってのはあるのだけれど、もう少し柔軟におおらかに子供を育てたいってのが本音。
話はがらりと変わって、うちは狭いベランダでガーデニング(と呼べるものなら)をはじめてはや5年。メインは私だが最近は新しく花の苗を買ってくることがとても少なくなった。 というのは、こぼれ種から毎年花を咲かしたり、前の年とれた球根から咲かせたり、冬越しさせてまた葉を出させたりしているからだ。これはガーデニングの楽しみの行き着く先って感じもしないではない。 で、かといって私が本と首っ引きで土に気を配り、植え替えなどをしているわけではない。ちょっとしたコツ(水やりとか、日の当たる時間のその植物の特性をみきわめるんだけど)で毎年花がさき、新芽が芽吹く。 旦那はこれがダメなタイプ。きちんと「観葉植物の育て方」なる本を買って来て、土も何タイプも買い揃え、そして毎日きちんとかかれているとおり水をやる。しかしいままであまり成功したためしがない。あんなに一生懸命なのに・・・とちょっと可哀想になるぐらいだ。
旦那が子供を大切に思って慈しんでくれていることは痛いほどわかる。だから彼のやりかたを否定するつもりはまったくないんだけれど、ただ、また枯れていく鉢を見ながら、子育てだって同じようなものでは、とふと思ったりする。
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